【240】少佐、総司令官に決断を促す
「主席宰相閣下のアブスブルゴル皇位継承権第一だが、これはアブスブルゴル側が勝手に言っているだけで、主席宰相閣下はこれを相手にしていない」
列強相手でも「相手にしない」が通じちゃう閣下、凄いなあ。
「列強各国も主席宰相閣下のアブスブルゴル皇位継承権第一位は認めてはいない。理由は単純で各国とて主席宰相閣下を王に仰ぎたい、もしくは大統領や首相として自国に招聘したいがためだ」
ホールのあちらこちらから、変な溜息が漏れた ―― 気持ちは分かります。わたしもリースフェルトさんから話を聞いた時、「うぇ?」って変な声を上げてしまいました。
「この大国の至尊の座を継ぐ権利を複数所有している主席宰相閣下が、ある動きを取った。それは我が国の兵士不足解消のために、ブリタニアス海軍を私的に呼ぶ。これは各国の王家の均衡を破る衝撃的な出来事だった」
誰も何も言わないが、理解しているといった表情を浮かべている。
そう、閣下がブリタニアス海軍を私的に動かしたことで、ブリタニアス王の座を選ぶ意思の表れではないかと、勝手に推察されてしまったのだ。
「主席宰相閣下はもちろん気付いている……これは言う必要もないか」
キース中将が「ふっ……」っとそれは儚く微笑むと、他の人たちも力なく笑った。
「主席宰相閣下が自らブリタニアスを選んだとなれば、アブスブルゴル如きでは手の打ちようなどない。よって彼らは勝手に裏で継承順位第二位に配置していたド・パレを昇格させた」
本当に勝手ですよねー。シャルルさん、嫌だって言ってるじゃないですか! そしてさらっとアブスブルゴル如きと言ってしまうキース中将……我が国とアブスブルゴルじゃあ、全ての面において勝負になりませんけどね! ま、まあ総司令官閣下の儚い詐欺ぶりなら勝てるかもしれませんが!
「アブスブルゴルにとって大事な王子さまが、アブスブルゴルの属国にて独立を掲げ、暴力に訴えている組織に殺害されたらどうなるか? 盟主国家として属国に懲罰を加えるべく戦争となる。だがそれは属国にとって望むところであり、他の属国も加わり戦火は拡大する」
アブスブルゴル帝国は、滅亡したルース帝国ほどではないのですが多民族国家で、違う民族の国をも支配下に置いている ―― ルース帝国は民族どころか人種が違う国までルース帝国として支配しておりましたがね。
「属国との戦争で国が乱れれば、それに乗じて共産連邦が襲い掛かる。イワン・ストラレブスキーが共産連邦と通じている以上、これは間違いなく起こる。アブスブルゴル帝国が属国相手に独立か服従かを賭けた戦いをしているだけならば構わんが、こと共産連邦が関わってくると我々も無関係ではいられない」
共産連邦が関わってくると、同盟を結んでいる以上、様々な支援をしなくてはならない……国力的になにを支援したらいいのか分かりませんが。
「ましてやド・パレの誘拐にアレクシス・ヴァン・エフェルクが関わっていたとなればな」
シャルルさんが残した六つのうち三つは、このアレクセイのこと ―― アレクセイは毒で自害した筈だったのだが、どうも毒は仮死状態になるものだったらしい。
そういう毒、あるんだって! 諜報部が所有しているらしいってクライブが言ってた。
だからシャルルさんはメッツァスタヤと言った……のかも知れない。ちょっとここは、わたしには分からない。キース中将も「リドホルムに直接聞かない限りは、分からん。不確かな情報で判断するのは危険だ」として、まだ保留状態です。
……で、アレクセイの名前が出たところで、やはりみな驚いたようでざわざわし出した。
そして誰かが「アレクセイはもう我が国と関係ないから」と呟いた ―― 呟きがホール内で響く。
そうですね、アレクセイはもうロスカネフとはなんの関係もありませんが、
「我が国が保身のためにド・パレを売ったと喧伝される可能性が高い。更に言うならば、あの国は身を守るために、他国の王族をすぐに売ると、捨てられた王族本人が叫くと面倒なことになる」
命以外もう何も残っていないアレクセイが、自分を捨てた国に対して一撃を与えたいと ―― アレクセイと陛下の会談の際、そういう発言があったそうです。むしろそういうことばかり言っていたそうだ。
「どうして共産連邦から自分を助けてくれなかったのだ」と ―― 気持ちは分からなくもないのだが、あの当時の我が国の国力で、どうやってルース皇子であるアレクセイを助けろというのだ?
