【272】花嫁、贈りものに驚く
閣下に対する忠誠心に圧倒されっぱなしでしたが、ロックハート総督は奴隷解放の英雄だからサインはもらう!
事前に「欲しいのです」と頼んだところ、三総督の確執といいますか、そういうことを説明され、
「二人にもサインを求めてくれるか?」
「よろしいのですか?」
もらえるのなら、もらっとくー!
詳しいことは知らないけれど、知れば「もらえば良かった!」と後悔すること間違いなしなので。
【妃がお前たちのサインを所望しておる】
せっかくサインをもらうのですから写真に! ということで、閣下と一緒に写った写真にサインをして欲しいと伝えたら硬直してしまった。
【一枚は皆さんのサインを、もう一枚は閣下のサインを入れて皆さまに】
リースフェルトさん監修のもと練習したアディフィン語でそのように伝え ――
「本当に面倒なのばかりで済みませんねえ」
ベルナルドさんにお茶を淹れてもらって飲んでいる。
理由ですか? 皆さん「陛下と一緒に写るのなら、身支度をもう一度させてくれ!」と。記念撮影ですからOKしましたとも。
こうして少々時間を掛け皆さまとの記念写真撮影が終わり、現像したらサインを入れてもらえるとのこと。
それとわたしも一緒の写真も撮ったよ。
ついで……ではないのだが、
「わたしは自分がそんなに謙虚な男だとは思っていなかったのだが、いざお前と一緒に写るとなると気後れするものだな」
そんな訳の分からないことを言っていたキース大将とも一緒に撮影した。
……うん、わたしと閣下とキース大将の三人で撮りましょう! はさすがに無理でした。二人でどうぞ! はもっと無理だけどね!
三総督が到着してから二日後には、
【ボナヴェントゥーラ閣下、お久しぶりですな】
[久しいな、リトミシュル辺境伯爵]
リトミシュル辺境伯爵閣下がお越しになった。
一緒に来ると言っていたプラシュマ大佐がいたので、約束通り誘って酒を飲みに行くことに。
閣下が「せっかくだ。共に行動したネクルチェンコたちをも伴うがよい。連絡はしている」と仰ってくださった。
通訳にとリースフェルトさんも一緒ですがね。
お手数をおかけいたします!
「妃殿下と飲めて楽しいですよ」
「そう言っていただけるのは嬉しいのですが……」
妃殿下は止めていただきたいです、リースフェルトさん。
リースフェルトさんを所々に挟んでの会話でしたが、プラシュマ大佐が色々と楽しい話題を用意してきてくれた。
プラシュマ大佐の部下も数名一緒に来ていたのだが……なんかネクルチェンコたちと、言葉が通じないのに通じ合っている感が凄い。
後で聞いたら、
「隊長のことで、盛り上がったんですよ」
わたしはもう隊長じゃないし、お前たちももう少しで隊員じゃなくなるし、なにより全く盛り上がってる感なかったような。
盛り上がりに関してはわたしの主観なので追求はしないが。
親衛隊は戦時下の特殊令が廃止となったので、隊長の階級に合わせて規模を縮小するのです。
ユルハイネンは現在中尉で、更に士官学校を卒業していない中尉ですので、二百人を指揮することは規則として不可のため、一隊が抜けることになりそれがネクルチェンコ隊となった ―― ユルハイネンは実力的には二百人を指揮することは可能だと思うのだが、規則なもので。
ネクルチェンコたちは前に所属していたヒースコート少将の元へ戻るのだそうです。
キース大将はあの通り、中将になっても親衛隊を拒否していた人。大将に昇進しても相も変わらず「要らん」って言ったけど、さすがに大将閣下に親衛隊が付いていないのは……ということで。
大将の親衛隊なら大佐でなくては?
そう思ったのですが、そこはキース大将。
どうしても親衛隊を付けたいのであれば、隊長は若手を寄越せ、育ててやるということで合意。
ユルハイネンをがっつり育てて下さる模様です。
粗ちん野郎ですが、キース大将に鍛えてもらえば……ヴェルナー少将に鍛えられてもあんな感じだったなー。キース大将よりヴェルナー少将のほうが厳しい筈だから……甘やかされて伸びる系かもしれない。
【パーティー会場を下見したいのだが、いいだろうか?】
飲み終えて外へ出て、酔い覚ましの散歩がてらに全員で中央公園へ。
【アディフィンに行った時は案内してくださいよ、プラシュマ】
【喜んでと言いたいところだが、生憎俺の身分では、妃殿下を案内などできないよ】
【皆さん、妃殿下、妃殿下言いますが、基本は庶民ですからね】
十代遡っても庶民という、由緒正しい筋金入りの庶民ですから!
