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【202】少佐、デニスを見守る

 閣下と結婚したいあまりに、結婚式の夢を見るとか……恥ずかしいやらなにやらな複雑な気分のまま登庁し、キース閣下の定宿こと中央司令本部から、軍務省の大会議場へ。

 軍の高官たちが部下を引き連れ一堂に会し、重要な会議が行われるのだ。大勢の人 ―― 正式には四七八名が議場入りし、会議が執り行われる。

 四七八名もの人間とキース中将……のみならず、陛下までもが臨席なさるので、親衛隊は二小隊(十名は本部にて待機)を引き連れ、近衛と共に議場入りするものたちの身体検査を、念入りに行った。

 間違いとか問題が起こったら困るので。

 議場にて帯刀と銃の携行を許されたのはわたしだけ。

 お任せください、キース中将、そしてガイドリクス陛下。わたしが二刀流でお守りいたします!

 とはいっても、議場にはヒースコート准将もヴェルナー大佐もいるので……陛下はあのお二人に任せればいいよね! わたしはキース中将を抱えて全力で逃げる!

 キース中将は軍務大臣席に、ガイドリクス陛下は当然ながら国王の席につく。

 わたしはキース中将の左隣に立ち ――


「それでどうなるのだ? トルンブロム」

「どう……とは」


 名を呼ばれキース中将の前へとやってきたトルンブロム軍務副大臣は、具体的な策を用意できなかったのでという理由で辞意を表明した。

 ……が、キース中将はそれでは許さない。


「卿が辞任したことで、深刻な人的資源不足が解決するのであろう? わたしにはその繋がりがわからないから説明せよ。軍務副大臣トルンブロム」


 キース中将は具体策を持って来いと命じたわけでして、出来なかったら辞職してもいいとは言ってない……というわけですよ。


「…………」


 議場入りしたときから悪かったトルンブロム軍務副大臣の顔色が、青いを通り越して土気色になってる。死化粧を施された遺体のほうがずっと生気があるわー。


「何も策が思い浮かばぬので責任を取って辞任という名目で、それらの仕事をもわたしに押しつけるつもりか? まさかこの状況でわたしに新たな軍務副大臣を選出させ、再び打開策を考える時間を与えろというのか? そうなのか? トルンブロム軍務副大臣」


 相変わらず声に怒気はなく、表情も穏やかで、まるで凪いでいるかのような雰囲気なのだが、正面で辞意を表明したトルンブロム軍務副大臣は大量の脂汗が顔に吹き出し、死戦期呼吸ですか? と聞きたくなるほどヤバイ呼吸になってる。

 なかなかにダンディなオジサマが、目を剥いて下顎呼吸してる姿はヤバイ。

 えっと、まさか心臓麻痺起こしかけてるとかないよね。

 などと思っていると、トルンブロム軍務副大臣が床に崩れ落ちた。


「動くな! 戻れ!」


 副大臣の秘書が駆け寄ろうとしたのを、わたしが制し ―― 副大臣の秘書が戻るのを確認してから、


「軍医一名衛生兵二名、トルンブロム軍務副大臣の元へ!」


 万が一に備えて待機させていた軍医と衛生兵を向かわせる。

 秘書たちが駆け寄りたい気持ちは分かる。

 わたしもきっと体が動くと思う。だが、ここ議場ですし、副大臣とキース中将の距離はあまりないので、勝手に近づいちゃダメなんだよ。

 秘書たちも知ってるだろうけれどさ。

 副大臣を診察した軍医が立ち上がり、こちらへ向かって敬礼する ―― 診察が終わりましたので、ご報告いたしますという合図ですので、こちらから尋ねます。


「名前と階級を」


 軍医と衛生兵はわたしが手配したから、知ってるんですけれど、こういう手順ですので。


「サロモン・コイヴィスト大尉であります」

「所属は」


 知ってますがなー。軍医は軍医局所属ですがなー。でも聞かなくてはならない。


「軍医局所属の軍医であります。専門は外科です」


 外科医に診察させていいの? まあ、大丈夫でしょう。


「ではコイヴィスト軍医。トルンブロム軍務副大臣の容態は」

「極度の緊張により、意識を失ったものです。命に別状はありません」


 恐怖の余り心臓麻痺起こしてなくて良かったわ。

 さて……わたしはキース中将の耳元へと顔を近づけて囁く。


閣下(キース)、いかがなさいますか?」


 このまま担架に乗せ衛生兵二名に運び出してもらうか? それとも ――


「たたき起こせ」


 ですよねー。

 キース中将ですもの。高官(・・)の敵前逃亡なんて絶対許しませんよねー。副大臣の目の前にいるのは敵じゃなくて味方、それも超優秀な味方なのですが……気持ちは分からんでもないです。


「御意」


 わたしは屈めていた体を起こし、軍医に副大臣を起こすよう命じる。

 たたき起こせとは言わないの? あ、うん。そこはわたしの優しさってもんですよ。

 軍医により意識を取り戻してしまった副大臣は、焦点の合わない目で周囲を見回し、キース中将と目があったところで、泡を吹いて仰向けに倒れた。

 キース中将から殺気が漏れているということはありませんよ。

 むしろ穏やかで、穏やかで……殺気も怒気もないです。ただ微妙に冷気は感じますがね。

 軍医は軽く診察し、再び立ち上がり敬礼し ―― 先ほどと全く同じやり取りをし、


閣下(キース)、いかがなさいますか?」


 先ほどと同じようにわたしも尋ねる。


「議場からつまみ出せ」


 ですよねー。


「トルンブロム軍務副大臣は退出せよ。トルンブロム軍務副大臣秘書二名も同じく退出せよ。軍医一名、衛生兵二名は戻れ」

 

 つまみ出せとは言わないの?

