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【003】少尉、味方を得る

 リリエンタール閣下が帰られたあと仕事に精を出し――退庁時間になったので、仕方なしに帰ることに。家にまっすぐ帰れるなら足取りも軽いが、リリエンタール大将に呼び出されたというのが。それにユグノーのことも。

 だが避けては通れないので、昨日同様着替えて乗合馬車で八番街に。

 通りには大勢の人がおり――わたしがリリエンタール大将に呼び出されたのは、ごくありふれた大衆食堂だった。

 こんな大衆食堂で黒ビールとシャンパンのカクテルなんてあるはずないし、注文するバカもいない。


「ブラック・ベルベットを二つ」


 それでも店員にそう声を掛けると、


「畏まりました」


  この声、聞き覚えあるわ-。昨日色気一つない状況で呻かせた男だ。

 癖の強い灰色の髪をしっかりと撫でつけ、白いシャツに真紅のロングのギャルソンエプロン。

 ユグノーだけど、ユグノーじゃない。顔はそのままだけれど、雰囲気がまるで違うので、別人にしか見えない。

 この雰囲気だったら、声かけられても意気投合しなかったなあ。


「お客さま、こちらへどうぞ」


 ユグノーにそのまま店の奥へと連れていかれた。

 通された部屋には兵士が三名に、床に鉄製の扉があって、取手に鎖が巻かれ南京錠が掛かっている。

 ユグノーが慣れた手つきで外し、兵士二人がかりで鉄の扉を持ち上げると、階段が出てきた。

 兵士からカンテラを受け取って、階段を降り――


「昨日の鳩尾への一撃は効いた」

「手加減したんですけどね」


 振り返ったユグノーの瞳は「え゛」という効果音が相応しい……もちろん手加減したよ。本気出したら肋骨くらい折るよ、わたしの拳は。

 通路を抜けて階段を上った先は、まったく別の建物。

 貴族の小洒落た邸っぽく、窓が天井近くまであり、閉められているカーテンが、どこもかしこもぴしっとしていて。適当な襞など一つもない。

 深みのある焦げ茶色の廊下はむらなくワックスがけされていて、壁紙は上下がことなり、境には薔薇が描かれたトリムボーダーが貼られている。

 わたしが住んでいる、独身寮とは比べ物にならない高級感。

 廊下は長いけど、ドアの数は少ない――一室一室の大きさを感じる。

 入った所から一番遠くのドアをユグノーが開け、入るように促す。

 足を踏み入れると、角のない部屋でした。壁は緩やかなカーブを描き、そこにはめ込まれた書棚に並ぶ、揃いの革の背表紙の本。

 頭上に落ちてきたら即死するだろう、立派なシャンデリア。

 壁には肖像画が幾つも飾られ……貴族のお屋敷ですね。

 白いクロスが掛けられたテーブルの上には、オーブンで焼いたサーモンは白い皿に玉葱と人参の細切り、そしてディルが飾られ、ベリーソースが添えられたミートボールに、ガーリックトースト。ザワークラウドが添えられている煮込んだ塩漬け豚肉。


 好物しか乗ってない。なんでだろう?


「イヴ・クローヴィス少尉」

「はい、閣下。クローヴィス少尉、出頭いたしました」


 室内にはリリエンタール閣下。


「食事をしながらで良い」


 座るよう指示されて、食べても良いと言われたが、料理に毒とか入ってませんかね? 自白剤的なものが混入されていたりとか……。

 かといって食わないのも、失礼なような。正面にリリエンタール閣下が座っているので緊張するが。

 とりあえず、グラスに入っている酒を……おお! これはブラック・ベルベット。


「まず最初に。ユグノーと名乗っていたこの男は、わたしの部下だ」

「腹心です」


 閣下が部下と言った直後に腹心と言い直したよ、この男。自称腹心かー。幸せになれよ、名前知らないけど。


「この男が少尉に近づいたのは、少尉と恋人となり情報を得るためだ」

「うわぁ」


 思わず声が漏れてしまった。

 偽装恋人になって、仕事の情報を手に入れようとしたのか。最低だな!

 きっとわたしが男と付き合ったことがないから、初彼相手に浮かれ、捨てられないように情報をぽんぽんと渡すと考えての策だな。なんという悪魔の所行。酷い!


「その策は失敗に終わった」


 はい、腹パンで終わらせました。

 ただのちょっとしつこいナンパ男暴行事件(加害者わたし)で、幕を下ろせたはずなのに、わざわざこうしてわたしを呼び出したということは、どうしてもわたしから情報を得たいということか。ただの少尉であるわたしが、リリエンタール閣下に提供できる情報となると上官関係のことしかない。


「小官をこうして極秘裏に呼び出し、事情を教えたということは、ガイドリクス大将の身辺を探り、閣下に報告しろということですか」

「そうだ」


 これはチャンスだ!

