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【193】少佐、論文に名を連ねる

 皆さん食いついて来るところが違うので、説明が大変です ――

 室長は証明写真にすっごく食いついてきました。

 キース中将は履歴書の仕様について、あれこれ聞いてきます。


「このように人だけではなく、馬であっても簡易履歴書を作成することができます」


 騎兵隊隊員の二人にも協力してもらい、馬の簡易履歴書を目の前で作成しながら、汎用性をアピール。

 ちなみに台紙には、馬の名前や毛色や性別、年齢や体高なども記載している。体重は計れる体重計がないので諦めた。

 あとは馬なので蹄鉄を打ち直した時期なども、補足欄に記入したよ!

 ……ヴェルナー大佐が恐いので、気合いを入れて準備したわけではない……嘘です。ヴェルナー大佐に叱られたくないので、必死にやりました!

 褒められなくてもいいのです! 怒られなかったら大勝利! そうだよな? エサイアス。


「ふむ……手間ではあるが、作ったほうが良さそうだな」


 ヴェルナー大佐は目の前で作成した二枚の台紙をじっくりと見つめながら、そう呟いた。今日一番の勝利を収めた! あとは恐いものはない!

 人間の管理もそうだが、動物の管理も重要だと思うのです。いずれ馬は主力ではなくなりますが、騎兵隊や近衛隊がなくなるわけではないので、ずっと軍と馬との関係は続きますから。


「軍用犬も同じようにリスト化しては?」


 ヒースコート准将の発言に対し、


「さすがにそこまで予算は組めんな」


 キース中将は寂しい懐事情を。ええまあ、写真を使用するとなると、かなり予算が必要になりますからね。

 ちなみにわたしの親衛隊隊員たちの写真付き履歴書などの作成予算は、二千八百人分の人件費の転用ということになっております。

 ほら、キース中将の親衛隊って本来なら大佐が隊長を務め、三千人の大隊編成が適切なんだけど、国の懐事情と人的資源から大尉のわたしが配属されたじゃないですか。

 大尉のわたしが動かせるのは二百人 ―― 二千八百人分の人件費をまるまる削減……はしていないという設定(・・)

 実際は予算はなく、モルゲンロートの戦争出資、そのおこぼれに預かっている状態なのですが、さすがにそれは公表できないので「親衛隊予備費」として半数の千四百人分くらい(・・・)の予算がプールされていることになっている。

 

「だが追々、このように管理台帳を作るべきだろうな」


 動物の世話はしっかりとしているのですが、適切な管理となるといまいち緩いのがこの時代。

 こんな感じで説明を続けていたのですが ―― 全員が一斉に興味を持ったのは視力検査。

 履歴書の項目に「視力」を記載したのだが、その際に「数字」を使ったのが、閣下の目にとまった模様。

 この世界に視力検査は存在していないのだ。目の善し悪しは、自己申告。もちろん目が悪い人は眼鏡を掛けるが、それだってよく分かっていない ―― すべて主観でしかない。

 親衛隊隊員は全隊員目は良いが、計っておいて損はないだろうということで。


「数字が大きいほど目が良いのだな?」

「はい。リリエンタール閣下」

「ではその数値をどのようにして決めたのだ?」

「その数値について説明させていただきます」


 記載した数字の中でも、わたしが独自に測定し記入したものに関し、測定方法を持参いたしました。

 エサイアスがわたしお手製の視力検査表を広げ、会議室に運び込んでおいた、移動黒板に貼り付ける。


「Eがあちらこちらを向いているな」

「下に行くにつれて、小さくなる……そういうことか」


 わたしが作成した視力検査表は馴染み深い、Cによく似たランドルト環ではなく、Eがどちら向きかを問うEチャート。

 何故Eを使用したのか? それはランドルト環を作るのが大変だから……Eのほうが作り易かったんだよ。曲線とか環の切れ目の入れ方とか、複雑だったんだ。


「これを一定の距離、小官は五メートルの距離を取り、片目ずつで測定いたしました。測定していない目は、これで隠します」


 取り出したのはもちろんスプーン。

 笑うな! これが一番、近いんだから! ただし、スプーンの内側には隙間ができないように綿をもふっと貼り付けた、視力測定仕様スプーンだ! もちろんこれを遮眼子とは言わないよ!


