【274】花嫁、養子と会う
そして遂に猊下とババア陛下さまの出迎えに向かう日が ―― 式が間近だなと実感し、身が引き締まりますね!
猊下と陛下のお迎えには閣下専用の車両で向かうのですが、
「専用列車~」
【専用列車~】
〔専用列車~〕
<専用列車~>
【専用列車~】
『専用列車~』
我が家デニスと蒸気機関車君五名をも乗せ ―― デニスはダイヤグラムの絡みで、会社のほうから派遣されたわけですが、とにかく彼らは閣下の専用車両に大はしゃぎ。
騒ぐなとは言わないが、悪いことすんなよ。
この特別列車には閣下の親友であるお三方と、部隊を率いているヒースコート少将も同乗している。
他にはリースフェルトさんやベルナルドさん、オディロンやロドリックさんと、いつもの面子も同行している。
首都を出たその日の夕食後、蒸気機関車君たち以外の面々が食堂に集った。
「イヴよ」
「はい、閣下。なんでしょう?」
「イヴ、まずははっきりと言っておくが、わたしに隠し子はいない」
閣下が閣下である以上、切っても切り離せない話題について触れてきた。
「もちろん信用しております」
「ありがとう、イヴ。だがな、イヴよ。わたしは一人ばかり認知し、養子として迎えたい」
いきなり認知? そして養子? なにそれ!
「……はい? えっと、えっと……閣下の子ではない子を、閣下の庶子とする……ということでよろしいのでしょうか?」
わたしの頭脳では、これが精一杯!
「その通りだ、イヴ」
「理由をお聞かせ願えるでしょうか?」
「もちろんだ。このような話題を結婚前に持ち出したくはないのだが、結婚後に認知話も卑怯だろうと思ってな」
たしかにその通りではありますが、なんのことだかさっぱり分からない。
「わたしはイヴより随分と年上だ。だからイヴより先に天に召される。それは自然の摂理ゆえ……悲しくはないと言えば嘘になるが、仕方のないことだと受け入れている」
「……」
「ただ、わたしは親族が厄介でな。わたし亡き後、イヴに害を及ぼすと断言できる」
「断言なさいますか」
思わずふふ……と笑いが零れてしまった。
すると閣下も苦笑され ――
「断言する。わたし亡き後にイヴをそれらから守れる身内を、最低でも一人は用意しておきたい。そこで養子を迎え、イヴを守らせたい」
「身内にしなくてはいけないのですか?」
閣下は頷かれた。
一対一の殴り合いとかなら、わたしの方に分があると言えますが、そういう単純な問題ではないことは分かる。
財産を放棄するから放っておいて……というのが通じる相手でもない。
きっとわたしは、存在するだけで王侯貴族のプライドを酷く傷つける存在になるのだろう ―― そこまで分かっていても退くつもりはないが。
親族の行動に関して閣下が熟考を重ね、出された答えですので、受け入れる……しかないよね。
「分かりました」
閣下が手を叩かれると、リースフェルトさんが閣下の斜め後に立ち、
「イヴよ。息子となるジークムントだ」
深々とお辞儀を……って! リースフェルトさんが息子? はい? なにそれ、よくわかんない!
呆気にとられたわたしに、閣下はじっくりと説明して下さいました。
まずはリースフェルトさんは閣下の隠し子ではないし、
「間違いなく平民だ」
「妃殿下と互角を張れる庶民です」
完全に庶民とのこと。
「家長が白と言えば黒であろうが白になる。それが貴族だ」
そう仰るのはリトミシュル辺境伯爵閣下。
リースフェルトさんは現在「閣下の伯父の孫。ただし非嫡出子」という設定で、各国の社交界で情報集めをしていたのですが、この度「実は閣下の庶子」とされ、アディフィンの貴族の養子となってから、正式に閣下の養子として迎えられることに。
ここで特筆すべきところは、社交界全体がリースフェルトさんは閣下の息子ではないことを知っているが、閣下が庶子だと公表なされば、それが事実となり誰も異議を唱えることは出来ない。
間にアディフィン貴族というワンクッションを入れるのは、「正嫡」として迎えられることで「正嫡」の称号を手に入れるため。
庶子ですと一門の問題に口を挟むことができない。でも庶子は相続に絡む養子にすることができないので……等、様々な理由から、
「わたしが一時的に養父となる」
リトミシュル辺境伯爵閣下が養父になり、正嫡として閣下の元に養子入りすることになる。
「リリエンタール閣下の信頼に、必ずやお応えしますので」
リースフェルトさんはそう言うのですが……。
閣下の決断に反対意見を述べるつもりはございませんが、リースフェルトさんと二人で話したいと希望し ――
「いいんですか?」
車両最後尾のドアの外へと出て、夕暮れの空の下、遠ざかる線路を眺めながらリースフェルトさんに今回のことについて尋ねた。
「ええ」
「危険な任務ですよね」
閣下の親族っていうと王侯がデフォルトですよ?
