表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/335

【030】中尉、告白命令を下される

 キース少将とはふわっと仲良くなることに成功。

 なんか「あーこの男っ気ない、モテなすぎる部下、見張ってないと変な男に引っかかりそうだな」という空気を感じないでもないが。

 事実、変な男(ユグノー)ことオルフハード(マルムグレーン)少佐(仮)(大佐)に引っかかっているので、そんなことないと言い返せないのが辛い。


 そんなキース少将の善意に甘えて、何度か食事に誘い出し、片思いの相談に乗ってもらった。


 まあ、人生=モテ期のキース少将と、人生=彼氏いない歴のわたしとでは、根本的なものが違い過ぎてお話にならないんだけどさ。


 そんな感じで過ごして一ヶ月。今年もあと一ヶ月半ほどの所で、オルフハード少佐(仮)より、明確な指示が飛んできた。

 キース少将の面会者リストをまとめて机においておくように。そしてキース少将を誘い出せと。

 誘い出すのはこれが最後だろうからと、わたしは「好きな人を見ていただきたい」とキース少将に頼んだ。

 そんな誘いにも、面倒くさがらずについてきてくれるキース少将、良い人だなあ。最初の上官ガイドリクス大将も良い人だったよな……攻略対象でなければ。

 キース少将、女性兵士の人気が高いの分かるよ。

 食堂(ビストロ)へ案内する途中の道で、停車していた馬車のドアが開き、閣下が現れた。


「キース、副官共々乗れ」


 お久しぶりです閣下……内心で挨拶しながら馬車に乗り込む。

 当然車中は無言。久しぶりに沈黙が痛い。とげとげしい痛さじゃなくて、冷気的な痛さ――実際季節はすっかり冬で、痛みを伴うような厳寒の季節だが、それよりもなんか寒く感じる。

 連れて行かれた先は、初めて閣下に呼び出され、食事を振る舞われ、ガイドリクス大将の情報を流すよう命じられた邸。

 前回わたしが通された部屋とは別の部屋へ。室内は大きい煖炉が赤々と燃えている。でもなんか寒々しい。

 もちろんずっと無言のまま。

 恐くてキース少将を見られません。

 

「座れキース」

「はっ!」


 閣下に手で呼ばれたので近づき、書類をキース少将に渡すよう指示された。

 座ったキース少将の前に書類を置く。

 閣下、退出許可が欲しいのですが……。


「キース、北方司令部に裏切り者がいた」


 退出許可出ませんでしたー。

 キース少将の背後に立っているので、表情は見えないが……穏やかなままでも、憎悪の表情が浮かんだとしても、見たくはないよ。


「書類を手に取ってもよろしいのでしょうか? 閣下」

「かまわん」


 煖炉の薪が爆ぜる音と、キース少将が書類を捲る音がしばし。痛い、沈黙が痛い。

 書類そのものは三枚ほどだが、随分と読み終わるのに時間がかかったような、わたしの体感が狂ったのか? 時計がないのでそこは定かじゃない。

 書類を読み終えたキース少将が、閣下へと向き直る。


「面目ありません」

「キース、身辺を調査させてもらった。その結果、信頼に値すると判断した。クローヴィス中尉、下がれ」


 キース少将が裏切っていなかったことを教えてもらえて良かった。

 いや、まあ、裏切ってないと信じていたけどね。

 重苦しい空気の部屋を出ると、前回同様、若い従卒がいて、お食事をどうぞと別室へと連れていかれた。

 キース少将をご自宅まで送らなくてはならないので、ここは言われた通りに食事をいただく。

 玉葱とアンチョビが入った絶品ポテトグラタンに、人参と飾りのクリームの色合いが鮮やかなビーフシチュー。牛肉は相変わらずの柔らかさ。きっとこれはほほ肉。

 ボール状のフランスパンはやはり焼きたて。

 赤ワインを勧められたのだが、一応仕事中なのでと断った。

 食べ終わる絶妙のタイミングでコーヒーと、きれいな形に絞りだされた生クリームが添えられているザッハトルテ。

 この世界、チョコレートは高級品。固形チョコレートになると更に高級品で、誕生日などのお祝いごとの時しか食べられない。


「もう一ついかがですか?」


 給仕してくれている従卒におかわりを勧められたが我慢する。


「中尉」


 コーヒーを飲み終えて一息ついたら、オルフハード少佐(仮)が部屋にやってきた。


「なんでしょうか」

「キース少将より帰宅命令だ。小官が送り届ける」


 オルフハード少佐(仮)ではなくオルフハード少佐のようだが、マルムグレーン大佐を見たあとでは、とてもとても。

 だが帰宅するよう命じられたのだから仕方ない。


「一人で大丈夫であります」

「命令だ」


 従卒からコートを受け取り袖を通し、オルフハード少佐にずるずると引きずられ――もちろん気分的に引きずられただけで、実際は引きずられてはいない。

 馬車に乗り込み、無言のまま向かい合う。


「中尉」

「はい」

「昇進おめでとう」

「あ、ありがとうございます、少佐?」


 この人、どの階級なのか、さっぱり分からない。


「オルフハード少佐な」

「はい、オルフハード少佐」

「ところで中尉。以前調査した時、中尉には浮ついた話はなかったはずなのだが」


 そ れ か !


