【253】少佐、シミュレーションをする
【面白そうじゃないか、アウグスト】
【いいなあ、ヴィルヘルム】
【是非とも見たいな】
【ああ。まさかこっちの本気を見ることが出来るとは】
わたしの作戦概要は、両閣下から許可が下りました。
細かいところは、両閣下が補ってくださるそうだ。
{クローヴィス少佐、射撃の腕はたしかなのか?}
両閣下のご決断に異議を唱えたのはカガロフスキー。わたしは両閣下に会釈をしてから、腕に自信があることをカガロフスキーに説明することにした。
「カガロフスキー中佐はオリュンポスというものを知っているか?」
オリュンポスに出場するので、乏しい資料を読んでみたところ、共産連邦になってからは一人もオリュンポスに選手を送ってはいなかった。開催国側も受け入れる気はないようですし、共産連邦国側もショボいイベントにわざわざ国民を出場させる意義が見いだせないでいる……とは閣下のお言葉です。もちろん、閣下はショボいなんて言いませんけどね!
{国代表のスポーツ選手が競い合う大会だと記憶しているが? そのことか?}
「そうだ」
カガロフスキーは二十七歳。となれば物心が付いた前後には国体がかわり、以降はオリュンポスとは無関係の人生を送ってきただろうから、知らないかと思ったが……知っているなら説明は楽だ。
「わたしはこれでもロスカネフ王国の射撃と乗馬のオリュンポス代表だ」
国一番だと言い切る。
こういうときは自信なさげは駄目だからね。
わたしができなければ、他の奴だってむり! くらいの勢いが必要。
リースフェルトさんの通訳を聞いたカガロフスキーは「お前の国、人口少ないじゃないか。その国代表って……しょぼくね?」って感じで見てきやがった。
人口二億人超えの国家からすると、人口四八○万人の頂点なんて、大したことないんだろう……悔しいが!
【えっ? ロスカネフの射撃と乗馬の代表は女だと聞いていたが……え、あ、もしかして、クローヴィス少佐は……女性なのか】
美形とかイケメンとかシュッとしているなどという表現より、ハンサムという表現がもっとも当てはまる神聖帝国軍のフリートヘルム大尉が「これ女かよ!」と ―― 慣れているのでどうってことございませんが、
{おんなだとおぉぉぉぉ?!}
カガロフスキーが今までで一番大きくて低い声で叫びやがった! まあいいけど。
{サーシャ、あれ本当に女なのか。お前の誤訳ではなくて?}
{失礼なことを言うな、ラーリャ。誤訳などするわけないだろう。クローヴィス少佐は女性だ}
リースフェルトさんと共に蟠りを抱えているバルツァーレクが、なんか早口で言い合っている。ネイティヴなルース語は聞き取れないわー。
神聖帝国軍は全員わたしのことを男だと思っていたらしく、それは盛大に驚いてくれた。ここまで驚愕されると、快感になってくる。
ちなみにアディフィン軍の半数は知っていたらしく、驚いている人とそうではない人の差が顕著だった。
『貴様等、どいつもこいつも! 淑女であるクローヴィスに失礼だぞ! 謝らんか!』
クロムウェル公爵がいきなり叫びだし ―― わたしは淑女じゃないし、そもそもお前も最初間違って大声上げただろうが、クロムウェル公爵。
「そうだぞ! うちの隊長に失礼だ」
「こんな綺麗な顔だちの男がいてたまるか!」
部下が援護してくれるのは嬉しいが、とりあえず黙るんだ。
こんな感じで最後の方で、不可抗力な性別詐欺による混乱が発生いたしましたが、
【申し訳ない】
フリートヘルム大尉が恥ずかしそうに頭をかき謝ってきたことで、事態は無事に終息した。
【普通の反応だから、気にする必要はない】
二十四年間性別において初見殺しを行っているわたしとしては、全く気にはならない。むしろ見切られたら吃驚する。
謝っているフリートヘルム大尉の隣で腕を組んで「うんうん、まあ許してやる」と頷いているクロムウェル公爵が気になるが、脳裏に「突っ込んだら負け」という単語が過ぎったので放置しておこう。
【見苦しいながら言い訳をさせてもらうと、女が部隊長で国外の作戦行動にあたるという考えがなかったもので】
フリートヘルム大尉の意見はもっともだね。他の国は女性佐官っていないみたいだし、わたしの見た目は男だしさ。
【わたくしは一目で女だと分かったがな】
【閣下は特別であらせられます】
フォルクヴァルツ閣下が凄い勝ち誇った顔をしていらっしゃる。
【カガロフスキー。この世の中において、クローヴィスは女性の身で国の代表となった。それだけで優秀さは疑いの余地がないと思うが】
{はい。その通りでございます、フォルクヴァルツ閣下。クローヴィス少佐、疑って、そしてその……おかしな声を上げて悪かった。許してほしい}
「両閣下はわたしが代表なのを知っていたので、許可を出してくださったが、あんな作戦を立てたら、腕は確かなのかと聞きたくなるのも分かる。それと男と間違ったことは気にするな。両閣下クラスの人間でもないかぎり、見分けることは不可能だ」
正直に言えばお前たちに男と間違われても、わたしにはどうでもいい。閣下が女として見てくれればいいのだ! だから、気にするな! わたしも全く気にしてねぇ!