「この綿は覗き見を防ぐためか?」

「もちろんそれもありますが、綿を変えることにより、衛生面も確保できると考えて、この形を取りました、ヒースコート閣下」


 消毒液につけて、取り出して拭き……をするよりは、綿を貼ってはちぎりを繰り返したほうが面倒は少ない。

 まあ……消毒しろと言っても意味を理解できない隊員が大多数なので「ふわふわ綿じゃなけりゃ、隙間から光が入るから駄目だ」と説明した方が理解されやすかったというのも事実だ。

 あと消毒液も強すぎて、目に入ったらヤバかったり。


「片目ずつ測定する意味は?」

「どちらかの視力が極端に悪い場合、そちら側が死角になる恐れがあり、その場合は他の隊員をフォローに入れる必要があると考えてのことです、キース閣下」


 幸い極端な視力差を持つ隊員はいなかったので、配置を考えるのに気を使う必要はなかったが、キース中将の身辺を警護するのだから、どれほど注意を払ってもし過ぎということはないだろう。


「そうか」


 わたしが質問に答えている間に、デニスが用意してきたメジャーで五メートルを測り、砂で床に線を引く。

 高官用の会議室なので、床の材質が大理石だから、チョークで簡単に引くわけにもいかないので砂で線を。

 よくやってくれた、デニス。

 線の所まで移動したハインミュラーが、事前の打ち合わせ通り、遮眼子もどきスプーンで目を隠し、エサイアスが指し棒で指したマークの切れ目を答える。


「これなら、客観的に目の善し悪しが分かるね」


 室長が嬉しそう。喜んでもらえて良かった。


「これと同じ表、同じ距離で行うことで視力というものが統一され、可視化されるな。ハインリヒ、どうだ?」


 閣下が背後に立っていたシュレーディンガー博士に問いかけると、


「お見事です。もう少し医学的な説明を加えれば、眼科学会にて発表できるかと」


 なんか仰々しい返事が返ってきたー! 眼科学会ってなにー!

 ……と思っていると、シュレーディンガー博士が簡単に説明してくれた。それによると、最近医学界(眼科限定ですが)では視力というものを世界共通の標準指標を用いて測定しようという流れなのだが、よい標準指標と基準が出てこなくて、困っているのだそうだ。


「大尉が作った視力検査表と距離、そして片目を隠すスプーンは全てを満たしております」


 そ、そりゃあ、それらが完成した世界の記憶を持って、なぞったのですから、基準なんて余裕で満たすでしょうね!


「クローヴィス大尉。ものは相談なのだが、大尉の発明をこの藪(シュレーディンガー)にまとめさせてやってくれないか? もちろん大尉の名も記載する」


 …………はい?

 えっと、なにを仰ってるのですか? 閣下。

 いや、分かりますよ。分かりますけれども……ああ! これが前世の知識による、すげえぇぇ! ってヤツだ。この会議室にいる人たちは「スゲー」なんて言いませんけどね。

 そして地味なスゲーだけど、世界基準の発端になりそう。


「小官の名前は省いてくださっても結構です」


 辞退したのだが「そういうわけにはいかない」ということで、シュレーディンガー博士の論文にちょこっと名前が載ることになるらしい。


「お忙しいでしょうが、是非ともお話を聞かせてくださいませ」


 そうですね、忙しいですね。そして……作ったものが、仕事を増やしてしまうのは何故だ!


「クローヴィス」


 視力検査表についての話が終わった……と思っていたら、


「はい、ヴェルナー大佐」


 久しぶりにヴェルナー大佐の低い声 ―― 怒る直前の声で呼ばれた。

 若干「びくっ!」とするのは仕方の無いこと。


「お前、これ、何時思いついたのだ?」

「えと……」


 一年前にいきなり思い出しました、等とは当然言えない。


「この一ヶ月や二ヶ月ではないだろう」

「はい」

「徴集兵の身体検査項目に追加していたら、配属の基準として使えるので、楽だったのだがな」


 あ……。そ、そうですねー。視力の善し悪しは自己申告。視力が優れないヤツが見張りになったりしたら大変。

 もちろん悪意を持っての自己申告じゃない。自分は目がいいと思っているだけ(・・)という者も中にはいるのだ。

 なまじわたしはヴェルナー大佐に進言できるポジションにいるので、なぜ教えなかったのかと問われてしまうことに……いま、実際問われてる。


「博士とは別に、あとでじっくりと聞かせてもらおうか? クローヴィス」

「ぎょ……い」


 エサイアスとハインミュラーが目を逸らした! ああー。あとで叱責混じりの質問されるんだー。助けろー……いや助けなくてもいいや。お前たちが同じ目に遭った時、絶対助けにいかないから。



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