【247】少佐、指揮官にされる
わたしが瀕死にしたイワンの従騎士ですが、フォルクヴァルツ閣下が、
「これは助からんから、置いていくぞ」
放置を決めたのですが、わたしの部下で慈悲と善意しか持ち合わせていないオディロンが、
[苦しんでいるものに慈悲を与えるのは神の僕の責務。たとえその者が地獄へ送られると分かっていても]
首の骨を折ってあの世へと送りました。
[主よ、愚かな魂をそちらへと送りました]
ついでにお祈りもしてくれたよ! 致命傷を負わせた張本人が言って良い言葉ではないが、瀕死の状態の時に聖職者に「お前地獄行きだけど、楽にしてやるな」って言われるのって……イワンの従騎士が古帝国語を理解していないといいな。
こうして七つとなった死体を草原に放置し、フォルクヴァルツ閣下と部下たちは騎手がいなくなった馬に乗り、空を飛ぶ装置らしきものをも積み込み ―― 蒸気船が停泊しているサヴァ川を目指す。
「シャルルさん。これ妹から預かってきた手紙です」
肌身離さず持ち歩いていた、水色の封筒を差し出す。
シャルルさんは、きっと鳩が豆鉄砲を食ったような表情ってこんな感じなんだろうな……という表情を浮かべた後、
「カリナさまからですか?」
「はい。絶対に助け渡して欲しいと頼まれました」
騎乗ながら恭しく受け取って下さった。
シャルルさん……ベルナルドさんの時はともかく、シャルルさんの時に「カリナさま」は、色々と誤解を生みそうな気がしますので……。
「クローヴィス少佐。話をしたいがいいかな?」
「フォルクヴァルツ閣下」
シャルルさんが再び誘拐されては困るので、馬を並べて進んでいたところ、フォルクヴァルツ閣下が反対側にやってきた。
閣下のご友人と話す機会が訪れた!
きっと閣下について聞かれるだろうから、答えるとともに閣下について質問させていただこう。
「あまり失礼なことは聞かないのですよ、アウグスト」
「このわたくしが、非礼を働くわけなかろう、シャルル」
「……」
シャルルさん、お顔! お顔が! 眉間に縦皺が寄って下唇を嚼んで、口角が下がっちゃってます。
シャルルさんはいつもにっこり笑っているほうがお似合いです。
「わたくしが装備してたのはハンググライダーというのだが」
ハンググライダーですか? あの鳥の羽を模したようなものが……ハンググライダーの昔の形なのかもしれないな。
「わたくしは、空に覇を唱えやがりたいのだ」
「覇を唱えられるのですか」
フォルクヴァルツ閣下のお話はほとんどハンググライダーについて。
閣下がかつて行った作戦の一つ、飛行船団による爆弾投下作戦、それを見て以来フォルクヴァルツ閣下は空に軍を派遣することの重要性を感じ、空専用の軍隊 ―― 空軍の設立を目指し様々なことを行っている。
フォルクヴァルツ閣下の話を総合すると、フォルクヴァルツ閣下が閣下に触発され空軍設立を思い立ち、国に提案してそれらしきものが設立。そこから空を自由に飛ぶことができる機器の開発を行い、飛行船の他に今空を飛べるのは、ハンググライダーだけ。
このハンググライダーが本当の戦地で使えるかどうか? 試しているのだそうです……そこまでは分かるのですが、なぜ外務大臣が異国でハンググライダーを乗り回し、敵に突撃してゆくのか?
それはわたしには理解することができなかった。
きっと理解できない類いのものなのだろう。
「いま一番上手くハンググライダーを乗り回せるのはわたくしなのだ。それはわたくしが神聖帝国で、もっとも運動神経が優れているからだ」
「なるほど」
「だがわたくし以上の運動神経の持ち主が現れた。クローヴィス少佐、わたくしと空を飛んでみないか?」
飛べるものならちょっと飛んでみたいなと思います。なんか楽しそう!