こんな騒ぎのあと、わたしを含む各部隊の隊長は互いに手をたたき合い、各隊の成功を祈り散会した。
わたしはネクルチェンコ中尉に「任せたぞ」と指示を出し、デニスと共に狙撃ポイントへと向かう ―― つもりだったのですが、架橋の近辺にマーリニキー・ボンバ実行部隊がいて、警戒している可能性もあるので、少しばかり小細工をする必要があると言われてしまった。
その小細工だが「絵を描くのが趣味な有閑貴族さまのご一行」として、わたしが狙撃するポイントへと向かうというもの。
上級大将閣下が仰った通り、わたしが落とそうとしている蒸気機関車が走るあたりは、開けており遮蔽物がない上に、おそらく爆破するつもりであろう市街地も広がっているので、大砲を運んだらすぐにバレて騒ぎになる。
わたしが町並みを眺めていると、
「実行部隊を見つけたら、二、三人なら殺しても構わんぞ」
「はぁ……」
「絵を描くのが趣味な有閑貴族さまのご一行」だが、わたしとデニスとリドホルム男爵と故国から同行していた従卒二名(リドホルム男爵の部下)と、現地でデニスたちと意気投合したアブスブルゴル人一名と上級大将閣下で構成されている。
なぜ上級大将閣下……と思ったのだが、止められそうな人はフォルクヴァルツ閣下くらいしかいなさそうなのですが、フォルクヴァルツ閣下が止めるはずもなく。
「車両に付けるダイナマイトは、わたくしに任せておかれよ!」
フォルクヴァルツ閣下は、意気揚々とあの場を去っていったしさ。
シャルルさんからは「馬鹿ですけど、戦いの腕はリーンハルト並にありますし、頭脳も超一流ですので、現状ではわたしがついて行くよりはよほど良いでしょう」と。
両閣下には絶対「馬鹿ですけど」が付くんですね、シャルルさん……。そんなシャルルさんに「馬鹿ですけど」と言われる上級大将閣下の指示の元、架橋近くの家を借り上げ、有閑貴族さまは架橋付近でスケッチに勤しんでいる……という形を取ることになった。
一行の役だがデニスと従卒二名は召使い。アブスブルゴルの蒸気機関車好きは、途中で意気投合して付いてきた客人設定……それ設定じゃなくて事実では……。
わたしはモデルで、絵を描く趣味のある有閑貴族さまがリドホルム男爵 ―― 男爵は「パントハ子爵」と名乗っています。
このパントハ子爵位はテサジーク家が購入した異国の実在する爵位で、当主は旅行好きという設定なので、本国では当主の顔を知る人はおらず、どこにいたとしても不思議ではない貴族。
「父が若い頃に買った爵位です」
さすが室長、抜かりがない。
わたしはアイボリーに錦糸で縁取りした上着を羽織り、王冠みたいなものを被り、架橋と線路が見える位置に設置されたソファーに座り、モデルのフリをして三日後に向けて脳内でシミュレーションを行っている。
「お食事をお持ちいたしましたよ、子爵閣下」
色の濃い灰色のラウンジスーツを着ている上級大将閣下が、料理をデニスに運ばせて現れた。
上級大将閣下の役柄は執事。
こんな執事がいてたまるか! と言いたくなるような雰囲気の執事閣下が。あ、もちろん黒い眼帯は外しております。
「俺の特徴は黒眼帯とサーベル、そして軍服だから、黒眼帯を外してラウンジスーツを着ていたら、まず気付かれないだろう」
上級大将閣下とは気付かれないかもしれませんが、ヤバイ奴がいる! と確実に思われるくらいに雰囲気が。
一昔前くらいに流行った、戦闘力を有する執事と思えばいいのでしょうが、現実的にそんな執事はいないのでやっぱり目立つ。
「執事なんぞ、シャルルでも務まっているのだ、俺が出来ないはずがない」
