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【029】中尉、恋愛相談をする

 困惑しているキース少将を脇目に、ウィスキーボトルを三本ほど注文。


「まさか、それを全部飲むつもりか?」

「ご安心ください。この程度では終わりませんので」


 大丈夫です。体格に見合った酒量がいけますので。


「落ち着け、中尉」

「落ち着いております、閣下(キース)。そして正直に申しますと、恋愛相談です」

「恋愛相談な」

「小官が気になっている方が、昔婚約者をやつらに惨殺されたらしいのです」

「らしい?」

「直接聞いたわけじゃありません。直接聞けるわけないじゃないですか! 閣下(キース)にだって、直接聞けないんですよ? 気になる相手になんて、さらに聞けないの分かりますでしょう?」


 勢いだ、勢いが必要だ。酒飲もう!


「おい、中尉。少し酒を控えないか」

「ご安心ください。酒を大量に消費しているのは小官です。閣下(キース)の体調にはなんら関係ございません。で、どうなんです? 閣下(キース)。こうやって口説かれたら、くらりとするとか、そういうのないんですか? それはもう、魔法の言葉ですか? ああ、魔法の言葉なんですね。どうもありがとうございます」


 グラスに注いで飲めよ? 緊張して手が震えてるから、それを誤魔化すためにボトルでいくんだ!


「待て中尉。俺はまだ何も言っていない。もう少し具体的なことを教えろ」

「具体的とはなんですか? 相手の方のことは教えませんよ。こうして相談しているだけでも恥ずかしいのにー。閣下(キース)ともう少し距離を縮めることができていたら、少しは語れますが……いまの閣下(キース)はちょっと」


 キース少将が黙って話をしてくれていたら、こんな話題を持ち出す必要なかったのにー。いや……こうなることを予測しておくべきだったな。相手は実力ある将校なんだ、下っ端中尉の底の浅い言動など、簡単に見通すことくらい……教えておいて欲しかったよ、オルフハード少佐(仮)!


「相手を言いたくないということは、俺も知っている相手ということか」


 いやああ! 名探偵キース少将とか要らない! 当たってるから困る。当てに来ないでキース少将。


「相手なんて、誰だっていいじゃないですか」

「良くないだろう」

「相談に乗ってくださるんですか? 乗ってくださらないのでしたら」

「解決策を提示出来る自信はないが、相談には乗ろう。相手のことは聞かん。それで、中尉は相手のどこに惹かれたのだ?」


 キース少将がわたしをみて笑っている。微笑だ、微笑してる! バカにしている雰囲気がないから困る。良い男じゃないですか! キース少将!

 演技かもしれないけれど、わたしには見破ることなどできない。

 だからさあ、荷が勝ち過ぎるんだって。

 三月の革命戦争を戦い抜いた将校なんて、わたし如きが相手になるはずが……。だが、そうは言ってもいられない。

 でも諜報部の助けもないみたいだし……このまま行くしかない!


「……女性扱いしてくれたことです」

「女性扱い?」

閣下(キース)も、ある意味女性扱いしてくださっていますが、そういう女性扱いではなく」


 ドレスを着せてもらったのが、嬉しかったのだ。

 似合わないし、恥ずかしかったが、女扱いされたの初めてだったから。

 恥ずかしくて顔も上げられなかったが、エスコートされて幸せだったんだ。


「小官を女性扱いしたのが悪いんです。男に免疫のない女に、紳士的な態度で接すると、高確率で惚れられるってこと、分かってないんだとおもいます」


 そんな女を女性扱いするから……。


「男に免疫がないのか?」

「裸なんかには免疫ありますけど、女扱いされたことないので」


 士官学校卒なので、男性そのものには免疫はあるが、自分を女性扱いしてくる男なんていなかった。


「女性扱いな」

「では閣下(キース)、正直に答えてください。初めて小官を見たとき、女だと思いましたか?」


 余裕しかなかったキース少将の青く澄んだ瞳が、初めて揺らいだ。

 内心が繕えないレベルで、性別聞いて驚いたんだな。

 ご安心くださいキース少将。間違いなく、それは正常な判断です。


「お返事は聞かなくてもわかりますが、小官はそう(・・)なのです。いまこの食堂(ビストロ)の女性トイレに入ったら悲鳴を上げられる自信があるくらい、性別を間違われるのです。正直男性トイレに入ったほうが楽なくらいです」


 男性トイレに入ると、普通にスルーされるこの悲しい身の上よ。


「……入るのか?」

「悲鳴を上げられて店員が駆けつけてきたり、女性客の連れに胸ぐら捕まれたりするくらいなら、男性トイレに入ったほうが楽なんです。わかりますか? この不自由」

「正直言って、分からないな」


 キース少将はどこからどう見ても男ですからね。

 いいよなあー性別が分かる外見って……普通は分かるもんだけどな。


「そういう日々を送ってきた女は、普通に女性扱いされると……分かります?」


 酒飲もう! 酒を飲むんだ!


「中尉の言う普通の女性扱いが、どのようなものかは知らないが、それで好意を持ったのだな。中尉、酒を控えろ」

「そうですね……ちょっとした好奇心なんですけど、閣下(キース)は女性に優しくしたりするんですか?」

「いいや。中尉が言う通り、女性扱いすると惚れられるから、優しくはしない。だが冷たくしても変わらんぞ。むしろ女性扱いするより厄介だ。同僚たちには無視しても、いまと変わらないと言われるので、そんなものだろうとな……どうした? 中尉。なんでそんな目でこっちを見る」



 黙ってるだけでモテるとか! 努力し尽くしてもモテない男どもよ! 貴様等がモテない理由がここにいるぞ!



