【268】花嫁、悪役令嬢と再会する
「タイミングを失ってしまったので……あの、閣下を誰にも譲るつもりはないのです」
エリザベトに閣下はわたしが支えるんだ! するつもりで舞台を用意してもらったのに失敗したあげく、敵前逃亡的なことを言ったのですが、
「分かっている。わたしもイヴを誰にも譲るつもりはない。あの娘も、そのことを察知するくらいの能力はあるだろう」
閣下はいいよと言って下さった。
ただ後で、
「サロヴァーラ嬢に対して”閣下を譲る気はない”は完璧でしたよ」
リースフェルトさんにそう言われたのだが……できてたのか?
貴族令嬢だから、なんか深読みして勘違いしてくれたのかも知れない。
さて、いきなりお越しになったボナヴェントゥーラ枢機卿閣下。
濃い顔とは正反対に、頭髪は濃くない。むしろ薄い。いや薄いというより……。
「主が司教冠を被るために不必要だと消し去ったのだ。司教冠は熱が籠もるのだ」
「教皇の頭髪は主の思し召しを受けておらぬが」
「教皇が暑さに強いのは、アントニウスも知ってるだろう」
「お前が惰弱なだけではないのか? イヴァーノよ」
「弱さを知っているというのは大事なことだぞ、アントニウスよ」
主の思し召しでしたか。
そうか禿げではなく、主の思し召しかあ……。突っ込まないの? 誰が突っ込むか!
「ご結婚おめでとう、少尉」
そして嬉しい再会が ―― 枢機卿閣下にお会いした翌日、シーグリッドと会うことができたのだ。
異国の地の修道女となったシーグリッドを、枢機卿閣下のパワーで同行させて下さったのだ。さすが筆頭枢機卿閣下。主が司教冠のために、髪を天に召されるほどお気にかけられているだけのことはある!
修道女となりシスターベールにより髪が全部隠れているので、元気な縦ロールを見ることは叶いませんが、再会したシーグリッドは元気そうで安心しました。
「ありがとうございます。ただ小官は、少佐になりました」
面会したのは九番街に閣下が建てられたドレス宮殿……宮殿って規模じゃないんですけど「ドレスの為だけに建てられた」ということが知れ渡ったら、誰ともなくドレス宮殿と呼ばれるように。
門扉に旗が掲げられ衛兵がついている建物なので、宮殿って呼びたくなるのも分かるけどさ。
閣下は「よくてドレス邸であろうよ」と ―― なのでわたしもドレス邸と呼びますが、本日ドレス邸にはウェディングドレスのトレーンを持つことになっている四人の他、何故かヴェルナー大佐がいるので、四人ともいつもより表情が強ばっている。
お前等、そんなにヴェルナー大佐が恐いのか! ああ、恐ぇーよな! 一から百まで同意するよ!
ちなみに四人がドレス邸にいるのは、裾を持って歩く練習のためです。オネエ言葉を使うデザイナーのフリオさんは、ちょっと質が劣る生地(色は赤)と金属で、長さと重量がほぼ同じドレスを二着ほど仕立てており、それをわたしが着てドレス邸内を歩き、裾の捌き方を練習したりしている。
その練習前にシーグリッドが衛士の一人に連れられてやって来たのだ。
「……少佐?」
「はい、少佐となりました」
「優秀なのね」
優秀というより、攻略対象が起こした事件の後片付けをしていたら、出世してしまったと言いますか……でもこういうときは、
「ありがとうございます」
純粋に褒められているのだから、感謝を返すのが一番良いと思うのです。実際シーグリッドも笑顔になってくれたし。
玄関ホールのソファーに腰を下ろし、会話に花を咲かせる。
「少佐にわたしの修道名教えてあげるわ」
以前室長から聞いておりますが、教えてもらえるのは嬉しいよね。
「どちらの御方の名を拝領したのですか?」
「ビビアナよ」
「ビビアナというと、教育に貢献したエルポレロ修道院の修道女ビビアナから取られたのですか?」
ここはカンニング ―― 閣下にビビアナの由来をお尋ねして、逸話を聞かせていただいたのです。
「そうよ! わたくしもエルポレロのビビアナのように、教育で社会に尽くすことを誓願したの」
「それは立派ですね」
胸を張り目を輝かせて、修道女らしい社会貢献を語るシーグリッドは、本当に立派だ。イーナにはめられて修道院おくりになったのだが、
「ええ。自分で言うのもおかしいけど、わたくし修道女の生活、向いてるみたいなの」
そこで新たな自分を見つけたようだ。
「見てなさい、少尉……じゃなくて少佐。わたくしはフェドレケ修道院の院長になってみせるわ! もちろん学習院時代のようなことはしないから、少佐も安心してちょうだい」
あ、前言撤回。悪役令嬢は悪役令嬢のガッツを持ったまま、修道女をお勤めになるようです。まあ、シーグリッドらしいと言えばらしいので、微笑ましくなってくる。
悪役令嬢には前向きがよく似合う。
