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【010】代表、馬に乗り旅立つ

「ブリタニアスに到着する前にクローヴィス少佐にクリフォード公爵として授与式に臨むことを打ち明けなかったら、クローヴィス少佐から代表の資格を剥奪すると」

「……」


 甲板でディートリヒ大佐と共に海を眺め ―― ブリタニアス君主国が見え始めたところで、キース大将がそのように言っていたと教えてくれた。


「ギリギリまで引っ張りましたが」

「キース大将には嘘の報告でもよいのでは?」

「わたしは右肩が犠牲になるだけですが、フォルクヴァルツ閣下が同行しておりますので、誤魔化しはきかない」

「…………」

「フォルクヴァルツ閣下はどちらにつくのか、よく分からない御方なので」


 閣下とは別方向な暗さを感じるフォルクヴァルツ閣下の笑顔が……。

 わたしはフォルクヴァルツ閣下のことを、ほとんど存じ上げませんが、そうなんだろうなと納得してしまうのは、やはりいきなり異国で落下してきたのが原因……なのかな?


「他にもわたしから、代表の権利を剥奪することがらについて、キース閣下からなにか聞いていますか」


 オリュンポス(オリンピック)に出場するのには、軍人でなくてはならないという縛りがある ―― 軍の最高司令官は軍人を自由にできる。

 キース大将はめったにそれらの権利を使わないけれども、全く使わないわけでもない。


「聞いているし報告義務もある」


 ディートリヒ大佐はロスカネフ王国軍に所属していることになっているので、キース大将の権限が効く。

 効かなかったら、キース大将が許さないだろう。それは縄張り意識というよりも「全ての部下はわたしが責任を持つ」という意識から。


「なんですか?」


 事前に聞いておけば、回避できるし。


「……」


 ディートリヒ大佐が困ったように、少し目を細め、海風が撫でつけている髪をふわりと抜けて、もともと柔らかい癖毛が少しだけ揺れる……美形だな! 美形というのは儚い詐欺もそうだが、風という自然現象まで容易に味方につける。


「聞きたいか? クローヴィス少佐」

「はい」

「一線を越えたらすぐに報告しろとのご命令だ」

「…………」


 そ、それか。それを報告されるのは、恥ずかしいというレベルではないのですが、総司令官の命令とあらば仕方ないよな。


「少佐に関しては”流される、もしくは騙されるなど、気付いたら……だろう”とのこと。どちらかというと、大統領(リリエンタール)のほうを警戒している」


 自分から聞きたいと言っておきながら、すでに白目をむいて逃げたい。


「心配するな。直接的な表現で電報を送ったりはしない。専用の暗号文でのやり取りだ」


 ええ! 専用の暗号文つくったの! 嫌過ぎる! 

 一体どんな文章でやり取りをするのですかー! もちろん聞きませんよ、聞いたらダメージ食らっちゃうから。

 キース大将、ご心配なく!

 毎晩閣下と一緒に裸で寝ていますが、一線を越えてしまうようなことはありません! 触られてるけど、大丈夫です!


「リリエンタール閣下の、世界を征服できるような堅忍不抜力による所が大きいけどな」

「?」 


 無事にブリタニアスの港に到着 ―― 世界各地に植民地を持つ大国の港。停泊している船の多さといい、降ろされる積荷の数といい、働いている水夫の数といい「さすが!」の一言につきる。


「ふん、来たか」


 出迎えに現れたのは五名ほどで、その中の一人が「あ、これが代表だ」とすぐに、そして誰にでも分かった。

 豊かな総白髪をオールバックにし、左目に片眼鏡をつけた、フロックコートにシルクハットという正装に杖と、閣下と同じ格好をした恰幅の良い老紳士。

 着用している服の質が違うのもそうだが、風格がまったく違う。


「わざわざ政府の要人にお出迎えしてもらえるとは、嬉しいことじゃないか、アントン」

「ふん。黙れアウグスト」


 小国といえども閣下は大統領ですので、まあ一応貴賓なのです。

 ブリタニアスからすると、わざわざ国を挙げて歓迎してやるほどの大物ではない……ロスカネフの大統領はね。


『ほぉー。これはこれは、元海軍司令長官マクミラン閣下自ら出迎えてくださるとは。このリリエンタール、感激の至りにございます』


 閣下は老紳士に向かってそう声をかけた。

 わたしの聞き間違いでなければ元海軍司令長官……マクミラン……と。もしかしなくても、ガス坊ちゃんの祖父フィリップ・マクミラン?


