【220】少佐、訪問の準備をする
サロヴァーラ嬢と面会した翌日の夕方 ―― すでに冬の始まりなので空は暗くなっている。
冷たい風に吹かれながら駅に到着し、ユルハイネン隊はその場で解散し、わたしは本日の夜勤担当で迎えにきていたネクルチェンコ隊の二十五名と共に中央司令部へと戻った。
キース中将の警護任務は終わったが、まだすることが幾つかある。
まずは無線でバウマン隊に連絡を入れ、帰還を指示する ―― 復路は正規の蒸気機関車ルートで出発したが、途中でルート変更をせねばならない可能性を考慮し、バウマン隊を変更主要ポイントにあらかじめ派遣していたのですよ。
まー無駄になりましたがね! でも、いざという時用の配置は必要なので仕方ない。
怪我などせずに帰ってこいよーと指示を出し、次にハインミュラーの元へ。
「問題はありませんでした」
まだ松葉杖が手放せないハインミュラーからの司令本部の警備状況についての報告を受ける ―― 特に何ごともなかったのは、毎日無線で報告を受けていたので分かっているが、各棟の警備責任者がまとめた日誌に目を通す。
「来月の夜勤シフトです」
日誌から目を離し、ハインミュラーが作ったシフトに目を通す。
わたしが決めるのは各棟責任者のシフトのみ……副官のハインミュラーが決めてませんか? うん、わたしの仕事の補佐をするのが副官の仕事ですから!
巡回隊のシフトなどを決めるのは、この各棟責任者たちの仕事。
「特に問題はないな」
このシフト表で良しとサインをする。
「では明日複写させます」
もちろん印刷機はありますが、自分のシフト表みたいなものは、手書きで写すのがまだ一般的なんです。印刷機は印刷部に頼まなくてはいけないのだが手続き面倒なため、大体手書き。
事務所にコピー機があるような時代じゃないもので。
「今日は帰って体を休めろ」
総責任者も夜勤を担当しなくてはならないのですよ! コールハース大佐亡きあとは「夜間の総責任者はわたしで良かろう」とキース中将が ―― 警備総責任者は何ごともなければ眠っているだけ、朝に報告を受けるだけなのでその言い分も通りますが、折角評価してもらい兼務になったのですから、わたしが毎晩泊まります! 中央司令部に住みます! ……って言ったら却下された。
嫁入り前の娘なのだから、時間ある限り実家に帰れと ――
キース中将のお気遣いはありがたいのですが、そう易々とは引けないので、必死に交渉し結局週に一度は泊まるということで決着が。
それ以外はハインミュラーとキース中将のローテーション……軍のトップがローテーションに入るっておかしくない? ……我が軍は残念なくらい人員不足なので。
というわけで三人で総責任者宿直ローテーションを組んでいたのだが、わたしとキース中将は西方司令部へ出張となり、その間はハインミュラーがキース中将の如く司令部に連日泊まり込んでいたのだ。
独身寮も司令部も大して変わらないといえば、変わらないんだけどさー。
「よろしいのですか? クローヴィス少佐。出張帰りでお疲れでしょう」
いやーお前に気遣われる日が来るなんて思いもしなかったよ、ハインミュラー。
「まだ完全に復調していないお前のほうが疲れただろう。心配しないで帰って、明日から一週間ゆっくり休め。そして少しでも早く全快しろよ」
だがお前は負傷中の身だ。わたしのことはいい……帰って休んで骨くっつけてこい。気合いで頑張れハインミュラー。気合いで骨がくっつかないのは知ってるけど。
「風呂の用意が整いましたよ、少佐」
ハインミュラーと入れ替わりにリースフェルトさんが風呂を準備したと ―― ありがたく風呂をいただく。
「見張ってますから」
「……ありがとうございます」
”そんな必要無いですよ”と喉まででかかったが、そうでもないらしい事件もあったので、見張りに感謝し無駄に豪華な風呂に入る。
どのくらい無駄かというと総大理石の浴室で、浴槽へと湯を注ぐ蛇口が彫刻で飾られていて見えないくらい。全く以て身分不相応な浴室ですが ―― 現在、警備責任者の宿直室は王族の仮眠室が割り当てられている。
「閣下の邸なみに広いわー」
本来の宿直室は惨劇の場。
現場検証などが終わるとベッドなどの備え付けの品は全て処分され、血が飛び散った壁紙も剥がされ……たままになっている。
内装業者が徴兵により、事業規模縮小中のため、人手不足なのです。
どこもかしこも人手不足ですよ!
もちろん司令本部を優先することは簡単だが「ここは部屋が多いから、一つや二つ使えなくても問題はない。必要なところに回せ」とキース中将の命により、警備の責任者の宿直室の内装工事は戦後ということに。
わたしとしては壁紙が剥げた部屋に、ソファーベッドの一つを運び込んで……でも良かったのですが、許可は下りず。
じゃあ兵士の仮眠室でいいのでは?
わたしもそう思ったのですが、こちらも許可が下りなかったんです。
そのうち陛下から「王族の仮眠室を開放させてもらう」と ――
元陛下の副官でしたから、王族の仮眠室とそれに付随する設備の豪華さはよく存じ上げているので、辞退したかったのですがキース中将が「可」としてしまったので……。
「お前は慣れているから大丈夫だろう」と言われましたが、慣れてりゃいいってもんじゃありませんよ、キース中将!
