【213】少佐、貴婦人の乗馬をする
キース中将のお供で、フォルズベーグとの国境を守るヴァン・イェルム大佐が司令官を務める西方司令部までやってまいりました。
一年ちょっと前までは、中央司令部の次に平和な司令部だったのに、今や日夜緊張を強いられる司令部に様変わり。
預かる司令官も大変……ですが、そんなことはおくびにも出さないのが、司令官というものです。
ユハニ・ヴァン・イェルム大佐は四十八歳。ヴァンはついているが、爵位は持ってない……というか、持っていないのでヴァン・イェルムと呼んでおります。爵位があったら爵位で呼ぶので。でも貴族ってことは押さえておかないと駄目なので。
「閣下のご指摘通り、大陸縦断貿易鉄道が使われておりました」
司令官室にて資料を広げ、キース中将は報告を受けております。わたしはその後に控えてます。室内にいるのは、二人の司令官とわたし、そしてわたしの副官で「政府のほうから来ました」という詐欺師の名乗りみたいなこと言ってるリースフェルトさん。
ヴァン・イェルム大佐の言う『ご指摘通り』とは、アレクセイたちがどうやってフォルズベーグに攻め込み、そして物資を得ていたのか? について。
「そうか……ふっ」
書類を手に取り読んでいたキース中将が、不意に笑う。
「どうなさいました? 閣下」
「共産連邦が隠れ、必死に整備してきた大陸縦断貿易鉄道が、来年から主席宰相閣下に良いようにされるのかと思うとな」
「それは」
ヴァン・イェルム大佐もつられ、厳つい顔を緩めて笑う。
なにがどう良いようにされてしまうのか? わたしは分かりませんが、司令官二名が笑っているところから、良いようにされてしまうのでしょう。
フォルズベーグ関連の情報のやり取りが終わり、軍主催の夜会が開かれました。総司令官がやってきたわけですから、開かないわけにはいかないのですよ。
親衛隊隊長たるわたしも、当然同行するのです。
晴れて佐官になったわたしは、貴族と佐官以上のみの会場にいても、文句を言われないようになったのが嬉しい。
「これに関しては、本当に少佐に昇進して良かったと思います」
少佐に相応しいかと言われたら首を傾げたくなりますが、少佐になったことで任務を遂行できるのは嬉しいわ。
「真面目だな、お前は」
礼服に着替えていらっしゃるキース中将が、そう仰った。わたしも会場入りするので、礼服に着替えている。
「真面目な部下はお嫌いですか」
「嫌いなはずなかろう」
もちろんわたしはロングタイトスカートですが、スカートを着用していても疑いの余地なく男でしかないのは、もはや言うまでもない。いや、女なんですけどね! 性別は女なのですよ! 声を大にして叫んでも無駄なことだけど。
そしていつものことだが「ロングスカートでも男ですね、隊長」とはユルハイネン。お前に言われなくても分かってる! 相変わらず鬱陶しい男だ! 伴って来なければ良かった……。
出張に際し二部隊を伴うことにしたのだが、ユルハイネンが「夏期休暇の際は本部詰めだったので、出張には同行したい」と申し出てきたのだ。
本当はユルハイネン隊は本部に残して……と考えていたのだが、小隊長が鬱陶しいからといって、小隊の扱いを差別してはいけないと思い直し、出張に伴うことにした。もう一隊はくじ引きで ―― ヘル隊が選ばれました。
わたしの事情を知っている自分の部隊が選ばれると思っていたネクルチェンコ中尉の表情は……「ご、ごめ……」と言いたくなるものでしたが、ぐっと堪えました。
あんまりネクルチェンコ隊ばっかり使ってると、変に思われそうですし。
大丈夫だよ、ネクルチェンコ中尉。なにもないから……て、変なフラグ立ててるみたいだから、呟くのは止めよう。
「用意はいいぞ」
キース中将の準備が整ったところで、わたしたちは会場へと騎馬と馬車で向かう。
当然馬車はキース中将で、その他の護衛は馬に。わたしの副官リースフェルトさんも一緒です。
リースフェルトさんは仕立ての良い夜会服を着用している。ホワイトタイの似合うことといったら……。
「どうしました? 少佐」
わたしの視線に気付いたリースフェルトさんが、これぞ見惚れる笑顔! と言いたくなる完璧な笑顔をわたしに向ける。
「お似合い……似合っているぞ、ジーク」
副官に対してあまり丁寧に話し掛けてもおかしいのでね。
「ありがとうございます」
キース中将とリースフェルトさん、二人とも格好いいわー。格好良すぎて引くわー。
ユルハイネン隊にキース中将の寝室をしっかり守るよう指示を出し、会場へと向かう。
「女性乗りしている隊長って、新鮮ですね。女性に見えませんけれど」
ロングタイトスカートを着用しているわたしは、横乗り用の鞍をセットした馬に乗る。
「わたしもそう思うぞ、ユルハイネン」
