【278】花嫁、結婚に異議を申し立てられる
ジークムントに「家族として晩餐の席についてくださいよ」と言ったら「まだリトミシュル辺境伯の養子ですらないので」と言われ……くっ! 逃げられた! だが養子になった暁には、一緒に食卓を囲ませる!
「ユルゲンの部屋に行きたいのですが」
野望はさておき、わたしにはしたいことがある。
「構いませんが、理由だけお聞かせください」
「本日の警備について聞きたいことがあるのです」
理由を述べたところ「専門家ですものね」と、ジークムントはユルゲンが収容されている医務室へと案内してくれた。
「ユルゲン、起きてるか」
ドアを開けて入ると、ユルゲンは白いシャツにベージュ色のスラックスというラフな格好で、ベッドに寝転び本を読んでいた。
「イヴ……さま?」
あんまりこの言葉使いたくないんだけど、お前がイヴさまとかキメェから止めろユルゲン。
「イヴでいい。ちょっと話を聞きたいから、いいか?」
「ああ」
ユルゲンは身を起こしベッドに座った。わたし? 立ってるよ。
「椅子を」
「ずっと座ってたんで、立っていたいです」
ジークムントのありがたい申し出を拒否してね!
「聞きたいのは、どうしてお前一人で巡回していたのかということだ」
現場を巡回するときは二人一組が基本。オディロンに殺されちゃった彼らも二人組で、夜間の巡回をしていたように。
誰かが休んだから? それはないわー。
そうなったら、三人一組で二組分の巡回が命じられるようになっている。ユルゲンが一人で巡回を命じられたのであれば、上へ報告しなくてはならない。
「……あーそれなあ……。イヴは隊長職も務めたから、気になって当然かあ……イヴだもんなあ」
ユルゲンは頭が痛いといった風に額に手を当てて、なぜか「ちらり」とジークムントの方を見た。
「真実を告げられても結構ですよ。あの人ですよ、気付いていないとお思いですか?」
ジークムントは……男性への表現としては不適切な気もしますが、なんかこう小悪魔的な笑みを浮かべてユルゲンに答えた。
「そうですよね。あのな、イヴ」
「なんだ、ユルゲン」
「俺、お前のこと好きなんだ」
「……はあ? ……あ? ありがとう?」
ジークムントを見ると笑顔で頷く ―― ユルゲンが言うには、ユルゲンがわたしのことを好きなのは、周知の事実だったんだそうです。
「……」
「その、知らねーぞ、おい! って顔。イヴが気付いてないことは分かってたよ」
どんな顔しているのか鏡がないから分からないけれど、通じているなら良かったわ!
「このやり取り、実はエサイアスとも」
「エサイアスから聞いてる」
「え?」
「エサイアスがイヴのことを好きなのも周知の事実だった」
「……」
ジークムントの笑顔が輝いている。
「気付いていなかったのは、妃殿下だけですよ」
え? そうなの。
「ま、まあエサイアスのことはいいし……それで、ユルゲンがわたしのことを好きなのと一人で巡回していたことが、どうつながるんだ」
「みんなに気遣われてさ」
なんでもみんなに「一人で遠目から眺めて泣いて吹っ切れ。結婚式では笑顔でな」と ―― 祭壇近くがよく見えるように建物の巡回任務を担当し、途中でもう一人と別れ……たところを襲われたのだそうだ。
「……」
「イヴ。そんな顔しないで欲しい」
ユルゲンが目を背けたが、
「馬鹿かお前は! そのせいで、死にかけたんだろうが!」
泣こうと思ったら、自分が親兄弟泣かせることになるとか!
これは襟首掴んで締め上げて注意する部類だ!
「本当に済まない。本当に……心から馬鹿なことをしたと」
「当たり前だ!」
結果として暗殺者? スパイ? どちらか分からないが、危険人物の侵入を許すことになったんだからな!
「まあまあ、落ち着いてください妃……イヴさん」
ジークムントはわたしがユルゲンを掴み上げている拳を軽く叩き、離してやってくださいと……。釈然とはしないが手を離す。
「トーデンダル少尉だけが悪いというわけではないのです。しっかりと調査したわけではありませんが、トーデンダル少尉の行動は仕組まれたもののようです」
ジークムントの話では、今日ユルゲンと組んでいたナルヒ伍長は、ルカ・セロフだった可能性が高いらしい。
「ナルヒ伍長は寮のベッド下で見付かりました。昨晩何者かが押し入り、体の自由を奪われベッド下に押し込まれたようです。ナルヒ伍長は犯人はウィルバシーさまだったと証言しているらしいのですが、もちろん違います」
「……」
ユルゲンの顔色が悪くなった。
そりゃそうだろう。伍長だと思って途中まで一緒にいた相手が、実は自分の頭を殴ったボイスOFFの姿をした別人だったなんて……喋っていながらわたしも、ちょっと意味が分からない。
っていうか、ルカ・セロフ仕事しすぎじゃない?
