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【183】隊長、できる限りのことをしようと考える

 マルムグレーン大佐ですが、閣下の隠し子ではないそうです……うん、以前今の本名を教えてもらった際「元は庶民」と言われていたのを覚えていたので、そこは疑っておりませんでした。

 でも、


「ルース野郎のサーシャの疑いまで、解いてやらなきゃならんのか」


 個人情報再びダダ漏れ!

 止めて、キース中将。サーシャは止めて! サーシャだからルース人なのは分かってますけれど、ルース野郎も止めて。

 四十代以降の人たちはさらっとルース野郎って言っちゃう!

 ……というわけで、噂は噂だということがはっきりと分かりました。

 女性関係についてですが、


主席宰相(リリエンタール)閣下は全員リスト化しているから、聞けば完璧に教えてもらえるぞ」

「リスト化?」

「相手の名前、髪と瞳、肌色に身長体重、他身体特徴、何年の何月何日、何時何分から何時何分まで何処でというのが記載されたノート、更には関係を持つ理由、取引内容、期間などの契約書が取り交わされている。ビジネスライクそのものだな」


 なんだろう。関係があるというのを聞かされたのだが、全くダメージがない……。どうし……ああ! そうだ。かつてわたしが懐いていた「閣下のイメージ」そのものだからだ!

 そういうイメージありました。

 そうかー意外とイメージは、間違ってはいなかったんだー。

 もちろん、そこまで事細かに記録しているとは思いませんが、行く先々に隠し子が現れるのだとしたら、必要なこと……なのでしょう。

 関係持たなきゃ良かったのでは? という考えが過ぎるも、そうしなくてはならない、理由がおありだったのでしょう。


「契約に関しては公証人を立てて行っている。立ち会いとして王族が立つのも珍しくはない。これは我が国にはない”公妾”という制度を採用しているからだとか。ただ通常の公妾と違うのは、愛情が一切ないこと。普通は気に入った愛人の中から選び、その地位を与えるらしいが、あの人(リリエンタール)は使い勝手の良い女を選んできたらしい」


 そう言えば閣下、以前わたしを妾にしようと思っていた……と言っていたなあ。国によっては公妾(そんな)制度があるのか。


「公妾って妾の中で最も偉い……と解釈してよろしいのでしょうか?」

「それで間違いはない。妾は大勢いてもいいが、公妾は一人だけだそうだ。かなりの権力を持つらしい。あの人(リリエンタール)は当初、お前を公妾に据えるつもりだったらしいな」

「妾とは聞いておりましたが、公妾とは聞いておりませんでした」


 聞かされても意味は分からなかったでしょうがね。


「公妾は旧パレ王家やブリタニアス王家の制度だ。ルースでは寵姫という表現を使うとか。俺もルースの宮廷事情には詳しくないので、陛下から教えていただいたのだがな。ルースの宮廷事情を知ることになるとは、思ってもみなかった」


 キース中将はそう言ってふわっと微笑まれた。

 柔らかさなど欠片もない顔だちと色彩のくせして、柔らかく花が咲くような微笑みとか。バックに月下美人が咲くのを幻視できるレベルで儚い。


「本当にご迷惑をおかけいたしました」


 キース中将の精神に負担を掛けるので、あまり閣下のことは相談しないようにしよう。


「いいや。それと俺に相談するのを止めないように」

「……」


 いやー負担になってますよね。


「俺はツェサレーヴィチ・アントン・シャフラノフは嫌いだが、嫌いではない。最初にそう言っただろう」


 キース中将はそう語って下さいましたね。

 覚えております。尊敬しているし、命令されたら死ぬのも厭わないが、思うところがあると。


「はい」

「だがお前とあの人(リリエンタール)の話をするのは嫌いじゃない。俺があの人(リリエンタール)に対し、隔意を懐かなくなる日は死ぬまでないが……お前が語るアントンの話を聞くのは嫌ではない」


 上手に表現することはできないし、わたしの勝手な推測だけれども、キース中将はもうルース帝国を許したい……いや恨みたくないと思っているのではないだろうか。

 よく言うじゃないか、恨むというのはとても疲れると。

 わたしは前世を含めて平凡に生きてきたので、そういう感情に囚われたことはないけれど、二十年も前になくなった、かつての敵国家に縛られ続けるのは……。


「そうですか。では閣下(キース)を身内と思って、これからもこういった話をさせていただきますね」


 常々キース中将には幸せになって欲しいと思っていたのだ、少しでもお役に立てるのなら! 閣下関連で相談するようなことに直面したくはないのですが……閣下への惚気でも心軽くなるかなあ?


