表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/335

【198】少佐、処分を許諾する

 人事が発表され、わたしは目出度く「平民でもっとも早く少佐に昇進した女性士官」となりました! 女性佐官というだけでも目立つというのに、平民男女含めて最速昇進という要らぬ称号がつくはめに。

 ただ、わたしの少佐昇進自体は「そうだろうな」って感じで終わった。

 司令本部の警備責任者就任もほとんどが「でしょうね」と受け入れられた。


 まあ一部で「あれやっぱり男だろう」と言われているようですが、気にはせぬ!


 尉官と佐官と将官は制服のデザインが全く違うので、新調しなくてはなりません。軍ですので、無料で軍服と戦闘服二着、礼服一着は支給されますが……なにかあった場合、わたしは他人から服を借りるということができない体格なので、自腹でもう一着ずつ注文します。


「軍服貧乏だ」


 親衛隊隊長に就任した際にも、軍服の破損などを考慮し、自前で軍服を追加注文したし、特注サーベルも一本自分で追加したためかなり掛かった。

 もともと大佐が就く役職。軍服も大佐給与を元に計算されていたので高額だった。


「クローヴィス少佐は足が長いですからね」


 足が長いのは喜ばしいことだが、限度というものがある。


「短いよりはいいのだが、ここまで身長は欲しくはなかったな」


 股下こんなに要らねーとは言葉にはしません。他人が聞いたらムカつくのは知っていますので、そのくらいは弁えております。でも内心では、こんなに股下は要らんかった! ですがね。


「ん? ……」


 採寸していた女性職員が「おや?」といった声を漏らし、再度股下を測る。

 えっと……もしかして、もしかして!


「クローヴィス少佐。股下が1cm伸びていますね」


 ”うわ、凄いですわね”という視線を向けてくるが、


「伸びていた……か」


 もう身長要らないって! 足が長くなっても、嬉しくないから! 

 いや、なんとなくそんな気はしていたのですよ。親衛隊制服のズボンの裾が……洗濯の失敗で縮んだにちがいないと現実から目を背けていたのですが、やはり伸びていたのか。いや、まあ、うちのメイドたちは優秀なので、服を縮ませるなんて失態を犯さないことは知っていますが、そう信じたかったんですよ。

 もう二十四歳なんだから、身長伸びなくていいから。

 もしかして、牛乳が原因かな。少しくらい胸を大きくした方がいいかなと考えて、このところ牛乳を飲んでいたのだが……胸や脂肪ではなく、骨と筋肉に作用したみたいだ。

 採寸の結果、腕も伸びていました。

 まさか牛乳を飲んで運動しただけで、こんなにすぐ身長が伸びるとは。成長期ならまだしも、二十四歳になって半年で1cm伸びって結構な伸びですよ。

 あっ! ウエディングドレス! 1cm位なら大丈夫かなあ。でも腕も……近々閣下に”大きくなりました”って報告しに行こう。それにしても1cmも伸びてしまったのか。


「急ぎ一着を仕立てますが、二週間は掛かります」


 標準サイズじゃないので、支給品をこれから仕立てることに ―― 一着作るのにも二週間。うん知ってるー。

 佐官の軍服は上下ともダークグリーン。

 ぱっと見はピークド・ラペルなダブルのスリーピーススーツで、後ろ身頃は両サイドに切れ目が入っている、クラシカルなサイドベンツ。

 時代的にクラシカル仕様でもなんでもないのですが。

 白のワイシャツに黒のネクタイ。これだけならただの背広だが、銀の肩章がついており、上着の袖も銀のモールで飾られており、飾緒もつく。


「普段は親衛隊服での勤務だから、急ぎはしない」

「警備会議にも、その格好で?」


 業務が違うので親衛隊の制服を着用したまま警備責任者として(・・・・・・・・)警備関連会議に出席するのは不適切なのだが、制服がないのだから仕方ない。


「総司令官閣下に許可を取るさ」

「わたしも少佐ほど強かったら、キース閣下の親衛隊に入れたかも」


 そんなことを言いながら、頬を赤らめるような女性は無理だと思いますよ、親衛隊。

 ともかく融通のきかない上官でしたら無理でしょうが、キース中将はそういうところは融通を利かせてくださると思うので。

 親衛隊服の方は階級章を変えるだけで済む。

 親衛隊隊長やってて良かったー。尉官の軍服に佐官の階級章つけるはめにならなくて、良かったー。

 ああ、それにしても尉官の軍服を着ていたのは四年少々か。初めて腕を通した時は、十五年以上は着ると思っていたのに。出世は喜ばしいし、誇らしく思いますが、ちょっと寂しい。


「もう少し着ていられると思っていたのですが」


 キース中将に「いつものことながら、軍服一着が出来上がるまで、二週間ほど掛かります。つきましては、親衛隊任務外任務でも、親衛隊服で過ごさせてください」と申し出てると、笑いながら許可を下さった。まあ、笑うしかありませんよね。


「軍服は事前に作らせていても良かったのだがな。それとクローヴィス」

「はい、閣下(キース)

「不快なことに触れるが、尉官の制服は全てまとめて、わたしに預けるように」

「……」

「綱紀粛正したので、横流しはないと思いたいが、絶対ということはない。名前を出すのも不愉快だが、シュテルンの野郎のような奴が居ないとも限らない」


 わたしの廃棄戦闘服を横流しで手に入れ、娼婦に着せて変態行為に励んでいた元同僚(シュテルン)……思い出すと不快感が背中を駆け上ってくる。

 話題に出すだけで、わたしの精神に更なるダメージが! くっ……シュテルンのこと、結構引きずってるなーわたし。


 キース中将が執務机に手をついて立ち上がり、わたしの隣へとやってきた。


「こちらを向け、クローヴィス」

「はい閣下(キース)


 びしっ! と、右向け右! で向きを変えて、キース中将と向かい合う。綺麗に撫でつけられたアッシュブロンドに、アイスブルーの瞳。相変わらず表情は穏やか。


閣下(キース)?」


 そんな上官が流れるように片膝をついた。

 ふぁ? キース中将、いったいなんの真似ですか?


