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【コミカライズ企画進行中】閣下が退却を命じぬ限り【本編完結】  作者: 剣崎月
第八部・イヴ・クローヴィス、連合部隊を率いて北東に進軍す編
257/335

【256】少佐、国境警備局西方支部に到着する

 アブスブルゴル帝国を発つ際、プラシュマ大佐が見送ってくれたのだが ――


【リトミシュル閣下が六月にロスカネフを訪れる予定になっている。その時、わたしも同行するので会えるかもしれない】


 上級大将閣下はプラシュマ大佐を伴い、わたしと閣下の結婚式にやって来てくれるみたいです。

 自称親友の挙式に部下を連れてくるの?

 軍務大臣ともなれば、プライベートであろうとも護衛の部下が付き従うのは当然のことですので。


【そうか。会える日を楽しみにしている。一緒に酒を飲もうな、プラシュマ大佐! 奢るから】


 きっと任務なので酒を自由に飲むことは出来なさそうですが、閣下に頼んで自由時間を作り、酒を奢ろう。

 ……そんな感じでプラシュマ大佐とお別れしたのですが、


「隊長……」


 ネクルチェンコ中尉が眉間に皺を寄せていた。


「どうした?」

「さすが隊長というべきなのでしょうが、さすがにアレはないです隊長」

「?」


 何時だって分かりやすく話をしてくれるネクルチェンコ中尉が、いつになくぼかした感じで苦言? っぽいものを呈してきた。

 やり取りをみていた隊員たちも同じ感じなんですけど。

 リースフェルトさんと言えば口元を手で覆い隠し目を伏せ、震えている肩は間違いなく笑いから来ているものだろう。

 なんだよ! と思っていたら、


「隊長ことイヴ・クローヴィスは十歳の頃から”あんな感じ”なんです。きっと感度が良好ですと、その美貌ですので鬱陶しくて生きていけないことを考慮し、神が特定の鈍感を与えたもうたのです。神の御業ですので、仕方ないのです。皆さま深くお考えにならないように」


 石炭をくべる用のスコップを持ったデニスが、笑顔でサムズアップして言い残し、颯爽と火室へ消えていった。


 お前はなにを言っているのだ、デニス。


 そんなわたしの気持ちとは裏腹に、部下たちやリースフェルトさん、そしてシャルルさんまで顔を見合わせてから、互いの肩をたたき合いながら、


「さすがヤンソン・クローヴィス少尉」

「隊長のことをよくご存じだ」

「神が美貌と共に与えたもうたのなら仕方ない」

「ヤンソン・クローヴィス少尉が言うのだからそうなのだろう」

「俺もそんな気はしてたんだけどな」


 全員一斉に納得していた。一体なんのことなんだよ!

 だがこの空気、問い詰めても決して答えてもらえない空気だ。

 ……男にしか分からない感覚ってあるから、それなのかなー。そういうコトにしておこう。


 そんな感じで首都リィーンを出発し、わたしは車中でブリタニアスの海軍大将ドレイク閣下より渡されたキース中将からの指令書を読み返す。

 海軍大将ドレイク閣下はアブスブルゴル帝国の首都までやってきて、わたしに指令書を手渡してくれたのです。

 指令書には「クロムウェル公爵を帰国するドレイク大将に引き渡せ」と書かれていた ―― クロムウェル公爵とはアブスブルゴルでお別れしたのだ。


『うぉー! わたしはクローヴィスと共にロスカネフに戻るのだぁぁ!』

『お家に帰れるんだから、サー・ドレイクと一緒に行けクロムウェル公爵』

『いーやーだー! たーすーけーろー、クローヴィースー!』


 クロムウェル公爵は頑なに帰国を拒否しておりましたが、悲壮な顔つきのドレイク大将が一歩も退かず、またヒューバートさんの援護もありガス坊ち(クロムウェル)ゃん(公爵)はブリタニアス艦隊の旗艦に積み込まれた。


「わたしも一度帰国し、ババア(女王陛下)より参列代理の任を拝命し六月にロスカネフに戻ってきます。六月を楽しみにしておりますので」

『なーわーを、ほーどーけー! ヒュー!』


 ヒューバートさんもクロムウェル公爵と共にドレイク艦隊でブリタニアスへと一時帰国した。

 そっか、ババア陛下さまの代理を務めるのか……お手数をおかけいたしますと言いますか、なんと言いますか。

 参列してくださる方々のためにも、しっかり結婚式を挙げないといけませんね!


