【026】少尉、タイトルの意味を知る
礼服を取りに行きたいと申し出たところ、新調されることになりました。
なにを言っているか分からない?
わたしも分からないよ!
礼服を取りに行きたいと言ったら、
「よい機会だ。お前も礼服を新調したらどうだ? フランシス」
閣下がそう室長に声を掛けた。
「そうだねえ。少尉と一緒に新調しようかなあ」
で、新調する運びになった。翌日には仕立て屋がやってきて、
「こんな体格の女性、初めて! すごいわあ!」
オカマ口調の仕立て屋に採寸され――断りようがなかったんだ。
幾ら支払えばいいのかなあ?
制服はいままで支給品オンリーだったので無料。わたしの同期もみな支給品。だから自前で仕立てた礼服の相場が分からない。
礼服を自腹で仕立てるのって、将官からが一般的。佐官とか尉官は、支給品で済ませます。
懐に直撃しそうだ。いや、確実に直撃する!
……ということで、内職始めました!
公職に就いてるのに、内職していいのか?
善くないけど、例外的に許されている内職があるんだよ。
それは刺繍。
軍人は軍服やシャツなど、ありとあらゆるものに刺繍で名前をつけなくてはいけない。
階級章を縫い付ける程度なら、裁縫未経験者の男性でもできるが、名前の刺繍となるともう駄目。
前回アレリード曹長たちとインタバーグに向かった際、曹長のシャツのネーム刺繍が棒人間。Aの刺繍が三本で構成されていた。読めなくはないけど、やっぱ読めないよ! 状態。悲惨過ぎたので、直してやったよ。蒸気機関車での移動中、暇もあったし、出張用のバッグには裁縫セットが入っているので。
アレリード曹長のような刺繍駄目人間たちは、ふつう外注する。
ただ外注するとちょっと時間がかかり、速達料金を支払っても、必要な期限内に戻ってこない場合がある。そういうときはどうするか?
軍内にいる刺繍のできる人間に、金を払って依頼するのだ。
「上手いわねえ」
「どうも」
邸内警備担当の兵士相手に「ネーム刺繍始めました」と声を掛け、悪役令嬢と話をしながら、内職に勤しむ。
料金は外注適正料金。
ただすぐに手元に戻って来るので、通常ならば割り増しされる速達料金が浮く。
ということで、大盛況である。
「靴下、多いわね」
「ええ。靴下はネームをつけておかないと、洗濯に出した時、大体違うものと組になって帰ってきますので、必須なのです」
しれっと違うサイズ同士が組になって帰ってくるんだ。行方不明になった相棒を捜すのは地獄だぜ!
わたしは足が大きいから、そういうことないけどねー。
「こっちはフルネームだけど、こっちはイニシャルだけね? なにが違うのかしら」
悪役令嬢、興味津々。
「料金です。フルネームがもっとも高く、ついで名前、もしくは姓のみ。そしてイニシャルとなります。値段でいいますとフルネームはイニシャルの三十倍ほどになります。あとものによっても違いますね。外套は刺し辛いので割り増しです」
わたしは指の力も強いので、外套でも普通と変わらない速さで仕立てることができるため、ぼろもうけである。
「それにしても、速いわね、少尉」
「子供のころから、これで稼いでおりましたので」
「そうなの?」
「はい。同居していた祖母がこういったネーム刺繍で稼いでおりまして。祖母は孫娘のわたしにも教えてくれて、五つくらいの時には小遣いくらいは稼げるくらいにはなっておりました」
ちなみに「こんな簡単な刺繍を外注して、気前よくお金払う軍人って、きっと稼ぎがいいのだ」と勘違いした子供は、長じて士官になった――そう、わたしである。
そんな話をしていると、そのうち悪役令嬢も「刺繍したいな」と言いだし――針を持たせるのは危険ではないかと言われたが、刺繍針を持った貴族令嬢ごときに遅れは取りませんと閣下を説得して、二人で話をしながら刺繍を刺した。
悪役令嬢は、貴婦人らしくハンカチに花を刺繍。
わたしはパンツにネーム刺繍な。
下着のネーム刺繍は大事だぞ。誰の物とも知れぬ下着を履くはめになるのは、誰だって御免だろ?
