【273】花嫁、食事に行く
フォルクヴァルツ閣下の衝撃的なプレゼント騒動を無理矢理収拾させ ―― ハンサムの動揺は見ていて可哀想でしたが、わたしがなにか出来るわけでもなく……。精々出来るのは、安くて美味しくて雰囲気の良い店を教えてやることくらい。
フォルクヴァルツ閣下の移住については、閣下とキース大将に陛下も交えてお話し合いが持たれるようですが、
「本人がロスカネフに住み着く気なら、こっちがどうしたところで無駄だろう」
キース大将も諦め気味でした。
我が国としては悪いことではないとは思いますが、それだけでは済まない御方ですからね。
閣下の銅像に関してですが、結婚式が終わったら撤去という運びになったので、せっかくだから銅像と一緒に写真を撮ることにいたしました。
「槍はアディフィンで、剣は神聖帝国だ」
閣下の連合軍総司令官像、基本は前足を上げている馬に乗り、武器を掲げ号令をかけているシーンで、どの銅像も基本部分は同じなのですが、国によって装備している武器が違うのです。
「リリエンタール閣下は、こんな命令の出し方をしたことはなかったが」
連合軍総司令官の主席副官のお言葉……躍動感はあるし銅像の顔も閣下に似ているのだが、そういう所は違う様子。まあ芸術家の感性ってのも大事だからね。
銅像は高さ二メートルほどの台座に載っているのですが、台座とツーショットもなんなので許可を取り台座を登って閣下の銅像と一緒に。
閣下が偉業を成し遂げたときは、まだわたしは子供だったので、その勇姿を拝見することはできませんでしたが、こうして偉業の片鱗に触れられると嬉しいね!
「まさか自分の銅像に嫉妬する日がくるとは」
「?」
閣下のお言葉の意味が分からなかったのですが、リースフェルトさんが「閣下と一緒に写真を」と言ってきたので、腕を組んだ閣下との写真をたくさん撮影してもらった。
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「贈り物ができなくて、本当に困りましたよ」
戦争終了後、親衛隊の事務を担当してくれていたカミュはもとの職場へと戻った ―― モルゲンロートへと戻ったカミュに、引き出物についての聞きたいことがあるのでと呼んだところ、そんなことを言われた。
カミュ曰く、
「ドレスとか宝石とか絵画や珍味や美酒の入手ルートはしっかりと押さえていましたが、妃殿下ときたら紙とかカメラとか、足が不自由な人でもトイレに入りやすくするための鉄のポールやセメントなど、入手ルートを押さえていなかったんで、死ぬかと思いました」
どうもわたしはカミュの使い方を間違っていた模様です。
「済まんな」
「いえいえ、それはそれで楽しかったですよ」
更にカミュが言うには、アドルフはわたしへ贈り物をするためにカミュを配置したのだが、贈り物らしい物は望まれず諦めていたところに、研究所の冷蔵庫という大型の発注があり大喜びしたんだって。
「偶にでいいので、うちのボスに、欲しい物を頼んでいただけませんかね?」
「偶に」
「はい偶に。リリエンタール閣下を押しのけるようなマネをしたら、こっちの首が危ないのですが、危険をおかしてもリリエンタール閣下のお妃の御用商人という地位は欲しいので」
「そうか」
カミュは我が国のモルゲンロート系列の責任者になるとのこと。おめでとう!
