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【002】少尉、閣下と遭遇する

 故国の為に成すべきこと。

 それはゲームでは全くと言ってよいほど語られていない、セイクリッドの母親の出身国フォルズベーグ王国について、詳しく知ること。

 ゲーム内では「隣国」表記で国名すらなかったフォルズベーグ王国。

 敵を倒すためには、敵について詳しく知る必要がある。

 ガイドリクス将軍の第三副官なので、各国の情報は楽に手に入れることができる。


 副官室で「さも仕事しています」的な表情で、隣国資料に目を通す。

 フォルズベーグ王国は我が国の南から東にかけて、大きく国境を接している。

 産業も工業も我が国と特に変わることのない、姉妹国と表現しても差し支えない国。

 フォルズベーグ王国と我が国の関係は良好だ。

 それというのも、我が国は北には大国があり、こことは非常に仲が悪い。

 我が国は絶対君主制で、北の大国は共産主義。これが国境を接しているのだ、仲が悪くて当たり前。

 そんな北の大国の領土は、多くの国に接しており、我が国は同じく絶対君主制のフォルズベーグ王国と同盟を結び北の侵攻に耐えている。


――そう言えば、南の方では王政が倒れて共和主義が台頭し始めてるな。


 職務合間の休憩時間、届けられている新聞に目を通すと、北の共産主義、南の共和民主主義、西の絶対君主制、東の最高指導者……とても学園でラブロマンスなどしている余裕がない社会情勢が飛び込んでくる。

 もちろん社会情勢が厳しいことは知っていたが、乙女ゲームが重なると、なんとも言えない気持ちになる。

 貴族さまが集う学習院内の情報も欲しいが、伝手もないので、いま重要なのは隣国フォルズベーグに関する情報を優先するとしよう。

 王族が死に絶えた理由は、ゲームでは明らかになっていないが、わたしの記憶では現在隣国には国王の他に三人ほど王位継承権を持つ人物がいたはずだ。

 全員この短期間で死ぬのか?

 隣国も長年絶対王政を敷いているから、跡取りの生存メソッドは、そうとう持ち合わせている筈なのだが。


 なんだか、陰謀めいたものが……。

 

 とりあえずこの先どうするかを、急ぎ考えなくてはならない。

 あの逆ハースチルが出たら、四ヶ月後には開戦――もうじき隣国の王族が死に絶えて、セイクリッドが即位するということか。手を打つには時間が足りなさすぎる。

 まず第一にすることは……三日前にナンパされ、今日会うことになっている男ときっぱりと別れよう。生まれて初めて彼氏ができそうだったんだが、いまはそんなことにかまけている場合じゃない。


 仕事を終え、ロッカー室で着替える。

 いつもは軍服姿で出退勤しているのだが、人と会う時はロッカー室に置いている服に着替える。

 紺色の詰め襟軍服から、紺色の飾り気皆無なパンツスーツ姿になるだけなんだけどね。

 待ち合わせ場所のカフェへと向かう。

 会う予定だった男は既に席についており、コーヒーを飲んでいる。紺色のスーツ姿だが、短めの癖のある灰色の頭髪は無造作。

 雰囲気は好みなんだよね。だから飲み屋で意気投合して、軽く会う約束しちゃったけど、ほんとこいつなにしてるんだろ? まあいま別れるから、あまり深く追求しないけどね。


「待っていたよ、イヴ」

「ユグノー」


 席についてコーヒーを頼み――さっさと切り上げよう。


「折角だけど、ご縁がなかったということで」

「どういうこと?」

「三日前は気が合いそうだったけど、今日会ってみたら、そうでもないから、このコーヒーを飲み終えたらお終いってことで」


 わりと大きめのカップに注がれたコーヒーにミルクを注ぐ。


「え? 別れるって言うの」

「別れるって程でもないでしょ」


 熱いコーヒーに息を吹きかけて冷ましては飲むを繰り返し、わたしは席を立った。


「ちょっと待ってくれ」


 いや、待たない。

 待っている余裕がない。むしろ今日の約束をすっぽかさなかっただけでも、ありがたいと思って欲しい。

 後ろを振り返ると、ユグノーが追いかけてきている。

 石畳の大通りを通り抜け、脇道へと入り突き進み、行き止まりへ。

 まさに裏道といった感じで、家が接近して建っていて、昼間でも薄暗い場所。

 この辺りは生まれ育った場所なので、道は全部頭に入っている。

 頭に入っているのに、どうして行き止まりにきたのか?

