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【コミカライズ企画進行中】閣下が退却を命じぬ限り【本編完結】  作者: 剣崎月
第七部・アレクセイルート正面突破編
232/335

【231】少佐、プレゼントを携える

 リヴィンスキーが動き出したと同時に、我が国の前線は膠着状態になったが、これはもともと予想されていた。


「負け戦を経験したことのないオゼロフは、戦線軍が来ると聞き、どうしていいか分からんのだろう」


 ただいまキース中将は前線に出向き、前線の総指揮官であるアーレルスマイヤー大佐や参謀長のシヒヴォネン少佐や彼らの部下たちと情報を元に会議しております。


閣下(キース)の仰る通りかと」


 負け戦を経験したことのない若造は脆いですね。

 もっとも負け戦なんて経験しないほうがいいんです。勝てるものならずっと勝ち続けていたいよねー。わたしには関係ないけど。

 我が国のように戦争で勝ったことない国もありますけど……引き分けが精一杯なんですよ。でもね! 小国一国の武力で頑張って引き分けに持ち込めるのは、凄いんだからね!

 ま、まあ、冬の気候の厳しさが引き分け理由の五割くらいを占めている気がいたしますが。


「規律も随分と緩んでいるようで、脱走兵が増えている模様です」


 シヒヴォネン少佐からの報告に、キース中将は机を指でこつこつと叩く。


「オゼロフが脱走兵に焦り無謀な攻撃を仕掛けてきてくれたら、こちらとしては楽なのだがな」


 キース中将が仰る通り、総員死ね! とばかりにオゼロフが全軍に進撃命令を出されたら我が国は引くまで。

 もの凄い勢いでみんなで離脱します。

 敗走? いいえ違います! 我々は負けていない! 作戦として引くだけです!

 我が国は戦場から逃げるの大得意! なにせ地の利があるから!

 建国以来、他国に攻め入ったことのない我が国。要するに戦争は自分の国の端っこで領土を守るために行っている ―― 逃げる先だって自分の国ですので。敗走じゃありませんよ、戦略的大逃走なだけですよ。

 もちろん国民だって逃げるとなれば全力で。

 輸送の要である蒸気機関車はデニスが完璧に配置しているので、不足も過多もない。万が一のため用の臨時便だって、デニスだから問題はない。


 ……デニスだから問題ないってなんだ? と思うが、デニスだからが最も適切かな? って。蒸気機関車の輸送計画に関しては、閣下からお墨付きまでもらったからなあ。


 蒸気機関車などを使い全員が逃げたあとは、追ってこられないようにダイナマイトで線路や道を爆破して時間を稼ぐのがお家芸。

 もちろんライフラインだって爆破するよ! 敵がそこを拠点にしようと思うようなものは残さない。かつてルース皇帝がした焦土作戦のようなことを、そこに住んでいる住人たちが行い、仕上げに軍人がダイナマイトでライフラインをぶっ壊す、それが小国防衛の真骨頂。

 負けてない、負けてない、全然負けてないから。

 総司令官であるアーダルベルト・キース中将がいる限り負けてないから。


 まー偶に大失敗することもある。例えばキース中将の恋人が戦死した時など。

 あの時は指揮官が引くタイミングを見誤ったのだ。功名心にはやり、兵を引くタイミングを見誤った ―― 我が軍において引き際を弁えない指揮官など、働き者の無能以上の役立たずなんだけど、貴族出の若い佐官は分からなかったというわけです。

 それにしてもオットーフィレン准将も、あの無能な若造を援護しなければ……オットーフィレン准将が年齢と爵位の割に出世していないのは、キース中将の恋人が非業の死を遂げた戦いの際、適切な撤退を行わなかった指揮官を擁護したのが原因。

 娘しかないオットーフィレン准将は、親戚筋の若者こと、無能な若造に目をかけていたので擁護は当然だった。

 絶対王政下だったこともあり、当時はそれで収まったのだが ―― 数年後、無能な若造は突然軍法会議にかけられた。

 罪状はキース中将の恋人が亡くなった戦いにて虚報を行ったと。無能な若造にとっては青天の霹靂だったが、貴族だったこともあり己の無罪を確信していたものの……オットーフィレン准将が准将止まりで、年下で平民出のキース中将が総司令官の座におさまったことからも分かるように有罪になりました。


 士官学校時代にこの裁判記録を読み「正義は成された」とみんな(貴族含む)でキャッキャしていたが……思い出してみると、副判事の一人が「アルドバルド子爵フランシス中佐」だった。あの頃は副判事の一人と流したが、もしかして……いや、絶対そうだよね……。

 室長の意図は分からないけれど、目的があって有罪にしたのでは。いや、たしかにそれで正しいとは思うのですが、室長が絡んでいると、そんな単純な話じゃないだろう。

 ……気にはなるし、聞けば教えてくれると思うのですが、裏事情を知ったところで気分が重くなりそうなので、疑問に蓋をしておこうと。


 今はそれどころじゃないしね!


