【251】少佐、功績について説明を受ける
アブスブルゴル軍と協力体勢を取らないのは、
【どこにマルチェミヤーノフに買収された奴が潜んでいるか分からないからな。その点、ここにいる兵士たちはみなマルチェミヤーノフに買収されていないことは分かっているから、安心して作戦を命じることができる】
そういう理由からです。
個人的にはカガロフスキーの部下は一、二名くらい買収されている奴いるんじゃないかなーと思うのですが「そこは参謀であるわたしに任せておけ」と上級大将閣下が仰ったので。
【アブスブルゴルと協力しないのであれば、ハクスリー公にご足労を願わなくてもよろしいのでは】
神聖帝国軍の隊長のフリートヘルム大尉(三十四歳)が、生贄伯爵と公爵閣下をわざわざ会わせる必要ないのではと進言したのですが、上級大将閣下は首を振る。
【会う必要がある。ローデリヒの周囲にいる買収された者たちは、ヒューバートがやって来たことを知り、実働部隊にカイザー・アントンが気付いたと報告する。報告を受けた奴らはどうすると思う?】
【小官でしたら、作戦を放棄し、証拠も残したまま一切振り返ることなく帰国いたします。きっとフォルクヴァルツ閣下も小官の判断を褒めてくださり、階級を上げて下さることでしょう】
アディフィン語を理解している人たちが一斉に笑い、遅れて通訳を聞いた者たちが笑った。
一番笑ったのはフォルクヴァルツ閣下で、
【アントンのことを少しでも知っていたら、それ以外の行動は取れんな。たしかに帰国することができたら、階級を上げてやろう。もっともアントンに気付かれたと気付いてから生きて返ってくるのはほぼ無理だが】
笑いながら、メチャクチャおっかないことを。
神聖帝国軍の隊長も、
【気付いた時には完全包囲網が押しつぶしに来ているとき……というのが、リリエンタール閣下ですので、生きて帰ることも難しいですね】
そんな感じでした。
閣下、過去の名声が異国の兵士の足を止めてしまっています。これがカリスマというものなのですね。
【神聖帝国軍隊長の意見は正しいが、ここに来ているのはマルチェミヤーノフの配下。世界でもっとも軍人リリエンタールを正しく理解しておらず、侮っている者たちだ。おそらく奴らは、気付かれてもすぐに動けば先んじることができると考え、行動に移すであろう。要するに奴らの行動をこちらが制御できる】
カガロフスキーとその部下たちは顔を見合わせて「あいつ等は、そうするだろう」と頷いた。するとそれを見ていた他の国の兵士(わたしの部下含む)は、口々に「馬鹿だろ」「無理だろ」「身の程知らず」「気付いた時には死んでるんだぞ、おい」と口々に言い出した。
閣下の名声が凄いですー。
【もしも内務大臣の周囲に、マルチェミヤーノフの息がかかった者が誰も居なかった場合は、動きを制御できないのでは】
フリートヘルム大尉の意見はもっともだが、上級大将閣下はそこに関しても抜かりはないらしい。表情が自信に満ちているのです。
【もう一つ手を打つ。オーガスト、お前に蒸気機関車を購入してもらう】
ヒューバートさんの訳を聞いたクロムウェル公爵は「?」って顔になった。
ほとんどの人が、クロムウェル公爵と同じ状態でしたけどね。かく言うわたしも「?」でしたが、蒸気機関車大好き組は、即座に上級大将閣下の言葉を理解したっぽい。
『奴らは住民が普通に使っている線路を使用して、マーリニキー・ボンバ計画を決行する。となれば、奴らにとって路線は時刻表通りに運行されている状況が望ましい。そこに大貴族であるお前が”買ったばかりの蒸気機関車を試乗したいから、時間をあけろ”と命じる……という噂が流れたら、奴らはどうする?』
『わたしが試乗する前に、作戦を決行する? ということか』
『ご名答。さすがオーガスト、察しが良い』
クロムウェル公爵は「ふふーん!」と勝ち誇った表情をしているが、そんなに褒められた感ないぞ。本人が褒められている気がするのなら、それで良いが。
『この作戦は、オーガストでなくては実現不可能なのだ。まず思いつきで蒸気機関車一式を買うことができる財力。その条件を揃えているのはこの場においては、わたし、フォルクヴァルツ、シャルル、ヒューバート、そしてオーガストだけだ。だがオーガスト以外は、この大陸の自分の領地で試し乗りをすることが可能。買ったアブスブルゴルで試し乗りをしたいと言って不自然に思われないのはオーガストだけだ』
クロムウェル公爵以外は、大陸で蒸気機関車を走らせることができるくらいの領地をお持ちってことです……すげーわ。普通にすげー!