ロスカネフで匿ったら、ロスカネフも潰されたのは間違いない。だから陛下は「国を守る為には致し方ないことだ」と言い返したそうだ。
アレクセイの中で救ってくれなかった母の故国という恨みが渦巻いているとしたら ―― 一庶民としては迷惑極まりないです。
冷たいかもしれませんが、ロスカネフ一国で元ルース帝国だった共産連邦と事を構えるなんてムリだから。
子供の頃ならそう思っても仕方ないが、アレクセイ、お前も二十を過ぎた大人なら、周辺国の力関係くらい分かるだろう……ほんと、陛下に会ってそういう恨みをぶつけるってどういうこと?
そんな妄言にちかいことを吐いているお前が生活に苦労してきたというのなら、少しは同情するけれど、閣下の援助で裕福な貴族生活を満喫してたそうじゃないか!
「わたしはアレクシス・ヴァン・エフェルクの王籍剥奪を議会にかけ、ここにいる幾人かの議員たちも同意し王籍を剥奪し、国から追放した。その判断に間違いはなかったと今でも断言できる。だがわたしは国家に軍人として二十一年間つかえている身。去年国体が変わったとはいえ、わたしの人生の半分である二十年間、王家に忠誠を捧げてきた者として、アレクシス・ヴァン・エフェルクの現状を看過することはできない」
若い世代(親衛隊隊員など)はあまり気持ちはないようだが、キース中将と同年代の人たちは感じ入っているようで、悲しそうに頷いている。
まあね……去年まで絶対王政だった国に、ずっと仕えていた人たちですから、エフェルク家の一人に対する思いはいろいろあるのだろう。
「アレクシス・ヴァン・エフェルクの名誉を回復させることなど我々には不可能だが、これ以上名を貶めるのは避けたい。そのためには我々ロスカネフが司祭であるド・パレを奪還しなくてはならない」
王子さまを皇子さまが誘拐した ―― というだけの問題ではなく、誘拐された王子さまは司祭さまでもある。聖職者が共産連邦の手に落ちたらどうなるか? それを見殺しにしたら、教会との軋轢も生じるわけだ。
「ド・パレ誘拐状況から推察すると、アレクシス・ヴァン・エフェルクたちは国外を目指している。よって国軍を預かる総司令官であるわたし、アーダルベルト・キースは国外へ兵士を送ることを、緊急措置として決定した。各省の者、必要な手続きを行え」
ホールにいる人たちが顔を見合わせる。
外国に兵士を送るのは、結構な大事だ。向かう国が決まっているのならまだしも、どこかに逃げた奴を、国を渡りながら追いかけるというのは、その国の協力を得たり交渉したりなど骨が折れることが多い。
……さて、一回深呼吸して ―― 敬礼をする。
「シャルル・ド・パレ奪還の任、たしかに拝命いたしました」
キース中将の斜め後にいて、周囲に目を光らせていた親衛隊隊長がそう言う ―― ざわついていたホール内が水を打ったように静かになった。
キース中将が振り返り少しだけ目を伏せた。長い睫が……儚いな!
「なんのつもりだ、クローヴィス少佐」
「言葉通りでございます閣下。ロスカネフにおいて小官以外にシャルル・ド・パレ奪還部隊を任せられる者はおりません。それは閣下がもっともご存じかと」
わたしは敬礼したままキース中将に答える。
アイスブルーの瞳が怒り以外の感情を含みながら、わたしを睨む。
睨まないで下さいとは申しませんが、目力凄いですね! さすが我らが総司令官閣下。
「国外にて実働部隊指揮を執る資格を有し、イワン・ストラレブスキー、シャルル・ド・パレ両名の姿と声色を知っている者は、ロスカネフ軍においてフェルディナント・ヴェルナー大佐と小官しかおりません。本来であればヴェルナー大佐が適任でありますが、ヴェルナー大佐が負傷したいま、その任を果たせるものは小官以外おりませぬ」
我が国の軍はほとんど外国に出ることはありませんが、稀に出ることもあるので国外に派兵する際の規則というものがきちんと存在しております。国外での軍事行動を行う際、指揮官は必ず士官学校を卒業し、二年以上軍務に付いた佐官以上と定められている。
以前ガイドリクス陛下がフォルズベーグに兵を率いて向かったが、指揮のほとんどはヴェルナー大佐(当時中佐)が行っていた。
国内はそういう規定はないのですが、国外に武力を出すとなると、相応のものを求められるわけです。
わたしがその「相応のもの」を所持しているのかと聞かれると……聞かれたら「持っている!」と答えるわ! 立候補している以上、自信を持って言う!