権力は失われつつあるとはいえ、王族は別格だと思いますが。
「存じておりますよ」
閣下が命じられ、リースフェルトさんが拝命した。そこにわたしが入り込む隙間はないが、
「……」
「親子と言いましても、形式上ですので。今まで通りの関係で」
「それはお断りします」
「え?」
なに吃驚した顔しているんですか、リースフェルトさん!
親子になるというのなら、本当の親子になってもらいますよ。
「閣下の息子ということはわたしの息子。継母ではありますが、母親と子として過ごしますよ」
「ちょっと、待ってください妃殿下」
「妃殿下禁止。どこの世界に母親を妃殿下と呼ぶ息子がいますか!」
「いや、公の場では実の親子であろうとも、妃殿下と王子ですが」
「王族はそうでしたね。分かりました、では公の場ではわたしもジークのことをジークムント殿下とお呼びいたします。でも公の場ではないところでは継母で。継母が嫌ならイヴで」
経験者のわたしは知っている。継母を「かあさん」と初回で呼べないと、後々死ぬほど苦労するということを。初回を逃すとタイミングを自分でゲットしなくてはならず、これがもう難しいのなんのって! 士官学校の入試筆記問題よりも難しい。
なので、このタイミングを逃がさない!
さあ、言うのですリースフェルトさん。わたしのことを「かあさん」と!
「いや、待って、妃殿下。俺は王子じゃないから殿下はないんで」
「親子というなら、殿下を名乗って下さい! わたし一人、殿下は嫌です! こうなったら道連れです!」
「おいおいおい! 道連れかよ!」
「わたしの全腕力で縋り付く! 手を離さない! 絶対道連れにする! 閣下にお願いしてリースフェルトさんを殿下にしちゃう!」
「それやられたら、絶対に俺、殿下にされるじゃないか!」
等と騒いでいたのだが、ふと空白が訪れ、車輪の音が響き ―― 二人で吹き出してしまった。そして深呼吸し、
「これからよろしく」
握手をし ―― イヴ・クローヴィス二十四歳。きっとほぼ同い年であろう、本名すら不詳な義理息子が出来ました。
「よろしく……イヴ」
そう言ったときのリースフェルトさんの表情と口調はユグノーだった。
「かあさんでいいんですよ、遠慮せずにどうぞ!」
「それはリリエンタール閣下の許可を取らないと」
「えー! わたしが良しと言っているのですから!」
閣下の息子ならわたしの息子……ということで、車中に戻りデニスに紹介したところ、リースフェルトさん……ではなくジークムントはデニスと蒸気機関車君たちに囲まれ連れていかれ、
「義理甥になるサーシャ君とは、仲良くなれそうだよ」
翌朝デニスは、良い笑顔でそう言い火室へと消えていった。
その時は”そりゃー良かったなー”と流したのだが、後でふと気付いた ―― 何故デニスはジークムントをサーシャと呼んだのだ?
おそらくジークムントはルース人で、本名がアレクサンドルだから、略称サーシャなのだろう……ということはキース大将のセリフで分かるんだけど、うちの弟はどうやってそこにたどり着いたの?