 ちなみにキース中将からの指令書には私信も同封されており「良くやった。お前たちは故国の誇りだ。だが、帰国したら覚えてろよ、クローヴィス」と ―― 筆圧が高いわけでもなく、文字が怒りで震えているわけでもないのですが、文字から滲み出てくる殺気じみたなにかが、わたしに覚悟を決めさせました。

 帰国したらキース中将にぼこぼこに叱られるんだ。分かってたけど、後悔はしていないけど……叱られるのかあ。

 まあ、それも仕事のうちさ!

 でも遠い目をすることくらいは許されると思うんだ。

 キース中将の私信を手に、わたしに割り当てられた空間でそんなことを ―― イワンたちが持ち出した車両をも持ち帰っているため、余裕ができたのでカーテンで間仕切り、わたしは結構広めな空間を一人で使っており、その部屋で遠い目をしていた。視力と動体視力がいいので、色々見えてかえって疲れる気も……。


「……」

「隊長失礼します。どうしました? 隊長」


 ネクルチェンコ中尉がやってきた。

 わたしの部屋になっている空間に立ち入れるのは、ネクルチェンコ中尉とリースフェルトさんとシャルルさんとリドホルム男爵とデニスだけになっております。

 護衛を兼ねていると言い張るオディロンは、カーテンの向こう側に待機までは許しました。コイツは色々と許しておかないと、暴れる可能性があるので仕方ない。

 別に暴力に屈したわけではありませんよ?

 やり合えば勝てますが、無用な争いを避けるのがわたしです。

 ちなみに今もオディロンはカーテンの向こう側にいる。


「いや、色々あったなと、景色を眺めながら反芻していたのだ。どうした? なにかあったのか?」


 そして帰国後も色々あるのを噛みしめていたのです。噛みしめようが現実逃避しようが、キース中将に叱られる事実は変わらないのですが。ああ、でも叱られると分かっていても、詐欺だと知っていてもキース中将にも会いたいかも。元気にしてるよなー。ますます儚くなってないよなー。


 私信にヴェルナー大佐がどうなったかを書いてくれても良いと思うのですが……。


「いまお時間よろしいでしょうか?」

「ああ。お前たちが優秀なので、隊長のわたしは非常に暇だ。座れ」


 向かい側に座るよう指示を出す。


「失礼します」


 ネクルチェンコ中尉はわたしの向かい側に腰を下ろすと、軍帽を脱ぎ太ももに手を置き深々と頭を下げてきた。


「どうした? ネクルチェンコ」

「マーリニキー・ボンバ計画を阻止するほうに舵を切っていただいたこと、亡命ルース人一同感謝しております」

「……突然どうした?」


 えっと……本当にどうした?


「マーリニキー・ボンバ作戦が完遂されたとしたら、亡命ルース人に対する風当たりが強くなることは確実です。移り住んだ土地の人間に追われ、共産連邦へと向かわざるを得ない亡命ルース人が大勢出たことでしょう」

「全く関係していない、善良な亡命者がテロリストとして扱われてしまうということか」


 五十万都市に攻撃され甚大な被害が出たら、迫害が起こりそうだな。


「はい。以前は共産連邦へと戻った人間は厚遇されるなどという噂もありましたが、それはプロパガンダであり、実際はスパイとして疑われほとんどが苦しい生活を強いられているそうです。ですが、リィーンが爆破された場合、それを知っていても向かわなくてはならない状況になったことでしょう」

「そうか。ああ、マルチェミヤーノフはそれを狙ったのか」


 亡命先を追われたルース人たちを兵士にして、その国を攻めるつもりだったのかもな。もうマルチェミヤーノフは死んでしまったので、真意を聞くことはできないが……生きていてもわたしの階級と立場では聞きようがないんですけどね!


