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【018】代表、悪意と向き合うことを宣言する

 いきなり現れたレオニードですが、翌朝わたしたちが出発する際、ムカつく笑顔で見送ってくれた。


「また、近いうちにお会いしましょう」

「会いたくねえ」

「会いたくねぇよ」


 わたしとディートリヒ大佐の声が重なり、顔を見合わせてから深く頷く。

 振り返るとレオニードは旅館の従業員よろしくずっと手を振っていて ―― わたしが振り返ったのに気付くと投げキッスをしてよこした。

 もちろん笑顔で。きっと数多くの女性を虜にしてきた笑顔なのだろうが、要らん! お前の投げキッスなど要らん! 笑顔はもっと要らない!

 オディロンですが、そこらに放置しておくと教義にそぐわないことをしている人たちを、圧倒的な身体能力で殺害して歩きかねない ―― そんなホラー映画の殺人鬼みたいなのを放置しておくわけにはいかないので、


『お祈りは忘れるなよ、ワイズ』

『はい、クリフォード(リリエンタール)殿下(閣下)


 ブリタニアス軍総司令官であるワイズ卿の馬車に乗せて、連れていくことになりました。


ニーダーハウゼン(オディロンの父)に返してしまえばよろしいのでは」


 馬を走らせながら、ベルナルドさんがそのように。


「返したところで、手綱は握り切れん。あれにできるのは、精々息子(オディロン)聖なる鉄槌(殺人事件)をもみ消すことだけだ」

「そうですが。あなたがよろしいのでしたら、いいのですが」

「あれはイヴには服従している。それだけでよい」

「まあ……それだけは確かですけれども」

「食事の用意が面倒ならば、わたしがしてやるが」


 オディロンは好き嫌いはないが、聖変化の儀式を受けたパンと葡萄酒だけで生きて行けるらしく……あのガタイとパワーがパンと葡萄酒だけで作られたとは到底思えないのだが、いや聖体だから神秘的なパワーが宿った? 宿ってる? そこはまあ考えないで、聖変化の儀式は司祭さま以上の聖職者が執り行う。

 どういう儀式なのかは、聖職者ではないわたしはわからないのだが、オディロンに大人しくご飯を食べさせようとしたら、聖変化したパンと葡萄酒は必須。

 わたしたち一行の中で、それができるのは司祭(執事)ベルナルド(ド・パレ)さんと、


「そこはわたしの仕事ですから」

「面倒ならば言え。わたしは特例で聖変化させることを許されているからな」


 枢機卿の地位を降りられた閣下ですが、聖王絡みの関係で資格を有していらっしゃる……らしいよ!

 毎日の食事の前のお祈りと、週一のミサでお茶を濁している程度のわたしには、政治も分からないけれど、宗教もよく分からんのだ。

 でも! でも! これでも庶民としては分かっている方だからね!

 などと自己弁護 ―― レオニードとオディロンが現れたあとは、特に何ごともなかった。

 首都まではメアリー・セレスト号邸から二日で到着できる距離なので、そうそう何ごとがあっても困るけどね。

 馬を駆りブリタニアスの首都へ ――


「サラバンドはここで預かる」

「ふわぁぁぁぁ」


 到着したのはシャール宮殿。

 門の前には衛兵が立っていて、閣下の到着に敬礼をし、わたしの身長の2.5倍はある飾り立てられている門が開かれる。

 その先に広がる景色 ―― 宮殿ですので当たり前なのかも知れませんが、前庭の見事なことといったら!

 宮殿までの道が広くて、城の前には語彙乏しいわたしには”うーわー”としか表現のしようのない、白い大きな彫刻が飾られたバカでかい噴水が。

 芝生はもちろん隙なく刈り込まれ、木もきっちりと剪定されている。

 門から城までの道だけで、庶民の住宅なら百軒は建つね。前庭まで入れたら……五区画分くらいあるんじゃないか? いや、もっとありそう。


「障害用馬場と射撃場を用意したので、そこで練習するといい」

「ありがとうございます、閣下」


 わたしだけ、前世基準の選手環境になってる!

