【030】中尉、告白命令を下される
キース少将とはふわっと仲良くなることに成功。
なんか「あーこの男っ気ない、モテなすぎる部下、見張ってないと変な男に引っかかりそうだな」という空気を感じないでもないが。
事実、変な男ことオルフハード少佐(仮)に引っかかっているので、そんなことないと言い返せないのが辛い。
そんなキース少将の善意に甘えて、何度か食事に誘い出し、片思いの相談に乗ってもらった。
まあ、人生=モテ期のキース少将と、人生=彼氏いない歴のわたしとでは、根本的なものが違い過ぎてお話にならないんだけどさ。
そんな感じで過ごして一ヶ月。今年もあと一ヶ月半ほどの所で、オルフハード少佐(仮)より、明確な指示が飛んできた。
キース少将の面会者リストをまとめて机においておくように。そしてキース少将を誘い出せと。
誘い出すのはこれが最後だろうからと、わたしは「好きな人を見ていただきたい」とキース少将に頼んだ。
そんな誘いにも、面倒くさがらずについてきてくれるキース少将、良い人だなあ。最初の上官ガイドリクス大将も良い人だったよな……攻略対象でなければ。
キース少将、女性兵士の人気が高いの分かるよ。
食堂へ案内する途中の道で、停車していた馬車のドアが開き、閣下が現れた。
「キース、副官共々乗れ」
お久しぶりです閣下……内心で挨拶しながら馬車に乗り込む。
当然車中は無言。久しぶりに沈黙が痛い。とげとげしい痛さじゃなくて、冷気的な痛さ――実際季節はすっかり冬で、痛みを伴うような厳寒の季節だが、それよりもなんか寒く感じる。
連れて行かれた先は、初めて閣下に呼び出され、食事を振る舞われ、ガイドリクス大将の情報を流すよう命じられた邸。
前回わたしが通された部屋とは別の部屋へ。室内は大きい煖炉が赤々と燃えている。でもなんか寒々しい。
もちろんずっと無言のまま。
恐くてキース少将を見られません。
「座れキース」
「はっ!」
閣下に手で呼ばれたので近づき、書類をキース少将に渡すよう指示された。
座ったキース少将の前に書類を置く。
閣下、退出許可が欲しいのですが……。
「キース、北方司令部に裏切り者がいた」
退出許可出ませんでしたー。
キース少将の背後に立っているので、表情は見えないが……穏やかなままでも、憎悪の表情が浮かんだとしても、見たくはないよ。
「書類を手に取ってもよろしいのでしょうか? 閣下」
「かまわん」
煖炉の薪が爆ぜる音と、キース少将が書類を捲る音がしばし。痛い、沈黙が痛い。
書類そのものは三枚ほどだが、随分と読み終わるのに時間がかかったような、わたしの体感が狂ったのか? 時計がないのでそこは定かじゃない。
書類を読み終えたキース少将が、閣下へと向き直る。
「面目ありません」
「キース、身辺を調査させてもらった。その結果、信頼に値すると判断した。クローヴィス中尉、下がれ」
キース少将が裏切っていなかったことを教えてもらえて良かった。
いや、まあ、裏切ってないと信じていたけどね。
重苦しい空気の部屋を出ると、前回同様、若い従卒がいて、お食事をどうぞと別室へと連れていかれた。
キース少将をご自宅まで送らなくてはならないので、ここは言われた通りに食事をいただく。
玉葱とアンチョビが入った絶品ポテトグラタンに、人参と飾りのクリームの色合いが鮮やかなビーフシチュー。牛肉は相変わらずの柔らかさ。きっとこれはほほ肉。
ボール状のフランスパンはやはり焼きたて。
赤ワインを勧められたのだが、一応仕事中なのでと断った。
食べ終わる絶妙のタイミングでコーヒーと、きれいな形に絞りだされた生クリームが添えられているザッハトルテ。
この世界、チョコレートは高級品。固形チョコレートになると更に高級品で、誕生日などのお祝いごとの時しか食べられない。
「もう一ついかがですか?」
給仕してくれている従卒におかわりを勧められたが我慢する。
「中尉」
コーヒーを飲み終えて一息ついたら、オルフハード少佐(仮)が部屋にやってきた。
「なんでしょうか」
「キース少将より帰宅命令だ。小官が送り届ける」
オルフハード少佐(仮)ではなくオルフハード少佐のようだが、マルムグレーン大佐を見たあとでは、とてもとても。
だが帰宅するよう命じられたのだから仕方ない。
「一人で大丈夫であります」
「命令だ」
従卒からコートを受け取り袖を通し、オルフハード少佐にずるずると引きずられ――もちろん気分的に引きずられただけで、実際は引きずられてはいない。
馬車に乗り込み、無言のまま向かい合う。
「中尉」
「はい」
「昇進おめでとう」
「あ、ありがとうございます、少佐?」
この人、どの階級なのか、さっぱり分からない。
「オルフハード少佐な」
「はい、オルフハード少佐」
「ところで中尉。以前調査した時、中尉には浮ついた話はなかったはずなのだが」
そ れ か !
