【001】プロローグ ―― 鉄道戦争
「……ことを、ここに宣言する。ロスカネフ王国初代大統領アントン・ヨハン・リヒャルト・マクシミリアン・カール・コンスタンティン・フォン・リリエンタール」
閣下の大統領就任宣言!
初の大統領なので、例文はないのですが、非の打ち所がない宣言でいらっしゃいました!
あ、閣下は大統領に当選いたしました……投票率が98%で得票率が100%という、独裁者感満載な数値が新聞に掲載されて、それを見たフォルクヴァルツ閣下とリトミシュル閣下、さらにはベルナルドさんが爆笑なさっていましたが。
投票率が高いことは良いことですが、得票率が100%って……対立候補が五人もいた選挙の得票率とはとても思えないけど、事実なので。
やっぱりキース大将も閣下に投票なさったんですね。
うん、分かってた。
大嫌いだけど信頼なさってますものね。
そんな閣下に対しては相変わらず複雑な気持ちを抱えているキース大将ですが、新政府の副大統領に就任することが内定しております。
副大統領に就任したからといって、他の役職から解放されたわけではなく、変わらず軍務大臣で陸軍総司令官を兼任なさっているという、過労死ってレベルじゃねえ! みたいな状態。
でもキース大将も優れた人なので、とくに問題はないようです。能力がある人ってすごい!
いや、まあ……完全に大統領への布石ですが、黙っておこうと思います。
そしてわたしも大統領夫人……閣下と結婚すると決めたときから、いずれ大統領夫人になることは分かっていたのですが、いざなると変な笑い声が口から漏れそうになる。
”リリエンタール伯妃”とか呼ばれると、ぼふっ! ってなるのも仕方ないよね!
……うん、大統領夫人のほうがいく分マシだ。
これから公邸となったベルバリアス宮殿で、就任パーティーが開かれるので頑張るよ!
わたしとロスカネフ王国はこんな感じなのですが、閣下と血縁諸国はさまざまな軋轢というか騒ぎというか、大変なことに。
まずはブリタニアス君主国。
ババア陛下さまがわたしと閣下の結婚式に招待され、ババア陛下さまが自ら足を運んでくださったこともあり「ロスカネフ大統領を二期八年務めたあと、王位を継いで下さるかもしれない」とブリタニアス国内では希望に満ちた展望がなされているそうです。
閣下がロスカネフの大統領を二期連続で務めるのは、ブリタニアス君主国でも確定しているらしい。まあ、得票率100%ですから……うん。
ブリタニアスの植民地、共産連邦と国境を接しているマルゴン帝国ですが「八年間我慢したら、閣下が戦って勝ってくれる。だから八年間耐えて頑張る」という訳の分からない方針に。
自力でどうにかしろよ! と思うのですが、思う反面、共産連邦の大軍と事をかまえるとなると、閣下じゃなくてはムリかな? と。
この閣下待望論ですが、閣下の出生が関係している。
ブリタニアス君主国は王室法に「外国で生まれた王(王太子)は、国外にて軍を率いてはならない」と記されているんだって。
閣下は神聖帝国皇帝とルース皇帝の孫なのですが、出生地はブリタニアス。そう、閣下は外国に自ら軍を率いて向かうことができる、唯一人のブリタニアス王族なのです ―― ブリタニアス王族は現在、閣下とババア陛下さましかいらっしゃいませんが。
そういう王室法があるので、ババア陛下さまが四十二年前、閣下を妊娠中の大公妃をブリタニアス王家が引き取りかかる費用の一切を国で持つと提案したとき、ブリタニアスの議会は満場一致で賛成……そりゃそうだよね、としか言えない。
まあ閣下の祖父と外祖父、父親がことごとく軍事的才能がなかったので、そこまで期待はしていなかったらしいが。
とりあえず閣下はブリタニアスにおいて、国外で軍事行動を取れる唯一の王子なので、待望論がすごいのだそうです。
嫁に関しては「カールの血引いてないならいいや」みたいな感じらしいよ……庶民は。貴族になると違うっぽいけど、そこはねー。
次は神聖帝国。
閣下の異母兄が継いでいる帝国ですが、「バイエラント大公を名乗ることを許してやる。嫁もついでに大公妃名乗るのを許してやる」と閣下に対して言った結果、不興を買いまして「貸した金、利子を含めて全額明日までに返せ。返さなかったら戦争(意訳)」と脅しをかけたそうです。
一国に対して戦争を仕掛けるとか、普通は戯れ言で終わりでしょうが、そこは閣下。三総督の一人ロックハート将軍が戦艦で神聖帝国の港に威嚇攻撃をしかけ ―― 閣下の異母兄コンスタンティン二世陛下が「だから止めろといったのだ!」と議会を罵り、政府が辞表を受理していなかったフォルクヴァルツ閣下に頼み込んだ。
「辞表は受理させる。だから当主の怒りを解いて欲しい。もちろんバイエラントは継ぐも継がぬもお好きになさってくれと伝えて欲しい」
