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【196】少佐、ことわざを実感する

 この世に存在していないものを説明するのは難しい。

 ここにいる人たちは皆、わたしより頭が良いので、説明を理解して下さるのは確信していますが ―― 納得させるだけの根拠がない。

 学校で血液型について習うのとは訳が違う。

 あれ(・・)は教科書という覚えるべき事柄が載せられた教本から知識を習得している。だが今わたしが語るのは、知識でも覚えるべき事柄でもない。勘であり妄想の類いでしかない。

 一体どのように誘導すれば、シュレーディンガー博士に最短(・・)で研究してもらえるか?

 そう、最短で研究してもらわないと困るのだ。

 じっくりと血液の研究をされ結局たどり着けないまま、戦争中に一か八か輸血をされるのは困る。

 危険を知っているわたしとしては絶対に阻止したい。だが阻止するためには上層部を納得させる必要がある。上層部の皆さんは頭が硬くはない。しっかりと根拠を提示できれば、即座に指示を出してくれる ―― 「物わかりが悪い」と言い、話を切り上げるというのは、単に自分の努力不足というわけだ。

 わたしが軍医なら、説得力の一つくらいはあるが、残念ながら一尉官。

 だが、諦めない!


「リリエンタール閣下。小官は素人ですので、まとめて話すことはできません。飛び飛びになりますが意見をざっと述べてよろしいでしょうか?」

「良いぞ」

「それでは。まずはわたしの勘……といいますか、ウルライヒ少尉の姉である医師は八名の患者に輸血を行い、三名は処置のかいなく亡くなったと。統計を取るには少ない数ではありますが、この結果から血液というのは四種類くらいに分けられるのではないかと考えます」


 いま確かめてもらおうとしているABO式は、四種類なんですけどね。


「ふむ。クローヴィス大尉の言う通り、血液に種類があり、その型が合致しないと死亡すると想定した場合、そのくらいが妥当な数だな」

「たしかに多すぎると全く合致しなくなり、少なければ失敗はありませんものな。四というのは、たしかに丁度よさそうな数ですな」


 食後のコーヒーではなく、シャンパンを出してもらって飲んでいるヒースコート准将も同意してくれた。

 他人の感覚をまとめて行くのって難しい。

 この世界にメンデルの法則が浸透していたら説明し易いのだが、士官学校でもギムナジウムでも習わなかったので……時代的にありそうな感じもするんだけど、何処を調べれば分かるのかが分からない。

 ググればすぐに情報が手に入る時代じゃないので、探そうと思ったら相当な日数がかかる……メンデルの法則は諦めて、頑張る!

 複対立遺伝子(AB型)まで持って行くんだ! 決意し頑張って説明していたところ、


「クローヴィス大尉が言っていることと、似たことをまとめた論文を見たことがある」


 暗闇で手探り状態だったわたしに、閣下より光明がもたらされた!


「たしか今から四十五年ほど前に発表された論文だ。著者はモラバの修道院長にもなった司祭トーマス・グナイストで、エンドウ豆の交配実験に関する論文だった。論文は先代教皇に献上されたが、日の目を見ることはなかった」


 この世界にもメンデルさんポジションの人がいたっぽい。グナイストさん、ありがとう! これで説明が滾ります! そう言えば、メンデルさんも司祭だった。


「なんでリヒャルトはそんな論文を知っているんだい?」

「暇だったので読んだ」


 室長の問いに、閣下が答えるのだが……暇だったんですか。暇だと論文読んじゃうんですか。さすが閣下ですわー。


「暇ねえ。その感じからすると、相当若い頃に読んだんだよね?」

「十歳の頃だ」

「よく三十年近くも昔に読んだもの、覚えているね」

「まあな。ベルナルドを呼べ」


 閣下が理解して下されば話は早い。というか、多分全部纏まる。呼ばれやってきたベルナルドさんに、閣下が尋ねた。


「ベルナルド」

「はい、閣下」

「二十九年前にわたしとお前とイヴァーノとアレクサンデルで、エンドウ豆の交配実験を行ったことを覚えているか」


 へー。閣下自ら実験してたんだ。

 教皇庁なんて超高学歴知識人集団だから、そういう環境も整ってるんだろうな。


「うっすらとは覚えておりますが……閣下、なんの話ですか?」


 閣下はわたしの間延びしきっていた話をぎゅっとまとめて、ベルナルドさんに説明した。

 三分にも満たないが、完璧な説明を聞き終えたベルナルドさんは、大きく息を吸い込み、


「一言言わせていただきますが……馬鹿なんですか、あんた(アントン)は。いや、馬鹿だよな! なんで妃殿下がいらっしゃったのに、そんな下らない話をしているんだよ! もっと若い女性が興味を持ちそうな、楽しい話をしろっていつもいってるだろ。ただでさえ(つら)は高貴だけど雰囲気は果てしなく陰気なんだから! このテーブルに座ってる野郎共も、全員馬鹿だろ! 二十代の若き妃殿下を楽しませようって気はねえのか! お前もお前だ、ハインツ(ハインリヒ)! なに全力で乗っかってんだよ、学者馬鹿が! お前を部屋の隅に置いたのは、まっとうな女性への受け答えができるからだ! あれ(アントン)の話題がおかしくなった時、話題を修正させるために置かれたのは承知の上だろうが。こんな話を一緒になってするのなら、朴念仁のリーンハルトを置いていても変わらんわ! アドルフ、貴様ももっと気の利いた話題を出さんか。っとに、妃殿下申し訳ございません。アントンはデリカシーとか気を使うとかいうことが分からない、生まれついての絶対君主でございまして。アントンは賢すぎて話題の選択が馬鹿なんです。こんな男ですが嫌わないでやってくださいませ」


