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【197】少佐、責任は取る

「最後に確実な輸血方法を」


 血液型の判定方法が、戦争開始前にものになるかどうかは分からないし、これから言う方法には設備が必要だが提案はさせてもらう。


「そんなものがあるのか? クローヴィス大尉」

「はい、閣下。簡単なことです。前もって自分の血を抜き保管しておけば良いのです」


 健康な人間の血を抜き、備えるという感覚は、この時代の人にはない。

 あらかじめ輸血用の血を確保しておくという概念がないから、当然のことである。

 大量出血したから輸血しよう! よし、他人から抜いた血が悪くなる前に、急いでそのまま注ぎ込むぞ! が基本。

 血液に関する検査はナシという、ノーガード戦法(敗北率95%)が繰り広げられている……ある意味、世紀末だよな。


「クローヴィス大尉の言う通りだね」


 室長がこれまた楽しそう。


「確かにな」

「ですが血は悪くなりやすいもの。アディフィンで食べさせていただいた、血のソーセージはとても美味しかったのですが、あれは新鮮な血液でなくてはならないとお聞きました」


 血液というのは非常に悪くなりやすい。

 ソーセージやソースなどの料理にも使われるが、当然新鮮なうちに加工しなければ、混ぜ合わせた全てのものが不味くなるという、取り扱いが難しい危険なアイテムでもある。

 ……血液は腐敗しやすいですよね? とばかりに、ちらりとシュレーディンガー博士を見ると頷いて下さった。


「狩りなどでも、狩った獲物をすぐに冷やすことが重要。これを踏まえて考えると、血液を採取、密閉し冷暗所で保存することで、劣化を防げると考えます。ただもの(・・)は固体ではなく液体なので、流水や井戸水などにつけて冷やすというのは避けたほうが良いと考えます。水などが混じっては大変ですので」


 前世で見た動画では血液は2~6℃で21日間保存可能とのことでした。「あまり血液は保存が利かないので、ぜひ献血に来てね」と言っていた……何回も聞いているうちに、そんなに血が欲しいのか! ヴァンパイアボイスめ! と呼びたくなったが。

 それはともかく、この世界の設備では冷蔵庫3~4日くらいが限界でしょうけどね。それに保存用添加物も必要ですけれど。クエン酸ナトリウムとブドウ糖をぶち込めばいけるはずですよ。


「冷蔵庫が最適だな」


 冷凍はしないでくださいね。

 血漿は冷凍も可能ですけれど、血液は低めの温度でお願いします。理由は知らないけれど、前世ではその温度で保存していたので。


「はい。できる限り空気に触れぬようにし、消毒した容器に入れて冷蔵庫で保管し、必要な時に使用する……という形になれば、良いのではないかと考えます……上手く表現できていると良いのですが」


 わたしは数多の実験の積み重ねによって得られた結果を習っただけなので……伝えられている自信はあまりない。


「クローヴィス大尉の意図するところは分かる。研究施設に冷蔵庫は考えたこともなかったが、あれば色々と使えそうだな。アドルフ、研究所の敷地内に巨大な冷蔵庫を作れ(・・)

「御意。やっと妃殿下へ贈り物が出来て、恐悦至極でございます」


 なぜモルゲンロートさんが喜ぶのか? よく分からないけど、周囲を見ると、それで話が通っているようなので、余計なことは尋ねないでおこう。


「クローヴィスの考えでは、血液には種類があり、その種類が合致しないものを輸血すると死ぬ。血液を型ごとに分け保存し、治療に際して使う。ただしそれらを調べ輸血するよりも、健康な時に抜いた自分の血を輸血したほうが良く、血液の保存に冷蔵庫を使うべき……でいいのか?」

「はい、閣下(キース)


 長々と話しておりましたが、要はそう言うことです、キース中将。

 理解していただけて幸いです。

 それにしても、さすがキース中将。わたしのメチャクチャな説明を綺麗にまとめてくださるとか、本当に頭良いわ。


「ハインリヒ。三日後に計画書を提出せよ。期限を過ぎた場合、当主としてお前に罰を下す」

「はっ!」


 罰ってなんですか……閣下。

 シュレーディンガー博士は「用事が出来ましたので」と退出し ―― 最後に再びデザートとして洋なしシブーストが。キャラメルが掛かっていて、それは美味しい。

 閣下の家で出されたもので、美味しくないものはないのですけれど。


「室長よろしいでしょうか?」

「もちろん。なんでもいいよ」

「クーラにキャラメルナッツが、本当にとても美味しかったとお伝えください。あと何度も作らせて済まなかったと」

「ああ、本人とっても喜んでいたよ。なにせ美味しい、美味しいと言って食べてくれるから、作りがいがあるって。やっぱり、言葉にして伝えるのは大事だよね。もっとも、わたしが美味しいって言っても”腹に含みがあるんですよね”としか取ってもらえなくて悲しい」

「それはそうでしょう」

「当たり前でしょうに」

「当然だろう」


 室長の言葉に被せるように、ヴェルナー大佐、ヒースコート准将、キース中将が……。


「酷いなあ。わたしは本心から言っているのに。もちろん伝えておくよ、クローヴィス大尉」

「ありがとうございます」


 あれが食べたくて家で作ってみたのだが、微妙に味付けが違って再現できなかった。あれは本当に美味しかった。

 昼食会は終わり ―― 閣下とお話も出来て楽しい時間でした。

 食堂を辞する際に閣下に声を掛けられ、


「クローヴィス大尉」

「はい、閣下」

「名残惜しいが、帰さなくてはな。そうだ、昇進おめでとう。この昇進に、わたしが全く関係していないと言ってしまえば嘘になるが、昇進に際して共に戦ったものたちは、皆納得している。大尉は昇進するに相応しい功績を挙げている。だから胸を張って、昇進を受けてくれ」


 皆さんの前で頬に軽くキスされて、恥ずかしかったけど。でも嬉しい!

