【210】少佐、敗戦の報を聞く
手すりの設置ですが、キース中将から許可を取り、オルフハード少佐に協力してもらい工兵の選定をし、カミュに予算を付けてもらうまではしたが、後は全部ハインミュラーに任せた。
ついでにハインミュラーには実際に使用した感触や、不便に感じたことをレポートにまとめておけと指示も出した。
ハインミュラーの仕事をすっごい増やしたような気がしますが、気にしないー。
「ジークムント・ヴィークトル・マテウス・フォン・リースフェルトです。ヴィーシャと呼んで下さいね、ハインミュラー大尉」
「リースフェルト卿と呼ばせてもらいます」
ヴィーシャとはヴィークトルの略称だそうです。
ちなみにわたしがヴィーシャと呼ぼうとしたら「少佐はジークで」と言われました。こだわりがあるっぽい、どういうこだわりかは知らないけど。
ヴィーシャと呼んで欲しいジークな懐刀さんを、親衛隊隊員たちに覚えてもらうために顔見せの機会を作った。
全員と会わせるのとは別に、小隊長とその下についている分隊長の十名を呼び、食事会というほど仰々しくはないが、レストランに予約を取り食事を取りながら親交を深めることに。
料金はオルフハード少佐……ではなくリースフェルトさんが出してくれた。最初は自分で出すつもりだったのですが「閣下から軍資金をもらっておりますので」と言われ……閣下のお金を使うのも悪いのでと、一度は辞退したのですが、押し問答の結果負けました。
口の上手さではリースフェルトさんには勝てません。
だってリースフェルトさんの財布から出したら、他の隊員たちにも奢る金を出してくれるって言ったから。
わたしの懐事情ですと、四小隊長と四十名の計四十四名に奢るので限界なんですが、他の隊員だって同じように扱いたいじゃないですか!
となれば……無駄遣いはしませんので! 少しお借りいたします! いずれ働いて返します!
「少佐が遣うのであれば、なにをしても無駄遣いにはならないんですよ」
「……」
「欲しいものを買ってもよろしいのですよ」
「…………」
リースフェルトさんはそう言ったが、無駄遣いをする気はない。大体、欲しいものは自分の給与で買えるし、買えない額のものは身の丈に合っていないのだから、そこは諦めるのが正しいと思うんだ。
「これは、リリエンタール閣下も苦労なさるわけだ」
「?」
リースフェルトさんの顔を覚えさせるべく、連日食事会を開いた。
ヘル中尉以下、憲兵隊所属の面々は全く気付かず、バウマン中尉は特にコレといった接点はないので気軽に。
ネクルチェンコ中尉と分隊長十名は、わたしの事情を知っている面々なので、閣下の方から派遣されてきました……と挨拶をし、
「少佐を暴漢から守るのはそちらにお任せしますよ、ネクルチェンコ中尉」
「精一杯努力はいたしますが、小官が気付いた時には、隊長に投げられ地面に仰向けになって意識を失っている暴漢の姿が想像できてしまうのですよ、リースフェルト卿」
二人はわかり合っていた。
いや、分隊長たちも大いに頷き……わかり合っていた。
ここまでは割と平和だったのだが、最後の粗ちん野郎がなんか妙にリースフェルトさんに食って掛かって、大変だった。
貴族嫌いでもなく、ルース嫌いでもなかった筈なのに。
「そりが合わないやつってのは、どうしてもいるもんですよ」
面倒くさい男だな、ユルハイネン。
ルース人嫌いなキース中将ですら我慢しているというのに。
とりあえず業務に支障がないくらいには、間を取り持たなくては。ふー隊長職って色々することがあって大変。
人間関係を円滑に……と頑張っていた十月半ば過ぎ、ノーセロート帝国対共産連邦の戦いに決着がついた。
共産連邦の圧勝という形で ――
ノーセロート帝国皇帝エジテージュ二世はレオニードの策により敗北し、敗走に敗走を重ね、命からがら母の故国であるアブスブルゴル帝国に逃げ込んだ。
レオニードはこの勝利により中将へと昇進し、幾つかの勲章が授与されることが決まったという噂です。
「4104め、余程主席宰相閣下のことが好きらしいな」
次々と届く戦争の報告 ―― 終わってから届くのか? 人間が足を運び実際に見て情報を届けるから、かなりの時差が生じるのは仕方ないのですよ。
国内の戦況報告が総司令官に届くまでだって、かなりのタイムラグがあるんですよ。
他国の戦争の情報なんて、年内に届いただけでも上出来ですから。
そのような時代なので、今回の情報は「すぐさま届いた」と言ってもいい。
……で、諜報部からの情報によりますと、エジテージュ二世にとどめを刺したのは飛行船。
敗走中のノーセロート軍の頭上にがんがん燃料と爆薬を投下し、エジテージュ二世の周囲は火の海に。
頭上からの攻撃に対しての備えはないので右往左往するしかなく ―― レオニードは共産連邦カラーである赤の飛行船団を率いてノーセロート軍を壊滅まで追い込んだ。
飛行船を初めて軍用としたのは閣下で、攻撃を仕掛けたのも閣下なのだ。だからキース中将は閣下が好きなんだな……と。
わたしの嫌いな笑顔を浮かべているレオニードが幻視できる……。
もっとも通常の陸戦でもやたら強かったらしいけどさ。なんなの? あいつ。レオニードなのは知ってるけどさ!
