【248】少佐、想像もしていなかった人物に会う
唐突に現れ「ツェサレーヴィチ・ボンバ再来」と告げた、黒い瞳の共産連邦の兵士はイリヤ・カガロフスキーと名乗った。
カガロフスキーの頭髪だが多分黒いと思われるが、僧侶なみに頭を丸めているので、はっきりとは分からない。
身長はデニスくらいだが、肩幅や体の厚みはさすが軍人といった感じ。
顔だちは可もなく不可もなく、とくに目を引くようなところはない。
【イリヤ・カガロフスキーか】
カガロフスキーはルース語の他にアディフィン語も話すことが可能なので、会話はアディフィン語でとなった。
ロスカネフ語? ああ、欠片も喋れないそうです。
これが大国と小国の格差というものさ!
【ルース人ならば、父称は必須であろう】
フォルクヴァルツ閣下がイリヤに父称を求めた。
【わたしは孤児ですので、父称はありません】
わたしの隣でリースフェルトさんが訳して教えてくれる。わたしも少しは分かるのですが……わたしのアディフィン語が不自由で困る! こんなに言語が違う国がたくさんあるのならば、転生特典で自動翻訳機能は必須だと思うのですが! 神さま! 今更言っても仕方ないけど。
隣で丁寧に通訳してくれる人がいるから、すぐに分かるけど、やっぱり自動翻訳機能……。
【孤児か。ところで中佐、幾つだ?】
【二十七歳です】
わたしがそんなことを考えている間にも、両閣下はカガロフスキー中佐に質問をする。
事情を早くに聞かないの?
いやいや、ここで焦ってはいけない。
このカガロフスキーがこちらを混乱させるために、虚偽の情報を伝えている可能性がある。両閣下は質問をして、カガロフスキーが本当のことを言っているのかどうか?を見極める手がかりを得てから、話を聞く方針だ。
見極める手がかりとは、嘘をつくときに出る癖を見つけること。
諜報員はそういう所を潰すよう訓練を受けるが、それを見破るのも諜報員の能力 ―― というわけで、室内にはリドホルム男爵もいらっしゃいます。
そのリドホルム男爵が言うには「両閣下も見破るのは大得意です。とくにフォルクヴァルツ閣下は優れていらっしゃいます。両閣下とも諜報部のトップですからね。ええ、わたしの父と同じ”当主”と思ってくださって間違いありません」と。
……そりゃあ長く続く名門だもんね。王家の影とか諜報とか担っていても、おかしくないよねー。
【父称がないのか。では、わたしがいい父称を与えてやろう。スタニスラーヴォヴィチ、どうだ?】
フォルクヴァルツ閣下の出した名前に、イリヤは少し動揺しているようにも見えた。
【ありがたいのですが、今はそのようなことを話している時間はなく】
【そう言うな中佐。お前がリディメストではないことを、しっかりと確認してからでなくては、こちらとしても話をしたくはないのだ】
リトミシュル上級大将閣下がそのように仰ったが……上級大将閣下こそ、相手の心を読み思い通りに動かせるリディメストの能力をお持ちになっているのでは?
【父親から習ったことはないと、言い切れるか? カガロフスキー】
ん? 両閣下はカガロフスキーのこと知ってるの?
あ、知っててもおかしくないか。リースフェルトさんもカガロフスキーを見かけて「共産連邦の兵が」と言ったのだから。
【……】
【そんな顔をするな、中佐。そんな表情をすると、マトヴィエンコの面影が隠しきれなくなるぞ】
マトヴィエンコ? 父称スタニスラーヴォヴィチ……ということは、父親の名前はスタニスラーフですよね。
スタニスラーフ……スタニスラーフ・マトヴィエンコって、もしかして怪僧マトヴィエンコの息子? 父親が同姓同名ってことはないよね?
もしかして不自然なほど頭を丸めているのって、マトヴィエンコが髭で長髪だったから?
【どこで気付いたのですか】
カガロフスキー中佐の表情が強ばり、隠しきるのは無理だと諦めたらしく認めた。
そっかー、カガロフスキーはマトヴィエンコの息子なのかー。
マトヴィエンコに息子がいるとは知らなかった。
【最初から】
【最初?】
【わたしたちは、お前より十歳以上年上で、かつ金も権力もある】
【お前は自分がどういう経緯で、孤児院につれて行かれたのかは覚えていまい? だがわたしたちは知っている】
カガロフスキーの動揺が激しい。
まさか両閣下が自分の出自どころか、孤児院に連れていかれた経緯まで知っているなんて、思ってもいなかっただろう。
【”君は今日からイリヤ・カガロフスキーだ”と言い聞かされ、手を離された。その人物は夕日を背にしていたので、顔は見えなかったはずだ】
【お前がヤンヴァリョフに拾われたのは、お前を南方の孤児院に入れるよう命じた男の思し召しだが、あまり深く考えるな】
当事者であるカガロフスキーですら知らないようなことを、両閣下はご存じのようです。
【それはどういうこ……】
【お前の過去を長々と話している場合ではない。さあ、情報を聞かせてもらおうか、中佐】
そこまでばらしておきながら、話題をぶった切るリトミシュル上級大将閣下の鬼畜!