 サラバンドと共に厩舎へと向かい、世話をしてから宮殿へ。

 ……うん、宮殿だ!

 シンプルの対極、至る所に装飾が施された邸内。

 壁紙もなんかごちゃごちゃ……ではなく、手が込んでいて凄いよ!

 どの部屋のシャンデリアも容赦なく豪奢で、床だってきっと大理石。長い廊下には休めるようになのだろう、座り心地の良いソファーが等間隔でおかれている ―― 休みを入れなくてはならないほど長い廊下を作る意義とは? 庶民はそう思ってしまう。

 そんな長い廊下に日差しが差し込む ―― 無数にある窓ガラスですが、どれ一つとして曇っていない。

 さすが大国の王族が住まう宮殿、隙がない! まあ、閣下は滅多にシャール宮殿には立ち寄らないそうですが。


「イヴ」

「はい」

「昼食にビーフストロガノフを用意させた。存分に食べてから、一行が滞在している邸がある区画へ行こう」

「……はい!」


 ビーフストロガノフは美味しかった。

 それもそのはず、ヘンウッド夫人邸にいた料理人をわざわざ連れてきて、材料もまったくおなじもの ―― ギブス牧場からブラッド青年が運んできてくれたのだそうだ。

 ”あっざーす”みたいな雰囲気のブラッド青年に、頭を下げられた時の衝撃といったら。

 料理人さんですが「栄誉に預かり光栄です」と、頭まで下げてくれた。

 ヘンウッド夫人の食事は大丈夫なのでしょうか? と思ったところ、ヘンウッド夫人は首都に住んでいる、アイヒベルク閣下の異母姉のお宅にいるので平気とのこと。

 お手数をおかけ……と思ったのですが、


「もともと観劇のために、しばらく首都に滞在する予定でしたのでお気になさらずに」

 

 ……だそうです。本当かどうかは分かりませんが、本当だと信じている!

 そしてわたしは閣下とディートリヒ大佐と共に、大きめで豪華な無蓋馬車へと乗り込み ―― アイヒベルク閣下は、偉い騎兵さんだと分かる格好をし騎馬で併走し、ロスカネフ一行が滞在している邸のある区画へ。

 人が多いので道がごちゃごちゃしているのですが、閣下が乗っている馬車は一目で「偉そう」と分かるので、みな道をあけます。

 わたしだって、こんな白地の車体に金で装飾が施され、馬の手綱も金なんて馬車を見たら、さっと飛び退きますけれど。


「この並び三軒と道を挟んだ一軒を借り上げた」


 馬車が停車したのは、上流階級にあと一歩で手が届きそう……という人たちが住む一軒家。ただし狭い。

 大帝国であるブリタニアスの首都なので人が大勢集まる。

 そうなると土地の値段が高騰し、首都に大きな家を持つことは大金持ちでも不可能 ―― 首都にうわぁぁぁぁ! という一戸建てを持てるのは、王族と聖職者のみ。

 国内に大きな領地を持つ公爵などでも、高級という但し書きはつくが、集合住宅に住んでいたりする。


 って、さっきのシャール宮殿……


 ブリタニアスの首都における閣下の居城は考えないことにして、閣下が借り上げて下さった、上流階級一歩手前の人種が住む家は、


「地価が高いからなあ」

「びっくりするくらい、狭いよな」

「高給取りでも、ここより狭いところに住むんだろ」

実家(八百屋)よりも狭い」


 ロスカネフの面々からすると、あまりにも狭かった。

 ほら、我が国は小国で人口も少ないため、土地があり安いので家は大きめ。

 ……土地があるとは言ったが、国土の四分の一くらいは寒すぎて人住めないけどね!

