【013】代表、戴冠する
ディートリヒ大佐の強さを目の当たりにした、性的襲撃犯事件 ―― 伸びた犯人たちを拘束していたのだが、朝になってから更に両手足首を縄でぎっちりと縛り、
「壊死してしまうのでは」
「少佐は優しいなあ。だがその優しさ、今は必要ない」
「あ、はい」
首を革ベルトで締め上げた。
まだ首は絞まっておりませんが、革ベルトを水で濡らしているので……乾いてきたら徐々に締まるという、絶対付けて欲しくないオプションつき。
『助けにきてもらえるといいな。ま、助けにきてもらえなくても、転がって川縁までいって首を突っ込んで濡らせばなんとかなるんじゃないか?』
ディートリヒ大佐の良い笑顔と、怯える四名。
集団強姦未遂犯がなに怯えてるんだろう?
「生き残ったとしたら、じっくりと締め上げて死んだほうがましだったと思わせてやるがな」
朝食後、髪のセットを整えた閣下が、杖を片手に蔑みを隠さず見下していらっしゃった。
閣下のロスカネフ語での脅しは、ブリタニアス人の彼らには通じていないだろうけれど、視線と口調でなんとなく通じているっぽい。
これが塵を見るような眼差しですかね?
なんというか「見下しとはこうするものだ」という見本といいますか……見下されてもとくに問題ない奴らなのでどうでもいいのですが!
こうしてわたしたちは強姦未遂犯を放置し、馬に乗ってギブスさんの牧場へ ―― 午前八時前に出立して正午前には到着。
ギブスさんの牧場は当初、立ち寄る予定はなかったのですが、野宿続きはこれからオリュンポスに出場するわたしとサラバンドに良くない……ということで、本日はゆっくりと休養することに。
ギブスさんの牧場は2000エーカーほどの敷地で、主に牛を育てている。チーズやバターなどの加工品も敷地内の工場で作り、肉と共に貴族の邸に卸したり、近くの街で販売しており結構裕福なのだそうだ。
牧場内には住み込みの従業員が十名に、メイドが六名ほど。
そこに牧場主夫妻と息子夫妻、その子供が五人という大所帯。
家はかなりの年代物のようだが、手入れが行き届いている。
「もうじき到着する」
わたしは何をしているかといいますと、閣下と一緒に馬車に乗って近くの湖畔へとお出かけ ―― 泊めてもらうので牛追いくらいしますよ! 牧羊犬なみに走れるよ! と申し出たのだが、折角なので綺麗な景色を楽しんで下さいと。
ブリタニアスの諜報員な使用人ブラッド青年を馭者に、ディートリヒ大佐を護衛として軽く観光を楽しむことに。
裕福とはいえ馬車の車体はちょっと良い程度 ―― 閣下や儚い笑顔な総司令官が乗る馬車に同乗することが多かったので、久方振りの普通馬車の乗り心地の悪さに「ふぉあ!」という気持ちに。
最近ほんとうに乗り心地いい馬車にばかり乗っていたのだなというのを実感する。
……結婚式のときには、シロテンの毛皮が貼り付けられた車体だったもんな。あの車体シロテンの下は総革張りなんだぜ。それもベビーカーフ(生後三ヶ月以内の仔牛)という高級ぶり。
「楽しみです」
風光明媚な景色を楽しめるのは嬉しいのですが……あの置き去りにしてきた強姦未遂犯たち助かったかなあ?
「あれたちは、フィリップの手の者たちに回収されていることだろう。生かしておいてこその証人だから、心配してやることはない」
「あ、そうでしたか」
相変わらず閣下に考えを読まれまくり!
