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【214】少佐、写真にキスをする

 西方司令部での仕事を終えたキース中将は、国境警備局西方支部まで足を伸ばし、国境警備隊隊長と面談、その後国境警備の任についている兵士たちを激励する。

 わたしは危険がないか周囲に注意を払う。

 わたしの実働はほぼ注意を払うこと ―― 体を動かせないので退屈ですが、動かせるということは襲撃があることですので、なにもないほうが良いと分かっているので……うん、我慢する。

 軍隊は暇なほうが良い、の見本だ。

 わたしは国境警備局西方支部の西棟三階踊り場、キース中将の許可を貰いエサイアスと共に人を待っている。

 懐中時計の蓋を開け時間を確認していると、こちらへと向かってくる足音が。


「イヴ! エサイアス! 待たせた?」


 大きく手を振りながら待ち人がやってきた。


「サンドラ!」


 西方支部にはキース中将大好きな、わたしたちの同期サンドラがいる。

 癖のあるダークブラウンの長髪で、身長は女性としては高め。女性としては高め……大事なことだから二回言いましたよ!

 側へと駆け寄ってきたサンドラは、わたしの手を取りおめでとうと言ってくれた。


「イヴもエサイアスも出世おめでとう。わたし(サンドラ)が未だ少尉で、中退粗ちん(ユルハイネン)が中尉なのはいただけないけど」


 気持ちは分かる。士官学校を一年で中退したユルハイネンに負けるって、悔しいよね。他の人はともかく、ユルハイネンはなあ。でもね、サンドラ。ユルハイネンはわたしの次の親衛隊隊長が確定しているから、仕方ないんだー。

 もちろんユルハイネン本人も知らないけど。

 わたしはオリュンポス(オリンピック)に出場するために、騎兵隊に所属変更しなくてはならないので。


「イヴに至っては少佐でしょ。まさかあなたが少佐になるなんて、思ってもみなかったわ!」


 サンドラが言う”あなたが少佐になるなんて”……なのだが、わたしは同期の中では「一番に結婚する」と言われていたのだ。

 最初に結婚する女性士官はみな少尉なので、わたしはみんなに少尉で終わると思われていた。

 最終階級少尉はともかく、一番に結婚と言われるたびに「なんで?」としか思わなかったのは言うまでもない。

 なにせ彼氏いない歴=年齢だったわたし。

 そのことを言ってもオッズは変わらず ―― でも、みんなの見る目が確かだったようで、同期の女性士官の中ではトップで結婚することになる。

 みんなに「何処を見て、一番に結婚するなんてそう判断しているの?」と在学時代尋ねたところ、一律に「鏡を見なさい」って答えが返ってきた……わたしが鏡をのぞき込んでも、そこには男にしか見えない女がいるだけでしたが。


「積もる話もあるんだけど、時間がなくて」


 結婚式に招待するから来てね、サンドラー。まだ言えないけど。


「首都に戻ったら、キース閣下について聞かせて頂戴よ!」


 キース中将の副官に就任した時「カワッテー」と電報を送ってきたのがサンドラ。というかサンドラはキース中将に憧れて、士官学校に進んだくらいにキース中将大好き。

 憧れるといっても話したとかそういうのではなく、連合軍として戦ったロスカネフ兵が帰還した際、みんなで出迎えたのだが、その時見かけたキース中将(当時は大尉)に一目惚れ ―― で、側で働きたい一心で士官にまでなった。凄いよ、サンドラ。ほんと、尊敬するよ。そんなサンドラに「キース中将は儚くねーよ」と言って通じるかどうかは分からないが。


「もちろん。それでね、サンドラ。こいつを幾らで買う?」


 わたしは書類挟みから、休暇中のキース中将の写真(斜め四十五度・前髪が降りているというレア)を取り出した。


「――――――!」


 サンドラの奇声が辺りに響き渡り、


「言い値で買うに決まってるでしょう! というか、これいいの?」


 手首をがっしりと掴まれた。

 ちょっとでも逃げようとしたら、捻られる感のある掴みぶり。


閣下(キース)には許可は取ってるし、エルヴィーラやテレジアにもあげたよ」

「そうなの! で、幾らで売ってくれるの!」

「売るのは冗談だよ。あげるって」

「現像料金は払うわ」


 ヤバイ、腕が変な方向に曲げられそう。落ち着くんだ、サンドラ! 落ち着かないだろうことは想定してたけどさ!


「まあまあ、落ち着いてサンドラ」


 楽しそうにエサイアスが宥める。


「落ち着いてなんていられないわ! キース閣下のプライベート写真よ!」

「うん、分かるけど。イヴがここにいる意味を理解してくれ」

「?」


 キース中将の親衛隊隊長であるわたしと、キース中将の副官であるエサイアスがここにいるということは ―― 十一名ほどの足音がこちらへと近づき、階段を軽快に降りてくる。


「待たせたな、ラハテーンマキ少尉」


 用を足したキース中将が、粗ちん(ユルハイネン)小隊長と隊員たちと共に現れ ―― 当然のごとくサンドラの金切り声が上がったが、慣れているキース中将は微動だにしなかった。この程度の奇声で驚いていては、ハーレム体質はやっていけない。


「か、か、か、か……閣下(キース)!」


 キース中将を間近で見たことのないサンドラは、目を見開いている。目が小さいのがコンプレックスだと言い、アイメイクに力を入れていると言っていたが……今のサンドラの瞳はエライことに。


