【216】少佐、ドレスアップする
「あ、あの……」
思わず声が出なくなったわたしは悪くない! え? でも馘首になった理由がわたしということは、わたしが悪い?
容姿の所為で馘首になったんですよね?
一年少し前ということはわたしが「ユグノー」にナンパされ、引っかかったものの、記憶を取り戻して腹パンで回避しましたが、それと容姿になんの繋がりが?
リースフェルトさんは片眼鏡を外し、何故か知らんが白い手袋をはめた手で「くぃ」とわたしの顎を掴んだ。
なんか最近、よく顎掴まれるなー。
「わたしは雰囲気を変える能力だけなら、将来的にはテサジーク侯くらいまではなれると認められていたのですが、諜報員をするには絶望的なほど容姿が良いのですよ。少佐に比べたら十把一絡げですがね」
「それと、馘首になんの繋がりがあるのですか?」
リースフェルトさんはわたしの顎を掴んだまま、目を閉じて少し右眉を動かしてから ―― 目蓋を開けたらユグノーになっていた。
「ユグノー?」
「ええ、ユグノーです。少佐はこのわたしを、ご自身がどう評したか覚えていますか?」
あの日はヴェルナー大佐の視察の同行を終えて別れ、
『そこの金髪のお兄さん、一緒に飲まない』
ってオープンカフェで声を掛けられたんだ。
男と間違われることに定評がある……女と呼びかけられたことのないわたしは、周囲にも金髪はいたが振り返ってリースフェルトさんと目が合ったんだ。
『いきなりなにかな?』
知らない人ではあったが、その時わたしは軍服を着用していたので、何か聞きたいことでもあるのかと尋ねると、
『一緒に飲まない?』
誘われた。だから ――
『誘うのなら女のほうがいいのでは? お前なら声を掛けた女に断られないだろう』
そう返した。素でそう思ったわけですよ、格好良かったから。
「格好良い……ですね」
「後々テサジーク侯に”ユグノーは美形だったので、引っかかりました”って答えただろう?」
「え……ええ」
「実はユグノーは俺の中では、もっとも平凡な雰囲気だった。それを少佐のような美貌の持ち主が”美形でした”と評したものだから、他人に強い印象を残してしまうと判断され、テサジーク侯から話を聞いたリリエンタール閣下から、ついに馘首を言い渡されたのさ」
室長にいつそんな返事をしたのか覚えていませんが……多分聞かれたんだろうな。こっちが答えたことすら忘れるくらい自然にさりげなく。
「す、済みません」
室長の質問にはもっと注意して答え……無理だよねー。
美形で目立ち過ぎる故に馘首となったリースフェルトさん。その切っ掛けがわたしですか。
「今まで美形と言われるのは、相手の容姿が優れていないので、相対的にそのように見えるのでしょう……って誤魔化してたけど、少佐が笑顔で美形です! って言ったら、覆しようがない」
ええーわたしの証言、そういう風に取られるのー! そんな意図はなかった!
「そういう、つもりは……なかったのです」
「分かる。少佐に複雑な意図がないのも。だから余計に誤魔化しがきかなかった」
脳筋が思ったことを、軽い気持ちで口にした結果がこれですよ!
「喋る時あまり深く考えるなよ。少佐の素直な所を、リリエンタール閣下は気に入っているのだから」
「あ、はあ……」
そんな話をしているとドアをノックする音が ――
「どうぞ」
わたしが許可を出す前にリースフェルトさんが許可を出し、扉を開けたユルハイネンは、秀麗な顔だちに険を露わにした。
「なにしてるんですか? 隊長」
「この体勢、口説いている以外にないでしょう、ユルハイネン中尉」
わたしが答える前に、リースフェルトさんが。そして口説かれてねえ!
そんな話は一切してねえ! 話していたのは馘首問題! そしてリースフェルトさんの再就職先問題であって、口説かれてねえ!
「なにをしているのですか、クローヴィス隊長」
”てめえに聞いちゃいねーよ”という態度で、再度わたしに聞いてくるユルハイネン。お前なあ、リースフェルトさんは伯爵設定ですよ。
もっと口のきき方をだねー……なんか面倒くさいなあ……という眼差しでリースフェルトさんを見つめたら、顎から手を離してくれた。
「良いところだったのに、邪魔が入ってしまいました」
腰掛けていたテーブルから降りた。
「隊長」
「なんだ? ユルハイネン」
「答えは」
「訪問理由はなんだ? ユルハイネン」
まずはやって来た理由を述べよ、粗ちん野郎。わたしが顎掴まれていることなんて、報告に比べたら大したことないんだから!
