【028】中尉、キース少将に近づく
ガイドリクス大将の疑いを晴らした功績で中尉となり、閣下に作っていただいた礼服を着用してサファイア勲章を受け、女王陛下よりお褒めの言葉をいただき――
「本日付けでキース少将閣下の第一副官の任を拝命いたしました、イヴ・クローヴィス中尉であります」
上官が替わりました。
もっとも上官が替わったというより、ガイドリクス大将がウィレム王子とともに故国奪還と、お邪魔しているセイクリッド公子を引き取りに向かった。
その間中央司令部は、ガイドリクス大将が拘禁されていた際に預かっていたキース少将が引き続き預かるという形となった。
ガイドリクス大将が戻ってきたら、キース少将は退くので、その間の業務に関してもしっかりと押さえておきたい。だから配下を預けていく――
この理由は、大体誰もが分かっているところ。
実際わたしの他に第四副官もキース少将の第三副官職に移動したからね。
というのが表向きの理由。
わたしがキース少将の副官になった裏の理由? というのかなんというか、「キースと意思疎通ができるようになれ」と閣下より命令された。
レールの掛け替えは、我が国側からであろうが、共産連邦側からであろうが、北方司令部が関わっていないと不可能。
そこでこの五年ほど北方司令部を預かっていたキース少将が関わっていないかどうか? の調査を現在行っているそうだ。
調査の間、キース少将の面会者を、漏れなくチェックするのも仕事。
キース少将の疑いが晴れたら少将も対共産連邦の対策会議メンバーに入ることになり、そうなった場合、わたしが少将と閣下や室長、ガイドリクス大将との連絡役となるらしい。
わたしの年齢と階級と実績で、対共産連邦対策会議に関わるとか、荷が勝つってレベルじゃねーよ! なのだが、事情を知っているわたしを放置するわけにもいかないのだ。
さて、ここでわたしの新上官、アーダルベルト・キース少将について。
四十歳になる影のある美形。
目鼻立ちははっきりとしているが、くどさは一切なく、唇は無類の色気がある。
それと所作一つ一つに男の色気がある。その色気だが、多すぎて下品になるわけでもなく、少なすぎて涸れているように見えるわけでもなく、まさにほどよい分量。
容貌は整っているが、貴公子とは違い、どことなく粗野な雰囲気がある……くせに儚いのだ。体格も顔だちも、どこにも儚さはないのだが、ふと見せる表情に、どこか消え入るような儚さがあるのだ……とはキース少将ファン一同の共通した見解である。
わたしの見解じゃない。でも、副官になって側にいるようになってから、その言い分はなんとなく理解できた。
きっとキース少将のその儚さは、当人の影がもたらすものだろう。
若き日のキース少将には恋人がいた。その恋人は副官だったんだそうだ。
だがその副官は戦場でキース少将を逃がすために足止めを買って出て、帰らぬ人となった。
友軍が助けに向かったが手遅れで、恋人の死体は共産連邦のやつらにより、放送禁止状態になっていたというのは、わりと知られた話である。
あと追加攻撃として、恋人は妊娠していたとか、戦いが終わったら結婚予定だったとか――影が濃くなる要素しかない。
聞かされたわたしが欝になるくらいの攻撃力。
以来キース少将は恋人も作らず独り身で、ずっと軍に奉職してきたわけだ。
だからキース少将が共産連邦と手を組むということはないが、共産連邦憎しの感情が高じてレール掛けちゃう可能性はなきにしもあらず。
「閣下、こちらにサインをお願いします」
「分かった」
アッシュブロンドに青い瞳で、背も高く……まあわたしよりは低いけど、一般的には高い方。これで表情がいつも険しいとか、苦悩しているとかなら分かるが、穏やかなんだ。声を荒げることもなく理性的で、共産連邦の話を振られても激昂することはない。
完全に怒りを内側に溜めるタイプ。
「ありがとうございます」
わたしの同期の友人はキース少将に憧れていて、副官になった翌日には「カワッテー」と電報が来たくらい、女性人気が高い。
ずっとかつての恋人を思い続けているというのも、ポイントが高いそうだ。
なんのポイントなのかよく分からんし、わたしだったら死んだ恋人を思い続けている男はちょっと嫌というか、思うなとは言わないが、死んだ人間には勝てないと言われるから、できることなら……そう言えば閣下も婚約者似たような経緯で亡くしてるんだよな。
……わたしに関係ないけど。全然関係ないよ、うん。
とりあえず傷心を引きずり続けて十九年のキース少将が、わたしの現上官である。
そんなキース少将は、女性兵士を側におくのを好まない――だが、わたしはいずれ対共産連邦会議の場で、閣下とキース少将の連絡係を務めなくてはならないので「連絡係くらいなら、やらせてもいいか」と思われるくらいに、ならなくてはならないのだ。
命令でどうにかなるんじゃないの? ならないから、こうして副官になって徐々に距離をつめなくてはならないのですよ。頑固なんですよ、キース少将って。
「閣下。非常に不躾なお願いではありますが、閣下のお時間をお借りできませんでしょうか?」
「事と次第によるが」
「中尉の任を全うすべく、兵の運用を閣下に学びたく」
中尉になると指揮できる人員がぐっと増え、百~百五十名の兵士を率いることになるんだ。
わたし今まで最大でも三十名しか指揮したことない。
いきなり百名を指揮するとか不可能。普通の人間は百人を自由自在に動かして、作戦行動を取ったりできないから。いきなり出来たら天才!