「予定が押しているので話をしている時間はないが、クローヴィスとウルライヒたっての願いだけは叶えてやろう。ウルライヒ」


 声を掛けられたエサイアスはキース中将にペンを差し出す。


「わたしのサインとお前のフルネームでいいか? ラハテーンマキ少尉」

「直筆で下さるのですか!」

「そうだ」

「お願いいたします!」


 壁に自分の写真を押しつけ、サインをしたキース中将は、わたしに写真を手渡した。直接は警備上問題があるので。


「クローヴィス、ウルライヒ、用事を終えたらすぐに戻れ。ではな、ラハテーンマキ少尉」


 キース中将はそう言い、ユルハイネンたちと共に階段を降りていった。

 わたしたちも、すぐに後を追わなくてはならないのですがね。


「はい、サンドラ」


 キース中将から受け取った写真を、持ってきた時に使った書類挟みに戻して手渡す。


「わたしの全財産で足りる? 足りないなら借りられるだけ借りてくるわ」

「要らないって。むしろもらったら叱られるから止めて。写真は大事にしてね」

「大事にしないわけないじゃない!」


 うん、わたしも無駄なこと言ったなーって思った。

 キース中将のプライベート写真ばら蒔き(三枚)ですが、許可は取っております。


「賄賂で潤滑な業務ができるのです。更に言うと、この賄賂は決して捕まらない賄賂なのです」


 このように力説したところ、キース中将は笑って許してくれました。

 キース中将は笑ったけれど、下手な金銀財宝よりもずっと効果ありますからね! さらに、法律でも取り締まれないという。まさにパーフェクト賄賂! 

 まあ、同期の女性士官であるエルヴィーラにもテレジアにもサンドラにも、賄賂を渡してまでしてもらうことはないんだけどね!

 憧れの人の写真を持って、職務頑張れよ、サンドラ! わたしは閣下のお写真で頑張るから!


「それじゃ、また今度」

「サンドラ、気を付けてな」

「二人も気を付けてね! そしてキース閣下をしっかりとお守りしてね」


 もちろん、それがわたしの任務ですから ―― 国境警備局西方支部での仕事を終えたキース中将は、蒸気機関車に乗り込み西方司令部へと引き返す。

 そこで五名ほどと会談をし、兵士たちの練度を確認したり、武器の状況や治安の報告を受けてから、中央へと戻ることになっている。

 キース中将は要人と会うのが仕事。近々ブリタニアスからやってくる海軍大将ドレイクとも会談しなくてはならないので、とにかく移動は速さを重視しており ―― 本日は蒸気機関車に宿泊。明日の九時には西方司令部に到着する予定となっております。


閣下(キース)。それでは」


 わたしは夜会以外の夜勤は出張先でもないので、夕食前には警護は終わる。


「ゆっくり体を休めろよ」


 もちろん、完璧なフリーではありませんけどね。

 キース中将の元を辞し、夜勤のヘル中尉に声を掛けてから、食堂車で食事を取り部屋へと戻る。部屋は二等寝台で、一部屋定員は四名。部屋の両サイドに二段ベッドが据え付けられている。

 わたしはリースフェルトさんと同室で、定員四名のところを二名で使うという贅沢さ。

 リースフェルトさんが貴族(という設定)なので、わたしも一緒に一等寝台……という流れだったのだが、小隊長含む親衛隊隊員百名に、従卒四十名は三段ベッドな三等寝台なので、ありがたく辞退しておいた。キース中将の副官である二人は、キース中将と一緒に一等寝台ですがね。

 「全隊員一等寝台は、国内車両の関係上無理ですが、全隊員二等寝台は可能ですよ。資金はご心配なく」 ―― リースフェルトさんの怖ろしい一言は、聞かなかったことにしたわたしは悪くない!

 寝台を隠すカーテンを閉め、カンテラを灯しフックにかけ、荷物から閣下の写真を取り出す。


「閣下……」


 そう、わたしは今回の任務に就く前に、閣下に「閣下のお写真を下さい」とお願いしたのだ。

 用途は出張先まで持参し、ベッドで眺め「おはよう」「おやすみ」をさせてもらうと言ったところ ――


「自分の写真に嫉妬する日が来るとはな」


 かなり真顔で言われた。

 後ろで笑いを堪えていたのは執事のベルナルドさん。

 ご自身の写真に嫉妬って……と、わたしが何も言えなくなったのは、仕方ないことだと思うんだ。


「駄目ですか?」

「駄目なはずなかろう。イヴの願いであるし、わたしの写真だ……ところで、挨拶というのは?」

「軽くキスを……する、つもりでした……」

「そうか。わたしもイヴの写真を持ち歩き、朝夕挨拶をしてもいいかな」

「そうしていただけると、嬉しいです」

「……この娘は、本当に……」


 こんな感じのやり取りをし ―― 写真はオルフハード……ではなくリースフェルトさんから受け取った。

 ちなみに閣下が下さった写真は新たに撮影した、胸元までのもので、口元がほんの僅かながら笑みを浮かべているというレアもの。

 リースフェルトさんが言うには「その写真、射殺す勢いで睨んでましたけどね」……戻ったら、閣下に直接キスをしに行ったほうがいいのだろうか?

 お会いしたいから、会いに行こう。

 ベルナルドさんも、アポなし訪問してもいいって言ってくれたし。

 首都に帰る楽しみが増えたね。いや地方の出張任務も楽しいのだが……そういう意味じゃなくて!


「閣下。イヴ・クローヴィスは本日も無事任務を終えることができました。閣下はお変わりないでしょうか」


 そして軽くキスして眠るのだ。自分から言っておきながら、閣下の顔にするのは恥ずかしいので、ポケットチーフの辺りだけどさ。



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