【いやいや……ん? あれは】
ガス灯で照らされている中央公園の東口で、何故か神聖帝国のフリートヘルム大尉と分隊を発見。
【あ、クローヴィス……イヴ殿下】
軽く手を上げて笑顔で声をかけてきたハンサムが「あっ! やべぇ!」となって、急ぎ膝を折って頭を下げる。
そういう挨拶要らないんで!
……なにをしていたかというと、銅像の設置だそうです。
【リリエンタール閣下の偉業を讃え作成された銅像ですよ】
ロスカネフ組のわたしたちは閣下の銅像に興味津々でしたが、アディフィン軍と神聖帝国軍は、
【市街地や王宮、閣下の城にあるので見慣れてます】
そのような回答でした。
銅像の設置理由ですがフォルクヴァルツ閣下がお祝いにと、撤去されていたアディフィンの銅像を回収し、神聖帝国にあったものと共に運んでくださったのだそうです。
お祝いになるのかなー。閣下は撤去させていたような……。
【せっかくアントンが結婚するんだから! と……】
困ったように笑うフリートヘルム大尉。うん、分かってる。上官の命令に逆らえなかったんだろう? 分かってるよ。
「フォルクヴァルツ閣下は幼少期から、確信的愉快犯と呼ばれている御方ですので」
意味わかんないですリースフェルトさん。でもふわっと意味が理解できてしまう。行動の一つ一つは「この人外務大臣でいいの?」と思うが、わたしなんかは理解できないところで何かをしている感もある。
そのフォルクヴァルツ閣下はというと、
【良い風が吹いているから飛べそうだと、飛行部隊を率いてどこかへ】
自由人にもほどがある!
【像の設置許可が下りていないのは俺たちも薄々感じているというか、いつものことなので諦めているが、気付くと設置許可が下りているので、今夜だけは見逃してくれないか? イヴ殿下】
フリートヘルム大尉に頼まれ ―― そっと肩を叩いて見なかったことにし中央公園内へ。プラシュマ大佐たちに「ここに食事を」「貴賓はこのあたり」「大佐たちの食事はここ」などを説明し帰宅した。
「前衛彫刻家を五名連れてきましたぞ!」
翌日、自由極まりないフォルクヴァルツ閣下とお会いし、
「アントンの嫁、大天使の彫刻を作らせる」
結婚祝いに大陸でも名の知れた前衛彫刻家に、わたしの像を造ってもらえることになった。ちょっ! 恥ずかしい! とは思いましたが、贈り物なので辞退はしませんし、拒否もいたしませんが……でも前衛ですよ、前衛。
きっと前衛的過ぎて、わたしには分からないなにかが出来上がるのではないかな? わたし芸術の素養はないに等しいので。
単純に綺麗なものなら分かるんですけどね。
そして衝撃なのだが、アブスブルゴルの蒸気機関車君その2ことセレドニオ君は、新進気鋭の前衛彫刻家だった!
〔お久しぶりです、隊長さん。きっと言葉通じてないだろうけど、隊長さんの彫刻を作らせていただきます〕
更に言うとセレドニオ君はアブスブルゴル人ですらなかった。
セレドニオ君はアブスブルゴルのもっと南、海峡を挟んだ向こう側はアバローブ大陸というほど南の出身。
当然喋っている言語は違い、わたしには全く理解できない。
デニスと喋っている姿を見ている時は、理解できなかったものの「ああ、マニアックな鉄道用語ね」で流したが(会話成立しているから……)、まともに聞くと知らない言語なのがよく分かる。
このセレドニオ君は芸術家らしく旅をしている最中に、デニスと出会いそのまま我々に合流。一緒にダイナマイトを積んだ蒸気機関車を止める作戦に強制参加。
もちろん蒸気機関車の知識は専門家クラスだけど、本職は前衛彫刻家……なんか凄いな。
「四人も連れてきました」
セレドニオ君以外の蒸気機関車君たちも、フォルクヴァルツ閣下が伴って下さった。彼らは皆、デニスと共に閣下の周りで子供のようにきゃっきゃっしている……「きゃっきゃ」と表現したが成人男性六名の歓声なので、野太いのはご了承いただきたい。
そしてさすが閣下、セレドニオ君の言葉でも普通にお話していらっしゃる。
「リリエンタール閣下はあの辺りでも大領主ですので」
「……」
リースフェルトさん、解説ありがとう! そしてわたしは、閣下の領地に関してはもう驚かないぞ!