さらにこの人数を率いて、大隊の一部を構成し佐官の指示に従うこともあるので、どのように動くべきかとか覚えなくてはならないことが山ほどあるのだ。
「悪いが、わたしは女の前線指揮に関しては反対派でな。教えるつもりはない」
うん、知ってるー。
これも閣下からの命だからー。
「分かりました」
”きっと断るであろう”とは閣下のお言葉。
わたしが頼み、キース少将が断るというのが大事な伏線。
「悪いな」
「いいえ」
わたしはまずはここで引き下がる。
恋人を前線で失ったキース少将が教えてくれないことは分かっている。
こうして一度断られてから、本当の頼みごとをすると、引き受けてもらえる確率が上がる。
「あの、閣下。もう一つ」
「なんだ?」
「副官と閣下の会合はないのでしょうか?」
副官同士の交流のためにも、上官が食事会を開く。
副官の職は、上官のパーソナルスペースに立ち入る部分が多いので、情報の共有と上官の人となりの理解が必要なのだ。
「それか。中尉にとって必要か?」
第二副官リーツマン少尉に聞いたところ、北方司令部というか、キース少将は副官とはあまり交流を深める方ではないので、食事会はないらしい。
「はい、特に閣下とお話を。第三副官は元から同僚ですので、なんとかやっていけます。第二副官とは昼食を取りながら、情報を交換しておりますが……」
リーツマン少尉はもとはキース少将の第一副官だが、階級が少尉なので、中尉となったわたしが副官としてやって来たため、第二副官となった。
もっともこれが暫定であることはみんな知っているので、特に滞りなく副官業務を行えている。現第三副官、元ガイドリクス大将の第四副官である同僚は……まあいいんだ。
「わかった。改まった場でなくても良いな?」
「閣下がよろしいのでしたら」
「わたしも中尉も庶民だ。庶民が気軽に食事が出来る場所がよい。あと個室は断る。日時と店は任せた」
「閣下は嫌いな食べものなど、おありでしょうか?」
「ない」
なんとかキース少将との食事にたどり着けた。
さて、オルフハード少佐からもらった食堂のリストから、キース少将の仮住まいに近く、肉料理がメインの店を選ぶ。
わたしも行ったことのない店だ。味が良かったら後日行ってみよう。
この食堂のメインの客層は職業軍人。家族連れは完全にターゲットから外れており、恋人同士でくるような店でもない。
男女で来ていても、「仲間内」な空気しかない。
テーブルを挟んで向かい合う、四人がけの席。わたしの後ろかキース少将の背後の席に、諜報部的な存在が付いているのだろう。
メニューを見て肉料理と酒を注文し、まずは気にせず食べる。
酒が注がれたグラスを持つキース少将の左手小指の指輪はたしか亡き恋人の婚約指……気にしない! 知らない!
無言のままキース少将はウィスキーを二杯飲み、
「それで、中尉。ガイドリクスからなにを探るよう、命じられたのだ?」
……うん、ばれるよね。普通はばれちゃうよね。相手が悪いし、わたし演技下手だし。
唯一の救いは探れと命じた相手が知られていないこと。
さて、ここでどう誤魔化せば……キース少将の視線が痛い。
誤魔化し切れないよなあ。ここで正直に言っても……いいという指示が出ていないから、誤魔化しきらないと。
どうする……。
「ガイドリクス大将閣下は関係ありません」
「本当か?」
まったく信じてないわー。そうだよなあ、女性の副官を断り続けて十九年のキース少将に、ガイドリクス大将が無理矢理、わたしを押しつけたんだもんな。
見た目は女じゃないけど。
「…………ガイドリクス大将閣下のお心は分かりませぬが、小官が閣下とこうして個人的にお話したかったのは……もう少し、親交を深めてから相談したかったことがあったのです」
「相談事? 俺にか?」
「閣下にしか相談できないことです」
「ふーん。なんだ?」
グラスに三杯目のウィスキーを自ら注ぎ、口元へ運んだキース少将。
これはもう……勢いで乗り切るしかない!
わたしのボトルを掴んで、口を付けて一気に飲み干す!
「おい! なにをしている、中尉。そんな飲み方をしたら」
空になったグラスをテーブルに、音を立てて置く。
「閣下のような恋人と辛い別れをし、それから一切恋人を作らず二十年近く独り身で過ごしている男性の口説き方を知りたいのです!」
「は?」
キース少将の表情が、困惑にかわった――