そのカミュの主、アドルフとも会って話をした。
「わたくしめは、父親似なのです」
アドルフの父親は閣下の異母兄で、ゲオルグ大公と前妻の間に生まれた長男だった。貴族で長男と言えば、生まれたときから勝者の筈なのだが、アドルフの父親となった長男は、片目と片耳と片足が不自由だったことから、家督を継ぐ資格無しとして除外され、モルゲンロート家に売られたのだそうだ。
共産連邦会議のとき、閣下が「金塊一トンで」と仰ったときの表情を思い出す……。
アドルフの父親は自分が売られる原因となった障害を疎んでいたが、同時に自分と同じ障害を持って生まれてきたアドルフを憎みながらも愛してくれたそうだ。
それこそ障害のない息子のことを「妻と愛人との間にできた息子だ」と手紙にしたため、ゲオルグ大公に送りモルゲンロートの相続から排除しようとしたほどに ――
「父は可哀想になるくらい、屈折した人でした」
自分と同母の弟たちが栄達するのを憎み、夭折した妹弟たちを悲しみ、生母の違う閣下が同母の弟たちから全てを奪ったのを喜び、ある日生来弱かった心臓がすっと鼓動を止め亡くなったそうだ。
「苦しまずに逝けて良かったと、心から思いました」
アドルフの父は本来ならば自分が所有すべきはずだったのに、同母弟たちに奪われた数多の権威を、彼らから奪ってくれた異母弟である閣下に葬儀を取り仕切って欲しいと希望し、モルゲンロートは大金を叩いて枢機卿である閣下に葬儀を依頼したんだって。
ゲオルグ大公の末っ子である閣下と長男が対面したのはその時だけ ―― 生きているときは一度も会えなかった。……きっと閣下は会う必要性を感じなかったんだろうなあ。
「妃殿下との婚約を整えたリリエンタール閣下が”生前のカジミール(長男)に一度は会っておくべきだったな”と仰いまして。その言葉をいただけただけで、息子としては幸せでございました」
閣下の心境の変化がどのようなものかは分からないけれど……なにか思うところがあったのだろう。
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枢機卿としての閣下 ―― もうすぐ聖職者ではなくなるのですが、以前軽い気持ちで「聖職者としてのお勤めをしている閣下を、一度は見たかったな」とわたしは言った……らしい。
例に漏れず覚えていないわたしと、しっかりと覚えている閣下。
閣下は覚えているので、わたしの願いを叶えて下さり、本日は街の教会にて、赤ちゃんの洗礼式が行われ、その洗礼式を閣下が執り行ってくださっております。
わたしは知り合いということで軍礼装に腰まであるマリアベールを被り参列し、閣下とボナヴェントゥーラ枢機卿閣下が洗礼を行っている姿を、赤ちゃんの親の隣で見ている。
「わたしが枢機卿であるリリエンタール閣下を見たいといったばかりに。済まない、シベリウス少佐」
丁度良いところにいた洗礼を控えている赤ちゃん……ということで、シベリウス少佐のお子さんの洗礼式を執り行うことに。
「何を言っている。枢機卿閣下お二人の洗礼式など、下級貴族である我が家にとっては誉れであり嬉しい限りだ、クローヴィス少佐」
相変わらずシベリウス少佐の声がでかくて、教会に良く響くわー。
シベリウス少佐は貴族ながら恋愛結婚をし円満な家庭で、男の子三人に女の子二人に恵まれている、まさに勝ち組な三十三歳。
ただ今洗礼を受けているのは現時点で末っ子の男の子。
少佐と同い年の奥さまは茶色い癖毛をしっかりとまとめ、露出のない礼拝服にわたしと同じようにマリアベールを被り、それはもう聖母のような笑顔で末っ子を見守り、両手で幼い我が子の手を握りしめている。
もちろんシベリウス少佐も、我が子を片腕に抱き、もう片腕で手を握り……他の兄弟たちが見守るなか末っ子君は、とても元気よく泣いていた。
「さすがシベリウス少佐の息子さん」
「声大きいな」
枢機卿の洗礼式ということで、シベリウス少佐の部下たちも「いいっすかー」と、参列している。
