【199】少佐、話し合いに立ち会う
「クローヴィス。アーレルスマイヤーのところの二人に、荷物をまとめておくように伝えろ」
ああリーゼロッテちゃんとエリアン君、どこかへ行ってしまうのですね。悲しいわ……と言っている場合ではない。
「閣下。二人をどこに預けるのか伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「二人は学校に近い孤児院に預ける手配を整えた」
やっぱりー! 孤児院の一時預かりだったー!
父さんが予想した通りだよ。
「閣下。それはお止めになってください。閣下もご存じでしょうが、一時預かりの子供はそうではない子に、暴力こみで虐められます」
孤児院というのは、扶養されるべき年齢なのに親がいない子だけが預けられる施設ではない。親がなんらかの事情で子供の世話を一時的にみられない場合、預けられることもある。
親のいない子は親が迎えに来ることが決まっている子を、それは虐めるのだそうだ。
理由は分かる。虐めは駄目だなどという簡単な感情では収まらないのも分かる ―― じゃあ迎えが来る子も、迎えが来ない子と偽って預かれば?
子供は口裏を合わせられないというのもあるが、迎えが来る子は「私物」を所持することが許されたりと、そうではない子とは扱いが違うので、隠し通せないのだ。
キース中将は今でこそ天涯孤独の代名詞みたいな人だが、士官学校に入学する直前までは「叔父さん」という親族がいた。
母親を亡くし、数年後父親を亡くし、その後叔父さんに引き取られたのだが、父親が闘病中、叔父さんが迎えに来るまでの間、キース中将は孤児院に預けられた。当然私物持ちで。
「エリアンはもう十一だ。殴り返すことくらい可能だろう。あいつらは暴力には従うからな」
で、預けられお決まりの虐めに遭いかけた訳だが、穏やかにしか見えないのに「血気盛んな総司令官」と言われるキース中将は、子供の頃から黙って虐められるような性格じゃない。
ダダ漏れキース中将個人情報によりますと、九つの時に預けられて、孤児院のトップだった孤児と、その仲間である十三、十四歳の孤児たちを叩きのめして、その日のうちにトップの座に君臨した。
十五歳で士官学校に入学できるくらいの体格と身体能力を持っていたキース中将なので、九歳当時でも十三、十四の子供には負けなかったということらしい。
たしかにわたしも九歳くらいの頃、女子の十七、八歳くらいの身長はありましたので……体格? 聞くな! とにかくキース中将は多対一の戦闘において、阿修羅の如き強さを発揮し、快適な孤児院生活を送ったのだそうだ。
そりゃ九歳で十三、四歳の集団を無傷で叩きのめした男からしたら、十一歳なんて勝利を約束された年齢でしょうよ。
「多勢に無勢が問題なのではなく、エリアン君に勝てなかった場合、彼らはリーゼロッテちゃんを人質に取る可能性があります。閣下は男で単身、弱みはありませんでしたが、妹を人質に取られたら兄は抵抗できないかと」
「リーゼロッテを人質か……リーゼロッテは殴る蹴るは」
「出来ません。お絵かきとお菓子と刺繍が大好きな、可愛らしい華奢で小柄な七歳の女の子です」
「人質を取ったやつを、重点的に痛めつけて病院送りにしても不問にしてやるが」
そっちじゃねーよ! それはフォローじゃねーよ!
これだから穏やかな表情していながら【属性:修羅】は困る! わたしの目の前にいるキース中将は儚い……儚い詐欺も極まれり!
ステータスオープン! とか叫んでステータスが出る世界なら、間違いなく属性は修羅だ! そんな属性あったかどうか知らんが! あとスキル欄がレベルマックスハーレムスキルでみちみちに埋まっているに違いない!