だって昨晩ナルヒ伍長を襲撃して成り代わり、朝から警備をし途中でユルゲンと別れてボイスOFFに成りすましてユルゲンを襲って運び、普通列車でどこかへ。なに我が国を縦横無尽に動き回ってるんだよ。
「今回の実行犯は、ナルヒ伍長とトーデンダル少尉を証言者として残し、罪をヒースコート家の若夫婦に負わせるつもりだったようです。これ以上詳しいことはトーデンダル少尉には教えられませんが、後日ナルヒ伍長の思い違い訂正のために、証言をいただくことになりますので」
「分かりました」
ユルゲンにゆっくりと休めと告げて部屋を出て、部屋に戻ってドレスを脱いでベッドに潜り込んだ。
明日行われる、国賓を招いた陛下主催の夜会に出席したら、残るは結婚式のみ!
式後も猊下とババア陛下さまをお見送りするために、港へ再び一緒に向かったり、偉い方々にお礼を述べたりと、しなくてはならないことは多々ありますが、とにかく明日の夜会をしっかりと乗り越えてみせる!
あーでも、ルカ・セロフが気になって寝られない……などとイヴ・クローヴィス(自分)は証言しておりましたが、気付いたら朝でした! 毛布一枚で草原で熟睡できるわたしですから、こんな極上のベッドに入ったら即寝ちゃいますわ!
デニスと蒸気機関車君たちの手により、遅延なく特別列車は帰途を突き進み ―― 首都に到着すると、陛下がお出迎えに。
猊下ですもんね。ブリタニアスの女王陛下ですものね、陛下もお越しになるわー。
わたしは閣下とヒースコート少将と共に、キース大将の所へ顔を出し、ルカ・セロフの存在とツェツィーリア・マチュヒナ死亡の報告を。
無線などで報告するには、両者とも大物過ぎるので。
ヒースコート少将の報告を聞き終えたキース大将は、そっと立ち上がり、
「俺も見てみたかったな。ドレスを着てライフル銃を持ち壁を走る警護対象を」
座っているわたしのこめかみから額にかけてを鷲掴み、ソファーに押しつけるように力を込めてきました。儚く見えるけど、力ある! 知ってる、儚い詐欺なだけで、華奢でもなんでもないどころか、逞しいの知ってるー!
痛だだだだ! あ゛ーーー! 申し訳ございませんー!
「キース。そのくらいで許してやってくれぬか?」
「大体あなたが側にいたのに、何をしているのですか。お前もだ、ヒースコート」
押しつける力はなくなりましたが、指がまだ額にぐいぐいと食い込んできてる。
「お言葉を返しますが」
返しちゃうんですね、ヒースコート少将。
「あれはクローヴィスでなくては無理です。リリエンタール閣下がクローヴィスに一目惚れしたときと同じで、あの瞬間、敵の動きを読み、仕留めることが出来たのはクローヴィスだけです。もっとも、それでも叱責なされるのが、総司令官閣下の責務ですので、どうぞお叱りください。クローヴィスも分かってのことでしょうから」
色男が野性味のある笑顔で。なんで貴族なのに野性味。うわああああ! キース大将に鷲掴みでごりごりされるー!
