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【190】少佐、全力でキース中将を補佐する

 リーゼロッテちゃんとエリアン君が言っていた「おじさん」とは母方の叔父さんで、アーレルスマイアー大佐が新兵訓練から前線指揮を執るため自宅を半年近く空ける間、二人の保護者代わりに自宅に滞在してくれる……ことになっていたのだそうだ。

 これはアーレルスマイアー大佐の失態なのだが、叔父のニクライネンさんと顔を合わせて引き継ぎしなかった ―― 時間的な問題で仕方なかったのは分かるのだが……。

 その日アーレルスマイアー大佐は朝家を出て、そのまま新兵の訓練を行うために東方司令部方面へ長期出張へ。

 叔父さんことニクライネンさんは、リーゼロッテちゃんとエリアン君が学校から帰ってくる午後には自宅にいる……はずだったのだが、二人が帰宅しても叔父さんはおらず。

 用事があって来るのが遅れているのだろうと思った二人は、恐怖に耐えながら、兄妹だけで一晩乗り越えたのだが、翌日も叔父ニクライネンさんはやってこなかった。

 食事と洗濯、掃除は午前中だけの通いのメイドがしてくれるので、生活はできるのだが、生活に必要な支払いというものがある。

 とうぜん二人はお金など持っておらず、誰に頼ればいいのかも分からず ―― 四日目になってカリナに泣きついたのだそうだ。

 よく兄妹で四日も我慢したものだ。


「マナー教室に通っている娘の姉が、父親の同僚だったことを思い出し、娘に泣きながら状況を訴えたのだそうです」


 泣いているリーゼロッテちゃんの話の欠片をカリナが上手くまとめ、一緒に来ていた継母(かあさん)に事情を説明し、リーゼロッテちゃんをマナー教室へと連れてきたエリアン君と共に我が家へと連れ帰り、父さんに事情を説明した。

 そして話を聞いた父さんは、外出の準備を整え、司令本部へとやってきた。

 ……で、ただいまキース中将と父さんがお話をしております。わたし? わたしはキース中将の後ろに立って話を聞いているよ。もちろん護衛としてね。


「申し訳ない」


 部下の失態は上官の責任。……失態というほどの失態ではないが、まあ失態と言えば失態かな。


「お顔を上げて下さい、閣下(キース)


 父さんの言う通り、頭を上げてください。

 ここで頭を下げ続けるようなキース中将ではないので、さくっと顔を上げて下さった。父さんがあからさまにほっとしているのが分かる。

 父さんは大臣や総司令官に頭を下げられて、何も感じないようなタイプではないので。わたし同様、小市民だからねえ。


「本当に申し訳ない」

「いいえ。後のことは閣下(キース)にお任せしたいのですが」

「もちろん」


 基本父さんは軍と全く関係ないので、そうなるが……。父さんと視線が合うと、笑って頷いた。

 うん、そうだね!


「お話中済みません、閣下(キース)

「会話を中断するほどの用件か? クローヴィス」

「はい」

「良かろう、発言を許可する」

「アーレルスマイアー大佐のご子息(エリアン)ご令嬢(リーゼロッテ)ですが、よろしければ小官の実家でお預かりいたします」


 父さんが「良く言った」という目をして深く頷いた。

 分かってる、分かってる。子供に頼られたら、手を差し伸べるのが大人というもの。

 父さんが預かりたいと申し出ないのは、軍とは全く関係のない立場だから。こういうのは身内で処理するのが当たり前なので、わたしから申し出る!


「さすがにそれは悪い。今でさえ、スタルッカ(ウィルバシー)を置いてもらっているのだ。そこに二人も預けるとなると迷惑が過ぎる」


 ボイスOFF(ウィルバシー)はわたしが世話をせずして、誰が世話を? なにせあの骨折は……。


閣下(キース)。僭越ながら小官を閣下(キース)の身内と思い、世話を命じてください」


 キース中将は口に手をあてて目を閉じられる。

 色々と考えていらっしゃるのでしょうが、考えてもわたししか居ないと思いますよ、あの二人を預かれるのは。

 独身のままトップに立った弊害……というのはおかしいが、トップは既婚者が当たり前なこの時代、こういう事があると「妻に任せる」ものなのだ。

 社交に家の切り盛りに、夫の職務の補佐 ―― 夫の直属の部下の家族まで、妻は心を砕くのが当たり前。軍高官だってノブレス・オブリージュ。当然配偶者もノブレス・オブリージュ。

 アーレルスマイアー大佐の子供の世話や、それに準ずる手配などは、妻がすべき仕事。ですが、キース中将は独身を貫いていらっしゃるので、妻が担当する部分はどうすることもできない。

 キース中将は微かな溜息をつくと……儚いから止めてください、その溜息は。


「クローヴィス卿。実はアーレルスマイアーの親族は首都に大勢いるのですが、アーレルスマイアーの子女を預かることはしません。理由はアーレルスマイアーの亡き妻の弟、二人の元を訪れる予定の叔父が理由なのです」

「叔父さんは足が悪くて、言葉を発するのが苦手だとエリアン君から聞いておりますが、それが理由なのでしょうか?」

「そうです。幼少期に小児麻痺に罹り、左足の萎縮と軽い発語障害が残りました。アーレルスマイアーの両親や親族は、そういった身内がいる職業婦人との結婚を許さず、絶縁状態になっているのです」


 知らんかったー! そして意味わかんねー!