 一言が途轍もなく長かった。ほぼ一息に言い切ったので、一言と言えば一言なのでしょうが。

 いや、あの、楽しいですよ。音楽とか芸術の話題を出されても困るので……一応、王弟殿下(国王陛下)の副官時代に、色々とヴェルナー大佐に教え込まれましたが、語らえるほどの知識はないので。

 そしてやっぱり賢すぎるって言われてる閣下。


「話題についてはともかく、やはり閣下は賢すぎるのですか」


 付き合いの長いであろうベルナルドさんも、やはりそう思っておられるのですね。


「ええ。ああ妃殿下は、リーンハルトからアウグストとヴィルヘルムの伝言をお聞きになったのでしたね。あの二人も国内では敵無しと言われるほどですが、あの二人から見ても賢すぎるのがこの人(アントン)でしてね。偶には分かるのですが、ほとんど何を言っているのか分からないくらいに賢いのがこの人(アントン)です。エンドウ豆の交配ですけれど、四人で実験いたしました。行った理由はイヴァーノとアレクサンデルが、この人(アントン)の机に乗っていたどこかの(グナイスト)司祭の論文を読んだが、意味が分からなかったので、分かりやすく教えろと詰め寄ったのですが、口頭説明で理解しなかったため、実際にやってみようということになり、新入りのわたしに農具を持たせて畑を作らせたのです」


 新入りの王子さまにクワを持たせて、土を耕させたのですか。ヴェルナー大佐も吃驚のスパルタぶりですね、閣下。


「畑作りに関して、お前はなんの役にもたたなかったがな、ベルナルド」

「当たり前でしょ、あの頃のわたしは、亡国ながら王子でしたから。土いじりなんてしたことないの分かって……ああ、あんたは最初から完璧だったよ。そうだよ、あんたは初めて農具を手にしたのに、完璧な畝作っちゃってたよ……はぁ、これだから万能の天才(リリエンタール)ってやつは困る」


 閣下は頭脳以外の能力も長けていらっしゃるのかー。たしかに乗馬しながら銃を放ち鹿を狩られていましたわ。


「アウグストとヴィルヘルムの口癖がうつっているぞ」

「本日のこの話題は、あとでしっかりと聞かせていただきますが……ここで二十九年前の実験を再度行えばよろしいのですか?」

「それも一応行っておこう。それとハインリヒにその頃の観察日誌と、あれたちの説明用にまとめた冊子を。クローヴィス大尉、一週間程度でまとめさせる。それを読みまた意見をお願いしたい」

「はい、喜んで」


 やったー! 閣下を巻き込めば、お任せできればあとは上手くいくー! ……? あれ、この感覚以前にも。そうだ、記憶が戻ってすぐの頃、国家ざまぁを回避しようと思い立ってすぐのころだ。閣下が阻止してくだされば、上手くいくだろうと。

 実際、攻略対象を含む、ゲームシナリオ国家ざまぁは完全に制圧されたわ。

 もうゲームの後始末しているようなものですからね。まあ、後始末がゲーム本編よりもキツい、対共産連邦戦なわけですが、ゲームが終わっても現実は続くので、仕方ないってもんです。

 大軍の指揮はこの場にいる方々にお任せし、あとはわたしが所有している血液に関する知識をシュレーディンガー博士へお伝えせねば。

 輸血する際には、血液凝固が敵。

 だがクエン酸ナトリウムを加えると凝固を抑えられる。もちろん適切な濃度ってものが必要ですが、数値はしっかり覚えている。

 それと輸血についてですが……しかし輸血の為に必要な知識がこんな形で役に立つとは。

 わたしの血液と輸血の知識は、成分献血を行った際に見られる動画のおかげ。

 献血不足を打開すべく、いろいろと打ち出されたものの一つに動画があったわけですよ。内容は「人気声優が優しく説明してくれる血液と輸血について」

 成分献血をしながら、この動画を視聴することができるのだ ―― いや、成分献血をしなければ、完全版を視聴することができないというのが正しい。

 動画サイトには最初の三分ほどがアップされており、それにつられて成分献血をしに……行きたいのでついて来てと友人に頼まれた。

 前世も今ほどではないが健康体でしたし、献血って社会貢献している感あるじゃないですか。悪いことではないので「ま、いっかなー」って。

 ちなみに、わたしの好きな声優ではなかったんですよ。今にして思えば、死ぬほど好きな声ではなかったので、声に集中することがなかったため、内容を聞けたって気もします。もっとも繰り返し行ったんで、声に集中していたとしても覚えられたとは思いますけど。

 あの動画がなかったら、わたし、キレート作用もなにも覚えてないわ。

 情けは人のためならずだからいいけどさーと思いながら、成分献血を行っていたのだが、まさか本当に諺通りになるとは。

 友よ、本当にあの時しつこく何度も成分献血へ伴ってくれてありがとう。

 そしてあの動画、人気声優の一人でもあるボイスOFF(ウィルバシー)じゃなくてよかったわ。だったら今ごろ、なにも言えないで終わってる。


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