「ビビアナさまが同じ轍を踏まないことは存じております。修道院院長に就任なさった際には、是非とも小官を修道院に招待してください」
「それ以外の時でも来てよくてよ!」
シーグリッドが可愛いです。絶対に行くからねー。待っててね、シーグリッド。
「少佐、額の傷跡が消えて良かったわね。傷があっても少佐の顔は綺麗だったけど、今は傷も癒えてリリエンタール伯爵閣下に愛されていて、あの時以上に綺麗よ」
「げふっ、ごふっ!」
年上をからかうのは止めていただきたい、シーグリッド。
「わたくし、少佐の額の傷が綺麗に消えますようにってお祈りしてたのよ」
「ありがとうございます」
「わたくしね、自分のこと以外、他人が幸せになれるよう主にお祈りしたのって、少佐が初めてだったの。貴族の頃は自分の為だけに祈ってた……いえ、あれは祈りではなかったわ。ただの欲望で主に捧げるものではなく、悪魔に向けるようなものね。でもね、今は人々の為に祈れるようになったの。それは少佐に会えて、少佐の額に傷があったからなの。本当に感謝しているわ、少佐」
シーグリッドの人生に良き影響を与えられたのだとしたら、額の傷も無意味ではなかった ―― まあ全く無意味だとは思っていないんですけどね! 閣下が一目惚れしてくださったのも額から血がぶしゅー! が切っ掛けですので。
「話の途中で悪いが、伝えておきたいことがある」
ホールへとやってきたヴェルナー大佐に声を掛けられ ――
「委細は伝えられないが、お前に伝えてよいとこちらが判断した部分だけは伝えておこう」
イーナ・ヴァン・フロゲッセルに関することを、少しだけシーグリッドに教えてくれることになった。
もちろんわたしも同席で。なにせわたしも、イーナ・ヴァン・フロゲッセルがどうなったのか知らないので。
ヴェルナー大佐は「イーナ」は存在していなかったこと。「イーナ」を名乗ったのは「エリーゼ」という十歳以上も年上の女であったこと。そして、
「フロゲッセル男爵は自分のことを王の落胤だと思い込み、今回の凶行に及んだ」
あの無害そうな男爵が、事の発端だと。
「王の落胤ですか」
シーグリッドが呆れたかのような表情を隠さない。
「そうだ。最終的には自分の娘エリーゼを王妃とし、王家に連なることが目的だった」
衝撃には衝撃なんですが、あまりにも標準的な目的なのでそれが最大の衝撃という……いやだって、攻略対象たちほとんどが恋愛脳じゃなく、己の野心など他の目的を持っておりましたので、娘を王妃にという野望といえば野望ですが、普通の野望に吃驚してしまった。
「思い込むということは、落胤ではないのですね?」
「当たり前だ。王の落胤をただの男爵家に預ける意味はない。これが従属男爵だというのならばまだ分かるが、王宮に上がることもできない男爵家に養育を任せるなどあり得ない」
最強の従属男爵と表しても過言ではないリドホルム男爵から聞いたのだが、ロスカネフでは王の隠し子は侯爵家で、王女の隠し子は伯爵家。王子の隠し子は子爵家に託され養育されると決まっているそうだ。
もちろんこれらの家は、全てテサジーク侯爵家の配下。
一門ではなく配下なのだそうです。一門だけだとバレるからだそうです。さすがメッツァスタヤ、抜かりなし。
王女より王子の隠し子のほうが、爵位が低い家柄に託される理由ですが、本当に王子の子かどうか分からないから……とのこと。その点王女の子は、王族の子であるのは確実なので王子よりも一段上の伯爵家なのだそうです。
「そうですね」
「ここからは詳しくは教えられないが、フロゲッセル男爵はファンボール伯爵の仲介で協力者を得て、今回の凶行へと至った。モーデュソン家は王家の簒奪の際、邪魔だったので、一番厄介なお前から消そうとしたのだ。モーデュソン家もクルンペンハウエル家も名誉の回復は望めないが、そこは納得して欲しい」
「はい」
シーグリッドが聞けるのはここまでとのこと。
「わざわざ教えて下さり、ありがとうございました」
ソファーから立ち上がり深々と頭を下げて、ヴェルナー大佐にお礼を。かつてのシーグリッドなら、平民の佐官に頭を下げるようなことはしなかったでしょうに。成長したねシーグリッド。
「皆さま、リリエンタール閣下からのお達しなのですが」
格好良い燕尾服姿のリースフェルトさんが笑顔でホールへやってきて、
「舞踏会ですの?」
「らしきもの、ですよ」
シーグリッドにここで踊ってはどうか? と提案してきた。デビュタント用の白いドレスにグローブやベールなど一式も用意されている。
「リリエンタール閣下のお達しで作ったの。もちろん、着るも着ないもビビアナさまの好きにして」
いつもオネエ言葉なフリオさんが、微妙にそうじゃないのは燕尾服を着ているからなのかな?