殿下執事か上級大将閣下執事か……普通はどっちもないよねー。
「リヒャルトよりは執事っぽいですよ、オスカー」
オスカーとは上級大将閣下のことです。本名の一つに「オスカー」が含まれているが、上級大将閣下といえばヴィルヘルムの名がもっとも有名なので、念には念を入れてオスカー呼びにしているのです。
デニスの実父さん、デニスのいとこ、そして上級大将閣下とオスカーがいっぱい! ……どうでも良いことですがね。
「姉さん、線路を近くまで見に行こう」
「分かった」
デニスと小型バゲットのスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチを手に「さも休憩中」を装い、架橋へと近づき線路沿いを歩く。
スモークサーモンはわたしに会った上級大将閣下が、急ぎフォルクヴァルツ閣下に持ってくるよう連絡をいれてくれたのだそうです……ありがたいし、生き返った気分になるけど「わたくしはあなたさまに、サーモンを届けるために飛んできたのだ」は……冗談だと思いたいが、閣下やリーンハルトさんから聞く感じでは冗談ではないような……考えても無駄なことは考えないでおこう。
砂利を踏みしめ、少し離れたところにある架橋をちらりと見る。そうするとデニスが足を止め、
「この辺りで炭水車の側面を吹き飛ばせば、先頭車両が架橋を僅かに越えた位置で止まると思うよ」
昨日一日、朝から晩までここを走る車両を眺め続けたデニスが出した答え ―― 一日中蒸気機関車を見てて飽きないの? デニスに限っては飽きませんね。蒸気機関車が来ない間も、線路を触ったり枕木を触ったり、まったく飽きる気配がありませんでした。
お前の愛は本物だよ、デニス。
「そうか。先頭車両が半分以上越えるということはないんだな?」
そんなデニスが出した答えに、わたしは全幅の信頼を寄せ ―― あとはわたしの領分。
「それはないよ」
「そうか。なら架橋の爆破で落とせるな」
「そっちは俺、分からないからね」
「まあな」
しばらくデニスと線路を眺め、蒸気機関車が見えたので線路から少しばかり離れ、その速度を体感し、脳内で再びシミュレーションをする。
昨晩フォルクヴァルツ閣下から届いた手紙 ―― 暗号文で上級大将閣下しか読めませんでしたが、様々なことが書かれていたようでしたが、わたしは自分が関係するところだけ、聞かせてもらった。
それによると、炭水車の側面に貼り付けるダイナマイトは八個で、雷管が分かるように粘土に赤い木片を挿しておくのでそれを撃てとのこと。
ライフルに込められる弾丸が六発、八個のうち二個は予備とのこと。
結構な速さで走っている炭水車の側面を撃つのだから、余裕も必要だね。提案したわたしは全く考えてなかったけど。
「運んできた昼食に、ケーキも入ってるから、食べに戻ろう姉さん」
「そうだな」
手についたパン屑を払ってから、リドホルム男爵の方へと戻り、またモデルのフリをして ―― リドホルム男爵は絵を描く貴族の真似をするだけあって、絵がとてもお上手だった。
素描だけしか描いていないのだが、プロといっても差し支えないほど。
あまりの素晴らしさに思わず「あとで素描をもらってもいいですか」と頼んだら、
「わたしの絵でよろしければ、喜んで」
笑顔で答えてくださった。
リドホルム男爵の本当の笑顔を見た気がする。それってとりもなおさず、絵がお好きということであり、でも王家の影の当主として……あまり深く考えないでおこう。
下手に考えて気取られたら答えに詰まるから!
その日、家に戻ると、わたしはリドホルム男爵から素描を見せられた。
「ルカ・セロフです」




