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【186】隊長、人事局に出頭する

 無事戻ってきて下さったキース中将と合流し、閣下とアイヒベルク閣下にお別れして保養所へと戻った ―― 熟成中のヘラジカ肉は奪われることもなく、更にキース中将が追加で三頭ほどヘラジカを狩り、先に戻った隊員たちへの土産に。


 部下たちと話をしていたところ、アレリード曹長の私物の刺繍が目に入り普通……よりも少し下手だったが、棒人間刺繍よりは遙かマシになっていたので「練習したのか?」と尋ねたところ「彼女が出来たんです」とのこと。

 この時代はネーム刺繍は女性の仕事なので、彼女ができたら当然してもらう……らしい! 彼氏いたことないから知らない! いや閣下は彼氏という枠なのかも知れないけれど、一般的な彼氏とは違うので! でもたしかに、わたしも刺繍した。

 わたしと閣下の関係は良いとして、みんなで取り囲んで惚気話を聞き出したところ「戦争が終わったら、結婚するんです」と、照れながら聞かされたわたしの気持ちたるや ―― なんでお前、そんな特大死亡フラグ立てるんだ! 止めろ! そんな不吉な台詞を吐くなー! 戦争終わる前に結婚しろ! アレリード曹長!

 わたしは激しく今すぐ結婚をお勧めするー! ……なのですが、残念なことに、曹長の恋人は服喪中なので結婚するわけにはいかないとのこと。

 時代的に服喪は庶民でも結構厳しいのだ。上流階級になると、もっと厳しいけれどね。

 それはともかく、一級フラグ建築士みたいなことをしでかしたアレリード曹長の身辺には、それとなく注意を払わなくてはならないと、強く思った次第です。


 こうして野生動物や賊の襲撃もなく、また誰も怪我をすることなく、無事にキース中将の夏期休暇は終了した。

 保養所には保守点検作業を行う兵士たちがやってきたので引き渡し、わたしたちはキース中将とともに麓へ降りて、そのまま最終蒸気機関車で首都へ。

 五駅目のホームで号外が売られていたので、急ぎ降りて五部購入する。一面には大きく「共産連邦がノーセロート王国に宣戦布告」と書かれていた。

 一部をキース中将へ渡し、残り四部は部下たちへ。

 部下たちに与えるべき情報を与え、不安を取り除くのがわたしの仕事 ―― 一応わたしはこの時期に戦争が始まるのを聞かされていたので、そんなに不安はないのです。

 キース中将はじっくりと号外に目を通す。

 わたしは向かい側に座り、蒸気機関車の振動を感じながら『絶対来いよ、レオニード。そして圧勝しろよ……お前を応援するのは、甚だ不本意だが。お前が圧勝しないと、オゼロフが出てこないから、勝て! でも負けて欲しい!』そんなことを思っていた。


 複雑な軍人心ってやつですよ。


 キース中将が仕事に復帰 ―― 書類が山積みになっているなどということはなく、


「ユルハイネン君、優秀だったよ」


 室長がユルハイネンを上手く使って書類を処理してくださったそうです。

 残していってよかったユルハイネン。お役に立って良かったです。粗ちん野郎ですが、お役に立ちましたか。


「隊長、お久しぶりに拝見しましたが、さらに逞しくなりましたね」

「まあな」


 毎日高地を二十キロほどランニングしていたので、逞しくはなっただろうなあ。心肺機能がきっとアップしたはず。時間があったら八十キロ走でもしてみようかしら。きっと自己最高記録が出るだろう。

 そんな感じでユルハイネンとその部隊の者たちと久しぶりに顔を合わせ、困ったことはなかったか? などを聞き ―― 問題はとくになかったらしい。さすが室長、なにもしていないようで、完璧です。

 室長? ああ、官房長官として政府のほうに戻られたよ。


「隊長。人事局より出頭命令が届いています」


 なにか報告はないかと尋ねたところ、事務処理担当の軍属が、机の引き出しを開けて書類を取り出した。


「誰からだ?」

「昨日届いた、局長のヒースコート准将からの出頭命令です」

「…………」


 受け取ると確かにレイモンド・ヴァン・ヒースコートのサインが。

 我が国は非常に高位軍人が少ないので、一人が幾つも兼務する形になっている。人事局局長は将が任じられるが、普段は副局長の佐官一名と補佐官の尉官二名が局を預かっているため、ヒースコート准将直々の呼び出しというのは非常に珍しい。


「病院で隊長のこと、食事に誘うって言ってましたもんね」


 いつの間にかやってきたユルハイネンが書類をのぞき込み、そんなことを言う


「ああ……そう言えば」


 可愛いカリナを連れシャインマスカットを配った時、そんなこと言われたな。すっかりと忘れてましたけど。

 さて局長直々の出頭命令ですので、早々に出向かなければなりません。

 キース中将に書類を見せると、


「……そうか。まあ、そうなるだろうな。行ってこい」


 なんか納得していた。なんですか その台詞? 不吉な予感しかしませんが、行かないという選択肢はない。


「隊長。お供させていただきます」

「あんまり無理するなよ」


 職場復帰したボイスOFF(ウィルバシー)を連れて人事局へ。

 骨折治ったの? いや、まだ完治には程遠いが、本人が職場復帰を希望したので、無理ない範囲で仕事をさせることに。

 もちろん住居はまだまだ我が家です。腕の機能が回復するまでだから、最低でも今年いっぱいは同居だな。


 生理的に嫌な声だが、仕方ない。それが隊長の務め。


 人事局は司令本部から徒歩五分のところにあるので、いまだ腕を吊っているボイスOFF(ウィルバシー)と共に徒歩で向かい ―― 受付で出頭命令書を見せて、やってきた准将の秘書官に連れられ人事局長室へ。

