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【191】少佐、無事を確認する

 国際情勢や国防に忙しいキース中将の身辺を守るのが、わたしの仕事。リーゼロッテちゃんとエリアン君のことは、人間としては大事だが、国家を預かる一人の手を煩わせるわけにはいかない些事。


「イヴお姉ちゃん。カリナお姉ちゃんと一緒にお風呂に入りました」

「カリナ、リーゼロッテちゃんの髪洗ってあげたの」

「カリナ、偉いな。さすがカリナだ。リーゼロッテちゃん、さっぱりした?」


 デニスを車に乗せ、アーレルスマイアー家に寄り、エリアン君から借りた鍵で家へと入り、必要なものをまとめて帰ってきたら、お風呂上がりのほこほことした二人が駆け寄ってきた。可愛い少女が二人とか、お姫さまが二人に増えたよ!

 姉さん、とっても嬉しいよ!


「あったかい、ミートボール美味しい」

「焦がしたもんな」


 アーレルスマイアー家は通いのメイドが午前中にやってきて、掃除洗濯を済ませ、夕食と翌日の朝食を作り帰る。

 電子レンジなどという便利な代物がないので、冷えた料理を温めるのには火が必要。エリアン君も十一歳なので、石炭コンロを使えないわけではないのだが、料理を温めるのはまあまあ難しいのですよ。

 自動で火力調整してくれるわけでもなければ、ボタンやレバーで調整できるわけでもない。全て自力なので……エリアン君は妹に温かい食事を食べさせようと頑張ったようだが、温かいというより、焦げた食事が出来上がっていたらしい。

 でもね、一言言うと男の子は料理できなくても、問題ない時代だから、料理を温めることができなくても問題はない。

 七歳の妹が食事担当にされても不思議ではないような時代なのだが、アーレルスマイアー大佐が「料理を温めるのは家長の仕事」と言い、子供たちのために料理を温めている姿を見て育っていたエリアン君は、自分ですることを厭わなかった。

 アーレルスマイアー大佐、ご子息は立派に育っていますよ! わたしが言わなくてもご存じでしょうが ――。

 ちなみにアーレルスマイアー大佐が調理できるのは、軍人だからです。色々やらされるんですよ、軍人って。

 温かい風呂も同じく、ボイラーを扱えないエリアン君は、石炭コンロでお湯を沸かして二人で体を拭いたらしい。

 一週間くらい風呂に入らない人がざらにいるこの時代、それでも充分ですが ―― たっぷりのお湯で全身洗いたいよね!


 通いのメイドは何もしてくれないの? ―― なにもしませんよ。契約以外のことをしたら馘首(くび)になるからね。

 事件に首を突っ込む人情派メイドで許されるのは主人公だけですよ。普通はさくっと解雇です。

 それにアーレルスマイアー家の通いのメイドは、午後は他の家でも仕事があるのだ。

 生活の糧を稼ぐのに忙しいから、雇い主の子供の世話なんてしている暇はない。

 更に言うならメイドというのは、社会的地位が低い部類なので、司令本部に二人を連れてきてくれても、取り次いでもらえなかっただろう。


「あら、寝ちゃったわねえ」

「疲れていたのだろう。イヴ、エリアン君を客間のベッドへ」

「分かった、父さん」


 エリアン君はすごく頑張ったと思う。実際エリアン君はずっと気を張っていたらしく、風呂から上がり食事を取っていると、うとうととしだし、ついには椅子に座ったまま寝てしまった。

 周囲に大人がいて緊張が解けたのだろう。

 わたしが客間のベッドに運び ―― 運ぶ途中、リーゼロッテちゃんが「お兄ちゃん大丈夫?」とついてきた。可愛い! エリアン君の寝顔は可愛いし、心配するリーゼロッテちゃんも可愛い。

 そのリーゼロッテちゃんと手を繋ぎ、心配しながらついてくるカリナも可愛い。

 家が可愛いだらけになっている!

 もちろん可愛いだけではなく、手間暇がかかる。それらを負ってくれるメイドの二人に「もしかしたら、半年くらい預かる事になるかも知れないから」と前もって告げ、軽く心付けを渡しておく。

 給与は充分支払っていますが、こういうのは気持ちだからね!

 二人とも「子供が二人増えるくらい、どうってことないですよ」と ―― 心付けは受け取ってもらえなかった。


「差し入れしようね、姉さん」

「そうだな、デニス」


 ハンドクリームを大量に差し入れようかな。メイドはどうしても手荒れするから。


 資料の大枠をまとめ ―― 翌日、リーゼロッテちゃんとエリアン君とボイスOFF(ウィルバシー)を乗せ、二人を学校へと送り届ける。


「いいなあ。カリナも車で学校に行きたい」


 うん、気持ちは分かる。そして、不自由をさせていることも理解している。


「落ち着いたら、馬でカリナを学校に連れていってあげるよ」

「ほんと? 姉ちゃん」

「嘘つかないよ。馬借りてくるから」


 金さえ払えば馬は借りられるのでね。


「いってらっしゃい、姉ちゃん、スタルッカさん、ロッテちゃん、エリアン君」


 カリナに見送られ、わたしは二人を銘々の学校へと送り届け、


「これを持っている人以外は偽物だからね。注意するんだよ」


 エリアン君には「迎え」には手紙を持たせるので、必ず封があいていないこと、手紙の中身を確認してから車に乗ることを言い聞かせ、司令本部へと登庁した。

 資料作成のために集められた部下よりも早い出勤だが、隊長としてのブリーフィングもあるので問題はない。

 本日のキース中将の予定を副官のリーツマン中尉から聞き、地図を開き移動ルートを考えたり慌ただしく過ごしていると、キース中将に呼ばれた。


「盲腸ですか?」


 わたしの帰宅後、キース中将が無線と電話を駆使し、ニクライネンさんの居場所を突き止めてくださったそうだ。

 言って下さったら、残りましたのに!

