【232】少佐、一人社交界デビューする(前)
本日は二月の緑の木曜日 ―― デビュタント当日です。
軍を動かした二代目共産連邦書記長リヴィンスキーは、恐怖の待ちぼうけを食らっております。
そこに至る事情なのですが、ほら、偉い人って遅くにやってくるだろう? で、下っ端は待つもの。偉い人を待たせないのは常識じゃないですか。
根どころか全部小者、木っ端役人メンタル……など、小者感が国境を越えてダダ漏れしているリヴィンスキーは、閣下に対して自分のほうが上だと、最初から一撃を加えようと考える。……と仰ったのは閣下。
「ネスタのことだ。二月の黄の月曜日あたりに、ブランシュワキに先遣が到着するように仕組むであろうよ」
普通に軍を進めていたら一月の下旬にはブランシュワキに到達できるはずなのに、あえて遅くやってきて閣下に「俺のほうが上なんだぜ」を見せつけると。
……ちっちぇえ男だ。
ボイスOFFの自動車のガソリンを満タンにしなかった男よりも小さいわー。
「小役人は読みやすくて良い」
「君が読めないのは、お嫁さんだけだよね」
「そうだな」
室長とそんなお話をし ―― リヴィンスキーと一蓮托生な元帥クフシノフ元帥は案の定、時間をかけてゆっくりと我が国の離宮ブランシュワキを目指し、二月の黄の月曜日に使者がブランシュワキ宮殿前までやってきたが、門が開いていないのでうろうろして帰っていったとの報告が届きました。
「攻めては来ぬから安心するがいい」
待たせたつもりだったのに、全く待たれていなかったリヴィンスキーの哀れさといったら、初代書記長ルカショフ並ですね!
「それはねー君がなにをしてくるかが恐くて攻められないさ」
室長が言うには閣下の過去の名声、さらに国境を越え閣下が支配している領域に入ったら、なにをされるか分からない! で、ガクガクしちゃってるらしい。
「わたしはロスカネフを支配などしたことはないのだがな」
「でも支配されてるって思っている人も多いよ」
「それはそれで構わぬが。まあブランシュワキの地形はジュキノリに似ているからなあ」
「君がわざと情報を抜かせたから、ツェサレーヴィチ・ボンバの再来を恐れているんだろうね」
閣下はブリタニアス海軍にダイナマイトを大量に運び込ませ ―― その情報を共産連邦側に流したことにより、ツェサレーヴィチ・ボンバを知っている上層部はみな動きが鈍りまくる。
リヴィンスキーとクフシノフ元帥は後方に控えている四百万の兵士を率いているヤンヴァリョフ元帥と共に、策を練っているらしい。
ちなみにヤンヴァリョフの策は「さっさと撤退。カニエーツ・ツェサレーヴィチとやり合うのは愚者のすること。オゼロフも撤退させ、終戦にしましょう」とのこと。
……きっとかつて、閣下にボコボコの上に、更にぼっこぼっこで、追加攻撃でべきべきにされたんだろうなあヤンヴァリョフ元帥。
ちなみに黄は緑の二週間前ね。
そして本日が緑の木曜日なので……そう、閣下はまだ首都にいるのです。
本日わたしのデビュタントを終えてから、ブランシュワキ宮殿へと向かうので、閣下を送る会……みたいなものを開くというかたちで、午後からデビュタント・ボールに事情を知っている方々が集まってくださった。
「主席宰相閣下と話をしてくる」
「はい」
「ネクルチェンコ、付いて来い」
「はっ! 閣下」
わたしは閣下を送る会に出席するキース中将の護衛……という名目で、事情を知っているネクルチェンコ中尉と十名と共にやってきた。彼らももちろん正装。
わたしはメイク室からキース中将と彼らを見送り、これからデビュタントの準備を。
閣下にお渡ししようと思っているカーディガンは、リースフェルトさんに運んでもらいました。
渡すかどうか悩んでいたカーディガンですが、キース中将に嫌じゃないでしょうかね? って聞いたら、
「主席宰相閣下なら、お前の髪の毛が編み込まれたカーディガンでも喜んで腕を通すだろうよ」
いや、そんなもの作りませんよ! と思わず叫んでしまったら、キース中将は声を出して笑い「分かってる、分かっている。お前がそんなことをする性格ではないことは分かっている。だから言ったのだ。万が一にもやりそうな奴に、そんなことを言ったりはしない」と。
ちなみにキース中将の元に届く編み物は、100%編んだ当人の髪の毛混じりですので即処分です。
なぜ髪の毛が編み込まれていると分かるのか? 全部焼却処分なんですが、人毛が燃える匂いって独特だからすぐ分かるんだよね……。
「メイクさせていただきますね」
メイク室にてプロの手によりメイクが施されたのですが、わたしの顔の強情さといいますか、なんと申しますか……
「この化粧はよくありません」
メイク室にいるベルナルドさんの指示でがっつりメイクは落とされ、慣れた薄化粧で終わることに。
「普通はパーティー用のメイクをしなければ、ドレスや装飾品に負けてしまうものですが、さすが稀なる美貌、無用のものでした」
プロのメイクさんが匙を投げた一言 ―― 礼儀作法として化粧を施されました。
うん、分かってた。分かってたんだ、どんなに頑張ってもこの顔は変わらないと。
プロのメイクさんがしてくれても、男顔は変わらないのですよ。
次は着替え。ベルナルドさんが言っていた通り、白くてふんわりと膨らんだイブニングドレス。
あまり見せたくないデコルテを容赦なく晒すはめになりますが、そういうデザインだから仕方ない。
さて、この時代、ドレスを着る前にはコルセットできゅっと締め付ける必要がある。職務中はコルセットなど身につけないわたしだが、偶にドレスを着るので持っている。
自宅で着用する際には、メイド二人がかりでコルセットを絞ってくれるが……自前のコルセットとも言える筋肉が跳ね返している。
ほんと、二人には迷惑かけてるわ。また美味しいものでも買って渡そう。
「苦しくはありませんか?」
「平気です」
我が家のメイドは働き者だが、あくまでも中産階級に仕えるメイドなので、コルセットの絞り方が甘いのかな? と思っていたが、そうでもないようだ。
かつてヴィクトリア元女王がコルセットを締められ、苦しげにしているのを何回か見たことがあったので、上流階級に仕えるメイドはもっと容赦なく締めてくるのかなーと思ったが、筋肉つきすぎモブであるわたしには関係のないことらしい。
コルセット締められても、別に苦しくないわー。
一度くらい苦しいって言ってみたかった! まあ、この筋肉じゃあ無理だろうけど。
メイドたちもこんなに筋肉ついている性別・女性のコルセットを締めたことないでしょうけどね!