 でも、大勢の人が集まるブリタニアスとは違って、やはり土地はあるのです。

 連れてきて下さった閣下は「手配を命じたものの責任だ」と、ルオノヴァーラ大尉の案内で邸内を視察。わたしも一緒です。

 全体的に狭く……狭い狭い言い過ぎですが、とにかく狭いのです。


「ブリタニアス人はロスカネフ人よりも小柄な者が多いからな」


 土地が足りないこともあるが、住む人そのものが大柄ではないので、どうしても家の造りが小さくなるのだと。


「クロムウェル公爵やドレイク閣下はそんなに小さくはなかったような」

「貴族はいいものを食べて、おもいっきり運動するからか、まあまあ大きくなるのだ。オーガスト(クロムウェル)はブリタニアス貴族だけで見たら、もっとも身長は高いはずだ」

「……」


 わりと衝撃の事実。ガス坊ちゃん(オーガスト)、ブリタニアス貴族の中で体格ナンバーワンだったのか! だってほら、身長はわたしどころかキース大将よりも小さくて、肩幅はがっしり体格に定評のあるアディフィン人のリトミシュル辺境伯閣下よりもなかったから。あ、あとイワンよりも小さかった。

 ガス坊ちゃん(オーガスト)の衝撃から立ち直りながら、室内を見て周り続け、


「全ての邸のボイラーの増設は完了しております」

「不具合はないか、ルオノヴァーラ」

「ありません」

「なにか少しでも異変を感じたら、すぐに報告するように」

「御意にございます」


 風呂は完璧だったが、どの邸にもサウナはなかった。


「ブリタニアスではサウナは一般的ではないのでな。入りたければ、シャールの方に来るがいい。あそこにはサウナを造り、白樺の束(ヴィヒタ)も輸入しておいた」

「御意に……ございます」


 案内のルオノヴァーラ大尉が「ふぁ? 宮殿に作った? って言った?」って感じの表情のあと、返事をしていた。わたしも吃驚である。

 四軒すべてを視察を終えてから、わたしと閣下はスタッフが泊まっている家の応接室で、ゆっくりとお茶を飲んでいた。

 ブリタニアスといえば紅茶 ―― 本場のアフタヌーンティーを楽しみながら。


「今日は仲間たちとゆっくり過ごすといい」


 わたしは本日、ディートリヒ大佐と共に、道を挟んで一軒だけの女性専用の邸に泊まる ―― ディートリヒ大佐だけは特別に邸に入ることが「キース大将」によって許可されている。


 閣下じゃなくてキース大将なの? ……うん、ディートリヒ大佐はロスカネフ軍の軍人という設定ですので。閣下には権限がないのですよ。だからキース大将の許可です。


「本当はわたしもこの宿舎の住み心地を、イヴと共に宿泊して体験したいのだが、本日は片付けなくてはならないものがあってな。残念だが、今夜は別々だ」

「それは寂しいですね」


 素直な気持ちを口にしたら、閣下が顔を手で覆い、


「可愛らしいことを言ってくれる。まったく、行きたくなくなるではないか」


 そのようなことを仰った。


「あの」

「わたしも本当はイヴから離れたくはないのだが、マッキンリーとワイズにこのあたりをうろつかれても困るのでな」

「ははは……閣下、ご迷惑をおかけして」


 一連の騒動は、わたしがわたしであるがために発生したわけでして。その後片付けを閣下がしている状態。


「まったく迷惑などではないよ」

「ですが」

「気にしないでくれ、イヴ。なによりわたしは迷惑だなどとは、感じていない。イヴが側にいてくれるだけで、幸せなのだから。その幸せを取り上げようとする敵と戦うのは、わたしにとっては必要不可欠なことなのだ」


