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【177】隊長、コーヒーを楽しむ

 新生ルース帝国が倒れたとノーセロートが宣言しました ―― これにより、我が国の陸軍はフォルズベーグ側に展開します。

 何で?

 ノーセロートが調子に乗って攻めてこないよう、国境の守りを更なるものにするためです。

 攻めてくる可能性あるの? 調子に乗って攻め込んでこないとも限らないのですよ。

 エジテージュ二世は父親に似て軍人帝だからね。


 隣国の情勢に変化はあったが、護衛が任務のわたしには直接関係はないので、普通に職務を終え、礼服姿のまま少しばかり遠回りをして帰途につく。

 遠回り先はベルバリアス宮殿。

 閣下を拝見できたら嬉しいなって……まあ、拝見なんてできないんだけどねー。拝見できたらいいなと思いつつ、宮殿の外周を散歩して帰る。これはこれで楽しい。


「クローヴィス大尉」


 半周を少し過ぎたところで、前方から馬を駆り近づいてきたベルナルドさんに声を掛けられた。


「お久しぶりです、フィッツァロッティさん」


 ベルナルドさんが悪いわけではないのだが、フィッツァロッティさんは舌を嚼みそうになる。そう思うとパレって良い苗字ですよねー。もちろん、往来では言えないが。


「こちらへは何用で?」


 馬から降りたベルナルドさんの呼吸が荒い。


「散歩がてらに閣下のお姿を拝見できたらいいなと」

「そうですか。ではご面倒でしょうが、どうぞ宮殿へお越し下さいませ」


 わたしはベルバリアス宮殿に立ち入り自由らしいのですが、閣下はお忙しい御方ですので。特に本日は隣国にて勝利宣言が出されるなどと、政治的にきっと色々あるでしょうから……


「本日はお忙しいでしょう。連絡も入れておりませんし」


 親しき仲にも礼儀ありですから。会う前に連絡を入れるのは必須かと。特に閣下のような御方には。


「全く問題ございません。ティキの野郎(エジテージュ)が今日勝利宣言を出すことなど、一ヶ月も前から予測しておりました。今日の出来事なんぞ、あの人にとっては想定範囲内過ぎてつまらなくて仕方ない状態です。気にする必要などございません、どうぞ!」

「よろしいのですか?」

「よろしいもなにも。ここでクローヴィス大尉を逃がしたら、わたくしめがお叱りを受けるので。助けると思って!」

「ここでフィッツァロッティさんに会えて良かったです」


 閣下にお会いできるー。


「わたくしめも、追いつけて良かったです。はあ……」


 深呼吸し馬を引き歩き出したベルナルドさんの後について、ベルバリアス宮殿へ。

 馬を預け、宮殿内に入ると、いきなり以前のことについて話し掛けられた。


「クローヴィス大尉、以前にも宮殿へとお越しになり、周囲を見てから帰られたことありますよね」


 はっきりとは思い出せないけれど、閣下にお会いできたらいいなーと……ああ、思い出した。ヴェルナー大佐がキース中将に水をぶっかけられた翌日、臨時政府に届ける書類があったから、これ幸い! と立候補しやってきたものの、当然お見かけすることはできず帰ったんだ。


「ありましたね。あの時も閣下を拝見できるかも? という下心で、仕事を受けてやってきたのです」


 ベルナルドさんが目頭を揉んでる。

 書類整理で目がお疲れになったのでしょうか?