返す返すも腹立たしいのはレックバリ。
あいつが貴族司令官の仮眠室をお楽しみ部屋にしていたせいで! あそこが無傷だったら、わたしは王族の仮眠室を使わなくて済んだのに!
ちなみに貴族総司令官の仮眠室ですが、宿直室以上に「今のところ使う予定なし」のため、内装工事は後回しの中でも更に後回しに。
キース中将曰く「わたしになにかあった場合、総司令官の座に就くのはヒースコートだが、あいつは気にせず王族の部屋を使うであろうから、工事を急ぐ必要はない」でした。
うん、俺様だもんね、ヒースコート准将。
きっと堂々と使うでしょうね! きっと似合うわー。その姿がありありと浮かぶ。
風呂から上がり体を拭きベッドへ。このわたしが両手を広げても、どちらの端にも届かないほど大きなベッド。たしか閣下のお城のベッドもこのくらいあったなあ。
やっぱりこの位大きいと寝やすいよなあ……嘘です。別にこのサイズがなくたって全力疾走で寝られます。どんな場所でもすっと寝られますとも。
「わたしが見張っておりますので、少佐はお休みください」
「あ、はい。でもジークも眠くなったら寝ていいですからね。これでもわたし、危険を察知する能力は極めて高いので」
「ええ。少佐を信じて、読書し紅茶を楽しみながら気軽に見張ります」
その言葉信じますからね。
「おやすみなさい、ジーク」
「おやすみなさいませ、少佐」
閣下、明日会いに行きますからね!
「…………」
「どうしたんですか? 少佐」
「おはようございます、ジーク」
目覚め爽快。そして何時寝たのか全く分からず……いつものことですが。
「少佐もどうぞ」
リースフェルトさんが差し出す紅茶を飲み ―― 視察を終えたキース中将は二日ほど公休日となり、親衛隊隊長のわたしも公休日になります。
ぐっすりと眠るだけという簡単な仕事を終えたわたしは、キース中将に挨拶をしてから帰宅。
帰宅してデニスから届いた手紙に目を通し「…………」な気分になるも、デニスらしいのでなんとも幸せな気持ちにも。
継母が教えてくれたのだが、リーゼロッテちゃんとエリアン君の叔父ニクライネンさんは無事退院し、首都までやってきたそうだ。
もちろん二人を世話するため……だが「病み上がりで大変でしょう」「困った時はお互い様よ」「親戚だと思って気軽に頼って」など、ハール夫人からの攻撃と、継母の援護射撃と、子供たちの無邪気な笑顔により、今でも頻繁に行き来しているそうです……それは良かった。と言うか中年女性の「うちにいらっしゃい」攻撃に勝てる筈ない。そこは早々に敗北するのが最善ですよ、ニクライネンさん。
ニクライネンさんが退院し首都へやって来たことは、キース中将まで届いて居るかどうか? 伝わっていなくても問題ないことですが、念のために伝えておくねと継母に言っておいた。
その後メイドからの「イヴお嬢さま、視察警護お疲れさまでした」とねぎらわれ、大量の昼食を取り ――
「調べ物をしに出かけてくるから。クライブ、ベルバリアスまでのタクシー馬車を」
閣下にお会いしたいのでベルバリアス宮殿へ。
「はい。すぐに見つけてまいります」
司令本部帰りに寄ろうかなと思ったのだが……少しくらいお洒落をするべきだろうと、一度家へと戻り着替えをすることにしたのー。
この容貌において女子力が地を這うわたしだが、だからこそ、手を抜いてはいけない! 何をしても変わらないから、何もしなくていいんだ! 等とは言わない!
まあエサイアスから「イヴ、その意味ちがうよ」と訂正されたのも大きい。
どういうことか? わたしは何をしても綺麗になれないので「何もしなくてもいいんだ」と言い、友人たちは「そうだね。何もしなくても良いよ」と言ってくれていたのだが、友人や同期たちは「それ以上綺麗にならなくても大丈夫だよ」という意味合いで言ってくれていたんだって!
エサイアスたちはわたしの「何もしなくていいんだ」も「これで充分だ」という意味で取っていたとか。
意外とわかり合えていなかった!
そしてエサイアスとわたしの会話を聞いていたリースフェルトさんのあの笑顔。久しぶりに殴りたい良い笑顔だったわ!
そんなやり取りを思い出し、思わず笑ってしまいながら準備を。
服はラベンダー色のシャンタン素材のダブルテーラージャケットのワンピーススーツ。スーツとはいっても前世の感覚よりは遙かにスカート丈は長くてマキシ丈。
左手の薬指には婚約指輪をはめてから、女性らしいシルクの手袋……サイズは女性じゃないけどな!
アンティークデザインのイヤリングを付け、季節柄すでに寒いが、寒さをものともせぬお洒落 ―― 八㎝ヒールのハイヒールを履いて行きます。
もちろん化粧だってしっかりとし直したよ。
そしてコートを羽織り、クライブが呼んできてくれた事情を知っている馭者のタクシー馬車に乗り、
「ちょっと出かけてくるから」
「夕食までには戻ってらっしゃい」
継母に見送られ、ベルバリアス宮殿を目指した。
え? 武装? もちろん、ふくらはぎに拳銃は装着しておりますよ。それを忘れるわたしではありません。それとハンドバッグの中には、ナイフを二本忍ばせております。