「ですがあちらも貴賤結婚には煩いので、領地放棄の方向で進むかと」
「……いいんですかね?」
「リリエンタール閣下には何ら問題はありませんよ。あちらの国家に関してはなんとも」
名前しか知らない国家がもしかしたら存亡の危機かもしんないけど、蒸気機関車君たちに囲まれて話をしている閣下が楽しそうだからいいかなー!
国家の存亡といいますと、重要な案件があるということで、司令本部の会議室にてキース大将をも交え ―― フォルクヴァルツ閣下から、
「神聖帝国はバイエラント領を、これからもリリエンタールに任せたいという方向で話が決まった。リリエンタールがバイエラント大公を名乗ることはもちろん、妃であるイヴ・クローヴィスが大公妃を名乗ることも許した」
このような通達があったのですが、
「許した?」
「そうだ”許してやる”とのこと」
【このリリエンタールの妃に対して”許してやる”な】
【受けるか?】
【誰が受けるか】
閣下は拒否なさった。
「一応伝えておきますが、コンスタンティン陛下は許可を出すという行為自体に反対しておりました。もちろんイヴ・クローヴィスが大公妃と名乗ることに関して意見などは述べておりません。保身に走ったと解釈しても間違いございませんぞ」
フォルクヴァルツ閣下が仰る「コンスタンティン陛下」とは神聖帝国皇帝。閣下の異母兄に当たる人物で、エジテージュ二世の岳父でもある。
「だから?」
「判断はお前に任せる、アントン」
「ふん」
「これ以上、結婚前の花嫁の気を削ぐような話題を続けるほど、わたくしも馬鹿ではないので終わらせていただくぞ。さてアントン、個人的にアントンにお祝いを持ってきたのだが」
「要らん」
閣下の冷たい返しに動じることなく、
「今日、神聖帝国政府に外務大臣の辞表が届いております。よってこのアウグスト・フォン・フォルクヴァルツ、本日より無役!」
無役になったことを宣言。
「はぁ……帰れ、アウグスト」
閣下はフォルクヴァルツ閣下が何を仰ろうとしているのか、もう分かっているかのような。リトミシュル辺境伯爵閣下は完全に分かっているっぽい笑顔。高貴な人に向かって言う台詞ではありませんが、殴りたくなるわーその笑顔!
「リリエンタール大統領の補佐官になることにいたしました!」
大統領補佐官? 閣下の補佐官?
議場に護衛としているフリートヘルム大尉の顔! ほんと聞いてなかったんだろうなあ。
「アウグスト、わたしはまだ出馬資格を得てはおらぬから、出馬すらしておらぬのだぞ」
「でも出馬するんだろ?」
「妃の故国をよりよき物にしたいからな」
「大統領は決まりですよな! アーダルベルト」
話を振られたキース大将は額に手を当てて溜息を吐き出し ――
「若気の至りでフォルクヴァルツ侯をからかい教えたロスカネフ語を、故国の公式の場で聞かされるはめになるとは。悪いことはするもんじゃないな」
「気に召されるな。わたくしは、気に入ったから直さないのですぞ」
この若干おかしなロスカネフ語の原因は、キース大将だったのか! 落ち込んでいるキース大将など我関せず、フォルクヴァルツ閣下は話を続ける。
「アントンへの結婚祝いは、わたくしですぞ!」
「返品は」
「出来るわけなかろう、アントン。だってこのわたくしですぞ」
「そうだな」
プレゼントはわ・た・し ―― をリアルで見ることになったのだが、なんかちょっと違うような、完全に間違っているような、でも事実という事実。どうしたらいいんだ?