 リリエンタール大将は、齢十八で共産連邦の進撃を食い止めた戦略家。

 すでに士官学校の教科書に載ってるくらいの偉人。

 とにかく負けない策を立ててくれる後方参謀。前線で指揮を執るタイプじゃない。

 きっと勝てる策もあるんだろうが、敵の共産連邦の物量攻撃の前には負けない策しか……むしろ国力百倍といってもいい共産連邦が、リリエンタール閣下がいるからと我が国を攻め倦ねているんだから、その存在感は異常。


「どうした? 少尉」


 四ヶ月で開戦を阻止するのは、平凡平民尉官一人(イヴ・クローヴィス)では無理だけれど、リリエンタール大将(外務特使兼参謀長官)が動いてくれれば、なんとかなる! ……気がする。


「閣下」

「なんだ」

「ガイドリクス大将がセイクリッド公子と組んで、公子がフォルズベーグ王となるのを阻止したい。ゆえに小官に大将閣下を裏切り、閣下に情報を流せ……なる認識でよろしいでしょうか?」

「……」


 あれ? なんか間違った? うっ……沈黙が痛い。そして冷えてゆく料理。でも食べる気にはなれない。好物ばかりだから、辛いなあ。


「ふむ。たしかにその可能性もあるか。クローヴィス少尉、少し話は長くなるが、聞いてもらおう」

「はい、閣下」


 聞く聞く。そして、協力してください!


「わたしはフォルズベーグ王国の南東、アディフィン王国の出身だ」

「存じております、閣下」


 出身はそこですけど、たしか血筋は神聖帝国と旧帝国筋ですよね。あまりにごちゃごちゃしていて、学生時代はさくっと流しましたが。


「アディフィン王国は十三年ほど前、立憲君主制に移行した。大陸は近年続々と、共和制、立憲君主制などに国家体制が移行している」

「存じております」


 蒸気機関車などの、産業機械の発達。それに伴い市民が力を持ち――時代の流れってやつだね。我が国はいまだ絶対王政だけどさ。


「絶対王政である隣国フォルズベーグ王国だが、近々立憲君主制へとその体制を変えることになる。当然反発もあるが、国王は敢行する予定だ。そしてこの国も立憲君主制へと移行すると、女王陛下が決められた」


 やべえ、これ聞いちゃだめな話だ。もう聞いちゃったから、どうすることもできないけど。

 乙女ゲームの社会情勢じゃないよ、これ。


「このことは、婚約者であるセイクリッド、先代王弟ガイドリクス両名とも知っており、同意している」

「本当に? ですか」

「本心は分からぬな。ところでクローヴィス少尉、なぜセイクリッドが隣国の王位を狙うのではと考えたのだ?」


 逆ハールート確定スチルが出たからです、と言えないのが辛い……わけでもない。言葉にするとバカ丸出しの台詞なので、出来ることなら言いたくない言葉だ。


「昨日、王立学習院で、一人の令嬢を取り囲み話をしている姿を見た時、違和感を覚えたのです。なぜ彼等が、いままでなんの接点もなかったであろう令嬢を囲み話しているのかと。自分なりに考えた結果、令嬢は目くらましで、彼女と会話をしているふりをして、なにかよからぬことを企んでいるのではと考えた次第であります」


 学習院で幕僚長や貴族の子弟、女王の婚約者が一人の令嬢を取り囲んでたら変ですって。


「ふむ。絶対王政固持派と隠れて組むか。あり得なくはないな……マリーチェの離縁を早めるか」


 マリーチェ? 話の流れからすると、ガイドリクス大将の奥さまマリーチェさまだろうなぁ。

 王女を呼び捨てとか、そりゃあ来た当初は恋人と言われるよな。


「クローヴィス少尉、話はこれで終わる。料理は食べて帰るように。ではな」


 リリエンタール閣下はナンパ男を連れて部屋を出て――全部食って、酒も飲んで部屋を出ると、従卒が廊下で待機していて、玄関まで案内されたら馬車(カブリオレ)が待機しているという、至れり尽くせり。


「乗らなくては駄目か」

「はい。お願いします、少尉」


 若い二等兵従卒を困らせるわけにもいかないので乗って……リリエンタール閣下のお心遣いなのかなんなのか、独身寮から少し離れたところで停車し、帰途に就きました。

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