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【019】少尉、閣下の婚約者について知る

 執事に案内された部屋には、幼年学校時代の閣下の写真がずらりと並べられていた。

 アディフィン王国の幼年学校は、男子のみが入学できる、軍のエリート将校を養成する学校だ。

 士官学校との違いは年齢。士官学校はどの国でも十五歳から入学可能だが、幼年学校は十二歳から入学可能。

 三歳差だが、この三歳差がかなり大きいらしい。

 士官学校は五年制で幼年学校は三年制。幼年学校を卒業した者は試験なしで士官学校に入学できる……アディフィン王国では。


「すごい写真の数ですね」


 幼年学校時代の閣下の写真は、かなりの枚数があった。

 百枚超えそうなほど。

 写真なんてまだ一般的じゃないこの時代を、さらに遡ること二十余年前。

 当時は写真はもっと高価な物だったはず。実際うちは父さんの子供の頃の写真はないし、閣下のこの写真に該当するあたりで我が家にある写真といえば、両親の結婚式と、幼い頃のわたしを挟んだ家族写真くらいだ。

 その時代に幼年学校時代の写真だけでこの枚数って。

 閣下、意外と写真撮られるの好きなのかな。


「笑顔はないんでしょうか」


 ただ写真の閣下は、どれも澄まし顔というには険しすぎながら、熱もない醒めた感じがする表情ばかり。とても好きで写っているようには見えない。


「笑顔を写真で残すなど、王室の権威に関わると言われていた時代でしたので。とくに男性は笑いません。少尉殿も微笑んでいる女性の肖像画は思い浮かんでも、笑みを浮かべている男性の肖像画など思い当たらないかと」

「ああ……そういう時代でしたか」


 たしかに閣下の写真に、威厳はあるけれど……年相応に笑っている写真もあったら良かったのになあ。そんなことを考えながら、閣下が一人で写っている写真に全部目を通したがどれも違った。

 つぎに誰かと一緒に写っている写真を確認したら、あった!


「この写真の閣下です。小官が見たものは、隣の女性はカットされていましたが」


 セピア色の十四歳の閣下と、波打つ豊かな髪が腰まである、コルセットで腰を極限まで細くした少女。閣下は他の写真同様だが、隣に立っている少女は幸せそうな笑みを浮かべている。

 セシリアの残した写真から、まさか隣に少女が立っているなど、想像も付かなかった。


 少女と並んでるんですから、もうちょっと表情どうにかなりませんかね? 閣下。


「この写真ですか」

「間違いありません。こちらの女性は?」

「閣下の婚約者だった、メルツァロフ公爵令嬢エカチェリーナさまです」

「閣下の……婚約者……」


 なんか、心がざわつく……いや、閣下に婚約者がいるのは当然だよ。むしろいない方が驚く……はずなんだけど、なぜか驚いてる自分がいる。

 この姫君、閣下のこと好きだったんだろうな……嫌だな……なんだろう、嫌だなって。


「二人が結婚することはございませんでしたし、この先もございません。エカチェリーナさまは過去の女性(ひと)です」

「そう、なんで、すか」


 落ち着け。閣下の婚約者に動揺している場合じゃない。

 この婚約者が重要な鍵を握っているかもしれないんだ。


「この女性について、教えていただきたいのですが……ご存じでしょうか?」

「わたくしめが知っていることは、すべてお教えいたします。その前に少尉殿は、閣下とルース帝国の関係について、どこまでご存じですか?」

「閣下の母君がルース皇帝の姉上だったことくらいです」

「そこをご存じならば、話は早い。閣下はルース帝国最後の皇太子なのです」

「アレクセイではなく?」


 アレクセイが最後の皇太子だから、王政復古を掲げたんじゃないのか。


「はい。ルース最後の皇帝と皇后の間には、長年子供は皇女しかおりませんでした。ルース皇帝パーヴェルは、皇后が第四皇女を産むと、産褥の床についている皇后に向かって”姉の子を皇太子に冊立する”と宣言しました。姉の子、それが閣下です。ルース貴族たちも、神聖皇帝を祖父に持つ閣下の受け入れには好意的でした。ただ国外から皇帝を迎えるということで、妃は国内貴族からと決まり、帝室に近いメルツァロフ公爵の令嬢エカチェリーナさまが選ばれ、婚約と同時に皇太子に冊立されたのです。少尉殿が見た写真は、その時のものです」


 ん? なんかそれっぽい話だが、おかしいぞ。


「なぜメルツァロフ公爵の令嬢と? 皇女を迎えるのが筋では? それともメルツァロフ公爵の令嬢は皇女を凌ぐような血筋の方なのですか?」


 従兄弟同士の結婚は、王族間ではめずらしくないから、皇女を皇后として娶ればいい。

 ただ皇女の母親は我が国の王女なので、メルツァロフ公爵が国内の超有力貴族と婚姻を結んでいるとか、どこかの凄いいい血筋の女性を妻に迎えているとかなると……いや、それでも皇帝の娘だろ。


「そうですね。あまり若い女性にはお話したくない内容でしたので省いたのですが、少尉殿を誤魔化すことはできませんでしたか」


 若くない、若くないから。そこ重要な可能性があるから!