「お美しいですね、少佐。少佐は女王の鞍に座るに相応しい優美さをお持ちですから」
「お、おお……ありがとう、ジーク」
ユルハイネンがいつも通り絡んでくると、リースフェルトさんがそれに被せるように正反対のことを言い出す……で、二人の仲は険悪というか……。
リースフェルトさんに「粗ちんがわたしに向かって言う言葉、一々訂正しなくてもいいですよ。慣れてますから」と言ったのだが、にっこり笑った……が、聞いてはくれなかった。
ちなみにキース中将は「気にすることはない」って。
殺伐というか険悪というか……なにが一番困るかって、ユルハイネンの副官がいつもわたわたしているのが可哀想でさあ。
気にするなと命じてはいるが、気になる性分らしい。そういう細やかなことに気付く性格だから副官に任命したんだけどさ。済まんな。
専用の鞍を乗せ横乗りしながら、伴った十名の隊員とリースフェルトさんと共に馬車と併走し会場入りする。
会場入りできるのは、キース中将と護衛のわたし、そしてリースフェルトさんだけですけれどね。
リースフェルトさんは他国貴族ですが、身元がしっかりしており、会場入りできる身分「伯爵」設定になっているので。
どのような社交界でも、伯爵位があると立ち入りOKなんだ。
リースフェルトさんが所持している伯爵位はバイエラント大公家の従属爵位ですが、バイエラント大公家は名家なので、社交界では顔がきく……うん、バイエラントって名家なんだって。正確に言うと神聖皇帝の息子が興し、聖王と皇帝の血統を受け継ぐ皇女を母に持つ閣下が継いでいるから名家なんだって。
聞けば庶民のわたしでも漠然と「すげー」って思うくらいですから、細かな事情を押さえている貴族業界においては、凄まじいのでしょう。
ちなみに閣下にお尋ねしたところ「バイエラントは神聖帝国に返すゆえ、覚える必要はないぞ、イヴよ」とのこと。貴賤結婚を禁じる国家の一門ですので、そうなるのでしょう……色々御面倒をおかけいたします。
会場入りして少しするとヴァン・イェルム大佐が呼びにきて、キース中将は壇上へと登り挨拶を述べる。
わたしも一緒に登ります。そこでざっと会場を見渡し、事前に目を通していた招待客リストと齟齬がないかを大まかに確認する。
名前と顔の一致は無理だが、軍人四割に貴族三割、その貴族の同行者として富裕層三割は……合っているな。
キース中将は長々とした挨拶はしないが、かといって常識ないほど短い挨拶もしない。
なにせ正式な場ですので、相応というものがあるのですよ。
上手な挨拶を軍人らしい通る声で、穏やかに語る。終わりが近づいてきたところで、裾に乾杯用のグラスをトレイに乗せたリースフェルトさんが現れた。
五つほど白ワインが注がれたグラスが乗っており、わたしがその一つを選びキース中将に渡す。
無事に乾杯が終わり、空けたグラスをトレイに乗せてキース中将が壇上から降りる。
さて、周囲に注意を払い続けるぞ!
若い娘さんが、まだうら若いご夫人が、そして年配のご夫人が、父親や夫と話をしているキース中将を見て頬を赤らめるシーンを繰り返し見るお仕事です……。
どの女性も「話し掛けて下さらないかしら」という表情だし、瞳は潤んでいるしだが、慣れているキース中将は、完全に無視。
だが無視したところで、熱い眼差しが向けられなくなるということもなければ、失望されることもない。さすがハーレム体質、そこらの男とは桁が五つくらい違うわ。
「閣下の護衛は女性だとお聞きしていたのですけれど、その方、本当に女性なのですか?」
はい、女性ですよー。ちゃんとロングスカート履いてるよー。靴は夜会に出席する女性らしからぬブーツですけれど、有事に備えるためには軍用ブーツでなくてはいけないのですよ。
「男ではないのですか?」
「女性なら香水くらいつけるべきでは」
聞かれてもわたしは答えられませんけれど。護衛は会話なんてしませんので。
香水を付けないのは、馬が余り好まないことと、敵と遭遇した際に変な痕跡が残っても困るんで。
そしてガン無視するキース中将。その若いお嬢さん、キース中将との会話の取っ掛かりとして、わたしが女なのかどうか聞いているのだと……キース中将も分かっていらっしゃるでしょうが、全力無視していらっしゃる。
会うべき人物全員と会話をかわし、白ワインが入ったグラスを片手に壁に背中を預けたキース中将は、
「いつになく鬱陶しい」
溜息と共に、会場で声に出しちゃ駄目なこと言いだした。
そこは我慢ですよ、キース中将。
「お前、我慢しろと思ってるだろう、クローヴィス」
内心バレバレですか! まあ、分かっていたことなんですけれどね。
リースフェルトさんは何処? ああ、なんか情報収集のために少し離れますって言ってた。お仕事してるんだと思います。