シーグリッドが「え? えっ?」という視線でわたしのほうを見るのですが、御免、シーグリッド。わたしも今日この場で初めて聞いたよ。
そんな乙女の驚きだが、玄関ホールに置かれているグランドピアノの鍵盤をヴェルナー大佐が乱暴に叩き、
「ぐだぐだすんな! さっさと着替えて来い、小娘!」
座り ―― そしてワルツを奏で始めた。曲名はショパンのワルツ第14番ホ短調「遺作」もちろんこの世界ではショパンという名ではありませんが、旋律はそれです。
「ひゃっ! ひゃぃぃ!」
我々軍人ですら怒鳴られたらビビって「はい!」としか声を上げられないわけでして、シーグリッドもその勢いに飲まれ「はい」と答え、フリオさんに連れていかれた。
弾き終えたヴェルナー大佐と、シーグリッドの準備が整うまでホールで話を。
「ビビアナはここを出たら、他の修道士、修道女とともにフロゲッセルへと向かう」
「フロゲッセルですか?」
「ビビアナの人生を大きく変えた人間が生まれた場所だから、見たいと希望した」
「そうですか。でも行きたいからといって行けるような場所ではありませんよね」
「そこはな。ビビアナが行動を共にする修道女と修道士のもとの名はセシリアとイクセル」
ヴェルナー大佐、なんでそんなに不敵に笑うのですか!
「本物のプルック姉弟?」
「そうだ。枢機卿たちの差配で、二人は生まれ故郷へ足を運ぶよう命じられた。ビビアナも自然の流れでそれに同行させるよう……全く恐れ入る」
軍に話がきたのは、フロゲッセル領へ向かうのに、軍が管理している路線を使う絡みで ―― そうでなくとも、軍にも話は来ますよね。
本物のプルック姉弟とシーグリットだけで向かうわけではなく、室長配下の軍人とオルソンが同行するとのこと。
「善良な農婦に関しては国を挙げて騙すことになるが、悪いようにはしない」
偽セシリアに身分証代わりに使われたベッキーさんは、本物の幼馴染みである二人との再会を喜ぶことだろう。
「ど、どうかしら? 少佐」
白のイブニングドレスなどデビュタントする令嬢の姿で現れたシーグリッドは、それは美しかった。
「お似合いですよ」
昼間なのにイブニングドレスですが、そこは目を瞑っていただきたい。修道女となったシーグリッドが夜会に参加することはできないので、これは非公式であり存在しないものなので。
枢機卿ともなると、普通に夜会に参列しますけどね!
シーグリッドはわたしのドレスの裾を持つ四人と、ヴェルナー大佐にフリオさん、そしてリースフェルトさん全員と踊り ―― 踊り終えたシーグリッドは満足げな表情を浮かべてから、少しおどけたように笑った。
「はぁ。なんでわたくし、ロルバスなんかに固執したのかしら。世の中には、こんなに格好良い男性が大勢いるって知ってたら、あんなことしなかったわ」
ロルバスは攻略対象ですから、仕方ないですよ。きっと無条件で女に好かれるなにかを持ってるんですよ……キース中将ほどじゃないけど。
「それはビビアナさまが、純真だからですよ」
「過去形にしない少佐が好きよ」
「ありがとうございます」
退出の際にエスコートする人を選んでもらったところ、リースフェルトさんを選んだ。
「この方で」
「喜んで」
鈍いわたしが見ても分かったのだがシーグリッドは、リースフェルトさんのことを気に入ってる。そのーあのーシーグリッドさん。その人あなたの髪を引っ張ったり、大声で怒鳴ったり殴った人ですよ?
マルムグレーン大佐とは全く雰囲気が違うので、分からないのでしょうが。
元部下たちもマルムグレーン大佐とリースフェルトさんが同一人物だとは気付かなかったので、シーグリッドが気付かなくてもおかしくはありませんが。
再び着替えを済ませたシーグリッドは、
「わたくしの希望を叶えてくれてありがとうございましたって、リリエンタール伯爵閣下にお伝えして。結婚式までには帰ってくるから。綺麗な花嫁姿見せてね、少佐!」
そう言ってヴェルナー大佐と共にドレス邸を去っていった。待ってるからね! シーグリッド。