辞表を受理しなかった政府の気持ちも分かるけど、結局辞表を受理することに。
フォルクヴァルツ閣下はと言いますと、
「辞表一つで二つも引き受けるつもりはない。引き受けて欲しいのならば、条件がある」
頼みごと一つにつき条件を一つ飲んでもらう ―― 二つ目の頼みと引き替えに、フォルクヴァルツ閣下は領地の独立を求めて近々承認されるとのこと。
そんな理由……かどうかは不明ですがフォルクヴァルツ閣下は、フォルクヴァルツ公国の陛下となられるわけですが、閣下の筆頭補佐官になっちゃわれました……なんで? とか思ったが「一国の外交と諜報と兵站を一手に担っていた化け物が本気を出してきたからな」ってキース大将が遠い目をして仰ってた。
ちらっと聞いたところでは、フォルクヴァルツ閣下を補佐官として縛り付けておかないと、クレマンティーヌ総督と一緒にアバローブ大陸を「閣下の名の下に」統一しかねないそう。アバローブ大陸には様々な国の植民地があり、それらを全て奪うと下手をしたら各国と戦争にな……
「アントンに勝てるものはおりませぬので、みな黙って指をくわえてみているだけでしょう」
……らないで、アバローブ大陸が統一されてしまい、閣下に献上されることになるらしい。
「狂犬野郎だけなら、アバローブ大陸統一はムリだが、フォルクヴァルツ侯がついたら、狂犬野郎でも統一くらいはできるだろう」
フォルクヴァルツ閣下を受け入れず、そんな大解放戦線みたいなことになったら、閣下が大統領の任期を終えたあと、ロスカネフに各国の恨みの目が向くと困る ―― 将来のことを見据えて、キース大将も受け入れざるを得なかったそうです。
あの、キース閣下。狂犬野郎って……。
ちなみに閣下とことをかまえかけた神聖帝国政府は、世界初リコールを食らって解散、選挙が行われるとのこと。
新大統領の最初のお仕事は、閣下に謝罪しにくることらしい。
それとは別に閣下の異母兄コンスタンティン二世陛下も謝罪したいので、訪問したいと特務大使がやってきたのだが、
「妻の応援のためにブリタニアスに行くので、その時に気分が良ければ会ってやってもいい」
と返された。
閣下、我が国、小国ですー。大国相手にそれはー!
そう思ったのですが、これは国同士ではなく、王族同士の個人的なこと、さらには閣下のほうが異母兄よりも立場が上なので、問題にはならないそうです。
ブリタニアスで閣下の異母兄を拝見できるようですが、神聖帝国とブリタニアス君主国は閣下を挟んで対立(唯一の後継者たる閣下を奪って別の国の皇帝に仕立て上げた皇帝の孫)しているので、歓迎はされないとのこと ―― 各国の王家の面子が異様に面倒くさい……でも王族だもんね、そういうところ大事にするよね。
なんだか知らんが、神聖帝国の特務大使さんは「国を挙げて応援させていただきますので!」って遠くから叫んでた。
バイエラント大公国のもう一つの所有者アディフィン王国。
ここはここで、エライことになっている ―― リトミシュル辺境伯爵閣下の独立、バルツァー連邦共和国の樹立。
アディフィン王国を構成している州が続々と抜けて、バルツァー連邦共和国のもとに集っている。
「手の付けようがない大馬鹿ですけど、総軍のカリスマですからね」
とはベルナルドさん。
あとなんかアディフィン国王とリトミシュル閣下との間には、決して埋まらない溝と確執があるそうです。
「確執についてはいずれ閣下が説明しますので。なんか思わせぶりで済みません」
ベルナルドさんは事情は知っているが、閣下から聞いて欲しいと。
気にはなりますが、ときが来れば閣下が説明して下さるようなので、じっと我慢……いや、正直にいうと、そんなに聞きたくはないんですけどね! 国家の事情とか重たいからさ。
でも閣下にも絡む問題のようなので、避けて通るわけにはいかない! ……陰惨ななにかが関係しているかも……いや、おかしな妄想をすんな! 閣下が説明してくださるまで、フラットな気持ちでいるんだ!
アディフィン王国と閣下と言えばバイエラント大公国の領土問題ですが、神聖帝国のフライング失態を見たことで、アディフィン王国側は「それは神聖帝国皇子ゲオルグ大公の領地ですので、アディフィン王国は相続については一切関知いたしません」と逃げたそうだ。
バイエラントって大公国だけど、ペガノフ総督と元ルース兵を基軸とした大軍が別大陸の植民地に控えているという、大国が青ざめるレベルの軍事国家だから刺激はしたくなかったのだろう。
お祝いでペガノフ総督、大陸に来てるから、すぐ攻撃できるし。
あ、ペガノフ総督はバイエラント大公国に布陣しているそうです。
なんでそんな物騒なことを……ですが、あのロックハート総督に神聖帝国を攻撃させたので、他の二総督にも平等に軍事行動を取らせてやらないと喧嘩になるからだそうで。
ということは、クレマンティーヌ総督も?
