【027】少尉、悪役令嬢とお別れする
悪役令嬢のお城での囚人生活七日目、ついに処遇が決まった。
「共産党幹部との接触は確認できなかった。よって罪を一等減じ、国外永久追放とする」
閣下より下されたのは国外永久追放。
死刑じゃなくてよかったね! と言いたいところだが、若い貴族令嬢が国外で一人、生きて行けるはずもない。悪役令嬢はどこに身を寄せるのだろう?
「十七の娘に国外永久追放は、死刑とおなじ刑罰かもしれぬが、わたしとしては死刑は死刑、国外追放は国外追放とはっきり分けたい。よってお前には生きてもらわねばならぬ。エベディオ教皇領のフェドレケ修道院。行き先はそこだモーデュソン」
悪役令嬢は貴族ではなくなり、国外の修道院へと送られることになった。
ゲーム通りと言えばその通りだが、あれは風の噂。本当に修道院に入ったかどうかは分からないが、これは確実。
そして最後の夜。
わたしは悪役令嬢と一緒に、城内を散歩していた。
もちろん、閣下の許可はいただいているし、悪役令嬢とは縄で手首を結んでいる。結び目は特殊で、繊細な指先の悪役令嬢が解くのは無理。
「カンテラを持たせて、済みませんね」
「城内を見たいといったのは、わたくしですもの」
悪役令嬢の手にはカンテラ、わたしの手にはマスケット銃。大きな窓から差し込む月明かりだけで充分なような気もするが、何事かがあった場合に明かりはやっぱり必要だからね。
「夜のお城をこうして見て回るのは、探検のようで楽しいですね」
「そうね」
廊下に飾られている大理石の彫像などに、思わず銃口を向けたりしながら、悪役令嬢と城内探索を続けた先に、礼拝室の入り口を見つけた。
「こっちにもあるんですね。こっちはそれこそ礼拝室ですね」
「そうね。なにが違うのかしら」
貴族の邸には立派な礼拝室が備わっている。閣下の邸にいたっては、礼拝堂と呼ぶべき大きさのもの。
それほど敬虔な信者ではないわたしだが、閣下の家に詰めている現在、自由につかっていいと言われてるので、礼拝堂に足を運んでささっと祈っていたのだが、ここにもあったのか。
「なんでしょうね」
扉をそっと開けると、祭壇の前で祈りを捧げている人がいた。月明かりに照らし出されている姿は闇夜のように黒い。おそらく軍人だろう。
念のために悪役令嬢を体で隠し注意深く見つめる。
漏れた明かりに気付いた祈り人は、立ち上がりこちらに振り返った。
「大佐?」
そこにいたのはマルムグレーン大佐の格好をした、別人だった。オルフハード少佐でもない。
これ以上ないほど傷つけられ、絶望の淵を覗かされ、感情が抜け落ちた表情。
これはきっと、この人間の本当の姿だ。この人の名前は知らないし、知りたくもない――祭壇を見てそう思った。
「少尉か」
マルムグレーン大佐の声に悪役令嬢が、やはり”びくっ”と大きく震える。
やっぱり恐いよね。
マルムグレーン大佐が礼拝室を出て行き、それからわたしと悪役令嬢が中へ。
小さな祭壇に乗っている十字は円と組み合わさっている。
この十字を使うのは今はなき……
「あ、これ! これ、あの女が持ってたわ!」
「はい? これをですか?」
「そうよ。変わったロザリオだとは思っていたけれど」
悪役令嬢は祭壇にカンテラを近づけて、聖教の国派を表す十字をまじまじと見る。
「ええ、間違いないわ。あの女、イーナ・ヴァン・フロゲッセルが持っていたロザリオと同じものよ」
「それは本当か!」
もの凄い音を立て、礼拝室の扉を開けてマルムグレーン大佐が入ってきた。
やっぱり聞いていたのですね。
そして悪役令嬢、あなたは本当に、重要登場人物なんだなーと思います。
「な、なに?」
「モーデュソン。本当にイーナ・ヴァン・フロゲッセルはあれを持っていたのですね」
「間違いないわ……ええ」