イワンの野郎とシャルルさんの姿を知っている、についてだが、この時代は鮮明な画像や音声データなどはないので、実際に知っている人間が確認するのが確実。
わたしはシャルルさんの声は知っているし、イワン野郎の声は会議の演説を聞いていたので覚えている ―― 言葉が分からず内容が理解できなかったため、声以外覚えるものがなかったからすっごくはっきり覚えている。
この二人を知り士官学校出で二年以上軍務についている佐官以上 ―― という条件を満たすのは、わたしとヴェルナー大佐以外いない。
敬礼したままキース中将と睨み合う。非常に恐いのですが、ここは引かない。
「閣下。ご決断を」
キース中将の唇がなにかを語ったが、それは音がなく、わたしには読み取ることはできなかった。
「閣下、ご決断を……か。簡単に言ってくれるな、クローヴィス」
「殿下と副官を救い出し、イワンめを殴り拘束して帰国するという、簡単な任務ですので」
あまり得意ではないが皮肉げに笑ってみた ―― 笑えているかどうかは分からないが。
キース中将はわたしに任を与える前に、国外出兵の指示を出した。
ホールから去るデニスが、サムズアップを。蒸気機関車のことは任せろ! 感に満ちている。それ以外はどうにもならなそうだが、デニスはそれだけで充分だ。
わたしはキース中将とともに、駅長室に戻る。
「お前が男なら良かったと思うことは多々ある。今回の一件も、お前が言う通りお前以上の適任はいない」
「ほとんど男ですので、男と思ってくださって結構です」
そのように言ったら、頭を叩かれ軍帽がスパーンと飛んでいった。わたしの軍帽がー。
「お前以外の適任がいないのは事実だ。リドホルムならばイワンの野郎もアレクシスのことも知っているだろうが、殿下やサーシャの小僧はリドホルムを信用しないだろう」
信頼できるけれど、信用できないというのはよく分かります。
キース中将はわたしの額を鷲掴みにし……ポーズだけで力は全く入っていない。
「絶対に無傷で帰ってこいよ。そのためには、他国で無茶をしても構わん。外交問題になりそうなことをしでかしてもいい。責任はすべてわたしが取る」
そこで閣下と言わないあたりがキース中将ですね……と思っていたら、額を軽く押された。
「俺が傷付きたくない。だから頼むぞ、クローヴィス」
「お任せください閣下。このイヴ・クローヴィス、閣下の信頼を裏切ることはいたしません。出兵後、小官たちのことが心配でしたら、ヴェルナー大佐に恨み言を。本来でしたら、ヴェルナー大佐が向かうべき事案ですので」
キース中将は腕を組み、
「ああ。フェルの野郎は目覚めたら殴って、もう一度意識不明にしてやる」
ぐっと握り拳を作った。
笑顔儚いくせにー。心配掛けやがってと、本気で殴りそうー。それがわたしたちの、総司令官閣下キース中将。
「早く意識が戻られることを、任地の空の下から祈っておりますので」
「ああ……念を押すが、絶対にレイプされるなよ」
なんという、絶賛セクハラ・超絶パワハラ! だがこの心配は仕方の無いことです。
「もちろんです。無事任務を達成し、戻ってきた暁には……」
キース中将の心の傷の痛みを、少しでも和らげることができたらいいなと思いますが……喋ったら本当に鷲掴みされそうだから止めておく。
そして閣下、必ずやご友人と懐刀を無事に連れ帰りますので! 絶対にこの二人にも祝ってもらいましょうね!
待ってろよ! イワンとアレクセイ。