「あのような下卑どもの行く末など、心配する必要はないぞ、イヴ」
「あ、はい」
心配といいますか……蹴りで一人の顎割っちゃった気がするんですよねー。べつに気に病んではいないのですが、もともと顎が割れている男だったので、さらに深い割れ目になるのかな? という好奇心? というか……骨折関係ないか。
草むらの上をゆっくりと進んでいた馬車が停まり、
「到着したのか、ブラッド」
「はい」
ディートリヒ大佐が声を掛けて、まずは下りて周囲を確認してから、閣下に無言で頭を下げる。
そして閣下が下りられて、わたしに手を差し出す。
「イヴ、手を」
閣下は当然のようにわたしを女性扱いしてくださるのですが、まだわたしは慣れないのでぎこちなくて、
「ぶふ……」
思わず自分の動きの滑稽さに笑いがこみ上げてきてしまった。
「緊張しても構わぬよ。徐々に慣れていけばいいのだからな」
閣下はわたしの手を掴み微笑んでくださった。
馬車を降りると閣下は手をそのまま握り、もう片方の手にディートリヒ大佐から渡された杖を持たれた。
「案内させてもらえるかな? イヴ」
「はい」
湖畔を閣下とお話しながら歩く ――
「……と考えているのですが、これらは違反になるのでしょうか?」
話の内容がついついオリュンポス関連になったのは、仕方ないといいますか……気付いたらそうなっていたのですよ!
「それらはどれも違反ではない」
卑怯かも知れませんが、前世の記憶を引っ張ってきて、万全の体制で臨みたい! ……そう思ったのですが、現在行われているオリュンポスでは許されないこともあるはず。
わたしは出場選手ですが、オリュンポスの決まり事のすべてを網羅していない……射撃と乗馬のルールについては覚えてきた。
共に移動していた他の選手たちは、自分が出場する競技についても怪しかった。
もちろん彼らが悪いわけではない。
大会組織委員会的なところから、ルールブックが配られているわけでもないし、そもそも国際的な競技団体があるわけでもないので「その場で口頭で注意事項を聞けばいいだろ。分かるかどうかは知らんけど」くらい。
決まり事や法典みたいなのはこの時代、古帝国語がデフォルト。というか法律関連の書類で古帝国語が使用されないことはなく、それを自国語に翻訳するなどということはしない。
読めるヤツだけが国の中枢にいれば良し! なのですよ。
オリュンポスの決まり事も、当然ながら古帝国語で六法全書的な書かれ方をしているので、一般人には読みづらい。
わたしは士官学校で軍法を学んできたので、それなりに読めるのだが、それでも所々「あ゛? 意味わかんない。喧嘩売ってんのか!」なところがあり、法学部出身(専門は国際鉄道法)の弟・デニスに助けてもらいながら、自分の競技に関係するところだけ読んだ。
デニスでも分からないところは、悔しいが粗ちんに聞いたけどさ! あいつ本当に説明は上手かった!
黙って士官学校卒業していたら、史上最年少で軍法務局の副局長になれたんじゃない? と思うくらいには。
ちなみに”副”なのは、法務関係はいまだに貴族がトップに就く慣習があるので。粗ちんには、平民出ながら総司令官になったキース大将ほどの気概は感じられないからきっと無理。
ちなみに気概のなさとは、わたしに腹パンされてから快復するのに四日間を要したこと。
失恋……あまり認めたくはないのだが、わたしに失恋したダメージからの休みではなく、マジで腹が痛くて休んだそうだ。
副官だけではなく部下たちまでが代わる代わる看病したと。
ディートリヒ大佐は似たような腹パンしても、翌日仕事していたぞ!
まあお前への腹パンのほうが、ディートリヒ大佐にしたのより若干強かった……かなり強かった……オディロンにはきかないレベルだったのは確か!
