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【194】少佐、名前を冠する

 視力検査をしてみたいということで行ったところ ―― ちょっとした小競り合いが起こりましたが、その辺りは見なかったことで。

 まあ皆さん、結構負けず嫌いなわけでして。

 負けず嫌いじゃない指揮官というのも困るので、それはいいのですが、身内で視力測定で競い合われても……。

 想像してみてください。しっかりと髪を撫でつけ、かっちりと軍服を着こなし(閣下だけフロックコートだけど)容貌優れた将官たちが、スプーンを持って片目を隠し競い合う姿を。

 想像できないかもなあ。いやしない方がいい。


「このようなこともありますので、データはできる限り内密なものにしたいと考えております。もちろん管理している人間が、漏らすことに対し罰則も規定すべきかと」

「それは必要かもしれんな」


 でも個人情報保護の取っ掛かりにはなりそう!

 行きすぎた保護はどうかと思うが、身体的なことに関しては、守秘義務必須にしましょうね!

 視力検査を終えてから、最後にキース中将向けにゲスト証の説明を開始。


「腕章の代わりか」


 わたしがバイエラント大公領で狩りをした際にも、あの地を預かっている女子爵閣下から腕章タイプの許可証を渡されたが、腕章は意外と作るのは簡単。

 もちろん紙に特徴を記載しただけのゲスト証も、作るのは簡単だが「許可を出した者のサインがある」というのは大きい。


「はい。腕章ですと、偽造し易いので」


 わたしは記憶を頼りに作った王宮内通行許可腕章を、キース中将に差し出す。

 黒い手袋をはめている手で、それを掴んだキース中将は見て、すぐに偽物だと言い切る。


「この程度の偽装なら、違うのは分かる。見逃さない自信もある」

閣下(キース)ともなられれば、そうでしょうが、基本それらを見張るのは閣下(キース)ほど注意力に優れた者ではありません」


 言ってしまえば見張りというのは、そんなに優れた兵士が配置されるポジションではない。重要だけど優秀な兵士を巡回にはしない。まあまあ矛盾してるんだよね。


「たしかに注意力散漫な兵士はいるな。近衛の先遣隊にもいたな」


 ぐりぐりと傷を抉らないで下さい! キース中将。

 近衛の二人が居心地悪そうな表情に! 二人は先遣隊じゃなかったけど、同僚が大失態ですから……。


閣下(キース)のように見慣れている方でしたら、すぐに判断は付きますが、これが例えば徴集兵ともなると怪しくなります」


 わたしは正規の腕章を二つと、見本をじっくりと見ながら作った腕章を取りだし、車椅子のハインミュラーへ渡し、やってきたエサイアスにも渡す。わたしを含めた三人が腕章を装着してから、


「オルソン。どれが偽物だ? すぐに答えろ」


 この腕章を会議直前に少しだけ見せたオルソンに、見極めろと指示を出す。

 当たっても当たらなくてもいいのだが ――


「当てることはできましたが、三つのうち一つが偽物だと知っているからできたことで、偽物があるかも知れないので注意しろという命令の場合は、見極められる自信はありません」


 オルソンは見事に当てたが、本人が言っている通り、偽物が確実(・・)一つだけ(・・・・)あると分かっていたので判断できたが、これが「あるかも知れない・幾つあるか分からない」となると、なかなかに難しい。


「一々腕章を外してもらい確認するのは手間です。その点このゲスト証ですと、裏側の許可サインを見せてもらえれば判断がつきます」


 他にも腕章は使い回し品なので、こっそりと盗みだし偽物を作り戻しておくということもできる。

 管理ゆるゆるだろ! というお叱りは受けるが、言い訳させてもらえば、これらの腕章はわたしの管理下ではないので。


「腕章も定期的に廃棄、デザイン一新を行えば、偽装率は下がるとは思いますが、作るのに金も手間も掛かります。紙で作ったゲスト証は、一回使い切りで処分できます。この処分が警備には重要だと考えます」