「小官が浮つこうが浮つくまいが、少佐には関係ないかと」
「関係ある」
「あるのですか?」
「対共産の会議に関わる者は、身辺調査が必須だ。それも継続的にな。中尉は現在、自由恋愛をおこなえる立場にはない」
ああ、そういうことか。
恋人がスパイだったりしたら、大変だもんね。
そして継続的に身辺調査するのか。身辺調査している方も大変そうだなあ。
「そういうご心配でしたら無用です。あれは……キース閣下からの追求を躱すためについた嘘ですので」
「本当か?」
「そこはオルフハード少佐の調査能力にお任せいたします」
「相手、随分と具体的だったがな」
うん、下手な嘘をつくと、キース少将にさくっと見破られてしまうので、本当のことを言わざるを得なかったんだよ。
……オルフハード少佐の視線が痛い。
きっとキース少将同様、わたしの嘘くらい軽く見破ってるんだろう。分かっていて聞いてくるとか鬼畜。
それ以上は聞かれず独身寮へと戻り――翌日、キース少将がやや憔悴した面持ちで、第二副官と一緒に登庁した。
きっと話が長引いたんだろう。
「クローヴィス中尉。キース閣下がお呼びです」
第二副官のリーツマン少尉に呼ばれ、キース少将の執務室へ。
「……」
「……」
「事情は聞いた」
「はい」
「これに関して後日然るべき場にて話し合いがもたれる。その席に中尉が臨席するかどうかは、わたしは関与しない……できないといった方が正しいか」
正直なところ、共産連邦対策会議に端とはいえ名を連ねるのは、荷が重すぎて……ですが、アレクセイルート阻止のためには、できる限り関わらなくてはならないと思うのです。
アレクセイ、共産連邦に戦争仕掛けるんでしょ? それもこっちを協力者にして。そんなん、やってられないからな! 戦争したければ、一人で共産の大地で剣振り回してろ!
「ところで中尉。中尉がわたしに語っていた、想い人とは参謀長官閣下だな」
「……」
ばれ……て、当然だよなあ。
完全に閣下のこと思い浮かべて話してたんだもん。
むしろ今まで気付かれなかったのが奇跡。
「身分違いにも程があるぞ、中尉」
ああ、奇跡じゃなくて、身分が違いすぎて、そんな考えに至らなかったんだな。常識をお持ちのキース少将大好きです。
でも、可哀想な女だなーという気持ちをもう少し隠してください、キース少将。
分かってますって、弁えてますから。ただ好きなだけなんです。
「思うだけならば、自由ですから」
「まあな。だがわたしは酒の席で中尉に、ある程度協力してやると言っている。だから協力してやる。今すぐ参謀長官閣下の所へ行き、思いを告げて来い」
はい? 今すぐ? なにを仰って……。
「あの、その、今は職務中ですが」
「職務中以外で、中尉は参謀長官閣下の元を訪れることができるのか?」
無理ですね。個人的に邸を訪れるとかできませんし、どこかで偶然会うということも、まずあり得ません。閣下の生活範囲は、上流階級の交流場ですからね。
ガイドリクス大将付きの時は、お姿を拝見することくらいはできましたけど……キース少将付きとなった今では、拝見する機会すらない。
「無理です」
「わたしの命で閣下に言伝を……という形で、告げて来い」
だから職務中に行ってこいと言うのですか。
ああ、人生において、振られたことのない軍人男って困るわー。
「告げるのですか。あのせめて手紙……」
「参謀長官閣下の手に届く前に、開封されるだろうが」
そうでしたー。その仕事、わたしもしてるー。恋文だって、普通に読んでたー。キース少将宛の恋文、全部わたしが目を通してた。
プライバシーの侵害じゃないから。仕事だから。職場に恋文が届いたところで、誰も読まないから……ああああ!
「直接、はっきりと告げて来い」
「……」
そんなに簡単に言いますけれど!
「上官の命令は絶対だ。行ってこい、クローヴィス中尉」
酷い! 酷すぎる命令! でも、この命令に乗って告白しなければ、きっと後悔する。
キース少将から「今日は帰ってこなくていいぞ」との言葉を貰い、閣下がいる宮殿を目指した。