 執事さんは本棚から、分厚い革表紙のアルバムを取り出した。表紙には双頭の鷲。

 執事さんが開いて見せてくれたページには、わたしや執事さんと同じくジュストコールを着てベストを着用し、クラヴァットで襟元を飾っている若い閣下と、美少女が並んで写っていた。

 セピア色なので色会いはわからないけれど、大きな瞳にまろやかな頬、可憐な微笑みが浮かぶ口元。すべてのバランスが取れているかなりの美少女だ。ただ閣下より、ちょっと年上っぽい。


「第一皇女アナスタシア殿下です。閣下の最初の婚約者でした」


 さすがに二回目は、ショックはないが……そっかあ、そうだよなあ。十代前半で婚約者決まる世界だもんなあ。

 閣下、あの……美少女と一緒に写っているのに、なぜそんな表情なのですか。表情を崩せないとはいえ、もう少し緩い空気を纏ってもよいのではありませんか?


「少尉殿はスタニスラーフ・マトヴィエンコをご存じでしょうか?」

「もちろん知っております。シャフラノフ王朝崩壊の切っ掛けとなった、怪僧マトヴィエンコですね」


 閣下の婚約者が変わった理由に、怪僧が関係してくるのか。怪僧は国事に口だししていたから、閣下と第一皇女の婚約破棄を進言した……それなら、べつに隠すような内容じゃないか。


「はい。あの怪僧マトヴィエンコは、それはよからぬ術を使う男でした」

「術……ですか」

「怪僧マトヴィエンコの精をその身に受けることで、願いが叶うという術です」


 なにその異世界転生ハーレム勇者のスキルみたいな術。でもルース帝国を乗っ取ったくらいだから、信じた人大勢いたんだろうな。


「あ……それは、要するに男女関係になると」

「はい。そして願いの大きさにより、精を受ける者が大勢必要であるとも言っていたそうです。皇后は跡取りを産めぬことを、随分と悩んでいらっしゃったようです。そして皇帝が閣下を皇太子として冊立すると宣言されてから、二人ほど子を産んだのですが、どちらも皇女。皇后は追い詰められ怪僧マトヴィエンコに縋るようになりました」


 あ、これ聞くと胸くそ悪くなる話だ。

 聞き終わったら銃乱射したくなる系だよ、これ。


「願いが叶うという怪僧マトヴィエンコの精。どれほど切望しても、皇后はそれを受け入れるわけにはいきません。生まれて来る子がどちらの子か分からないでは、意味がないので。そして怪僧マトヴィエンコは皇后に囁きました。”皇女たちは、弟が生まれることを切望しているはずだ”。皇后は第一、第二、第三皇女を怪僧マトヴィエンコに差し出しました」


 執事さんが、アルバムに挟まれていた手紙を差し出した。

 差出人はアナスタシア・シャフラノヴァ。手紙は一言「あなたの妻にはなれません」文面は断りだけど、文字が哀れなほど震えている。

 きっとそういうことなんだ。


「ルース帝国の宮中では、三人の皇女が怪僧マトヴィエンコから毎晩のように精を受けていることを知らぬ者はいないような状態となり、閣下とアナスタシア皇女の婚約は破棄され、メルツァロフ公爵のご令嬢が選ばれたのです」

「そうなる前に、助けられなかったでしょうか」


 メルツァロフ公爵って、怪僧マトヴィエンコ排除に動いて、みごと殺害した人だよな。その後、革命で殺害されたけど。


「メルツァロフ公爵にとっては、閣下と年の頃が合う三人の皇女が、怪しげな男に汚されれば、自分の娘がルース皇后になれますから。その頃は積極的に排除などしなかった……閣下のお言葉です」


 死ね! メルツァロフ!

 生きていたら、わたしが殺しに行くわ!


「年端もいかぬ第四皇女も怪僧マトヴィエンコに捧げられ、皇后は妊娠しアレクセイ皇子が生まれました。それにより怪僧マトヴィエンコは強大な権力を握り、そこでメルツァロフ公爵は初めて焦り、排除に動き出したのです」


 娘を変態に差し出して、皇子が生まれるわけないじゃないか!

 たまたま生まれたんだよ。皇女を怪僧に差し出さなくたって生まれたんだよ!

 染色体の説明ができないのが辛い。いまさら説明したところで、誰も幸せになれないのも辛い。


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