『おやめ下さい』


 恰幅の良い老紳士は、ハンカチを取りだし汗を拭き始める。


『ブリタニアス政界の重鎮がなにを仰います。わたしはまだ大統領になって一ヶ月ほどしかたっていない若輩者。長らく政界に身を置くフィリップ卿に、是非とも政治についてお教えいただきたい』


 国力からすると閣下の喋り方でも良いのかもしれませんが、ロスカネフの大統領以外の地位が、完全にガス坊ちゃんの祖父では太刀打ちできない。


『お戯れを……』


 止めるよう言わないの?

 いや、言うのは簡単だけれども、閣下がこのように喋っているのには、なにか理由があると思うのですよ。

 政治家として、もしくは貴族として、あるいは大使として ―― 駆け引きをしているのだとしたら、無責任に口を挟むのはよくない。

 外国の重鎮との会話に、政治を知らない小娘がしゃしゃり出るのは、外交的にまずいだろう ―― 年齢といい体格といい小娘ではないのですが、この場合小娘と表現するのがもっとも正しいよな。

 こんなやり取りの後、立ち話もなんですので ―― と、港側の大きな邸へ。

 閣下とガス坊ちゃんの祖父のお話し合いが行われている間、わたしはディートリヒ大佐とともに別室へ


「久しぶり! ルオノヴァーラ大尉!」

「クローヴィス少佐。昇進に結婚、おめでとうございます」


 そこでわたしたちはルオノヴァーラ大尉と再会した。


「座れ」


 ディートリヒ大佐の指示を受け、わたしたちはソファーに腰を下ろし ―― ディートリヒ大佐が説明を始めた。


「…………ということで、わたしはロスカネフ軍に在籍していた形跡を消し、共産連邦の情報を奪うべく別人に成りすまし、潜入していたのだ」


 もちろん嘘です。その頃ディートリヒ大佐はわたしの副官として働いてくれていました。


「そうだったのですか」


 それにしても、一時期リースフェルトさんと一緒に働いていたエサイアスやピンクが同一人物だと気付かないのは……ピンクはともかく、エサイアスですら気付かないのが凄いなあ。

 本当に人を欺ける才能があるのだろう。

 わたしが美形と言ったせいで、馘首になったようですが。


「わたしのことに気付いた大尉を、キース閣下は高く評価しておられる。これがキース閣下からの書状だ」


 ディートリヒ大佐が胸元から出した手紙を受け取り ―― 封を開けて目を通したルオノヴァーラ大尉が元気を取り戻していた。

 手紙の内容については聞かなかったけれど、きっと褒めてくださったのだろう。

 あれで結構部下を褒めるからねーキース大将。


「騒いで申し訳ありませんでした、少佐」


 ついこの間まで同じ階級で普通に喋っていた相手から、こういう風に話し掛けられるとなんかこう……恥ずかしい。


「いいや。わたしは国内にいながら、大佐が居なくなったことに気付かなかった。よくこんなにも離れたところにいて気付いたものだ。さすがだな、ルオノヴァーラ大尉」


 まあ、ずっと隣にいたんですけどね、ディートリヒ大佐。まあ、すこし助けにいったりもしましたけどね。


「その視野の広さをこの先も存分に生かして欲しいものだ。ただ少し先走る傾向があるので、その点は注意するように」


 ディートリヒ大佐が言う通り、勘違いはあるが視野は広く、異国にいながら国内を調べるだけの伝手もある。

 さらに痕跡を消すのを得意としている諜報部絡みの喪失に、見事に気付く……下手したら消されるんじゃないかな。

 たまたまディートリヒ大佐だったから良かったものの……鋭すぎて怖い。正体を見破られるとかじゃなくて、ルオノヴァーラ大尉の身辺が。


「あの時アディフィンでリリエンタール閣下の邸に滞在できたのは、少佐がいたからだったのですね。リリエンタール閣下は自分の邸に人を招かないことで有名な御方でしたので、少し考えれば分かったことでした」