 きっとアーレルスマイアー大佐の親族とは仲良くなれんわ! 家族とは仲良くなれるけれど。頼ってもらったのだから、きっと仲良いと言っていいはず。


「それは大変ですね」

「色々とありますが、ここで他人の考えを問い質す気はありません。クローヴィス卿、小児麻痺の後遺症が残る叔父を持つ子ですが、預かって頂けますか?」


 ふあ? なにを仰っているのですか? キース中将。


「ええ。気にもなりません」


 個人情報的な問題があるので、明かしませんが、父さんの顧客には麻痺を患っている方もいらっしゃるしね。というか、ポリオの後遺症で結婚反対? それも、当人じゃなくて弟って……よく分からんが、分からんままでいいや。


「クローヴィス。迷惑をかけることになるが、二人をしばらく預かってくれるか?」

「はい、喜んで」


 わたしに頼んだあと、キース中将は再び父さんに頭を下げる。


「本来でしたら、この地位には家庭を持った男がつくべきなのですが、何故か独身のわたしが任じられてしまいまして。我が儘を押し通し生きてきた結果、部下のご家族に迷惑をおかけすることになってしまい、至らぬ我が身に恥じ入るばかり」

「そのようなことを仰いますな。閣下(キース)がそれらを捨てて国家につくされていることは、我々は皆、存じております。わたくしめはもう五十を越え、一般兵としてすら閣下(キース)のお役にたつことは出来ませぬ。そのわたくしにとり、こうして閣下(キース)のお役に立つ機会を得られること、嬉しく思っております」


 そんなに仰々しくなさらんでも、よろしいのですよキース中将。

 子供二人預かるなんて、大したことじゃないので。

 ほら、この時代は子供の預け先といえば近所じゃないですか。だからご近所さんが、困った時は子供を預かるのはごく普通のこと。

 親戚だって何かあれば預け、預かるのですよ。

 だからみんな、わりと慣れているのですよね。


「ニクライネンについては、早急に所在を確かめますので、それまでお願いしたい」

「お忙しいとは思いますが、よろしくお願いいたします、閣下(キース)


 父さんとキース中将は立ち上がり握手をした。

 こうして「リーゼロッテちゃんとエリアン君、我が家でお預かり協定」が結ばれました。

 さて、いつものことですが、トップは協定を結ぶまでがお仕事。実務はわたしと継母(かあさん)の出番となります!


閣下(キース)。二人を預かるに際して、軍用車の貸し出しを許可していただきたいのですが」

「理由は?」

「二人を学校まで送るためです。あの二人が通っている学校は、我が家からですと、距離もありますし、慣れていない道ですので、二時間近くかかるかと」

「学校か……エリアンはもう十一だ。二時間くらい歩けと思うが、娘のほうは無理か」


 キース中将は同性に厳しい。とは言っても、エリアン君はキース中将が仰る通り十一歳なので、二時間くらいは歩けるとわたしも思いますが……でもわたしとキース中将って、十五歳で士官学校に入学した、世間一般でいうと「体力が尋常じゃない」人間でして。


「朝はわたしが送り、帰りは運転手付きの車で実家まで送るように手配を」

「そうだな。アーレルスマイアーの子供に関しては、クローヴィスに一任する。クローヴィス卿、失礼します」

「父さんは、スタルッカ(ウィルバシー)も連れて、馬車で先に帰宅して。わたしとデニスは準備を整えてから帰るから」


 骨折している副官を帰し ――


「クローヴィス。当面はこれで」


 執務室へと戻ったキース中将は、私物金庫を開けて現金を掴み、わたしへと放り投げる。もちろん咄嗟に受け取りましたが、札束二つってなんですか?


「兄妹の生活費だ」

「どう考えても多すぎるのですが」

「せめて金くらい出させろ」

「ですが……」

「わたしの我が儘で、本来ならば既婚者が対応すべき事を、お前に押しつけることになったんだからな」


 キース中将が独身なのは、我が儘じゃないと思いますが……時代的に我が儘って言われてるんだろうなあ……影で。

 キース中将に正面からかかっていくのは恐いから、きっと陰でこそこそと……自分のことではありませんが、イラッとしますね! 結婚していなくとも周囲がフォローするからいいじゃないですか! 個人に頼るのではなく、行政側がしっかりとしたシステムを作ってだな! ……政治的なことはわたしにはなにもできないので、それはさておき、影でごちゃごちゃ言ってるヤツなんて、ぱしゅっと撃ってやる! もちろん気持ちだけですが、命じられたらぱしゅって!


「鬱陶しい陰口をたたいているのがいるのでしたら、いつでもご用命を。これでも射撃の腕には自信がありますので」

「お前の腕が優れているのは知っているが、その程度の相手、お前に命じなくとも潰せるから気にする必要はない。主席宰相(リリエンタール)閣下ほどではないが、これでも政治力を持っているからな」


 さすが四十代前半で総司令官になった御方。儚い笑顔とは裏腹にえげつないことするのだろうなー。まさに儚い詐欺。


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