刺しながらも悪役令嬢は悪役令嬢らしく、ヒロインの悪口を言っていたが、まあ可愛いものだった。
婚約者に色目使われたら嫌だよなあ。
話を聞いていると、ヒロインは相談女の気もあったようだ。
「男って本当に、相談女に気が付きませんからねえ」
「そうなのよ! ロルバスに相談したって意味のないことなのに、ロルバスったら! 延々と話を聞いて力になるよって。婿養子未満のあいつに、なにが出来るって言うのよ!」
「大体男は”ただ相談に乗っているだけだ。邪推するお前の心が汚いのだ”とか言いますよねえ。女は邪推しているのではなく、相談に乗っていること自体が嫌だと言っているのに。邪推していると言っている本人が邪推してますよねえ」
「ロルバスその台詞言ったわ! 言ったわ! 婚約者のわたくしが嫌だと言っているのに!」
ゲームのテキストそのままですが、やはり言ったのですか。
こんな感じの話をしながら刺繍を刺し、監禁部屋に閉じ込めてばかりではいけないだろうと、散歩に連れ出す。わたしがするのはそのくらい。
あとは室長が悪役令嬢と話して、情報を引き出しているようだが、その場にわたしがいることはない。
国家ざまぁは心配だが、当面の懐事情の問題もあるので刺繍に精を出していた夜、執事のベルナルドさんがやってきて、閣下からお話があると告げられた。
事態になにか進展があったのかもしれない!
脱ぎ捨てていた軍服をはおり、自分の顔よりも入念に手入れした小銃を担ぎ、逸る心を抑えてベルナルドさんに案内された先は、煖炉の前でガウン姿でウィスキーグラスを手に、リラックスなさっている閣下がいらっしゃるお部屋でした。
「閣下。イヴ・クローヴィス少尉をお連れいたしました」
ベルナルドさんはそう言い部屋を出て行きました。
「イヴ・クローヴィス少尉、出頭いたしました」
グラスをテーブルに置かれた閣下は、出頭要請ではないと言われました。
「座れ」
テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座るよう命じられたので、小銃を担いだまま座ったところ――なんだろう、下着姿で寝ようとした時の閣下のご表情と重なった。
「夜分遅くに呼び立てて悪かったな」
「いいえ。閣下のお呼びならば、いつでも馳せ参じます」
「まあ……そうか。少尉を呼んだのは、内職についてだ。内職は構わぬが、その理由は礼服仕立代の足しにすると聞いたが、本当か?」
仕事を募集するとき、理由を隠しはしなかったが、閣下のお耳に入るとは思わなかった。
誰だよ、閣下のお耳に入れたの!
「はい」
「仕立て料はわたしが支払うので、気にすることはない」
「は、はあ」
「そうはいっても、少尉は気にするであろうから、一つ刺繍を刺してもらおう。それで相殺だ」
「はい。なにに閣下のお名前を刺せばよろしいのでしょうか」
閣下なら必要な持ち物全てに刺繍ほどこされてそうだけどなあ。
「名前ではなく、ハンカチにわたしのモノグラムを刺してもらおう」
ふぉ!
わたしの刺繍は、実用刺繍です。
「小官は名前刺繍ならば金を取れる腕ではありますが、飾り刺繍はしたことがないので」
貴族さまのゴージャス刺繍はしたことないです。
「そう気負うな。ゆっくりと、時間のあるときに、一針一針刺してくれればよい」
「畏まりました」
「刺繍に必要なものは、あとで届けさせる。それでわたしのモノグラムだが、煖炉の上に掛かっているあれだ」
閣下が指さしたところにあったのは、Vを中心に、右にL。左のRは反転しているモノグラム。Richard von Lilienthal の頭文字を取って図案化したもの。
これは閣下の印章にも使われているので、見慣れたものだが、背後の双頭の鷲も入れなきゃならんのですかね?
ちょっと双頭の鷲は……その……。
「双頭の鷲を刺す自信はありません」
出来ないことは正直に上官に報告するべきだ。
無理してもできないから。
「あれは要らん。正直わたしにとっても不要なものだ」
「ごふっ……」
要らないといっても、ルース帝国も神聖帝国もアディフィン王国も、全て双頭の鷲がシンボルですから、閣下とは切り離せないといいますか……重いもんなんだろうなあ。
「そうはいっても、それだけでは素気ないか」
素気なくてもいいような気もしますが、閣下。
「少尉は、百合の花ならば刺せそうか?」
「百合ですか? どうでしょう……練習すれば、できると思いますが」
双頭の鷲よりは遙かに簡単そうだが、花なんて刺したことないから。
「では百合を頼むか」
「畏まりました。でも、どうして百合なのですか?」
「……」
ヤバイ、なんか変なこと聞いた?
「少尉、リリエンタールはアディフィン語で”百合の谷”という意味なのだ」
笑いながら閣下はそう教えてくださった。
「百合の谷……ですか」
この乙女ゲームのタイトルは「百合の谷を越えて」
スチルに花が散らされる時は、タイトルに倣って白い百合。
この百合は健気で清純なヒロインを表し、タイトルの谷はヒロインの苦難を表しているらしいのだが、違ったんだな!
リリエンタール閣下がヒロイン最大の敵なんだ!
「どうした? 少尉」
「いいえ。あの、イヴ・クローヴィス少尉。誠心誠意、百合の花を刺すことを誓います」
百 合 の 谷を守りきれば、ヒロインに勝てる。