カガロフスキーだって知りたいでしょうに!
でもわたしにとっても、カガロフスキーの過去よりツェサレーヴィチ・ボンバ再来のほうが興味ありますので ―― 済まんカガロフスキー、我慢してくれ。
【……分かりました。一つだけ頼みたいのですが】
【マトヴィエンコの息子であることは口外しないで欲しい……だろう?】
【口外するつもりはない。大体ここにいるのは、お前がマトヴィエンコの息子だということを知っている者だけだ】
フォルクヴァルツ閣下、嘘をつかないでください!
わたしは全く存じ上げておりません!
【そうでしたか……】
怪訝そうな黒い瞳をこっちに向けるんじゃねえ、カガロフスキー!
言いたいことは分かる。両閣下がご存じなのは納得できるが、ロスカネフ軍の少佐如きが知ってるのが納得いかないんだろう?
知らねーよ! お前がマトヴィエンコの息子だなんて、知らねーから!
もちろん喋るとボロが出そうなので、なにも言いませんが。
そして楽しそうに微笑むのお止めください両閣下。なにその笑み。まさに殴りたくなる微笑みだわ。もちろん殴れませんけどね……笑顔が儚いわたしの上官はお元気でしょうか。無茶などしていらっしゃいませんか? 閣下に血気盛んな総司令官などと言われているキース中将が、無茶していないか心配です……わたしが言える義理でもないが。
共産連邦には三名の元帥がいる。いずれも陸軍の将校だ。
その一人マルチェミヤーノフ元帥は主戦派の急先鋒で、常々戦争を仕掛けるべきだと公の場で言っている。
これに関してはわたしも聞き及んでいる。
そのくらいマルチェミヤーノフは好戦的だ。
あまりにも好戦的過ぎて、現書記長リヴィンスキーは最近遠ざけ気味で、姻族であるクフシノフ元帥を重用している。
このクフシノフは日和見な主戦派……上層部に逆らわない系です。だからリヴィンスキーが子供同士を結婚させたわけです。
そして最後に、ツェサレーヴィチとの戦闘は断固拒否の強行派にして過激派のヤンヴァリョフ元帥。
ヤンヴァリョフは閣下と戦わないようにするためには手段を選ばない……閣下、ヤンヴァリョフに何をなさったのですか?
聞きたいような、聞いたらヤンヴァリョフに同情してしまうかもしれないよう……ないなー。ルースの将軍で共産連邦の元帥なんて、何聞いても同情しないわー。
この三名が共産連邦の元帥で、我が国を攻めているオゼロフはマルチェミヤーノフ元帥に付いている。
カガロフスキーはヤンヴァリョフの部下だ。
【そうそう、4104のレニューシャは元気にしているか】
レオニードもヤンヴァリョフの部下です。
【おそらく】
リトミシュル上級大将閣下の問いに答えた時のカガロフスキーの顔……中佐とは良い酒が飲めそうだ。レオニード嫌いという共通項だけで、黒ビールジョッキ五杯は一緒に飲めそうだよ。
このやり取りの後、正体を知られていることを知らされたカガロフスキーは、聞きたいことや言いたいことを飲み込み説明を始めた。
マルチェミヤーノフ元帥はアブスブルゴル帝国の首都にツェサレーヴィチ・ボンバに似た作戦を仕掛けるために、イワンたちを扇動し新生ルース帝国を作らせ、武器などをイワンたちに流した。
新生ルース帝国を作り、対共産同盟を結んでいる国々を混乱させるのは、二代目書記長が許可していた作戦であり、存在していない武器がイワンたちに流れるのも知っていた。
存在している武器だと、証拠を掴まれると厄介だからね。
武器関係は滅多に証拠を掴まれはしないけれど、
【アントンに尻尾を掴まれるのが恐くて、そうしたんだろう】
【そのようです】
【書類がなくても尻尾は掴まれているけどな】
相手に閣下が含まれているので、書類のない武器を作りイワンたちに渡し、フォルズベーグを奪わせた……フォルクヴァルツ閣下のお言葉ですと、無駄だったみたいですが。
マルチェミヤーノフはこれを隠れ蓑にし、大量のダイナマイトを国外へと持ち出させ、アブスブルゴル帝国の首都を壊滅させる計画を立てていたのだという。
【持ち出されたダイナマイトの量は?】
【50000~100000kg。ツェサレーヴィチ・ボンバ作戦には程遠いが、周囲が山々に囲まれていない街中でこれらが全て爆発した場合、被害は計り知れない】
少なくて50tで多く見積もって100tらしい。
閣下が行ったツェサレーヴィチ・ボンバ作戦で使用されたダイナマイトは2250tですから、比較したら僅か……と麻痺しそうですが、街中で100tのダイナマイトが爆発したらどうなるか? 想像なんてしたくない状況になります。