……ということがありました。
死んでしまったツェツィーリア・マチュヒナはともかく、まだ生きているルカ・セロフに関しては注意を払うそうです。
「ルカ・セロフを見つけられる人員が少ないからな」
問題点はそこですよねー。
報告を終えてから家に一度戻り、その後ドレス邸で夜会の準備を整えて王宮の会場へ。会場には陛下がいらっしゃり、隣にはユスティーナ。
陛下と閣下がお話している時、わたしたちは「任務頑張ろうぜ!」と互いにアイコンタクトを。
「クローヴィス」
「はい、陛下」
「見事な衣装だな」
本日わたしはルース系の格好をしている。
キース大将に真っ向から喧嘩を売る……かもしれないのだが、いまだ閣下が皇太子であることを知らしめるためにもね。
閣下は大陸共通の正装である燕尾服ですけど。
「唯でさえ大きいのが、更に大きくなってしまいましたが」
ココシニクというルース女性特有の扇型の大きな頭飾りを付けているのだ。わたしの頭を飾るココシニクは高さ十八センチほどで、金色がベースでエメラルドとルビーが交互にぎっしりとはめ込まれている。……完全に待ち合わせ場所になれるレベルの目立ちぶり。
ドレスもルース系でドレスというよりはガウンみたいな感じで、さらにケープを被るようなデザイン。色はココシニクとお揃い ―― ここはお揃いにするのが決まりらしく、白糸で細かく刺繍が施された金地に、ココシニクと同じように宝石が大量に縫い付けられている。
「招待されたルース最後の大舞踏会でも、これほど見事な衣装をまとっていた人はいなかったな」
陛下はルース最後の大舞踏会というのに参加したことあるのか。
そんな話をし、陛下の元を辞して閣下と一緒にいると、会場にいる数少ない女性たちが感嘆の声を上げる。あああ、ユスティーナまで! でも仕方ない、いつも夜会には軍礼装で出席するキース大将が、今宵は燕尾服姿で現れたのだから。免疫のない女性に騒ぐなというのは無理。
免疫というか何度か見たことのあるわたしですら「うわああ」って思っちゃうから。
キース大将は陛下に挨拶をし、礼儀に則りユスティーナの手を取り額近くへ。
耐えろ! 耐えるんだユスティーナ。その男は異常なまでに格好良いが耐えるんだ! ユスティーナをくらくらとさせたキース大将は挨拶を終え、まっすぐこちらへとやってきた。
「リリエンタール閣下」
「キースか。燕尾服、似合っているぞ」
「あなたに言われても。……クローヴィス」
「はい」
「その衣装……似合っているぞ」
「ありがとうございます」
「誰もが呼吸するのを忘れてしまうような美しい姿なのだから、間違っても戦うんじゃないぞ。なにかあったら、わたしが守ってやるから、絶対に壁を走ったり、バウマンから拳銃を奪ったり、シャンパンボトルを割って得物にするのは止めろよ」
ふ、ふぉぉぉ……さすがわたしの上官、行動パターンを読み切っていらっしゃる!
「はいぃぃ……」
キース大将に、思いっきり注意され……そしてバウマン中尉、笑うなよ!
そして陛下のご挨拶が始まって、猊下からのお言葉があり、ババア陛下さまからの一言があって、さてご歓談……となった。
『イヴ・クローヴィス!』
ホールに若干裏返っているが、聞き覚えのある声が響いた。
みんな声のする方を振り返ると、夜会に相応しい燕尾服姿のガス坊ちゃんが、お怒りのご表情でかつかつとこちらへ近づいてきた。
そう言えばガス坊ちゃんことクロムウェル公爵は、護衛艦隊の指揮官ドレイク大将と共にやって来たんだったなあ。
もっともガス坊ちゃんは、ババア陛下さまや猊下が乗っていた豪華船の方に乗船していたらしいけど。ほら、ババア陛下さまの身辺警護ってやつ。
えっと、ところでどうしたガス坊ちゃん。
ぐるぐる巻きにして帰国させたこと、怒ってるのか?
『いかがなさいました? クロムウェル公爵閣下』
上官と部下の頃なら雑に話し掛けてもいいけど、今は公爵閣下と庶民だからねー。出来ればあまり話したくない。ブリタニアス語で丁寧に喋れないんだよ。
国外赴任の際も貴族と喋ることは想定されていなかったしさー。
『クローヴィス。お前、本当にクリフォード公爵殿下の婚約者なのか!』
クリフォード公爵殿下…………あ、はいはい、閣下のブリタニアス王族としての爵位でしたね。
『はい、そうです』
『わたしは認めんぞ!』
即否定されたわ!
『認めないと言われましても』
『貴様のような庶民がアンソニー殿下の妻だなんて、認めないんだからな!』
認められないのは仕方の無いことですが、想定内の反応ですね。
『クロムウェル公爵閣下に認められないと言われましても』
『絶対に認めないぞ!』
『いや、あのな』
落ち着いてくれガス坊ちゃん。頭の血管切れそうで、恐いから落ち着いて!
我が国の陛下主催の夜会で、馬鹿な真似はすんな!
……なにをしているのガス坊ちゃん。
なんで君、貴族の大事なアイテム手袋を脱いで……え? ガス坊ちゃんは手袋を掴むと全力で投げつけた ―― 閣下の足下に。
『マクミラン家の当主クロムウェル公爵オーガスト、クリフォード公爵殿下に決闘を申し込む!』
おい! 国賓のお坊ちゃん。何をしやがる!