「ああ」

「ではこれから、この話題の時は、兄と話しているつもりで話させていただきますね」


 年長者といったら兄だよね!


「……はあ? あに?」

「え、駄目でしたか。馴れ馴れしかったでしょうか」

「身内と言ってもらえるのは嬉しいが、兄はないだろう。精々良くて叔父だろ」


 そこですかー! そこを突っ込んでくるんですかー! こんな儚い叔父さんは嫌だー!


閣下(キース)はご存じでしょう。わたしには”おじ”が大勢いることを」


 父さんが九人兄弟という時点で、おじさんが八名確保できてしまいます。実母も十人兄弟で、なくなった人を含めると六名のおじが。継母(かあさん)も七人兄弟で、四名の伯父が。


「二十人近くいたな」

「これに何故かヤンソン家も混ざるので、二十名越えております」


 デニスの実父(オスカー)の兄弟さんたちも「おじって呼んでくれ」と ―― 親戚付き合いしているのです。

 この時代は親戚の範囲は広いので付き合うのはおかしくはないのですが、とにかくおじさんは余るほどいるのです。


「仲が良いんだな」

「はい。兄と思うというのは……弟はデニス一人で充分でして」

「俺もお前の弟にはなりたくない。だが……気持ちとしては、おじに話しているつもりのほうがいいのでは?」

「おじは姪に甘いイメージしかないので。兄はきっと優しく厳しく接してくれると思いますので」


 あくまでも当方の勝手なイメージですが。


「……そうか。そうだったな、叔父は甘いよな。俺にはあの甘さは無理だな」



 キース中将は早くに両親を亡くして、唯一の身内であった母の弟に引き取られた。その叔父もキース中将が士官学校に入学したのを見届けてから亡くなり、以降キース中将は天涯孤独 ―― 叔父さんについては名前くらいしか知りませんでしたが、キース中将に優しくて甘い叔父さんだったのですね。



 叔父さんのことを思い出したキース中将から、下がるよう命じられ ―― きっと大自然を眺めながら、思い出に浸られるのだろう。



 夕食はオイルサーディンはアヒージョに、じゃがいもとの重ね焼き、野菜のオーブン焼きにパスタという、オイルサーディン尽くしだった ―― もちろんそれ以外のメニューもあるよ。

 それにつけてもじゃがいもと魚の相性の良さが凄い。

 サーモンとディップにしてもよし、干し鱈と重ね焼きにしてもよし、アンチョビと混ぜてグラタンにしてもよし、そしてオイルサーディンとも相性抜群。

 じゃがいもって凄い。大事なことだから何度でも言うよ。じゃがいもって凄い。


「いかがですか? 大尉」


 給仕をしてくれているトッリネンに味を聞かれる。


「オイルサーディン料理は、どれも美味い。どの料理も五倍くらいあっても食べ切れると、断言できるくらい美味い。あとでクーラにも直接言いに行く」


 美味しいってのは、直接言いたいよね。偏屈な料理人とかなら足を運ばないが、クーラは気さくなので。


「ふぉ……そうですか。きっとクーラも喜びます」


 オイルサーディン尽くしで足りない分はもちろん肉で補いました。


「隊長、食いますね」

「ああ。憲兵からの尋問(お食事会)閣下への報告(恋愛相談)が終わって、気持ちが楽になったから、食事が進むんだ」

「お疲れ様でした」

「実際はそんなに大変じゃなかったんだけどな」


 悩みがなくなった今宵のわたしは、大食い大会に出場したら余裕で優勝できそうなくらい、食が進んでいます。

 デザートは夏の定番お菓子、フレッシュブルーベリーを使ったタルト。冬場は煮たものを使うので、かなり食感が違う。


閣下(キース)が狩ったヘラジカを食べるの、今から楽しみ」

「これだけ料理食いながら、それを言える隊長の健啖ぶりには恐れいります」

「その時、俺たち交代でいないんですよ」

「残念ですね」

「お前たち用に、わたしが狩ってやろう」


 ははは! 今ならヘラジカの一頭や二頭や三頭や四頭、軽く狩ってやるぜ! 二頭を吊して両手で腹を割いて処理するくらいやれる!


「隊長、なんかご機嫌ですね。なにか良いことあったんですか?」

「まあ……あったな」


 下らない噂に惑わされた自分を恥じもしたけど。同じ失敗は二度としない……つもり!


「やっぱりキース閣下ですか?」


 キース中将に相談できたのが大きいのは確かだ。これからも相談できるし、相談することで閣下とキース中将の隔意を少しでも減らし、囚われている気持ちを少しでも楽にできるように。


「そうだな」


 ん? なんだ? 食堂の空気が一瞬にして生ぬるくなった……ような気がする。

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