そうそう、いきなりわたしたちに同行することになったエサイアスは移動の時間、まあまあの厚さがあるオリュンポス法典読んでた。もちろん辞書なしで……出来る男は違うわ。
「……みたいなこともしたいんです」
そんな出来る男、粗ちんとエサイアス二人がかりでも勝てそうにないのが閣下……ま、まあ惚れた弱みというか、好きな人のほうが凄いと思うじゃないか! 実際凄いけど。
わたしのしたいこと箇条書き! みたいな話にも優しく頷いてくださり、所々で「それはこういうことか?」など補足してくださる。
「そうか。分かった。必要と思しきものは、全て手配しておこう。届け出もわたしに任せてくれ、イヴ」
閣下がそのように仰ってくださったので、甘えさせていただくことにした。異国の行政に申請書類を提出するとか、わたしには無理。
湖畔をそんな話をしながら歩き、引き返すと昼食の準備が整っていた ―― 持ってきたサンドイッチを焚き火で軽く炙り温かくしてくれたのだ。
一つは人参にチーズ、赤玉葱をすり下ろして、サンドイッチスプレッドと塩胡椒を混ぜ、なめらかになるまで合わせたものを、バゲッドに挟んだサンドイッチ。
添え物としてソーセージと卵焼きで、とてもエールに合う。
……なのですが、もう一つのサンドイッチがさあ、食パンにバターを塗ってフライドポテト挟んでる。味付けはブラウンソースとマスタード。
炭水化物に炭水化物をぶつけてくるという、かなり攻めたスタイル!
でも周囲の人たちは普通の顔をしているので、ブリタニアスでは珍しくないサンドイッチなのだろう。
フライドポテトもバターを塗ったパンも好きだ! どっちも美味しいから、きっと不味くないはず! 正直言えば、別々に食べたいけれど。
サンドイッチを食べながら、ブラッド青年による観光案内を聞いていたのだが、ギブス牧場から湖畔、そして対岸に見えたハイセンスなお屋敷は全てババア陛下さまのもの ―― ここは直轄領なのだそうだ。
ギブス牧場は御用牧場というほどではないが、この辺りにババア陛下さまがやってきたら食肉に牛乳や加工品などを納める御用達ではある。
「あの辺りに月桂樹が生い茂っているのですが、もちろん葉をちぎることは許されません。もちろんクリフォード公爵夫妻ならば問題ございませんが」
ブラッドが指さしたほうを見ると、月桂樹が生い茂っていた。
「あの葉をちぎって持ち帰ったら、ギブス牧場の人は喜ぶのか?」
「それはもう」
「そうか」
視線を向けると閣下は鷹揚に頷いてくださった。
「閣下。ギブス牧場に持ち帰る以外にも、月桂樹が欲しいので、枝ごと切ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん。なんなら木を切り倒してしまっても構わん」
「残念ながら斧がないので。ありましたら、五本や十本即座に切り倒せるのですが」
なんだ、ブラッド青年。その驚いたような顔は。
君は本当にスパイなのかい?
それはともかく ―― ギブス牧場へ持ち帰る葉はディートリヒ大佐がちぎってくれることになり、わたしはわたしの作業を。
枝を切り落としてまとめるだけの、簡単な作業なんですけどね。
わたしは作ったものを体の後に隠して、閣下を呼ぶ。
「閣下! こちらへ来てください」
「分かった」
閣下はやや速歩でわたしのほうへ来て下さった。
「お呼び立てして済みません」
「いいや。それでなにかな? イヴ」
わたしは隠していた月桂冠を取り出す。
「閣下、ままごとではありますが……イヴ・クローヴィスだけの皇帝陛下になってくださいませんか?」
「……喜んで」
両手で月桂冠を持ち、閣下の頭上にそっと乗せた。
「閣下に初めて戴冠したのはわたし……ですよね?」
「そうだ。何者も朕の頭上に冠を掲げることは許さない……つもりだったのだが、イヴに戴冠してもらえるとは……戴冠もいいものだな。もちろんイヴに限りだが」
月桂冠ですが、閣下がとても気に入ってくださったようで、牧場に戻ってもずっと被っていらっしゃった。
「枯れたらまた作ってくれるか?」
「もちろん。お花の冠とかどうですか?」
そう言ったら、ベルナルドさんが「う゛ふぉぉぉぉ!」って。ディートリヒ大佐は噎せたけど……そ、そんなに駄目かな?
「楽しみにまっているよ、イヴ」
閣下は一切気にせず、わたしに微笑んでくださった。
それにしても閣下、月桂冠似合うわ。シルクハットも似合うけれど、きっと冠が似合うお顔立ちなのだろう。さすが高貴なお方。そんな高貴なお方が、わたしの夫なんですけどね!