さて十月半ばに決着がついた ―― レオニードの昇進にライバルのオゼロフが政治的に働きかけ、ロスカネフ制圧指揮権を得て蒸気機関車で南から北へと軍を連れてくる……どれほど早くても今年の暮れになるはず。
まさに閣下の読み通り。
閣下の読みといいますと、閣下の予想では我が国と共産連邦の戦いは、二万対十万でしたが、共産連邦側が五万増え十五万に。この五万は、キース中将を警戒しての五万なのだそうです。
わたしすっかり忘れておりましたが、キース中将は我が国でもっとも用兵が上手い人なんです。実力があるので、今の地位に就いているわけでしてね。
共産連邦にしてみたら、ちょっと攻めればすぐに蹂躙できそうな小国家のくせに、守りだけはやたらと上手くて、いつも攻め倦ねる。その指揮を執っているのが、防衛戦に特化したと言われるキース中将。
故に共産連邦でも名の知れた将軍であり、この機会にキース中将を一気に潰したいと考えているとのこと。
要するにキース中将一人に対して五万人が投入されたというわけだ。
「さすが閣下」
思わずそうこぼしたら、キース中将は儚く笑って、
「主席宰相閣下はお一人で百万人ぶつけられるがな」
そう言った。
閣下のそれはもう、ぶつけられるとかそういう次元の話じゃない気がいたします。
「ただネストル・リヴィンスキーが百万の軍を率いてくるかどうかは、分からないとのことです」
報告してくれたリースフェルトさんは、口角を上げる笑顔でそのように語る。
「あの小心者のことだ、伴った百万人が寝返るのを恐れているのであろう」
かつて二十万の共産連邦軍が一気に閣下に寝返ったのを知っているリヴィンスキーは、軍を完全に信用できないらしい。
寝返られたのはリヴィンスキーではなく、初代の書記長だが、同じ事が起こる可能性が頭から離れない。
「その通りでございます、総司令官閣下」
「一対一で会うのは恐いが、大軍を率いてもそれが信頼できるかとなると……ふん、一国の支配者が情けない」
「支配者ではありません、指導者でございます、閣下」
「そうだったな。指導している姿を見たことがないので、どうも覚えられん。諜報部の報告書が正しければ、粛清者と呼んだほうが良さそうだがな」
「後の歴史ではそう書かれるでしょうね」
粛清とか恐いわー。
世界情勢がこんな感じなので、キース中将はフォルズベーグ国境付近まで出向きます。
その理由ですがフォルズベーグ……もうフォルズベーグと言っていいのかどうか分からないのだが、フォルズベーグ以外言いようがないので、そう呼ばせてもらうが、ノーセロートと共産連邦の戦いが終結し、まだまだ余力があるであろうレオニードが、勢いに乗ってフォルズベーグに攻め込む可能性がある。
生前のフォルズベーグ……立憲君主制に移行したフォルズベーグ王国は、対共産連邦同盟に加盟しているので、我が国としても助けにいかなくてはならないのですが ―― 皆さんご存じの通り内政干渉って、メチャクチャ嫌われるんですよね。
下手したら開戦の原因になるくらい。
「要請を受けていないのに軍を派遣する」も、当然内政干渉なのです。
そう、いくら対共産同盟を結んでいたとしても、その国の政府から救援要請が来なければ、こちらは手の出しようがない。
もちろんまだ共産連邦の攻撃は受けておりませんが、フォルズベーグの内情がヤバイ。
今は亡きノーセロート遠征軍が、新生ルース帝国から解放してくれたわけですが……
なんで立憲君主制を廃して、専制君主国家に戻ったんだ! ウィーレームー!
彼の国は王の独裁政権に戻ったのだ。ただし立憲君主制を欲する庶民と対立が深まり……政府機関が機能していない状態。
きっと共産連邦に攻められたとしても、すぐに救助要請は出せない。
なにより対共産連邦同盟に入ったのは立憲君主制フォルズベーグ王国でして、専制君主フォルズベーグ王国になった場合は、手順を経て新たに加盟していただかないと駄目ですし、なにより各国が専制君主国家を認めるかとなると……あれ? 新生ルース帝国の時と変わらないんじゃ?
こんな感じで内部分裂している国の隣国としては、自分たちの身を守るべく国境の守りを確かなものにしなくてはならないので ―― 状況視察のため、まだ攻められていないフォルズベーグ国境付近まで、キース中将が出向くのです。
前線になってから総司令官が出向いたら馬鹿ですので、さっさと行かなくてはなりません。
さて、出張の準備と、出張中の司令本部警備についての諸々の手配をしなくてはなー。本部警備関連はハインミュラー、お前に任せたぞ!