「小官が浮つこうが浮つくまいが、少佐には関係ないかと」

「関係ある」

「あるのですか?」

「対共産の会議に関わる者は、身辺調査が必須だ。それも継続的にな。中尉は現在、自由恋愛をおこなえる立場にはない」


 ああ、そういうことか。

 恋人がスパイだったりしたら、大変だもんね。

 そして継続的に身辺調査するのか。身辺調査している方も大変そうだなあ。


「そういうご心配でしたら無用です。あれは……キース閣下からの追求を躱すためについた嘘ですので」

「本当か?」

「そこはオルフハード少佐の調査能力にお任せいたします」

「相手、随分と具体的だったがな」


 うん、下手な嘘をつくと、キース少将にさくっと見破られてしまうので、本当のことを言わざるを得なかったんだよ。

 ……オルフハード少佐の視線が痛い。

 きっとキース少将同様、わたしの嘘くらい軽く見破ってるんだろう。分かっていて聞いてくるとか鬼畜。


 それ以上は聞かれず独身寮へと戻り――翌日、キース少将がやや憔悴した面持ちで、第二副官と一緒に登庁した。

 きっと話が長引いたんだろう。


「クローヴィス中尉。キース閣下がお呼びです」


 第二副官のリーツマン少尉に呼ばれ、キース少将の執務室へ。


「……」

「……」

「事情は聞いた」

「はい」

「これに関して後日然るべき場にて話し合いがもたれる。その席に中尉が臨席するかどうかは、わたしは関与しない……できないといった方が正しいか」


 正直なところ、共産連邦対策会議に端とはいえ名を連ねるのは、荷が重すぎて……ですが、アレクセイルート阻止のためには、できる限り関わらなくてはならないと思うのです。

 アレクセイ、共産連邦に戦争仕掛けるんでしょ? それもこっちを協力者にして。そんなん、やってられないからな! 戦争したければ、一人で共産の大地で剣振り回してろ!


「ところで中尉。中尉がわたしに語っていた、想い人とは参謀長官閣下だな」

「……」


 ばれ……て、当然だよなあ。

 完全に閣下のこと思い浮かべて話してたんだもん。

 むしろ今まで気付かれなかったのが奇跡。


「身分違いにも程があるぞ、中尉」


 ああ、奇跡じゃなくて、身分が違いすぎて、そんな考えに至らなかったんだな。常識をお持ちのキース少将大好きです。

 でも、可哀想な女だなーという気持ちをもう少し隠してください、キース少将。

 分かってますって、弁えてますから。ただ好きなだけなんです。


「思うだけならば、自由ですから」

「まあな。だがわたしは酒の席で中尉に、ある程度協力してやると言っている。だから協力してやる。今すぐ参謀長官閣下の所へ行き、思いを告げて来い」


 はい? 今すぐ? なにを仰って……。


「あの、その、今は職務中ですが」

「職務中以外で、中尉は参謀長官閣下の元を訪れることができるのか?」


 無理ですね。個人的に邸を訪れるとかできませんし、どこかで偶然会うということも、まずあり得ません。閣下の生活範囲は、上流階級の交流場ですからね。

 ガイドリクス大将付きの時は、お姿を拝見することくらいはできましたけど……キース少将付きとなった今では、拝見する機会すらない。


「無理です」

「わたしの命で閣下に言伝を……という形で、告げて来い」


 だから職務中に行ってこいと言うのですか。

 ああ、人生において、振られたことのない軍人男って困るわー。


「告げるのですか。あのせめて手紙……」

「参謀長官閣下の手に届く前に、開封されるだろうが」


 そうでしたー。その仕事、わたしもしてるー。恋文だって、普通に読んでたー。キース少将宛の恋文、全部わたしが目を通してた。

 プライバシーの侵害じゃないから。仕事だから。職場に恋文が届いたところで、誰も読まないから……ああああ!


「直接、はっきりと告げて来い」

「……」


 そんなに簡単に言いますけれど!


「上官の命令は絶対だ。行ってこい、クローヴィス中尉」


 酷い! 酷すぎる命令! でも、この命令に乗って告白しなければ、きっと後悔する。

 キース少将から「今日は帰ってこなくていいぞ」との言葉を貰い、閣下がいる宮殿を目指した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