 もちろん人事局局長室がどこにあるのかは知ってますが、ここは黙って案内されるべき場面なので。

 局長室前を守る衛兵に秘書官が頷くと、一人がドアをあけた。

 ドアの向こう側は、見慣れた指揮官室 ―― 正面の執務机の両脇に国旗と軍旗が立てかけられ、壁には初代国王の肖像画と現国王ガイドリクス陛下の写真が飾られている。

 執務机の前には重厚なテーブルと、それを挟んで一人がけのソファーが一つずつ設置。大きめな窓から光が差し込み、室内には秘書官が二名と護衛が四名、典型的な司令官室ですね。


「イヴ・クローヴィス大尉。出頭いたしました」


 敬礼してから入室する。

 机に足を乗せて座っていたヒースコート閣下は、


「良く来てくれた、イヴ・クローヴィス少佐(・・)


 不吉な言葉で出迎えてくれた。

 わたし大尉です、少佐ではありません。ええ、大尉ですとも! 大尉なんですって!


「プリンシラ……今はスタルッカか、まあどちらでもいい、入ってこい。少佐(・・)殿にコーヒーだ」


 机から足を下ろしたヒースコート閣下が、机前の一人がけのソファーにどっしりと腰を下ろす。


「まあ座れ大尉(・・)


 くっそー。ここで少佐と言われたら断れたが、こういう時は大尉で攻めてくる。さすが准将閣下。


「失礼いたします」


 ソファーに腰を下ろし、軽く握った手を膝の上に置き、正面のヒースコート閣下をしっかりと見つめる。

 これ佐官昇進の最終面接じゃないですか! 人事局局長との面接ってそういうことですよね! わたしは二十四歳(このとし)で、佐官に昇進してしまうのか?

 内心「ああああ」だが、表に出すわけにもいかず、室内は静かなまま、テーブルにコーヒーが置かれた。


「砂糖やミルクは使うのか?」

「ミルクを」


 給仕がミルクポットを静かにテーブルに置き退出する。


「飲め」

「はい」


 給仕されたものを飲み食いしたら、昇進を逃すと聞いたことはあるが、わたしとしては昇進したくはないので、積極的に飲みにいきます。というわけで、ミルクを入れてから一気に飲み干す!

 少佐昇進なんて御免です!

 正面で同じくコーヒーを一気飲みしたヒースコート閣下は、


「飲んだら昇進しないって聞いたことないのか?」


 これでもか! というほど楽しげに聞いてきた。


「あります」

「それでも飲んだのか」

「噂でしかありませんので」

「噂でしかない……か」

「本当に注意すべき点ならば、キース閣下が教えて下さったはずです」


 言っておきながら、キース中将は教えてくれなさそうですが! 自分の道は自分で切り開け! 的なところありますよね。恋愛相談には乗ってくれますが。


「そうか。総司令官閣下がわざと教えなかったとは考えないのか?」

「要は昇進させないために、教えなかった……この解釈で間違ってはおりませんでしょうか?」

「間違っていない」

「その場合、小官は少佐を拝するには力不足と、キース閣下が判断なさっただけのことかと」


 答えたところ「ご名答」みたいにヒースコート閣下が手を叩かれた。


「コーヒーを飲もうが飲むまいが関係ない。クローヴィス大尉の昇進は確定だ」


 父さん、継母(かあ)さん、天国の母さん、あなたたちの娘は軍人家系に生まれついたわけじゃないのに、二十四歳で少佐になるみたいですよ。


「確定していたのですか」

「ああ。この面接は形式上のものだ。実際の面接は三週間ほど前の、軍病院で終わっている」


 大女であるわたしに賛辞を下さったことは覚えておりますが、面接的なお話はなにもしていなかった筈です。


「病院でお前さんの部下に対する態度の良さと、部下たちのお前さんに向ける信頼。部下ではないが、共に作戦行動を取った者たちも、お前さんのことを認めていたのが見て取れた。オディロン襲撃事件に関わった者、全ての報告書に”大尉は昇進すべき”という意見が書かれていた。コールハースの殉職に伴い、少佐の席を早急に埋める必要もある。陛下の暗殺阻止と総司令官襲撃阻止、この二件の突発的な事件で指揮官を務め、最善の結果を出した。更には射撃、乗馬の国家代表だ。むしろ少佐に昇進しないほうがおかしい」


 ……報告書全て?

 わたしの斜め後ろに控えているボイスOFF(ウィルバシー)を振り返り、視線を合わせると、それはそれは「きりり」とした表情で頷いた。

 いや、多分お前がわたしの視線で感じたことと、わたしの本心は全く別だと思うよ。

 わたしは出世したくはないというか……本人に悪気がないのは分かるが、余計なことを書いてくれたもの……ああ、カリナ一生懸命書いてくれたんだ。

 カリナありがとう。でも、姉さんちょっと困ってるー。


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