「はい、おそらく。ですが隊長がマルチェミヤーノフの作戦を”止める”と仰ってくださったことで、我々は亡命先の国の人々の隣人として、これからも生活していけることになりました。隊長、そしてリリエンタール伯爵閣下にとってアブスブルゴルは守るに値しない国だったでしょうに……それでも作戦の阻止を決断し、実行して下さり、誠にありがとうございました」


 ネクルチェンコ中尉が更に深く頭を下げた。


「顔を上げろ、ネクルチェンコ。命令だ。そしてこれからも、よろしくな」


 命令に従い顔を上げたネクルチェンコ中尉は目を閉じて軽く会釈をする。


「はい……ですが残念です。もう二度と隊長と国外任務を共にすることはないでしょうから。今度小官が隊長と共に国外に出るとしたら、警護対象と警護であり、作戦指揮官と部下という形になることはありません。隊長の幸せを願ってはおりますが、それ以上に隊長の武勇を部下として側で見ることができないこと、誠に身勝手ながら残念です」

「部下にそう言ってもらえるのは嬉しいな。お前たちに対し、わたしはよい隊長だったと少しは自惚れてもいいかな?」


 帰国したらわたしは隊長の任を解かれ、乗馬でオリュンポス(オリンピック)に出場するために騎兵隊に所属を変えることが決まっているので。


「大いに誇っていただきたい……隊長、お時間をありがとうございました。帰国し隊長の任をキース閣下に解かれるときまで、我々隊員をよろしくお願いいたします」


 ネクルチェンコ中尉は軍帽を被り直し敬礼して去っていった。

 ……初めての隊長職だったが、部下から及第点をもらえたのは嬉しく、なんか恥ずかしい。この恥ずかしさを霧散させるには、筋トレしかない! まずは腹筋三百回!


[オディロン、腹筋するからわたしの足首を押さえろ]


 カーテンの向こう側にいるオディロンに”筋トレ手伝え!”と声をかけたら、


台下(だいか)の御御足を触るなどという無礼な行為を、わたしがするはずなかろう]


 冷静に拒否された。

 貴婦人の細い足なら分かるが、わたしの足は筋肉という鎧がついた逞しいものだぞ?

 御御足とかいう代物じゃなくて、戦闘力は幾つですか? と聞いたほうが良いような……もちろん無理強いはしませんでしたけどね。


「疲労からくる発熱ですね」


 足を押さえてもらおうと、リースフェルトさんを呼びに行ったら、ベッド脇で気を失っていました。

 呼吸が浅くておでこに手をのせたら手袋越しでも熱い ―― 急ぎリドホルム男爵に診断してもらったところ、誘拐されて連れ回されたときの疲れがどっと出て発熱したようです。


「わたしは途中で死なれては困るので、まあまあの扱いでしたが、ジークの扱いは酷いものでした」


 一緒に誘拐されていたシャルルさんは、中待遇だったようですが、リースフェルトさんの待遇は下だったそうです。シャルルさんも必死に庇ったようですが、所詮人質ですので待遇を良くすることはほとんど出来なかったそうです。

 そう言えば再会したときリースフェルトさん、随分やつれてたもんなあ。食事も満足に与えられなかったのだろう。


「ジークには苦労をかけました」


 シャルルさんは悪くないと思います。

 悪いのは誘拐犯、すなわちアレクセイとイワン ―― あとはわたしかな。

 リースフェルトさんの体調不良に全く気付けなかったよ。

 体調が悪いヤツは無理せずすぐに申告しろと部下には命じているが、それでも無理するヤツはいるので、隊長であるわたしが気付けなくてはいけない……のですが、わたしはこの通り丈夫な体なので鈍くて、そこを副官が補ってくれていたのだが、当の副官が体調不良。さすがに副官の体調不良はわたしが気付くべきことだよね。