「止めなさい、アウグスト。そんな危険なこと、少佐にさせるわけにはいきません」
「いやいや、シャルル。この運動神経を危険だからといって無駄にしてしまうのは、人類にとって大いなる損失だ」
「大いなる損失なのは概ね同意いたしますが、安心なさい。その損失ですらあの人の頭脳が補います。恐れなさい、先日あの人は”いま、生まれて初めて頭脳を使っている。いままでは惰性だ”と言っていました。いままであの人が見せていた”切れ”は、あの人にとってはなまくらだった……信じられます? わたしは信じますがね」
「底は見えない、頂を見ることも叶わず……さすがだな。だが少佐、わたくしと一緒に空を飛ぼう」
「あなたもめげない男ですね、アウグスト」
わたしを挟んでフォルクヴァルツ閣下とシャルルさんが話をし、それを聞きながら周囲に注意を払い ――
「話は変わるが、クローヴィス少佐。すこし観光して帰らないか」
話が変わりすぎです、フォルクヴァルツ閣下。
「任務中ですので」
お断りしたのですが「道中、どうしても見せたいものがあるから、ルート変更して領地に寄って欲しい」と頼み込まれまして。
一体わたしに何を見せたいのですかと尋ねたら、閣下の像とのこと。
「……まったく。あの人がその存在を隠していたというのに」
シャルルさんは頭が痛いとばかりにこめかみの辺りを、指で押しながらそう呟いてから、閣下の像について説明して下さった。
閣下の像とは、対共産連邦との戦いで勝利を収めた閣下の功績を讃えるべく作られた像で、閣下に所縁のある国や土地に何個も同じ物が設置されているのだそうだ。
「像は無許可なので、公式な書類には載せるのを禁じました。もちろん教科書にも」
わたしが知らなかったのは、そういう理由らしい。
「去年までは無関心だったのですが、少佐に……で様々なことに興味を持たれたあの人は、各地にある像を少佐に見られることを嫌い、撤去する方向に」
聞けばアディフィン王国にも像はあったのだが、
「わたしが先にアディフィン入りして、像を”修復する”という名目で、あの人の邸に運び込んで隠しておりました」
こうしてわたしの目につかないようにしたのだそうだ。
「そこまで隠されると見たいだろう? クローヴィス少佐」
フォルクヴァルツ閣下の言葉に頷きたくなる。
「そんなに像を嫌われているということは、似ていないのですか?」
「似ていますよ。高名な芸術家が作ったものですので」
像はいずれ撤去されてしまう……ことを憂いフォルクヴァルツ閣下が、同じデザインで大理石彫刻像を造らせたのだそうだ。
それが先日完成したので、
「下手したら、壊される可能性は絶対だ! 今のうちに見ておくといい」
壊される前に見るといいよとのお誘い。
閣下の像は見てみたいのですが、わたしはすぐに帰らなくては。
夕日がきらきらと水面に輝くサヴァ川へと近づく ―― すると少し離れたところにいたリースフェルトさんが近づいてきた。
「少佐。川沿いに共産連邦の一団がいますので、気を付けてください」
「イワンを取り返しにきたのですか? サーシャ……ジーク」
サーシャは聞いてませんからご安心くださいシャルルさん。
リースフェルトさん、そんなじっとりした目でシャルルさんのこと見ないの。
「イワンを取り返しにきた一団とは思えません。一団を率いているのはヤンヴァリョフ元帥派の士官です。イワンたちと共に大陸に動乱を起こしたのはマルチェミヤーノフ元帥派、所謂敵対派閥です」
イワンがマルチェミヤーノフ元帥派だって、今初めて知りましたよ、リースフェルトさん。
「捕まえて事情を吐かせますか?」
共産連邦じゃない国に、兵士たちが市民の格好をして紛れ込んでいるとか大問題。捕らえて事情を吐かせてやる!
と思っていたところ、二十名全員両手を上げて投降してきた。
船着き場は異様な空気に包まれ ―― アディフィン軍の皆さんが身体検査をし、わたしたちロスカネフは周囲に注意を払う。
丸腰であることが確認された共産連邦兵の一人が、
{大至急話したいことがある}
リトミシュル上級大将閣下とフォルクヴァルツ閣下の両名にそのように伝えてきた。
{誰に伝えたいのだ?}
{この隊の指揮官に}
リトミシュル上級大将閣下は顎を撫で、フォルクヴァルツ閣下は耳朶を触り、少し考えてから、
{ロスカネフ軍陸軍少佐、クローヴィス少佐がこの隊の全権を握っている}
{わたしとヴィルヘルムはオブザーバーのようなものだ}
全権をわたしに放り投げた!
{ロスカネフ軍……少佐が?}
嘘だろ? ただの小国の少佐が、この二人を差し置いて? ねーよ、それはねーよ……と思っているのが伝わってくる。
若干その気持ちは分かるが、貴様ら共産連邦にそう言われるのは腹立たしい。思われているだけで腹立たしいわ!
「用があるなら、さっさと言え!」
どうせ、碌なコトじゃないんでしょ? 分かってる、分かってるさ。
{マルチェミヤーノフ元帥がアブスブルゴル帝国の首都に、ツェサレーヴィチ・ボンバに似た作戦を仕掛ける。我々はそれを阻止するためにやってきた}
わたし、ルース語が完璧じゃないから、首都にツェサレーヴィチ・ボンバを仕掛けるって聞こえたんだけど……嘘だよね?!