もっともそんなことはどうでも良いわけですが ――
「エリアン君の性格では無理かと。リーゼロッテちゃんにも無駄な恐怖を与えたくはありません」
「引き続きお前のところに厄介になるのか? クローヴィス」
「通学の件もありますので、我が家ではなく学校近くに住んでいる親族の所はどうでしょうか? 実は両者の学校に近いところに住んでいる親族に話をし、すでに一度お試しとして二人を連れていっており、好感触を得ております」
身寄りのない孤児からすると、親が迎えに来てくれることが決まっている子というのは、途轍もなく羨ましいのだそうだ。
わたしも母親がいなかった期間があるが、その間「お母さんいいなあ」と思ったことはあるので、なんとなくその気持ちは分かる。
まあ、孤児全員が殴りかかってくるわけではないが、私物を奪ったりすることなどは当たり前のことらしい。当たり前にされても困るんですがね。
「お前の親族、あの辺りに住んでいたか?」
「デニス・ヤンソン・クローヴィスの親族であります」
わたしの血族や姻族ではなく、デニスの血族 ―― デニスの実父の姉の家が、二人が通う学校近くにあるのだ。
「親戚付き合いはあるのか? ……そう言えば休暇の時に、おじが大勢いると言っていたな」
「はい。弟を介した親族で、わたし個人としても親戚付き合いはあります。独身の長男以外は家を出ているので、部屋もありますし、長男も信頼できる男です」
まるっきり血はつながっておりませんが、継母と未だに仲が良く……結婚する気配がまるでない長男オスカー(26歳・デニスの実父と同じ名前)の嫁について、よく話し合ってるっぽい。
あいつ顔良くて良い仕事についているのに、なぜ独身なんだ? あれかなー。顔はいいけど、若干笑顔が冷たい感じがするところかなー。根は良い奴なんだけどなあ。どこかに良いお嬢さんいませんか……リーゼロッテちゃんは渡さないぞオスカー!
「デニス・ヤンソン・クローヴィスの血族ともなれば、身辺調査されているだろうから、心配は全く無いだろうな」
「身辺調査? もしかして、あの……弟の血族まで調べるものなのですか?」
「誰の嫁になると思っているのだ? クローヴィス。かつてルースの皇帝、いずれブリタニアスの皇帝と称される男の嫁だぞ。弟の一族程度、当然調査されるだろう」
「代々庶民だったもので……」
力なくそう呟いたら、キース中将に笑われた。
いいんだ! キース中将に笑われたって良いんだ! リーゼロッテちゃんと、エリアン君をハールさんの家で預かってもらえることになったから! 落ち着いたら遊びに行くからね、エリアン君! リーゼロッテちゃん!
「それは調査されるでしょう」
採寸を終え警備責任者として、部下との顔合わせを終え、親衛隊隊員たちの昇進に祝いの言葉をかけ ―― 粗ちん野郎に奢ってくださいと言われたので了承したら「うぇ? マジ?」みたいな顔されたのは解せぬ。
部下の昇進はしっかりと祝ってやるさ!
そんな感じで忙しく過ごし、終業時刻の一時間前に早退させてもらい、ボイスOFFと共に人事局局長室へ。
養子の話を今日決めるそうだ。
ただし本人の意思はまだ決まっていないとか。ヒースコート准将にいくつか質問をして決めるとのこと。
わたしがついて来たのは……まあなんか、ついて来てもいいって言われたからついてきた。
人事局局長室に通され、ソファーに腰を下ろす気にもなれなかったので、立ったまま暫し待っている時に、”うちの弟の親族まで調査されてた”ということをボイスOFFに話したところ、当然ですよと……そうなのかー。
「待たせたな」
自分で扉を開けて入って来たヒースコート准将は、大股でこちらへと近づきソファーに腰を下ろした。
人事局はただいま大忙し……人事異動が終わったのに? うん、色々あるんだ。人事局勤務の先輩の目のハイライトは未だ消えている ――
「決まったか? プリンシラ」
「いくつか閣下に質問させていただき、その返答で決めたいと考えております」
「そうか。質問には答えるが、単刀直入に頼む。わたしは回りくどいのは苦手なのでな」
「はい。閣下はルース帝国に仕官するつもりであった……と聞いたことがございます。それは本当でしょうか?」
うぇ? そんな噂あった……ヒースコート准将はルース帝国の名門士官学校出身だもんね。そういう噂があってもおかしくはないか。
「確かに、ルース帝国に仕官するつもりで、ルースの士官学校へと進んだ」
ええええ! 帝国は建国以来、我が国最大の敵じゃないですか!
「小官はロスカネフ貴族として、ロスカネフ王国、エフェルク家に仕えるようたたき込まれて参りました。小官はそのようにしか生きられません」
「何ごとがあろうとも、別の国に仕えるのは無理、ということか」
「はい。そういう考えを持つ閣下とも話は合わないと考えます」
「それに関しては大丈夫だ。わたしがルース帝国に仕えようと考えた理由はリヒャルト・フォン・リリエンタールだ」
「え?」
ボイスOFFが変な声を漏らした。わたしも危うく奇声を上げかけましたが……閣下?
「わたしはあの人の才能に惚れて、故国を捨てた」
ふぁ? え……故国を捨てたのに、今故国にいますよね……えっと、それも閣下が理由?