 紅茶を飲み終えられた閣下がカップをソーサーに置く。

 庶民用のカップなので、繊細な図柄が配されているようなものではないが、閣下が持たれるとそれなりの銘柄のカップに見える。


「閣下……」

「明日の夜会でも、下らんことを仕掛けてこようとしている輩がいるが、それは排除しておくから心配しないでほしい。まあ、ババアは一応全面的に支持しているので、日和見どもは口出しはせぬ」

「排除なのですか」

「ああ。首都から追い出す」

「……閣下、あのですね……その人たちに好きなようにやらせて欲しいのですが」

「どうしてだ? 嫌であろう」

「嫌ではありますが、悪意と正面から対峙したく」

「何故か理由を教えてくれるか?」

「はい。理由ですが、悪意を受けたら心置きなく、リューネブルク王朝断絶を選べるからです」

「……」

「今まではなんとなくブリタニアスの人たちに悪いな……と思っておりましたが、自分に悪意を向けてくる人に寛大になれません。今のところ閣下が水際で防いでくださっているので、直接悪意に触れておりませんが、ここで一つ直接悪意に触れて、自ら判断を下したいと考えております」


 そっちが仲良くする気がないのなら、こっちも歩み寄ってやるつもりはない!

 なによりも、


「先走った話ではありますが、閣下の血を引く子供を後継者にと望まれた場合、わたしに対して悪意を向けてきた者たちが、わたしの血を半分引く者に対して、嫌がらせなどをしないとは到底思えません。大事な人を守る為には、自ら見極めるべきことがらだと思うのです」


 まだそんなことしていないのに、話題にすんなよ! ですが ―― 子供が出来てから考えたのでは遅いような気がするのだ。

 閣下の出生地がブリタニアスであったように ―― 考えなくブリタニアスで出産したりしたら、厄介なことになりそう。そういうこともあるから、全く以て清らか……清らか、まあきっとギリギリまでだから清らかって言い張るけど、この時点ではっきりと決断を下すべきだろう。


「……なるほど」

「大事な人を悪意の中に放り込むほど、わたしはお人好しではありません。閣下と閣下の血を引く我が子を守るのは、わたしの全てでございます」


 逞しい胸を拳で叩く。叩いた時のこの逞しい音といったら、我ながら惚れ惚れするわ!


「そんなに大切に思ってもらえて、嬉しいよ……そうだな、そのような考えもあるのだな」

「なにがですか?」

「幸せのために家督を継がないという考え。たしかに言われてみればな」


 閣下の界隈は家督を継げないのは幸せじゃない……みたいな世界ですからね。

 閣下はわたしの申し出を受けてくださり ――


「だがこれは駄目だと思ったら、止めに入る。そこは理解してくれ」

「はい」

「顔を裂いたり、名誉を汚すが、気にしないでくれ」

「……はぁ」


 顔を裂く? 名誉を汚す? ……敵、じゃなくてブリタニアス貴族がなにも仕掛けてこなければ、問題はないわけでしてね!

 その場合、わたしの気持ちが王朝存続か否かで揺れるけど……ガス坊ちゃんの、どうしようもない自慢げな表情が頭を過ぎる。なんでだ?


「さて、仕事を片付けてくる」


 閣下は立ち上がり、わたしにキスをしてからシルクハットを被り、部屋を出る。

 わたしも後をついて ――


「イヴ! 大丈夫か! リーンハルト、藪を呼べ!」


 おもいっきり、額全面を壁に打ちつけた。

 スゲーいい音した。ちょっと家が壊れるんじゃないかってくらいの音が!

 見て回ったときに、ドアが小さいの気付いてたのに! 前を歩いていた閣下は、ちゃんと頭を下げて出ていったというのに! 普通の住宅では、いつも通り抜けられるかどうかを注意していたのに!

 この頃閣下と過ごしているから、天井の高い家ばかりだったから! 

 あまりの轟音に、邸内にいる知り合いが集まってきた。

 足音で分かる!

 幸いだったのは、壁を壊さなかったこと ―― 恥ずかしくて、顔を隠さざるを得ないこの気持ちも分かってー!


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