 腕章タイプのゲスト通行証だと、情報の書き込みがないので、何時それをもらったのか? 本当に許可された人間なのか? 奪ったものではないのか? などが、すぐに判断つかない。

 カードタイプのゲスト証は、情報を書き込むことで、ある程度現場(・・)で、確認することができる。

 セキュリティゲートを通るとぴっ! となるようなシステムを作ることができたら良かったのですが、残念ながらわたしにはそこまでの知識はないので。

 こうして軽いゲスト証についての説明が終わり ―― 幸い、想定していた時間よりも短く終わった。

 会議を長々とするとヴェルナー大佐に叱られるから、ぎゅっと詰め込ませてもらった。

 本当は閣下がいらっしゃるので、引き延ばしたかったのだが、閣下もお忙しい御方だし。

 皆さんに満足していただけたかどうかは不明だが……


「クローヴィス大尉の警備責任者就任、反対の人はいるかな?」


 室長の意見に反対する人はいなかった。

 反対してくれて、よろしいんですよー!

 反対意見ないんですか! 司令本部警備の責任者も兼務することになるのですね! わかりました任務を全ういたします。全力で当たらせていただきます。


「リリエンタール閣下」

「なんだ? ヒースコート」


 説明会は無事終了 ―― 後片付けをするので、お帰り下さい!


「これから小官は、総司令官(キース)閣下とその親衛隊(イヴ)隊長とで昼食を取る予定なのですが」


 予定はなかった。ヒースコート准将が勝手に決めただけ! キース中将もあっさりと乗りましたけれど。


「あ、わたしも行きたいな。ヴェルナー大佐も来るでしょう?」


 会話にするりと割って入る室長。

 あの、室長はいいのですが、ヴェルナー大佐は! ヴェルナー大佐は!


「……はい」


 そして面白くないという内心を隠そうともせず、だが一緒に昼食を取ることに同意した。嫌ならお帰りくださいー! 「アワレダナー」といった目を向けるな! エサイアス! ハインミュラー!

 いや、待て。まだヒースコート准将が許可を出してはいない。


「人数が少々増えましたが、リリエンタール閣下、ご相伴に与らせていただきたいのですが」


 あっさりと許可が出ました。

 そして閣下に集ったー!


「同席者としてアドルフがいるが、それでも良いのであれば」

「モルゲンロートですか?」

「そうだ」


 内々の会合だったのでは? と思うのですが、


「アドルフなら別に気にすることないよね」


 室長がさらっと恐いことを言いつつ ―― 後片付けをデニスたちに任せ、わたしはキース中将と共にベルバリアス宮殿へ。

 お駄賃といいますか「とりあえず、昼はこれで食え」と全員分の昼食代をデニスに渡し、


「心配するなスタルッカ(ボイスOFF)

「はい。しっかりと後片付けをしておきます」


 置いて行くボイスOFF(ウィルバシー)にも声を掛ける。

 ベルバリアス宮殿へは騎馬で行くので、骨折中の副官は居残りです。ネクルチェンコ隊はもちろん付いてくるよ。


「偶には馬に乗らせろ」


 馬車を用意したのですが、キース中将からの馬を駆らせろというご命令により、全員騎馬となりました。

 こういう予定変更は問題ないし、想定の範囲内。

 なにせ馬は生き物。体調を崩す時もあれば、機嫌が悪い時もある。生き物って扱いが難しいのは分かっているので、他の手段も準備はしているのだよ。


「相変わらず重装備ですな」

「人馬一体とは隊長のことですからなあ」

「最強の竜騎兵(ドラグーン)と名高い隊長のこの姿を見たら、悪党どもは木箱に隠れて震えるでしょうよ」


 弾帯をたすき掛けし、革ベルトで小銃をつるし、騎乗後には小銃を抱きかかえるように構え、手綱は持たなくても大丈夫! 襲撃犯は顔面蜂の巣にしてやるぜ! な姿を見た隊員たちからの称賛である。

 なにかあったらお前たちはキース中将と一緒に逃げるんだぞ、敵の足止めはわたしに任せろ!