『お前、どこで乗るんだ? ヒュー』
『バイエラントに決まってるだろう。今、俺がバイエラントの代理領主務めてんだよ。元の代理領主はブリタニアスで勉学に励まれているから、その間、俺が務めてるんだよ』
知らんかった……。大公妃殿下とか呼ばれているが、知らないとは、恥じ入るばかりです。
『わたしだって、本国に帰れば二十両編成の蒸気機関車で領地を視察しなくてはならないくらいに、広いけどな!』
『知ってる。大体お前の領地、俺の領地の隣だろうが。蒸気機関車で優に三日かかるけど』
お隣の範囲が田舎のお隣レベルを凌駕してる。
『わたしの力が必要なのだな! では協力してやろう。わたしが金持ちで驚いているようだな、クローヴィス少佐。欲しいものがあるのなら、買ってやらなくもないぞ』
『ありがたい申し出だが、要らんよ』
お前に買ってもらう筋合いはないからな、クロムウェル公。あんまり無駄遣いするなよ、ガス坊ちゃん。
『なんでも買ってやるのに……』
『ぼそぼそ言ってるんじゃねえよ、ガス』
大貴族二人がぼそぼそと話しているのを無視し、上級大将閣下がはなし始めた。
【これからクローヴィス少佐が作戦について説明をするが、その前に言っておく。これから行う作戦は、ことが終わり事実が公表された場合、称賛されるものとなる。五十万都市の危機を救うのだから、称賛されて当然だ。その称賛を受けるかどうか? それは個人の判断に任せる。称賛を受けたいものは申告せよ】
上級大将閣下の言葉に訳が分からないといった表情の兵が半分、理解しているらしい兵が半分。デニスを含む蒸気機関車大好きたちは、完全に理解しているっぽい。
わたし? 分からない方に分類されているよ!
【マルチェミヤーノフが軍人リリエンタールを軽んじる理由は、功績を部下から取り上げ自らの名声にしたと考えているからだ。たしかにアントンは元帥として、数多行った作戦の功績をほぼ自分のものとした。だがそれは取り上げたのではなく、また献上されたものでもない。アントンは作戦を成功させた者たちが、変わらず生きていけるようにしたに過ぎない。名声は富や栄誉だけではなく、不幸をもたらす。例を挙げるとツェサレーヴィチ・ボンバ作戦を遂行した者で、名の公表を望み名声を得た者は、名声以上の不幸を迎えることとなった】
カガロフスキーの部下の二名の眼球の動きが……あ、あの二人がマルチェミヤーノフに買収されてるやつだな。そっか閣下の名声は部下から取り上げたものだから虚名だと……ふむ、そういう考えなのか。
【ツェサレーヴィチ・ボンバ作戦の核である、ダイナマイト運送を成功させた者たち382名のうち、名前の公表と昇進を望んだものは51名。この51名中、現在も幸せに生きて居るのは、残念ながら一人もいない。半数以上は共産連邦の手の者により殺害された。あのような尋常ではない被害をもたらした作戦に携わったのだから、共産連邦側の憎悪の標的になるのは当然のことだ。中には自分は無傷であったが、家族を惨たらしく目の前で殺害された者もいる】
どの国の兵もカガロフスキー部隊を見る。
もちろんカガロフスキーの部隊は、なんら関与していないだろうが ―― 思わず見ちゃうよね!
【残りの者たちも持ち上げられ浮かれたあげくに、道を踏み外した。人々にもてはやされるとともに、嫉妬され隙あらば陥れてやろうという輩に足を掬われたものも多い。名の公表も昇進も望まなかった331名全員が幸せになったとまでは言わないが、共産連邦の暗殺者が差し向けられることはなく、嫉妬を受けることもなく幸せな家庭を築き、退役して小さな我が家で孫を抱いていたり、国の第一線で活躍していたりする。巨大な名声はそれに掛かる憎悪や嫉妬、阿諛追従の嵐をはね除ける力がなくては身を滅ぼす】
ああ……我が家のデニスがキース中将の名前を知らなかった理由が分かった。
キース中将も名前の公表を望まなかったんだ。まあ望むような人じゃないよな。
それを教えてもらったということは、デニスは閣下に信頼されているのだろう。
……閣下の御前で五体投地しちゃうようなデニスですから、閣下のお言葉は絶対に守るだろうな。
【死の舞踏会、赤い雪崩、空を埋め尽くす灰の軍団……アントンは数多くの大規模作戦を命じ成功させ、それらの功績の九割を自らのものとした。その九割の功績は死と憎悪と共に引き受けたのだ。マルチェミヤーノフの視点ではそれは奪ったものだろうが、なんの権力をも持たぬ庶民が、愛する妻子と平凡で慎ましやかな生活を送るのには、不必要なものなのだ。そういった憎悪を含む名声を受けるのが後方にて督戦する司令官の仕事でもある。今回の作戦の功績と憎悪はわたしとフォルクヴァルツが受ける。もちろん、どうしても欲しいのならば、功績を正当に与える。作戦会議終了後、申し出ろ】
これだけ懇切丁寧に「後で死ぬぞ」言われて功績欲しがる人って、いないと思いますが……。
『リトミシュル辺境伯爵、このマクミラン家の当主であるわたしが、お前たちの役割を引き受けよう!』
『お前には無理だ、ガス』
『ノブレス・オブリージュを実行する良い機会だ』
『ノブレス・オブリージュはいいが、段階踏もうぜ、ガス』
ガス坊ちゃん、あんまり周囲に迷惑をかけるな。お前のお守りの海軍大将が胃痛で死んじゃったらどうする。
いや、それもお守りの仕事か。きっとそれ込みでマクミラン家に連なる妻をもらったのだろうから、頑張れ誉れ高きブリタニアスの海軍大将。あなたのお守り相手はノブレス・オブリージュを実行する気、満々ですよ。