ドレスに袖を通し……袖はないけどさ。
そしてドレスと同じ白いロンググローブを。
「妃殿下、とてもお似合いです」
「そうですか?」
「ええ」
ベルナルドさんが褒めてくれた ―― ちなみにベルナルドさんは、メイク中や着替え中など暇でしょうからと色々とお話してくれている。
「国王への初謁見ですが、誰が国王役を務めるかで、色々ありまして。ロスカネフ国内でのデビュタントですので、ガイドリクス王が務めるのが妥当なのですが、ガイドリクス王はすでに軍人であらせられる妃殿下より忠誠を誓われ、勲章も授与しておりますので、今更デビュタントというのもおかしい」
「普通は世の中に出ていない貴族令嬢がすることですからね」
ばりばり四年も働いておりますし、そのうちの三年はガイドリクス陛下の第三副官でしたので……確かに今更感があり過ぎますね。
「誰が国王を務めるかとなったとき、わたしなんぞも候補に挙がったのですが、結局は閣下が”イヴからの挨拶を受けたい”となりまして。いままで数多の王侯に若い娘たちの謁見を受けてやって欲しいと頼まれても、侮蔑の一瞥で終わらせていた人が、本日はやる気に満ちて大綬を身につけておりますので」
閣下がそこまでやる気なら、わたしも気合いを入れて挨拶をしなくては!
謁見ではカーテシーするだけだけどさ! 気合い入れすぎると、ドレス姿でも間違いなく飛びかかる寸前みたいになるだろうけれど。きっと閣下は分かって下さるはず。
ベルナルドさんの話を聞きながら準備は進み、ダイヤモンドが光り輝くイヤリングとネックレスとティアラを装着し ―― 頭に白い羽根飾りを付ける。
この白い羽根飾りはデビュタントだと一目で分かるようにするためのもの……本日は、わたししかいないので無用だと思うのですが……。
でも用意してもらったものだし、必要なものだから身につけます。
白い羽根飾りの他には白いベールも身につける。
ベールと聞くと顔を隠すイメージがあるが、これは後頭部を覆う羽根の髪飾りに付けられているもの。
ベールは引きずるほど長い。
「これはお美しい。まさに天使の如き美しさでございますね、妃殿下」
「ありがとうございます」
「ご両親をお呼びいたしますね」
娘がデビュタントするので、両親も招待されるわけですよ。両親は先に閣下にご挨拶しにいった。
父さんと継母に迷惑をかけるつもりはなかったのだが、娘のデビュタントともなると無視するわけにもいかないし、閣下としても両親を無視して話を進められないので ―― 準備はしちゃってたけどね!
「まあイヴ! なんて美しいの。いいえ、神々しいわ。ねえ、あなた」
「あ……ああ、そうだね。自分の娘ながら、これは……」
正装した両親がわたしの姿を見て声を上げた。
そして脇で写真撮影をしているオルソン。もの凄い勢いでさっきから撮影している。
「イヴ」
「なに? 父さん」
「リリエンタール伯爵閣下がデビュタントさせてくれたことで、イヴが貴族に嫁ぐのだなという実感が湧いたよ。……寂しく感じるかとおもったが、イヴが幸せそうでちっともそんな気持ちにならないものだ」
「ほんとうにイヴ、素敵よ。今のあなたの笑顔、本当に綺麗」
「そ、そう? 継母」
父さんもにこにこと頷いている。
いつもと変わらないと思うし、両親はわたしに甘いけど、今日のわたしは結構良い感じなのかも知れない。
「クローヴィス家の皆さま、そちらのソファーに移動してくださいませんか。家族写真を撮影いたしますので」
オルソンにそう言われ、写真撮影などをしてみたりしていると、わたしの付き添いを務めてくださる陛下がいらっしゃった。
初謁見の際の付き添いって普通は年上の女性なのですが、継母は上流貴族のマナーは知らないし、事情を知っていて付き添いができそうな人は……で、陛下が引き受けてくださったのだ。
付き添いが陛下とかおかしいでしょ! と内心で叫んだが、
「王家の格としては、あまり釣り合っていないが、わたしで我慢してくれクローヴィス」
陛下がなにを仰っているのか、全く分かりません。