 ただわたしはキスを返せるだけの勇気はなかった。申し訳ございません、閣下。

 上官の前では! 意気地のないわたしを許してください。

 そして分かっております。昇進に閣下が関係していないなど、思っておりません。

 食堂を出た廊下には誰もいなかったので、振り返り閣下に手を振ると、少し驚かれた表情に。でもすぐに微笑み、そして手を振って下さった。


 ただし手の振り方は完璧に高貴が過ぎるそれでしたが……違うんです閣下、そういう高貴な御手の振り方ではなく、もう少し雑な感じでお願いします。……ま、無理か。閣下ですものね! ベルナルドさんが生まれついての専制君主と仰るくらい、高貴なお方ですから。

 長い廊下を抜け、ゲスト用の厩へ。

 キース中将が騎乗する馬の馬具を念のために調べる。部下たちが見張ってくれているので、何ごともないのは分かっているのですが、こうして調べることで、何ごとかが起こった場合、わたしも責任を取ることができるので。

 責任取りたいの?

 そりゃあ取りたいですよ。上官の仕事って、責任取ることですから。

 ただ責任を取りたいといったところで、責任を取れる行動を取っていないと取れないのでね!

 なによりわたしくらいの地位になると、降格で責任を取れますが、部下たちは下手をすると除隊になってしまうので、それらを阻止するためにも、上官として仕事をするのです。


閣下(キース)を頼むぞ」


 黒馬の首をぺちぺちと叩くと、長い睫を持った目蓋で彩られている馬の黒い瞳が”任せろ”と ―― 言っているような気がするだけですけどね。


「クローヴィス大尉」

「なんでしょうか? ヒースコート閣下」


 既に馬上の人になっていたグレイッシュブラウンの髪と色男という言葉が、この上なく似合うヒースコート准将に声をかけられた。


「近いうちに返事を聞きたい。心配ならば、お前も一緒に来い」


 ボイスOFF(ウィルバシー)を養子にする件ですね。

 心配って、二十九歳にもなった男の身の上など……いや心配すべきか。

 ……ま、悩むのはこのくらいにして、司令本部に戻る道すがらに注意を払おう。なにかあっても、すぐに対応できるように、神経を研ぎ澄まさなくては!

 細心の注意を払って帰途についたのもあるが、そうそう襲撃されるわけでもないので、何ごともなくたどり着いた。


 ちなみにわたしはこの日の夜も外食。

 説明会が恙なく終了し後片付けをしてくれた、招集された部下たちの労をねぎらうため、料理は大皿で取り分ける庶民の店で。打ち上げってところかな。

 車椅子のハインミュラーの世話をしてくれている、トロイ先輩も招いて。


「イヴはやっぱり長女体質だよな」


 部下たちに料理を取り分けてやっていたら、エサイアスがしみじみと。


「世話を焼いているつもりはないんだがなあ」


 っていうか、腕骨折している元貴族とか、車椅子の上で自由があまりない奴とか、肋骨の骨折がまだ完治していない奴らだ。食事に誘ったわたしが最低限のことをしてやらないとな。

 そのついでに、デニスとかエサイアスとかオルソンとかトロイ先輩にも、取り分けてるだけですから。

 酒や料理は添え物で、会話がメイン。

 情報交換もそうですが、色々な話を聞いておくのは重要だからさ。


「姉さん! 見て! リリエンタール閣下用の資料に挟んでいた質問用紙、回答してくださったんだ」

「デーニースー」


 お前、そんなことしてたのか!

 いつの間に忍び込ませたんだよ! そして閣下、お答えして下さらなくて結構でしたのに!


「おかしな動きをしたら止めてくれとは言われていたが……気付かなかった。済まない、イヴ」

「そうか……エサイアスの目さえ盗まれたのなら、仕方ないか」


 注意してくれと頼んだエサイアスの隙を突いて、そんな紙を忍ばせるとか、お前の情熱というか……申し訳ございません、閣下。あとあと厳重注意を……しなくてもいいのか。閣下からなにも言われなかったからなあ。閣下としてはデニスとの距離を狭める作戦の一環? いやー閣下、デニスとは距離を縮めるようなことはなさらずとも、デニスが三段跳びで近づいていきますので。


「え? あのアッシュブロンドの将校さんが、キースさんなの?」


 デニスが閣下にした質問は五つで、そのうちの一つの答えが「アーダルベルト・キース 貴殿の姉君が護衛している人物だ」と書かれていたのだ。


「わたしが親衛隊隊長として守っているアーダルベルト・キースは、そのアッシュブロンド将校さんだ」

「そうだったのか! もっと早く知っていたら、質問を」


 止めなさい、デニス。閣下はお優しい御方だけど……いやキース中将も優しい御方だが、きっと質問になんて答えてくれないから。


「質問をメモしてくれたら、機会を見てキース閣下にお尋ねしてみるよ、デニス」

「ありがとう、エサイアスさん」


 良い奴過ぎるわ、エサイアス。でも、それ(デニス)にまともに取り合っていると、大変なことになるぞー。もちろんなったら、なったでわたしが責任を取って撤収いたしますが。



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