 それは追ってくるユグノーに引導を渡すため。


「いや、考え直してよイヴ」


 ここまで追ってこなければ良かったものを。


「考えた結果だから」

「待って!」


 なんでこいつ、こんなに焦ってるんだろう。なんかしたのかなあ。嫌だなあ……壁ドンされたので、鳩尾に拳をたたき込む。


「おっ……あっ……」


 くの字になって足下がふらつき、所々剥げている石畳に膝をつく。

 しつこくするからだ、ユグノー。わたしは離れてあげましたよ? いちおうこれでも、大将の副官やってるんだから、少しは戦えるんですよ。

 こんな暴力女には興味ないだろう――わたしは念のために、遠回りして自宅へと帰った。


 ナンパ男の鳩尾にパンチを食らわせた翌朝――仕事を辞めたり休んだりできないのが辛い。もちろん休めるし、辞めることもできるけれど、凶行に走る攻略対象を側で観察できるポジションを捨てるわけにはいかない。

 スーツ姿でゴシック建築の軍司令部へと登庁し、入り口で身分証を見せて、ロッカー室へ。さっさと着替えて、つるつるに磨かれている大理石の廊下を足音を立てて進み副官室へ。

 到着して一番にするのは、ガイドリクス大将の予定確認。本日は部隊を視察してから登庁するようだ。

 同行したのは第一、第二副官。

 わたしは本部で書類整理……適当に片付けながら、なにか情報を手に入れ策を練らなくては。国家ざまぁを黙ってくらう義理はない。


「失礼します」


 使い込まれた年代物の机に向かい、書類整理を始めてすぐに、ドアがノックされて――


「入室を許可する」


 立て付けの悪いドアを開けて姿を見せたのは、四十歳前半の上等兵。


「クローヴィス少尉。リリエンタール大将閣下がガイドリクス大将殿下に面会を求めておられます」


 来客の知らせを貰ったのだが、本日の予定表にはなかったぞ。

 大将クラスともなれば、いきなり訪問なんて礼儀知らずなことは、普通しない。


「面会予定にはなかった筈だけど」

「はい。急用で立ち寄ったと」


 まさかの礼儀知らず! 陸軍幕僚長ガイドリクス大将のところに、外務特使兼参謀長官リリエンタール大将が訪問とか、事件じゃないか。


「殿下に至急連絡を」


 一介の士官が閣下を門前払いするわけにもいかないので、ガイドリクス大将に指示を仰ぐべく人を送り、わたしは出迎えに――第一、第二副官がいないのが憎い!

 廊下を行儀悪く走り向かうと、リリエンタール大将はすでに護衛を連れてエントランスのソファーに腰を下ろしていた。

 艶のない焦げ茶色の髪を撫でつけている、細身で長身、歴史の教科書に掲載されている今は亡き隣国の帝政時代最後の皇帝と瓜二つの中年男性。うん、間違いなくリリエンタール大将だ。


「少尉。殿下より、リリエンタール閣下を応接室に通すようにとのご指示が」


 司令部入り口近くの、無線室兵士が小窓から顔を出し、ガイドリクス大将の指示を伝えてくれたのだが、ちょっと面倒だなーと思うのは仕方のないことだ。


「ガイドリクス大将付き第三副官クローヴィス少尉です。リリエンタール閣下、どうぞ応接室へ。御案内いたします」


 無言で立ち上がり、護衛とともに後を付いてきてくれた。

 緑色の座り心地のよいソファーのある応接室へと通し、コーヒーを淹れてテーブルへ。

 ソファーに腰掛けているリリエンタール大将は目を閉じたまま。

 寝てるのかなあ。寝ててもいいけど、ガイドリクス大将が戻ってくるまでの間、リリエンタール大将の側にいないといけないのか……妨害入りまくりだ! 静かに逆ハールートの対処方法を考えたいのに!

 一昨日まであんなに毎日静かだったというのに、どうして!