 自戒の念を込めて、リースフェルトさんの看病はわたしがすることにした。


「罹患したら困りますので」


 意識を取り戻したリースフェルトさんは、わたしを見て力なくそう言ってきたが、


「疲労は伝染しないぞ、ジーク。疲れているのなら言ってくれないと困る。わたしは体調不良や疲労には鈍いんだ」


 無視して額のタオルを取り替える。

 次の停車駅でリドホルム男爵が氷を買ってきて下さったので砕き、小さめな氷嚢を作り、脇の下とか鼠径部を冷やすことに。


「いや、そこは、止めてください」


 鼠径部はキース中将同様拒否されましたが、熱で弱っている人の抵抗など無視し、しっかりと冷やさせていただきました。

 次は食事ですがこういう人は「食べたいものありますか」と聞いても「腹は減っていない」と返してくるのが定番 ―― インフルエンザのキース中将の看病でそこは分かっているので、ビールに砂糖とシナモンを入れて温めて水分と栄養の補給を。ホットビールだけでは飽きるだろうから、次はグリューワインで攻める。


「はぁ……」

「お口に合いませんでしたか?」


 ホットビールを一口飲んだリースフェルトさんが、深いため息を吐き出した。


「いいえ。とても美味しいですよ」

「それは良かった」

「少佐に看病されたとリリエンタール閣下に知られたら、リリエンタール閣下になんと言われるか」

「ジークは無理するなとは言われると思いますが、それ以外なにか?」


 そしてわたしは閣下から、懐刀の看病をしたということで、お褒めの言葉を頂けるはず! べつに閣下からお褒めの言葉をいただきたいから、リースフェルトさんを看病しているわけではないのですがね! でも閣下に褒められたら嬉しい。


「……まあ、リリエンタール閣下ですら少佐には敵わないのですから……ホットビール、ありがとうございます」

「夜はグリューワインにしますが、赤ワイン、白ワインどちらがお好みですか」

「白でお願いします。砂糖は控え目のほうが好きなのですが」

「それは快復したら。今は食事を受けつけない体への栄養補給を兼ねているので、砂糖がたっぷり入ったのを諦めて飲んでください。さっぱりするように、薄切りのレモンを浮かべますので」


 リースフェルトさんの体調不良はまあまあ深刻だったようで、フォルズベーグ領に掛かるころになっても、復調しなかった。

 イワンのヤツ、リースフェルトさんを一体どんな扱いしたんだ!

 同じ目に遭わせてやりたい! などと思ったが、わたしはイワンとは違う。圧倒的脳筋なれど文明人。

 捕虜や人質に酷い真似などはしないし、部下にもそんなことはさせない。

 イワンには三等寝台だがしっかりと寝床を与え、一杯のワインと黒パンと肉の食事を三食与え、二日に一回は体を拭いてやるし、毎日車両内散歩をもさせているし、労働などは一切させていない。

 蒸気機関車内の一番の重労働って火室で石炭をくべることなので、


「あんな人に強制労働代わりにやらせるくらいなら、俺にやらせて!」


 わたしの弟が火室を譲ってくれなかったということもあるのですがね ―― フォルズベーグを北西北に進み、そろそろ故国の国境付近。わたしはデニスと一緒に火室にいた。


「もうすぐだな、デニス(・・・)


 火室で二人きりなので隊長と少尉と呼び合わず、名前を呼ぶ。


「そうだね。大変だった姉さんたちには悪いけど、俺すごく楽しかった」

「それは良かった」


 そんな気はしてたよ。

 赤々と燃える石炭を眺め ―― わたしが頭を吹っ飛ばされかけた場所をも抜け、フォルズベーグの国境を越えて最初の駅に停車する。


「隊長。キース中将が直々にお出迎えしてくださっております」


 ネクルチェンコ中尉の言葉にわたしが声を失ったとしても、仕方ないと思うんだ!

 キース中将、国境警備局西方支部まで来てたんですか……出迎えがあると途中の駅で無線連絡をもらっておりましたが、まさかキース中将直々とか。

 首都にたどり着くまでに覚悟を決めようと思ったのに! 友人の鬼教官共々、厳しいですね! 知ってたけど!


「それとご家族と、リリエンタール閣下もいらっしゃいます」


 くすりと笑ったネクルチェンコ中尉に、


「お、おお……そ、そうか」


 会いたいと思っていた相手が駅にいるのは嬉しいのだが……なんだろう、上手く声が出ない! 


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