「同行させてもらう」


 司令本部まで騎馬できたヴェルナー大佐も一緒……駄目じゃない? 襲撃されたらどうするの? もちろん、全力でお守りしますけど!

 等と心配したものの、道中は何ごともなくベルバリアス宮殿に到着し、無事昼餐になりました。

 いきなり五人も増えて大丈夫だったのかな? と思ったのですが、


主席宰相(リリエンタール)閣下ともなれば、いきなり十人以上増えても問題ないように手配がなされている」


 そういうものらしい。


「妃殿下。よくぞお越しくださいました。一同、妃殿下のお越しを今か今かと待ち望んでおりました」


 食堂へ案内してくださる執事のベルナルドさんから、そんな言葉までもらった ――

 閣下のお家の昼食は美味しく……あ、あとアドルフ・モルゲンロートとは同じテーブルについておりますが、全く話はしておりません。

 きっと妃殿下(わたし)から振らない限り、話すことができないのでしょう! でも話すことがないので、振らない。

 それで口直しのレモンと蜂蜜のシャーベットを堪能していると、閣下から声を掛けられた。


「クローヴィス大尉」

「はい、なんでございましょう?」

「プルシアイネン通りに建設した医学研究所のことなのだが」


 閣下所有の研究所でしたね。それがどうなさいました?


「はい」

「あの研究所はクローヴィス大尉にプレゼントするために作ったのだ」

「ふぁ?」


 閣下、今なんと仰いました?


「妃への贈り物として建てたのだ……正直に言えば、当時は妾への下賜品のつもりだったがな」

「……」


 それって、わたしに何か言う前のことですよね? 妾にしようと考えた直後に、土地を買って建て始めたのですか?


「イヴ・クローヴィス医学研究所という名にするつもりだ」

「はい?」

「我が妃へ栄誉を贈りたいのだ。所長はクローヴィス大尉だ。無論仕事は他のものにやらせる」

「えっと……その……贈り物なのですか?」

「ああ、贈り物の一つ(・・)だ。他に類を見ない研究で成果を出し、クローヴィス大尉の名を冠した研究所を、大陸に名だたるものにし、いずれロスカネフを医学の中心地にしたいと考えている」


 …………話が余裕で壮大。規模がおかしい。でもさすが閣下! 閣下なら驚かない! などと思ってしまうこの矛盾。

 あと食事をしている高官の方々が、誰も驚いてないのはどういうこと?

 いや分かりますよ、既に話が通っているのですね? それはそうですよね、医学研究所を作るともなれば、関係各所に色々と許可をとらなくてはなりませんから。

 具体的な許可は知りませんが!

 

「ただ栄誉を贈りたいと考えているのだが、栄誉の為の研究が始まらなくてな。プレゼンテーションをさせたが、どれもつまらなく、斬新さもなく、クローヴィス大尉の栄誉を飾るようなものではなかった。あまりにもなにもないので、研究所そのものを破棄しようと考えていたのだが、視力検査表を思いついたクローヴィス大尉ならば、なにか面白い案があるのではないか? 気負わずなんでも言ってみてくれ」


 閣下は穏やかにそう仰り、


「国ではあの研究所を買い取る予算は出せても、維持管理費と研究継続費用を出すのは無理だ。高名な博士(シュレーディンガー)の招聘もな。なので出来れば破棄して欲しくない。なにか上手い案を出してくれ、クローヴィス」


 キース中将も穏やかに仰りました。

 穏やかに言えば良いってもんじゃないんですよ! キース中将! でも、上官からの頼みだから考えるよ。こういうときは前世の知識を……あっ! そうだ!


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