 わたしとディートリヒ大佐についてですが、閣下からの命を受けていた……と言ったらすぐに納得してくれた。


「そうだ。あのアディフィンの本邸をあそこまで開放するとは、わたしも驚いた」


 そう言えば閣下は、本邸に客を招かない人でしたね。

 そんな閣下ですが、最近は蒸気機関車君たちの訪問を許しておりますが。

 弟を含む蒸気機関車君たちですが、実は三名ほど増員しました。

 リトミシュル閣下の部下 ―― 異国の地でデニスにアレクセイの遺体とベネディクト(蒸気機関車)を任せたときに、リトミシュル閣下がつけてくれたアディフィン軍の部下の三名がいつの間にか増えていたのです。

 あの三人も鼻息荒く、閣下に跪いていました。

 そんな蒸気機関車小隊たちですが、オリュンポス(オリンピック)の応援に来てくれるそうです。


 もちろん本命はブリタニアスの鉄道。


 デニスたちも船でブリタニアスのわたしたちが到着した港へ、そこから蒸気機関車旅が始まるのですが、閣下がわざわざテーグリヒスベック女子爵閣下に出迎えるよう指示を出してくださり、みんなで鉄道旅をするらしい。


 ちなみにテーグリヒスベック女子爵がゲオルグ大公と愛人の間に生まれた女性の子、と聞いても反応は薄かったが「マイク・グリフィスの孫で、マイク・グリフィス以上の知識と技術を持つも、それだけでは飽き足らず、更なる知識をもとめブリタニアスで鉄道関連の大学に通っている」と聞いたら、蒸気機関車小隊のテンションが上がった……弟も含めてだが、姉さん、君たちが心配だよ。

 あ! もちろんテーグリヒスベック女子爵が一人で蒸気機関車小隊を案内するわけじゃないよ。

 無害極まりないというか、蒸気機関車に忙しくてそれどころではない! な集団なのは分かっているが、未婚の女当主にあらぬ噂がたったりしたら、テーグリヒスベック女子爵のご両親に申し訳ないので、そこはしっかりと人員を揃えて下さった。

 「まあ、その中から婿を選んでも一向に構わぬが」などと閣下は仰っていましたが……趣味が合うから一概に却下とは言えませんが、あんな知性派の女子爵閣下のお眼鏡に適うとは……。


 ルオノヴァーラ大尉の勘違いを虚偽で誤魔化し終えたわたしたちは、彼が運んできてくれたわたしが大会で使う馬の元へ。

 その場には既に旅装に着替えた閣下が ―― 正装以外の閣下は見慣れないので、違和感……がない。

 乗馬用のズボンとブーツに、黒のローブコート。ただし袖の折り返しから裏側は真紅なのがはっきりと分かり、更によく見るとそいつはシロテンの毛皮。

 表は同色の糸でびっちりと刺繍が施されている。

 まさに王族が着用するローブコート、故に閣下にはお似合い。


「イヴ」

「どうなさいました? 閣下」

「実は言っていなかったのだが……」

「?」

「イヴに嫌がらせをしようとしている者たちがいるのだ」

「閣下が理由で、貴族の方でしょうか?」


 閣下は頷かれ ―― 凄いな、四カ国中二カ国で嫌がらせ食らうとか。いままで風景以下のモブだったのに、突然貴族に認識されるようになったよ!


「それもあるので、わたしも一緒に行こうと」

「ご心配をおかけして」

「何を言うイヴ。十割わたしが原因なのだ」


 話をしていると旅装に着替えたベルナルドさんが現れ、


「何言ってるんですか。あなたの能力を持ってすれば、あんな子爵や伯爵風情、一夜にして消し去れたでしょう。全く済みませんねえ、妃殿下。たんに妃殿下から離れたくないだけなのです。許してやってください」


 楽しそうに ――


「ベルナルド……まあ、その、ベルナルドが言っていることも正しいが、わたしが情報をつかみきれなかった場合もあるので、イヴに同行したいのだ」

「あなたがつかみきれない情報って、この世に存在しない情報だと思いますけど」


 仲がよろしいことは良いことですが……詳しいことは、馬上で聞くとしよう。


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