ジークムントの性格からして、自分から絶対サーシャとは名乗らないはず。
「イヴ少佐の弟君、甘く見てたわ」
「甘く見ても大丈夫だとは思いますが」
蒸気機関車のこと以外は、ほぼアレなんで。
「デニスさんから聞いてない?」
デニスもジークムントに「親戚なら名前で」と申し出たらしく、それを律儀に守っている。
「聞いてませんね。喋らないでとか言いませんでしたか?」
「言ったけど」
「じゃあ、喋りませんよ。あれで口は硬いので」
デニスは中々に口が固いし、喋らないでと言われたことを口外するような性格でもない。
「まあサーシャと呼んでいましたけどね」
「たしかにそれは止めませんでしたが」
「嫌なら止めてくれと言えばいいですよ。デニスは人が嫌がることはしませんので。ただ直接はっきりと告げられないと、理解しませんが」
ジークムントは小首を傾げてから、綺麗ながらフルスイングでぶん殴りたくなる笑顔を浮かべ、
「ほんとうに、ご姉弟ですよねえ。驚くほど似ている」
「え、あ……はあ。そりゃあ姉弟ですから」
そんなことを言った。
言われた内容が嬉しかったので、殴りませんでした。いや、勿論殴るつもりはないのですが。
そうこうしている間も蒸気機関車はひた走り ―― ババア陛下さまと猊下が乗る船が停泊する港にもっとも近い駅に到着。
この駅から馬車でしばらく行ったところに、ヒースコート子爵邸がある。
鉄道が通っていないので、我が家のデニス及び蒸気機関車君たちにとっては、地図の空白地帯……君たち本当に自分に真摯だね。欲望に忠実とも言えるけどさ。
そんなデニスたちは駅に残り、ババア陛下さまと猊下も乗り首都へと戻る車両を整えてくれるそうです。
それに関しては君たち完璧だからね……駅員はデニスとラインハルト君(No. 5)だけだけど、何故か完璧という不思議さ。
「隊長……妃殿下お待ちしておりました」
駅にはやや青みがかった灰色のフロックコートを着用し、シルクハットを手に持ったボイスOFFと、オーバースカートをポロネーズ風にたくし上げた、光沢を抑えた茶色いデイ・ドレス姿の黒髪の女性 ―― ボイスOFFの奥方ジュリアさんに出迎えられた。
ジュリアさんはエキゾチックな美女という言葉そのもの。
我が国ではまず見ることはない顔だちだ。気の強さを感じさせ大人の女性の魅力がある。……夫が乙女ゲームの攻略対象になったら、悪役を押しつけられる顔だちとも言える。あなたの夫はもう解放されたので、大丈夫ですよ! ジュリアさん。
出迎えの二人と挨拶を交わして馬車に乗り込み、港手前にあるヒースコート家所縁の邸へ。そこでわたしも、ババア陛下さまと猊下に会うのに相応しい格好に着替える。
ドレスは先に送っていたので、手入れされ皺や縒れなどはもちろんない。
本日わたしが着るのは光沢を押さえたグレーのAラインドレスでトリブヌルトレーン付き。
ボートネックでもちろん長袖。ドレスは裾に小さな百合が刺繍されている。
ショートグローブで手首の辺りには、ロスカネフの民族衣装を飾る伝統的なカラフルな花の刺繍が上品に施され、わたしがロスカネフ人なんだよというのをさりげなく主張している。
宝飾品は真珠 ―― 本日はシンプルな土台にのせられたブラックオパールのチャーム付き、ピーコックの黒蝶真珠一連チョーカー。
貴婦人のアイテム……自分を貴婦人と思ったことはないが、デビュタントした以上は淑女なので、必須アイテムである扇子と、猊下にお会いしそのままミサになるので ―― 猊下が出迎えにきた人たちの為にミサを開いて下さるそうなのです。首都でも「閣下とわたしの結婚お祝いミサ」があるらしいよー……話は戻して、出迎えて少しの休憩を経てから猊下のミサがあるので、子供の頃から使っている自前の聖典も持参する。
海風に煽られドレスの裾が乱れないようにする重しだが、裾の折り返した裏側部分に純金ビーズで施されたモチーフ刺繍がその役割を果たす。
わたしは見えない部分に分銅を吊すのかなーと思っていたので驚いたわけですが、フリオさんに「そんな美しくないことしないわよ」と……女子力の違いってヤツだな! フリオさんは男性だけどさ!