「一度目は主席宰相(リリエンタール)閣下も許して下さったが、二度目がないことは分かっている。妃殿下よ(・・・・)、ロスカネフ王国の国防を預かるアーダルベルト・キースに、処分許可をお与え下さい」


 ……えっと、これは……その……大問題なんです、ね?

 当事者であるわたしの預かり知らぬところで、大きな問題になっているのですね。

 わたしをまっすぐに見て、言われたキース中将ですが……視線が恐い。これ射貫くってやつだ。態度は騎士っぽいけど、視線は上官のまま。


「立ってください、閣下(キース)


 頼んだけど首を振られた。

 いいですよーと言うまで、立って下さらないのか。


「クローヴィス」

「はい」

「決しておかしなことはしない。信じてくれと軽々しく言えるような事柄ではないが」


 おい、シュテルン。お前のせいで、わたしはいつも大変な目に遭ってるぞ。さらに総司令官閣下にまで迷惑を掛けやがって!

 内心でシュテルンに毒づいていると、膝を折ったままのキース中将が、片手を差し出してきた。

 わたしがなにをすべきか? もちろん、知っております。手袋を脱ぎ、その手に手を乗せるのです。膝を折っている方は手を取り、そのまま自らの額近くへと手を持って行く。女王陛下に跪いてしたことあります。

 ……まさか、自分が女王陛下側に立つとは思っておりませんでしたが、しないわけにもいかないので、手袋を脱ぎそっと手を差し出す。


 閣下から婚約指輪をもらった時も、こうやって落ち着いて差し出せば良かった。ま、まあ緊張し過ぎて無理だったけど。


閣下(キース)のことは信頼しております」


 キース中将はわたしの手を取ったまま、額側へと近づけて頭を軽く下げる。動きは騎士のそれだが、圧力が完全に上官のそれ。


「部下の軍服処分に立ち会う総司令官はおかしいが、リリエンタール閣下の妻が腕を通した服が犯罪に使われないようにするのは、総司令官の役割としてはおかしくはない。なにせ国としては前科があるのでな」


 そういうものなの……かな?


「軍服一式の処分、お願いいたします閣下(キース)

「任せてくれて感謝する。万が一のことを考えて、保存しておきたいとも思うが、お前と同じ身長でも、脚の長さが同じになるようなことはないだろうからな」


 きっとキース中将立ち会いのもと、軍服は焼却処分されるのでしょう……一緒に過ごした軍服なので寂しいわー。

 日本人的な感覚なのは分かるけれど、寂しいのですよ。

 でも制服なので返却しないといけませんからね。

 尉官から佐官、佐官から将官と軍服のデザインが、がらりと替わるので、以前の軍服は全て被服課に返却しなくてはならない。

 ほら制服って権威があるじゃないか。退役した奴が現役のフリしたり、横流しで購入した軍服を着用して事件を起こしたりすると困る ―― 横流しが罪になる理由は、これが主な理由。

 支給された軍服は回収、自腹で購入した軍服は状態を考慮して、軍が買い取ってくれる仕組み。

 回収された軍服は取り置かれ、もう一着軍服が欲しいのだが、懐事情が厳しい兵士に通常の半額程度で販売したり、徴集兵に支給されたりする ―― デニスが着ている軍服も中古です。


 キース中将の手に乗せていた手を引っ込めると、キース中将はすっと立ち上がった。


「感謝する」

「いいえ」

「これで主席宰相(リリエンタール)閣下に、処分権限を取られずに済む」

「?」

「前科があるので、お前の軍服はツェサレーヴィチ・アントンが処分すると言ってきたのだ」


 閣下の呼び方がツェサレーヴィチ・アントンになっている……。


「愛妻のことゆえ、処分を完璧にしたいという気持ちは分かるが、わたしとしては、軍部で行うべきことに、部外者に口出しされるのは腹立たしいのでな……わたしに処分させてくれるのだよな、クローヴィス」


 さすがキース中将。唯々諾々と閣下に従わない、その姿勢はまさにキース中将。ツェサレーヴィチ・アントンと言ったのは、閣下の意見を外側からの圧力と取ったからなのでしょう……まあ圧力だよね。

 そういう圧力を食らうと、はね除けたくなるのがキース中将なんだろう。

 閣下、キース中将のそういう性格ご存じですよね? ご存じだけど、敢えてなのだろうか? ……お二人の関係と信頼は複雑なので分かりませんが、これ(・・)で丸く収まるならそれでいいでしょう。


「御意」


 閣下、わたしの軍服の処分まで注意を払ってくださり、ありがとうございます。

 そしてキース中将、ご自身の軍服の処分だって危険でしょうに、わたしに心を砕いてくださり、まことにありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