 会議は無事終了し ―― 規律が緩んでいる共産連邦軍から物資奪おうぜ! といういつもの作戦が行われるようです。

 もちろん奪うのは銃器や弾丸などで、食糧は奪わないよ。一応武士の情け ―― この国どころか、周辺国を見渡しても武士なんて一人もいないけど。


 会議が無事終わり、キース中将が他の部下たちとコーヒーを飲みながら談笑している後ろに控えていると、


閣下(キース)、クローヴィス少佐と少しばかり話をしたいのですが、よろしいでしょうか」

「この場で話すのならば許可する」


 アーレルスマイヤー大佐が話したいと。

 なんだろう? いや、分かっているさ。エリアン君とリーゼロッテちゃんのことでしょう。

 近くにいるリースフェルトさんに合図を送り、二人の写真を持ってきてくれと頼む。リースフェルトさんは頷き ――


「クローヴィス少佐。本当に世話になってしまって」


 いや気にしないでください。ハールさんの家では、偶に来てくれる二人と話すのが楽しみで仕方ないとのことです。


「いえいえこちらこそ。ニクライネンさんに駅につれていってもらっているようで」


 我が家のカリナ、デニスが作ったマニュアルを理解しきれなかったことが悔しくて、当初はクライブを連れ中央駅に週一で通っていたのですが、いつのまにかエリアン君やリーゼロッテちゃん、その保護者であるニクライネンさんたちも一緒になっていた。

 なぜそうなったかというと、エリアン君はまあまあ蒸気機関車好きなので、カリナから身内特権で色々なものを見られると聞いたから ―― 

 身内とはデニスであり、わたしだったりする。

 リーゼロッテちゃんは蒸気機関車には興味はないが、二人の亡き母親が働いていたこともあり、仕事をする女性に興味があるらしく、退役から一時復帰し中央駅に配属になったわたしの先輩が、蒸気機関車を動かすのを見るのが楽しいらしい。

 ちなみに蒸気機関車好きなエリアン君の知識だが、デニスの蘊蓄を聞いているカリナには及ばない ―― とはクライブからの報告。

 そうだね、デニスはたくさん話してくれたものね。カリナ、世の中なにが役立つか分からないから、偶には聞いておいたほうがいいよ。

 あのマニアックな知識が意外と役に立つことがあるのだよ。


「あまり親戚づきあいをしてこなかったので、二人もそうだがヨエルも交流を楽しんでいて」


 ヨエルってニクライネンさんのことね。


「我が家も楽しませていただいております」


 ほんと、心から楽しませてもらってます。むしろニクライネンさん、振り回しすぎて迷惑かけてるんじゃね? みたいな気持ちすら。

 その後しばらくアーレルスマイヤー大佐から感謝され、リースフェルトさんから受け取ったハール家で撮影した集団写真に、二人からのお手紙を渡すと、アーレルスマイヤー大佐の表情がめっちゃ緩んだ。ゆるゆるですわー。でも良い緩みです。


「二人とも返事を楽しみにしているようですから、お願いしますね」


 忙しいとは思いますが、手紙書いてください。

 ちなみにリーゼロッテちゃんは、ハール伯母さんや継母(かあさん)から編み物を習い、アーレルスマイヤー大佐用の薄手のカーディガンを編んでいる。

 早くに母親を亡くし親戚づきあいのないリーゼロッテちゃんは、編み物や裁縫を教えてくれる女性親族が周囲にいなかったこともあり習う機会がなかったが、興味はあったようで「カリナお姉ちゃん、編み物できる?」と尋ね ―― ハール伯母さんと継母(かあさん)そしてカリナと共にただ今練習中。

 カーディガンは初心者には難しいと思うのだが、リーゼロッテちゃんはどうしても作りたいんだって。娘に愛されて幸せなパパですな、アーレルスマイヤー大佐。

 また「パパをびっくりさせたいから、内緒にしてね、イヴお姉ちゃん」と頼まれたので、わたしはアーレルスマイヤー大佐に教えることはできません。

 リーゼロッテちゃんから手編みのカーディガンを贈られて、感動で瞳を潤ませるといいですよアーレルスマイヤー大佐。


 かくいうわたしも、青みがかったグレーの毛糸で閣下のカーディガンを編んだ。

 デビュタント当日に渡すつもりですが……う、受け取ってもらえるかな? 勢いで編んじゃったけど、手編みは嫌いとか……時代的に手編みが多いから、きっと大丈夫! だと思いたい。



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