わたしと悪役令嬢のやり取りを聞いたマルムグレーン大佐は、インバネスを翻して去っていった。
「なにが、どうしたの?」
「モーデュソン。これは今はなきルース帝国の十字です」
「……」
共産党員幹部徽章の存在を知らなかった悪役令嬢でも、共産連邦と宗教の関係は知っているようだ。
共産連邦は宗教を弾圧して、いまでは同志諸君は、みな宗教などに惑わされず平等な国家で暮らしているらしい。
それが真実かどうかは知らないが……国体からロザリオと幹部徽章の両方を持っている人間は存在してはいけない。
これでイーナが共産党員なのか、王政復古派なのか、意見が分かれちゃうんだろうなあ。
乙女ゲームのヒロインだから、絶対に貴族的な世界側に与しているのだが、根拠というものがなにもないからなあ。
「帰りましょうか、モーデュソン」
「そうね」
二人で礼拝室を後にし、悪役令嬢を部屋まで送り届ける。
「少尉、いろいろありがとう」
「いいえ。小官はなにもしておりませんよ」
もう跡形もなくなってしまった縦ロール。
もう一度だけ元気な縦ロールが見たかったなあ。
翌日の朝早く、フードを目深に被った悪役令嬢は、ベックマン少尉とその部隊に連れられ、閣下の邸を去った。
悪役令嬢がいた部屋には、話しながら刺したハンカチが残っており、その一枚にはフルール・ド・リスとわたしの名前が刺繍されたものがあった。
「もらっても、よろしいのでしょうか」
囚人の所持品なので、本当は家族に返されるものなのだが、家族には受け取るような余裕はないそうだ。
「修道院には一切の私物は持ち込めぬし、なにより少尉の名が刺されているのだ、もらってやれ」
閣下からの許可をいただき、シーグリッドの未来が幸多からんことを願い、わたしの名前が刺繍されたハンカチをポケットに突っ込む。
「少尉、重要な話がある」
閣下の後に従い書斎へ。そこには室長と大佐がすでにいて、革張りの椅子に腰を下ろされた閣下から、ついに報告を受けた。
「イヴ・クローヴィス少尉。少尉がわたしに提供した情報は、全て正しかった」
悪役令嬢を見送った余韻に浸る間もなく、閣下より共産連邦領域の「レール変更」という最悪の事態を知らされた。
あああ……デニスの見間違いであって欲しかった。でもあの義弟が見間違うなんてないと、心のどこかで思っていた。
「少尉とその家族は、国防に関し重要な証拠を提示してくれたが、これを明かすわけにはいかない」
それはまあ、大混乱になりますからね。わたしとしても、公表はして欲しくないです。
どうやって事態を収拾するのだろう? 人知れず戻す作業が行われるのだろうか?
「少尉の家族には、落ち着いてから金銭を。そして少尉は、褒賞として中尉に昇進する」
「小官が中尉ですか?」
「そうだ。この中尉昇進の表向きの理由は”ガイドリクスにかかった嫌疑を晴らした”ものとなる。嫌疑が晴れたガイドリクスは、国の代表としてフォルズベーグ国王即位式典へと向かう」
「……」
フォルズベーグはまだ混乱しているので、ガイドリクス大将が軍を率いて行くのだろう。
「新国王はウィレムだ。セイクリッドはガイドリクスが排除する。二人の関係は気にすることはない。ガイドリクスは完全にセイクリッドと決別している」
閣下が仰るのだから、そうなのだろう。なによりアレクセイルートに入っているから、逆ハーレムエンドは潰れたんだ。
いまはもう、これはアレクセイルートに入るため、乱立したフラグの後片付けか……片付けくらい自分でしろよ、ヒロイン!
「さて、少尉の任務だが……」
それにしてもシーグリッドと刺繍し、邸内を散歩して、アフタヌーンティーを楽しんだ七日間が、上官の嫌疑を晴らすため、人知れず努力していた日々になってるとか。情報操作恐い!