「……」

「……」


 応接室の空気が重い。半端なく重い。

 リヒャルト・フォン・リリエンタール大将は、三十八歳になる別国の伯爵で、我が国に仕官している。

 日本人の感覚だと あれ? 別の国の貴族? となりそうだが、この世界ではあること。数は多くないけどね。

 リリエンタール大将は十年前、アディフィン王国の王女の輿入れの際に、我が国へとやってきた。やってきてすぐの頃は、実は王女の恋人だなどと言われていたらしいが――そういう浮ついたこと全く無い人で、もう誰もそんなこと言わない。

 本人目の前にしてそんなこと言ったら、きっと殺害されるに違いないっていう、雰囲気がある。怖ろしいというか、ひたひたと迫ってくる冷気的な恐ろしさ。

 ちなみにその時輿入れしたアディフィンの王女ってのが、わたしの上官ガイドリクス大将の妻マリーチェさま。

 何度か見たことあるけれど、美人だよ。ガイドリクス大将の十歳年下で、いま二十五歳。……ぐあっ! わたしと二つしか違わないのに、すでに結婚十年目。わたしなんか、彼氏いない歴=年齢。

 いや、結婚したいとは思わないからいいんだけど。でも彼氏は欲しい……変なナンパ男に引っかかるくらいには欲しい……じゃなくて、リリエンタール大将。

 王女さまの恋人と言われたことがあるくらいなので、容貌は悪くないのだが、肉付きの薄さというか、不健康そうな雰囲気が、どうにも。

 なんていうのかな、陰気なんだ。乙女ゲームに多い前髪で顔を隠している魔術師なんかのファッション陰気とちがって、髪を高級官僚らしく撫でつけ顔に掛かるようなことはないけれども陰気。要するにガチで陰気。


「イヴ・クローヴィス少尉」

「はい」


 え、もしかして無意識で喋ってた? ガチ陰気とか言っちゃってた? ん? なんでわたしの名前がイヴだと知っているのかな?


「昨晩は部下が失礼した」

「……へ?」

「そのことについて、話がしたい」


 昨晩失礼してくれたのは、ナンパ男ユグノー。あれ仮名だったんだ。”部下が”と言ってるから、きっと任務だったんだ。

 なんでわたしに? わたし参謀本部と一切関わりないですよ。

 士官学校卒業後、すぐにガイドリクス将軍の副官になったんで。


「業務終了後、八番街の謳う小鳥亭に。席に付く前に店員に”ブラック・ベルベットを二つ”と注文するように」

「御意」


 断れない命令ってやつだー。ブラック・ベルベット二つなあ。

 その後リリエンタール閣下、静かにコーヒーを飲むだけ――やっと戻って来たガイドリクス大将と、第一副官にこの場を預けて、わたしは退出……にならなかった。

 第一副官はこの急な面談で狂った予定を調整するので、わたしにここに残るよう指示が。

 はやく仕事の続きをしたいのです、浮気性攻略対象たちに抵抗する手段を考えたいのです。


「ガイドリクス殿は、夫人と離婚を希望していると聞いた」

「そうだ。既に嫁して十年経つというのに、子が成せない」


 ガイドリクス大将と奥さまの離婚についてのお話ですか。たしかに結婚して十年、子供ができないのは、王族同士なので離婚案件ですね。


「たしかにそれは問題だ。では奥方と離婚し、新たなアディフィンの娘を迎えるということで、調整すればよろしいのかな」


 王族同士の婚姻は、色々と難しいんですね。

 平民のわたしには分かりません。


「アディフィンの娘は要らぬ」

「ほう……若い男爵令嬢でも後添えにするのですかな」


 他の大将閣下にも、あの状況知られているんだ。

 あの光景を思い出すと、まったく関係ないわたしが恥ずかしくなる。

 ガイドリクス大将とリリエンタール大将はしばし睨みあい……リリエンタール大将は何処吹く風といった感じだ。

 しばらく重い沈黙が室内を支配していたが、


「では失礼する」


 リリエンタール大将が出ていった。

 どんなに会話が決裂していても、副官であるわたしが見送らないわけにはいかないので、彼等の後をついてゆき、オープンカー? と表現していいのかどうか分からないが、初期型の車に乗り込んだリリエンタール大将を見送った。


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