不服そうな態度を隠さないユルハイネンから報告を受け、キース中将の部屋へと出向いて、求められた帰りのルートの細かい説明をする。
「本当にお前は細やかなところまで気が付くな、クローヴィス」
「お褒めに与り光栄であります」
実際褒められているのかどうかは知らんけどね。
”こまけーんだよ!”って遠回しに言われてるのかもしれない……キース中将はそういう言い回ししなかったわー。何時だって直球だったわ。
わたしが遠回しだと気付かないから……という理由もありそうだけど。本心から言ってくださってるのだろう。だから喜んでおく!
「総司令官閣下!」
警護を担当しているユルハイネンが、唐突にキース中将に話し掛けた。
おい、何のつもりだ、ユルハイネン。
「いまわたしに直訴しなくてはならないことなのか? ユルハイネン」
「はい!」
中尉が中将に直訴すんな!
「聞いてやろう。なんだ、ユルハイネン」
「ありがとうございます、総司令官閣下。小官は先ほど、閣下の命を受け ――」
ユルハイネンのヤツは、リースフェルトさんがわたしの顎掴んでたことを報告した。そんな下らない報告すんなよ。いや、それは報告じゃねーよ! そんなもん、伝えんな! 他の部下たちも、困った表情浮かべてるぞ。
キース中将に叱られても知らんぞ! わたしは庇わないからな! キース中将から叱責を受けたあと、わたしからの懲罰が待ってるからな! 五十キロ走させるぞ! もちろんわたしと併走、少しの遅れも許さない。
「クローヴィス」
「はっ!」
「リースフェルトにキスはされたか?」
「いいえ」
いかなる懲罰を与えるか? を考えていたら、キース中将から質問が飛んできた。即座に答えられてよかった。
「それならば良い」
「総司令官閣下!」
ほらー脇にいるエサイアスも、何言ってんだよコイツって表情になってるぞ。リースフェルトさんも室内にいるけれど、わたしの後方に立っているので表情分からんが。
「リースフェルトはクローヴィスを口説くために副官になったのだ」
はい? いきなりなんですか? キース中将。
リースフェルトさんの表情を見たいが、勝手に振り返るわけにもいかないので。
「それは」
「お前たちに知らせる必要はないので、言っていなかったが、そのリースフェルトはアディフィン王国でクローヴィスを見かけ、その美貌に一目惚れして我が国まで追ってきたのだそうだ。そして情熱を持って主席宰相閣下を説得し、副官として送り込んでもらった。そこから先は自分で口説けと家長である主席宰相閣下の言葉だ。わたしは主席宰相よりその話を持ちかけられ、触れることは厳禁、守らなかった場合は裁判なしで銃殺しても良いのならと、クローヴィスの副官として受け入れた」
……そういう設定なんですね。
初めて聞いたわー。そしてエサイアスとリーツマン中尉の驚愕の表情。室内にいる秘書官も「え?」みたいな表情に。
ユルハイネン? 角度的に見えませんね。見えなくても構わないけど。
そして閣下の一門(設定)の伯爵を、裁判にかけないで即処刑すると言うあたりがキース中将……で、本当っぽく聞こえてくるから困る。
「ルース貴族という、何もなくても殴り付けたい男ではあるが」
物騒なこと言ってるくせして、喋っている表情が穏やか……相変わらず儚い詐欺だ。
「真剣さは買っている」
……という設定だと後でリースフェルトさんから聞きました。なんでこんな設定を? と尋ねたところ「全ての事態に対応できるようになっているのです」とのこと。
なにがどう「事態」なのかは分かりませんが ――
「少佐、キース閣下が軍服以外の正装に着替え、大至急書斎へ来るようにとのことです」
夕食を取り終え、城内に隊員の娯楽用に作ったバーへ飲みに行こうか? と思っていたら、いきなり呼び出しが。わたしが夜間に呼び出されるのってただ事じゃないよね! 急がなくては!
今まで出張で使ったことは一度もなかったが、念のためにと鞄に突っ込んでいた、フォーマルを取り出し急ぎ着替える。
軍服以外で……的な集まりもあったりするんですよ。
貸衣装でどうにかなる人はいいのですが、わたしは借りられないので。
スカイブルー生地でつま先が見える程度の丈、裾と胸元を錦糸とレースで少し飾っている、スタンダードデザインのホルターネックドレス。
厳つい肩を晒したくはないのだが、親衛隊隊長としてドレスを着用するのだから、肩周りがもたついて戦えないでは役に立たないので、腕は自由に動くデザインのものを持参したのだ。
絹糸で繋いだ真珠のネックレスを身につけ三㎝ヒールを履き、軍服正装時にも着用する革製バルドリックをたすき掛けしサーベルを吊し、何ごとがあっても対応できるよう、白の革手袋をはめキース中将の書斎へリースフェルトさんとともに急ぐ。
書斎のドアをノックし、
「イヴ・クローヴィス少佐、出頭いたしました!」
「入れ」
大きな声で告げると、中からキース中将のお声が。何ごとだろう? なにに対しても反応できるようにせねば! と気を引き締めて部屋へと入ると ――




