【262】花嫁、部下の決断を聞く
異国での武勇伝と閣下との馴れ初めを寝物語に交互に強請るカリナがやっと眠り ――
「お時間を取らせて済みません、隊長」
「いや」
リビングでボイスOFFがどのような決断を下したのかを聞く。
まだ親衛隊隊長職ではありますが、ボイスOFFはもう副官ではないので、聞かなくてもいいような、積極的に聞きたい声でもない……が、ここは成り行きで聞かせてもらうことに。
ローズが作ってくれたグリューワインを手に、つまみのガーリックトーストにスモークサーモンを敷き詰めたものを交互に口へと運ぶ。
ボイスOFFが「まだ入るんですね……」って顔になってるのが分かるが気にしない。
「スタルッカ、今の髪型似合ってるぞ」
わたしの副官になったころは丸坊主だったボイスOFFの髪は大分伸び、いまはしっかりと撫でつけられている。
もちろん攻略対象時代は、こんなかっちりとしたオールバックではなかった。
ガチオールバックは、乙女ゲームの攻略対象の髪型じゃねーよな。
この世界では男性はほとんどがオールバックだけどさ。
「そうですか? 他の人にも言われましたが、見慣れなくてどうも自信がなかったのですが、隊長がそのように言ってくださるのでしたら自信が持てます」
「似合ってる。わたし個人としては、伯爵家の嫡男時代の髪型よりも、お前に似合ってると思うぞ」
照れ笑いを浮かべながら、撫でつけた髪を両手で触るボイスOFFは微妙に可愛らしい。さすが元わんこ系攻略対象 ―― もうじき三十だけどな! でも可愛いよ。
そんな三十路間近なボイスOFF、
「ヒースコート閣下の養子になることにしました」
「そうか」
養子になる決断を下した。
本人がそうすると決めたのだから、わたしが何か言うことでもない。
キース中将のように完全なる天涯孤独なら簡単だが、ヒースコート一門の者がいる中で、罪人の息子ながら養子になるというのは大変だろうが、
「これでも元伯爵家の嫡男ですので」
貴族業界には詳しいし、貴族としてもそれなりの実力を持っているので、こいつならやっていけるだろう。
「近々ヒースコート邸に居を移させていただきます」
「そうか。それは良かった」
「隊長と隊長のご家族には、本当にお世話になりました。このご恩は一生忘れません」
「いや、忘れていいんだぞ。だって家に来ることになった理由は、わたしがお前の腕を折ったのが原因なんだから」
恩に着るな! むしろ恩に着られても困る! 折ったことも忘れて!
「隊長らしい」
わたし以外の家族には、既にこのことは伝え、そしてわたしには直接告げたかったので両親には言わないで欲しいと頼んでいたとのこと。
義理堅いな、お前。
「滞在費用は追々返しますので」
「要らねーよ。っていうか、キース閣下からお前の滞在費用はもらってるから、返すならあっちに返せ」
我が家も必要経費を引いた残金をお返ししなくては。この辺りは父さんと継母がしっかりしているから、1カルフォの不足もなくお返しできるだろう。
「…………」
雨の日に段ボール入りで捨てられた子犬(見たことないけど)のような顔つきになったボイスOFF……あっ!
「キース閣下に拒否されたな?」
「はい。どうやっても受け取ってはもらえなさそうですので……」
秒速でそのやり取り、想像ついたわ。
「わたしがお前から受け取った金と、残金をまとめてキース閣下に返せと?」
「お願いしたいのですが」
「……分かった、引き受けよう」
返せるヴィジョンってやつは、全く浮かばないが……キース中将はいつだって無理ゲー。はあ、素直に受け取ってくださいよ、キース中将。そういう性格じゃないのは存じ上げておりますが!
養子の話が終わり褒美の話になった。
「先の戦争で頑張ったということで、リリエンタール閣下より特別に褒美を頂けることになりまして」
ブリタニアス海軍と我が軍の調整を行っていたボイスOFF。
クロムウェルのガス坊ちゃんについて歩いて、必死に通訳していたなあ。うん、あれは大変そうだった。閣下が褒美を下さるのも分かる……幸せそうなのは分かるが、なんで顔を赤らめているんだ?
「ジュリアとまた暮らせるように手配して下さいました」
「ジュリア……お前の奥方の?」
軍曹の軍服にエライ目立つ飾り刺繍してくださった、ルシタニア貴族のジュリアさんか! ゲームでは死んじゃうジュリアさんか! 生きてて良かった、ジュリアさん!
「はい。妻のジュリアです」
嬉しそうだな、ボイスOFF。お前の声は聞きたくないが、慶事だからいくらでも聞いてやろうじゃないか!
「書類に不備があったり、何故か書類が別の書類に紛れてなかなか見付からず、手続きができなかった……などで、リリエンタール閣下は”主が望まれたことだ”と仰り、離婚証明を目の前で焼き捨ててくださいました」
最初から離婚させる気はなかったんですね、閣下。
ジュリアさんの身を守るために離婚したと思わせ……る必要があったってことだよね?