「モテる閣下(キース)には分からないでしょうが、モテない女代表のわたしなんかは、ドレスを着せてもらったりすると、すぐになびくんですよ」


 相手にそんな気はなくてもね。

 こんな見た目ですが女なので、ドレスとか見るとテンションが上がるのですよ。そんな自分が恥ずかしくて、興味無い素振りをするけれど、心の中ではさあ……。


「ドレス? それは相手も中尉を思っている証拠ではないか」

「え?」

「男は好きでもない女にドレスを贈ったりしないぞ」

「……あ、それはーあの……」


 顔の傷に対するお詫びだと思われますが、それをキース少将に言うわけにもいかないしなあ。この額の傷の理由は知っているみたいだし。

 治ったはずの額の傷が疼く。


「着用した中尉を褒めたのであろう?」

「それはまあ、貴族ですから褒めますよね」


 貴族男性って挨拶代わりに褒めるからさ。


「中尉が好きな相手は貴族なのか?」

「……」


 わたしのバカー! なにぽろっと身分を喋ってるんだ。酒飲みながら話すからー!


「貴族で中尉より相当年上で、ドレスを仕立てて贈ることができる財力もある紳士なあ……」


 キース少将の青い瞳が、完全に笑ってる。


「でも小官はぱっと見、女には見えないじゃないですか。だから、どうしていいか……」

「……」


 認めていいものかどうか? めちゃくちゃ悩んでおりますキース少将。

 同意したら同意したで「お前、男にしか見えないもんな」と、失礼極まりない発言になるもんなー。

 いいんですよ、キース少将。

 認めちゃっていいんですよ。自分に正直になっていいんですよ。


「中尉。ボトルのまま酒を飲むのは止めないか」

「ちゃんと空にしますから」

「そういう問題ではない」


 ごきゅごきゅと、音を立てて飲んでやる。


「ボトルごと飲むな。中尉は女性だろうが」

「女性に見えませんから」

「いや……それ以上、その話題に触れるな。俺だってうまく答えられん」

「自由になっていいんですよ閣下(キース)。思うがままに、認めてしまっていいのですよ。それで話を戻しますが、閣下(キース)はこんなにデカい女はお嫌ですか?」

「それに関しては答えられる。身長など関係ない」


 そう答えると思ってました。本心から思っているかどうかは知りませんけれど、無理とは言えないですよね。


「そうですか。小官の憧れる人も、身長を気にしないと言ってくれそうな人なのです。この身長を気にしないと言ってくれる男性って、希有なんですよ。分かってくださいますか?」

「身長を気にする男か……否定はできないな。それで中尉の思う相手は、身長など気にしないと」

「おそらく」

「中尉の容姿は整っているのだ、身長を気にしないような男ならば、告白してもいいだろう」


 中尉の容姿は整っている――整ってはいるらしいよ。ただし男性としてね。女性感皆無な容姿など、女性であるわたしにとっては無意味。

 さらに高身長がプラスされて、酷いことに……肩幅とか筋肉が付きやすい体質まで追加オプションだから手に負えない。

 二十三年の人生において「眉目秀麗」「眉目清秀」「白皙端麗」としか評されたことないからね! 全部、男性の容姿に対する褒め言葉という……どれだけ見た目が男なのか、分かっていただけるだろう。

 わたしのこと、可愛いって言う異性は父さんだけだからね。

 昔から可愛い可愛いと言ってくれ、士官学校に入学したときには、二十歳で社会に出ることになるわたしが行き遅れになる心配もしていた。

 だが冷静になって考えて欲しい。わたしが学校にいかなかったところで、嫁のもらい手があるのかと。

 父さんにとっては、可愛い娘……それは、ありがたいし、いつまでも可愛い娘でいるつもりだが、世間的には可愛くない。

 わたしのことを可愛いと言うのは、父さんだけなんだよ。

 父さんは、世の中の男は見る目がないと言うが、自分より頭一つ二つ大きい女のこと、可愛いって言える男って、そうそう居ないと思うの。

 だから、士官学校出てなくても、間違いなく行き遅れたと思うよ、父さん。

 むしろ士官学校卒だから、行き遅れても「士官だから」で、なんとか誤魔化せる……そんな女に、迂闊に優しくするからー閣下!


「心に誰かが住んでいるかもしれない人に、告白する勇気なんて……」


 あっ!

 この会話、下手をしなくても、諜報部員に聞かれている。

 焦ってこんな会話をしてしまった。この内容がオルフハード少佐(仮)に届いたら……。まあ閣下には上がらないだろうけれど、オルフハード少佐(仮)の耳には入るだろうなあ。


 イ ヴ の バ カ ー !


「どうした? 中尉」


 軽率な発言を撤回したいのですが、時既に遅しなんです。


「いいえ。時間も遅くなったので、そろそろ」


 これ以上傷が深くなる前に、撤収しましょう。傷はもう致命傷って気もしますが。


「そうだな」


 真の目的がなにか分からない懇談会は終わり、冬を迎え冷え切った夜空の元、帰途につく。もちろん副官として、キース少将をご自宅に送り届けてから帰るつもりだったのだが、


「女性の中尉に送られてどうする。俺が中尉を送り届ける」

閣下(キース)になにかあったら困ります」


 往来でしばしどちらが送り届ける立場になるか? 話し合いになった。


閣下(キース)。女扱いされてこなかった小官を女扱いすると、閣下(キース)に惚れてしまいますよ?」


 だから素直に送られてくださいと言ったのだが、


「中尉は、男性二人を同時に好きになれるほど、器用ではなさそうだが。それほど器用ならば、あのように悩まないだろう?」

「…………」


 余裕たっぷりに返された。……言い返せるわけもなく、送られるはめになった。

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