 言いませんよ。そこをマイルドにするのが、副官であり親衛隊隊長ってもんですよ。

 こうして秘書二名は泡を吹いたトルンブロム軍務副大臣を両脇から支え、議場から退出し ――


「徴集に伴う各所の人材不足解消について、意見のある者は」


 キース中将の右隣に立っているリーツマン中尉が大声で議場の者たちに告げる。

 まだマイクがない時代なので、部下が上官の拡声器を務めるのだ。

 お、一人の佐官が手を上げた。

 やはり(・・・)ニールセン少佐ですか。

 リーツマン中尉はキース中将の頷きを確認してから、


「名前と階級を」


 軍医とわたしのやり取りと同じ事をし、許可を得たニールセン少佐は、キース中将の前へ色々と荷物を持った部下(・・)を連れてやってきた。

 その部下ってデニスなんですけどね。

 頑張れよ、デニス! 姉さんはキース中将の隣から応援しているよ! お前なら出来る……かどうかは難しいところだが。


 ただ今解決しなくてはならないのは人不足。

 共産連邦軍の五万人の増員に合わせ、こちらも焼け石に水感すら漂う五千人……では話にならないので、一万人は増員しようということになった。

 徴兵を一万人増員するということは、社会経済に必要な人たちを拘束するということ。で、そこを空白にしておくわけにはいかない。

 まだ機械なんてない時代ですよ。

 石炭をくべて走る蒸気機関車は凄いけど、ほとんどのことは人間と牛馬と犬が一緒になって頑張ってる時代だよ。そこから人間が欠けたら……。

 無論、軍はもの凄い権力を所持しているので、有無を言わせず徴集することは可能なのですが ―― 遺恨を残すだけならばまだしも、ぼろぼろすぎて戦争していられなくなったら困る。

 できる限り社会情勢が不安定にならないよう、ギリギリであろうとも世の中を回せる人員を残し徴集したい……訳だが、人が足りなくてねえ。

 約二十年前にルース帝国が崩壊してから数年、大規模な戦争があって、結構な徴兵が戦死しているので、我が国は三十代後半から六十代後半までの男性は、人口ピラミッドなんかにすると、数が少ないのが一目瞭然なのだ。

 男性が少ないということは、結婚し家庭を持った人の数も少ない。

 一夫一婦制である我が国の人口は、著しく減少したわけですよ。

 幸いなのはこの時代は、子供が五人以上は当たり前なので(我が家は違うけど) ―― 最近やっと上向きになってきたというのに、ここでまた同じことをすると……だがしないわけにもいかない。

 そこはみんな覚悟を決め、腹をくくったわけだが、腹をくくろうがその間、社会に必要な人材はどのように確保するのか考えなくてはならない。

 軍務副大臣はその解決策を出せと言われていたのだが、何も思いつかなかったらしい。

 ダンディなオジサマだろうが、結果を出せなきゃねえ……特に副大臣クラスともなれば尚のこと。

 まートルンブロム軍務副大臣は更迭だろうけどね。

 優秀でいままで実績があろうと、軍務大臣の「今の」期待に応えられなければ、それまでですから。

 でもそのくらいの才能でいいのかも知れない。

 キース中将なんてどれほど追い詰められても、退任できないからね。キース中将が辞めるとしたら、敗戦の責任を取って ―― いや、キース中将負けませんけどね! 勝つから! 全力で応援いたしますので!


「どのような策だ? ニールセン」


 何が起ころうとも辞任などできないキース中将にかかるプレッシャーは、トルンブロム軍務副大臣の比ではないが、キース中将は憔悴などしていない。

 大臣なので副大臣を上回っていて当然なのですが、凄いメンタルですよ。


「鉄道路線の確保のみですが、よろしいでしょうか?」


 さすがキース中将、微動だにしませんが、内心では「分かってる」でしょうねえ。だってニールセン少佐と一緒に来たの、我が家のデニスですから。

 似合わない軍服を着たデニスが、敬礼に見えない敬礼をし、


「お初にお目にかかります、アーダルベルト・キース総司令官閣下。わたくしはデニス・ヤンソン・クローヴィス准尉であります。お会いできて光栄であります!」


 いつの間にやら忍び込ませた閣下への質問の回答により、キース中将のことを覚えたデニスは、それはきりりとした表情で喜びを伝えた。

 デニス。お初じゃないよ……たしかにアーダルベルト・キースという認識を持ってから、顔を合わせたのは初めてだけど。

 キース中将が指先でわたしを呼ぶので、口元へ耳を寄せる。


「お前の弟、どうしたのだ?」


 聞かれるよねー。そりゃ聞かれるよねー。キース中将ですら聞きたくなりますよね。


「蒸気機関車爆弾の運転手は閣下(キース)だと、リリエンタール閣下に教えていただいたその日から認識し、閣下(キース)にお会いしたいと申しておりました。今回の献策は閣下(キース)にお会いしたい気持ち三割、採用されたら蒸気機関車に乗れるという気持ち七割で用意し、持参いたしました」


 デニスの行動原理は十割蒸気機関車です。


「蒸気機関車に乗るために……か」

「はい。追加いたしますと、蒸気機関車は火を絶やすわけにはまいりません。それを阻止するためにも」


 デニスの蒸気機関車愛は、きっと十割越えている。


「それは期待できるな」

「光栄にございます閣下(キース)


 キース中将の興味は引いたぞ。あとはお前の蒸気機関車愛で乗り越えろ、デニス! ……横転しない程度の暴走に止めてね。



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