閣下は意外と言うのは失礼だが、赤ちゃんを上手に持ち手際よく、それは慣れた雰囲気で洗礼式を行った。
洗礼式を終えた閣下は、
「最後だと思うと、感慨深いものだな」
そのように仰った。
閣下は過去にリトミシュル辺境伯爵閣下とフォルクヴァルツ閣下のお子さんの洗礼式は行ったことがあるのだそうです。
「アントニウスと妃の子は、わたしが洗礼してやるからな」
「妃が嫌がったら断るが」
「嫌だなんて」
「そうか。では好きにしろ、イヴァーノ」
「楽しみにしているぞ」
洗礼式を終え、シベリウス少佐一家に見送られ教会を後に。
「ありがとうクローヴィス少佐」
「いえいえ。結婚式後のパーティーには、ご夫婦で是非ともお越し下さい。お待ちしておりますので」
ボナヴェントゥーラ枢機卿閣下は大聖堂の大司教と式について打ち合わせをするということで、教会前で別れた。
「じゃあ、また後でな」
「帰ってこずともよいぞ、イヴァーノ」
「アントニウスはそうかもしれないが、乙女イヴはわたしに会いたいものな。なあに帰ってくるから心配するな」
「早く行け、イヴァーノ」
二人とも穏やかな笑顔でやり取りをし ―― ボナヴェントゥーラ枢機卿閣下を見送った。
「予約時間までまだ少々ありますので、ゆっくりと歩いていきましょう」
「ああ」
わたしと閣下のこれからの予定は、閣下がわたしの願いを叶えてくれたお礼を兼ねて一緒に店で昼食を取ります。
ドレスコードのある、ちょっとよさげでわたしの懐でも大丈夫そうな、美味しい昼食を取れそうな店をヴェルナー少将から教えてもらった。
更に「わたしの名前で予約を取れ。お前の名前? 馬鹿か、クローヴィス。お前の名前で予約を取ったら、大騒ぎになるだろう」と、名義を貸して下さった。
もちろん名義を貸したことを認めた手紙も持たせてくださいましたよ。
「……閣下」
「腹が鳴ったようだな」
話をしながら歩いていたら、閣下の胃袋が空腹を訴えた!
「そんなにお腹空きました?」
「…………」
閣下は顎に手を当て、ダークブルーの瞳を上へと向け考えてから、
「きっと空腹なのだと思われる?」
完全に「他人ごと」な口調で語られた!
「なんで自分のことなのに疑問符付きっぽいんですか!?」
「恥ずかしながら、四十年も生きてきながら、空腹という概念を理解していなかった」
閣下済みません、わたしにはちょっと空腹という概念が分かんないです。空腹って空腹じゃないですか。閣下は要するに空腹なんですよね?
でも予約時間にはまだ時間があるので、閣下の手を引き市場へ。
果物屋に旬のラズベリーが山盛りになっていたので、ポケットから記憶を頼りに作ったエコバッグを取り出し、ボタンを外して開く。
「ほぉー、イヴよ、それは手作りか」
「はい。コンパクトに収納できて、開くとかなりの容量を誇ります」
「大したものだ。そのような物を製作できるとは、イヴは素晴らしいな」
いえ、あの閣下。記憶を手繰って作った、ただのエコバッグでして……。
説明のしようがないので、エコバッグにラズベリーを一杯につめてもらい、小腹を満たすことに。
「あんまり食べると昼食が入らなくなりますから」
「幾つくらいまでなら、食べても大丈夫だろうか?」
なぜ閣下はご自身の腹の具合をわたしに聞くのですか! わたしなら、このエコバッグ(縦55cm×横30cm×マチ3cm)一杯のラズベリーを食べても、昼食は余裕ですが、閣下はきっと違うはず。
「五個くらいでどうでしょう?」
「そうか。では五つもらおう」
閣下は言うまでもなくお上品な方、歩きながら食べるなどということはなさらないので、当然立ち止まったまま食べます。祭服を着ている枢機卿が歩き食べも……駄目だよね。
「イヴ」
「はい、なんでしょう?」
「美味しいよ」
「それは良かった。さ、食べたら店へ向かいましょう」
わたしは食べながら歩く技術がありますので、エコバッグを腕に下げつつ食べ、話しながら店へと向かった ―― ヴェルナー少将ご推薦の店は美味しかった! ありがとうございます、ヴェルナー少将。