 総司令官閣下にそんな仕事をさせるなんてー!


「一昨日意識が戻ったのだが、もともとあまり言語が明瞭ではない上に、まだ意識が朦朧としていたため、意思の疎通が上手くいかなかったそうだ」


 ニクライネンさんは蒸気機関車に乗るために、馬車で駅を目指していたのだが、その馬車に乗っている最中に意識を失ったのだそうだ。

 聞けば数日前から体調は悪かったのだが、もともと体調が優れない日の多いニクライネンさんは、何時ものこととやり過ごした結果、盲腸がかなり悪化し、気を失ったのだそうだ。

 幸いだったのは、タクシー馬車(キャブリオレ)の馭者が、目端が利き誠実な人物だったので、意識を失い苦しそうにしているニクライネンさんを、そのまま病院へと連れていってくれたことだ。

 これが質の悪い馭者だったりすると、人気のないところに客を捨てて、荷物を持ち逃げしたりすることもあるのだ。

 病院ではすぐに手術をしたが、かなり悪化していたので、意識がなかなか戻らない。

 ニクライネンさんはあまり人と関わらない生活をしていたので、病院関係者もどこに住んでいる人なのかは分からず。意識が戻るのを待ち ―― なんとか意識が回復したので、これから親族について聞けるなと思っていたところ、いきなり憲兵の一団がやってきて……驚いただろうなあ。


「医師の見立てでは、退院まで一ヶ月はかかりそうだとのことだ」

 

 そのくらいはかかるでしょうねえ。手術は一大……事……あれ?


「無事で何よりでした」


 とにかく手術は成功して無事らしいので、リーゼロッテちゃんとエリアン君に良い報告が出来るのは嬉しい。


「退院後も子供たちの面倒を見られるかどうかは分からない状態だ」

「我が家で預かりますので、ご心配なく」

「さすがにそれは悪い。一日、二日程度ならばまだしも、一ヶ月を超えるとなれば、こちらで手を打つ必要がある」


 キース中将、子供二人の面倒を一日二日見る程度で、札束二つ放り投げてくるんですか? てっきり半年預かれと言っているのだと思っておりました。


「こちらで手配を整えるのに、一週間ほどかかる。悪いがその間、あの二人を預かって欲しい」

「はい」


 キース中将が一週間と言ったからには、一週間で片付くのでしょう。

 それまでの間、リーゼロッテちゃんとエリアン君と一緒に楽しく過ごさせてもらいます。

 親衛隊隊長職と資料作成を平行して行い、帰宅してから二人にニクライネンさんの無事を告げる。

 兄妹は大喜び、そしてカリナとクライブも……クライブは付き合わされている感があるが、みんなで喜ぶのは良いことだ。というわけで、わたしもデニスとハイタッチ。ただし、わたしの手は低め ―― わたしが所定の位置に手を置いたら、デニスがジャンプしないと届かないのですよ! 


「というわけで、一週間はうちにいてくれるかな?」

「えーもっと一緒にいたい。カリナお姉ちゃんのおうち、ご飯美味しいし」


 ありがとうリーゼロッテちゃん。その言葉は料理を作ってくれているメイドに伝えておくよ。


「駄目だよ、ロッテ。クローヴィスさんに迷惑がかかる」


 いや、迷惑じゃないよ。気にしなくていいんだよ、エリアン君。子供は大人に甘えるべきというか、二人の生活が安定していないとアーレルスマイアー大佐、仕事が手に付かないだろうしさあ。


「迷惑なんかじゃないよ、エリアン君。俺も弟ができたみたいで楽しいよ」


 デニスにそう言われたエリアン君ははにかむ。その仕草がとっても可愛い。まあ可愛いが十一歳の少年に向かって「可愛いね」などとは勿論言わない。そこは男の沽券に関わる大事なところだから。

 子供たちが寝てから、父さんにキース中将からの手紙を手渡し、二人でウィスキーのグラスを傾けつつ話す。


「うちにいてくれても構わないが……送り迎えのことを考えると、そうも言っていられないのだろうね」

「半年だけ転校は……駄目か」


 転校は負担が掛かるからね。再婚しデニスがこちらに越してきた時には、馴染むまで……デニスは社交力があるから特に問題はなかった。

 蒸気機関車大好き人間ながら、社交的なのだ。まあ別におかしいことではないが。


「どうだろうねえ。でもまあ、キース閣下ならば、二人のことを考え対処してくださるだろう」

「そう思う。というわけで、一週間ほどの面倒を見ることになるけれど……」

「一ヶ月くらい、うちで預かってもいいのだが」

「そうだよねえ」


 わたしとしても、もう少しいてくれてもいいのです。

 一週間って、説明会終了後すぐじゃないですか! 説明会の準備が忙しくて、リーゼロッテちゃんとエリアン君と思いっきり遊べないのは辛いが ―― いつでも遊びにきて良いからね。イヴお姉ちゃん、待ってるから。


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