はい、クレマンティーヌ総督も各所で……。
「開始一ヶ月足らずで、国ぼろぼろだよ。楽しいねえ」
閣下の大統領就任のお祝いにきてくれた室長が、アブスブルゴル帝国について教えてくれた。
アブスブルゴル帝国は予想通りに、わたしと閣下の結婚を非難してきた。
結婚は両者が良ければ……なんて甘いことはわたしも言いませんが、余所の国の皇帝から正面きって非難されたのは初めてなので、驚くというか……。
閣下は以前両親に「羽虫の羽音すら聞かせない」と仰ったとおり、非難されたことだけは教えてもらえましたが、詳しいことは分からなかった。
ですが、アブスブルゴル帝国のレオポルト五世以下皇室の皆さま(ヨーゼフ皇太子除く)が、閣下を怒らせすぎた結果、聞き及ぶことに。
「アブスブルゴルたちは、リヒャルトが怒るってことを知らないから、あんなことしたんだよ。いままで怒ったことないから仕方ないんだけどさ」
室長はチョコレートを頬張りながら笑顔でそう言った。
アブスブルゴル帝国の帝妃とその娘たちが、わたしのことを罵ったそうで、その罵りの言葉が「売女」とか「娼婦」とか「毒婦」など使用したのだそうです。
由緒正しい皇女からしたら、働いている中産階級出の女など、そうとしか映らないのでしょう。
ただこれを聞いた閣下が激怒なさったそうで、その怒りは閣下の本気を見たいと常々はしゃいでいらっしゃった両閣下ですら引くほどだったと、ジークムントが言っていた。
閣下は神聖帝国にしたのと同じく「金を全額いますぐ返せ。返さない場合は物品で支払ってもらう(意訳)」と告げられた。
もちろん全額返金できなかった ―― 閣下はアブスブルゴル皇室の方々の預金を差し押さえ、それでも足りないので蒸気機関車や軌条を奪い去る。
アブスブルゴル帝国の鉄道輸送網はすでに寸断され、本国が海に面していないアブスブルゴルは物流が滞っているとのこと。
「伊達に鉄道の貴公子と呼ばれているわけじゃないからねえ」
「弟たちも、凄い凄いと絶賛しておりました」
閣下は他の路線で代替できるような奪い方はせず、ここを奪ったらどうすることもできないところを狙い撃ち。
蒸気機関車や軌条を奪っているのはクレマンティーヌ総督で、奪った品をロックハート、ペガノフの両総督が受け取り ―― ロックハート総督は新大陸の鉄道計画に、ペガノフ総督はワルシャワ・エーデルワイス計画の再開に使っている。
そう、捨てるのではなく、奪った軌条で別の路線を開拓しているのだ。
「金を返せ」といえば借金国グリュンヴァルター公王国ですが、あの国はアブスブルゴル皇室発祥の地なので、アブスブルゴル皇帝が閣下を廃し、第二皇子のカールを公王に任じました。
これに関して閣下は黙って受け入れるというか、すでに断絶しているのでなにも仰らず。だが公王国国民がこれを拒否。
「公王さまに金を返さない泥棒王の使いは帰れ」と、新たに派遣されてきた役人たちに投石するなどして抵抗。
もちろん抵抗は想定していたので、新公王カールの命を受けていた軍隊が民衆に対して容赦なく攻撃を ―― 加えることくらい閣下はお見通しだったので、バイエラント大公国だけではなくグリュンヴァルター公王国にも軍を展開するようペガノフ提督に指示。
「全面戦争になっても構わん」なる命令が下っていたとかいないとか……その真偽は定かではないのですが、ペガノフ提督率いる軍がカール軍を撃破。
公王国の国民は「不能カール死ね! アントン陛下万歳!」と叫びながら、敗軍に再び投石を開始。
這々の体で本国へと逃げ帰ったカール軍ですが、待ち構えていたクレマンティーヌ総督によって血祭りにあげられたとのこと。
血祭りって一体……。
ちなみにセレドニオ君の故郷も貴賤結婚は認めない派の国で、こちらも非難してきたらしいのですが、アバローブ大陸からクレマンティーヌ総督の腹心が、海峡を越えて攻めてきて、軌条強奪されまくり、早々に降参、非難を撤回、深く謝罪したらしい。
もっとも降参したところで、軌条は戻ってこなかったそうですが。
奪われた軌条はアバローブ大陸鉄道計画、通称フェッヒャー計画に使われるとのこと。
なんという、鉄道戦争……ちょっと意味違うけど。