「お家騒動というのは、貴族ならつきものでして。命を狙われることも……はい」
「あー……」
「リリエンタール閣下ほどともなれば、家長として全てを従わせることが可能ですので、隊長が心配なさることはございません」
「お、おお……そっか」
ボイスOFFの生家のごたごたについては聞かなかった。
貴族ドロドロなお話とか興味ないので。それでなくとも、王家の闇(嫡出隠し子・非嫡出隠し子)みたいなこととか、ちらほら耳に入ってきて「うわー」って気持ちになっているので ―― もちろん閣下に関係することなら聞きますけどね。
「隊長」
「どうした? スタルッカ」
「隊長の実家で生活させていただいたことで、ジュリアと家庭を持つことができそうです」
「?」
「わたしとジュリアは、どちらも家族には恵まれませんでした。貴族とはそういうもの……と言われたらそれまでなのですが、わたしはそれを受け入れることができず、またジュリアも同じでした。なので二人で幸せになろうと努力し、なんとか形にはなったのですが、子供となると二人だけでは分からず、尻込みしてしまいまして」
貴族の子育てがどんなものかは分からないけれど、閣下も生まれてから一度も母親に会ったことはないし、父親にも四回くらいしか会ったことないし、両親と一緒に暮らしたこともないし、存命だった祖父母と会ったのも二回だもんなあ。
「子供の頃、親と接したことがないので、我が子との接し方が分からず子供を持つ勇気が持てなかったのですが……でも隊長のご実家で、ご両親とご兄妹を拝見して、愛情を持ち子供と接するというのがどういうことなのか? それに触れることができ、わたしの中の不安が晴れていきました」
「それは良かったが……うちの両親はごくごく普通の両親だぞ」
両親のことは尊敬しているが、貴族の見本になるほどではないと思うのですが。
「ご家族を普通と言える隊長が羨ましいですよ」
「……そうか。まあ、そうかも知れないな。子供が生まれたら、困ったことがなくても家に来いよ」
「隊長のご家族にもそのように言われました……子供が出来たら、一番に隊長にお見せしたいと思っております」
「楽しみだなぁ。お前の子は両親のどちらに似ても、綺麗な子だろうなあ」
「……」
ボイスOFFが「何言ってるんですか」みたいな表情を浮かべおった! なんだよ!
「なんだその顔!」
「いやあ、隊長の御子の前には、世界で一番可愛い我が子であろうとも、敗北は確実かと」
「まだ生まれてないけど、親がそれでどうする! あ、でも、過ぎるのは良くないな」
ユスティーナとその妹のことが脳裏を過ぎった。
「そういうのも含めて、隊長のご実家に顔を出したいと思っております」
「両親もカリナも喜ぶぞ……なんだ、その顔は」
「いや、あまりに他人事のように仰っているので。隊長のご家族が一番喜ぶのは、隊長とリリエンタール閣下の御子かと」
その話題を振るな! いや振られてもいいんだが! サーモンが乗ったガーリックトーストを二枚重ねにして食べるよ! 口がもごもごすぎて、答えられないからね!
「わたしと閣下は……まあ、うん」
二枚重ねにしてもすぐに食べ切れてしまう、自分の顎の強さが憎いわー。
「軍人を辞して、外交官になるつもりです」
「そうか」
「軍人では赴任先に妻を連れていけませんが、外交官は妻を伴うのが必須ですので。これからは、あまりジュリアと離れたくないので」
……とまた頬を赤らめて語るボイスOFF。
幸せそうだな! わたしもお前に負けないくらい、幸せだけどさ!
「ただいまぁ~」
そうこうしていると、デニスが帰宅した。
デニスはまあまあ酔っていたので、わたしが部屋へ連れて行こうとしたのだが、
「わたしが連れて行きます」
「そうか。じゃあ頼んだ」
「はい。隊長、話を聞いてくださりありがとうございました」
「気にするな。外交官、頑張れよ」
「はい。外交官となり大統領夫人の助けになれるよう頑張ります」
「……」
大統領夫人とは……わたしのことなのだろうか? いや、まだ閣下は出馬も表明していないし……。
さくさくっと寝る準備を整えて、
「……」
翌日 ―― 自他共に認める目覚めの良さを本日も発揮!
ベッドから身を起こし、すぐさま身支度を調える。閣下と朝食……いや、閣下と家族が一緒に朝食! 親戚なら珍しいことではないのだが、ないのですが、まあ閣下だから。
平日の庶民の朝食に珊瑚色の色鮮やかなロングスカートに七分丈の白いブラウス。
……わたしにしては気合いが入っている格好です! スカート着用しているだけで、気合い入ってるんですよ。
部屋から出ると、
「今日は天気がいいから、庭で食べよう」
父さんから提案があり、いいね! と庭へ出ると、クライブがテーブルにクロスをかけ、乾いた雑巾で椅子とベンチを拭いてくれた。
クライブは使用人枠なので一緒に食事を取ってくれないのが残念なのだが、そこは仕方ないと諦めている。
いや、本当は一緒に食べたいですよ。
わたしとカリナはクライブが用意してくれたベンチに一緒に座り、のんびりと話を。そうしていると両親やボイスOFFも庭へとやってきた。
「クライブ」
「はい、イヴさま」
「デニスをたたき起こしてやってくれ。閣下がお越しなのに、会えなかったなんて知ったら、線路上でのたうちまわりかねない」
「畏まりました」
デニス、昨日大変だったのは分かるけど、起きてきなさい。