 人気のない豪華で広い廊下を歩きながら、ベルナルドさんが力説してくる。


「閣下にお会いしたい時は、いつでも中に入って来て下さい。遠慮なんて微塵も必要ありません。お気持ちとしては”会いに来てやったぞ、アントン。ありがたく思え!”くらいでも、全く問題ございません」


 それは問題だらけではありませんか? ベルナルドさん。


「ですが……」

「いやあ、以前書類を届けて下さった際、顔を出してもらえなくて、ひどく落ち込んでおられまして」

「え……あ……」

「あの人が落ち込んでいるのは、面白いからいいのですが」


 あ、いいんだ。

 あ! わたしにとっては良くないわー。


「警備責任者が大変でしてね……そろそろ到着です」


 ベルナルドさんが指さした先には、これぞ宮殿の両開きの大きな扉。ベルナルドさんが駆け出し扉を開ける。


「閣下。大尉をお連れいたしました」

「ほぅ。無事追いつけたか。お前の乗馬技術で」


 閣下のお声が聞こえてきた。ベルナルドさん、乗馬はお得意ではないのか……でも普通に乗れてましたよー。


「一々言わないで下さい。そもそも閣下だって、妃殿下と比べたら乗馬は遊戯レベルでしょうが」

「否定はしない。大尉、良く来てくれた」


 ベルナルドさんの後について閣下がいらっしゃる部屋に入ると、ソファーに座っていた閣下が立ち上がり両手を広げて迎えてくれた。


「いきなり押しかけてすみません」


 閣下の抱擁に応えて腕を回す。

 ちなみに閣下の現在の格好は、タキシードにブラックタイとブラックカマーバンドにオペラシューズという、わたしからするときっちりとした格好だが、ウェストコートの代わりに略装のカマーバンドを着用しているので、閣下にとっては軽装扱いに違いない。


「会いにきてくれたのか? 大尉」

「あーあの……会いに来たというよりは、会いたかった……のです」


 そう、閣下に顔を見せに来たのではなく、閣下のお姿を拝見したかったのですよ。

 閣下はわたしの頬にキスをしてから抱擁を解き、染みもくすみもない白い手袋を嵌められた手で、わたしの手を取り、そして腰を抱きソファーに座るように促して下さった。

 流れるようにエスコートされてるー!

 模様が細かい布製のバロック調ソファーに腰を降ろす。閣下は腰から手は退けてくれたが、手は握ったまま。


「どうした? 大尉」

「実は……」


 本日墓地であったことを語った。

 閣下はわたしから視線を逸らさず、話を聞いて下さった。


「そういうのを見かけると、ちょっと夢見が良くないもので……でも、閣下のお姿を拝見できたら、きっと大丈夫だと思ってやってきたのです」


 閣下が両手でわたしの手を包み込み、目を細められた。


「わたしを頼ってくれて嬉しいよ、大尉」

「閣下」


 閣下のお顔が近づいてきた。きっとキスされる……思っていると、唇が触れた。目を閉じそびれてしまい、一拍遅れで目蓋を降ろす。眠りにつくときと同じ世界が広がり ―― 悪夢を見ないとは言えないけれど、見たとしても大丈夫。

 目を開けると閣下の柔らかな光を讃えている瞳と視線が合い、ゆっくりと唇が離れ ―― 軽く下唇を嚼まれた。


「――!」

「あまりにも名残惜しくてな」


 照れることなく閣下は、握っているわたしの手の甲に口づける。

 あまりにも普通に、流れるようにされてしまい……この経験値の差よ……。


「それは、わたしも同じです」

「この口は本当に可愛らしい言葉ばかり紡ぐ。狂おしいほどに触れたくなる唇だというのに、触れてしまえば可愛らしい言葉は聞けぬとは、困ったものだ」


 なんか凄いこと言われてる気がする。


「コーヒーをお持ちいたしました」


 わたしを部屋に案内してすぐに居なくなってしまったベルナルドさんが、ワゴンを押して戻ってきた。暗い青色のカップにコーヒーを注ぐ。


「妃殿下はミルクだけでしたね」

「はい」


 ベルナルドさんが淹れてくれたコーヒーを飲んで、一息つく。

 ちなみに閣下はブラックですよ。ブラックで飲む人は珍しくないのですが、コーヒーカップを口元に運ぶ閣下は、高貴な雰囲気がコーヒーの香りを上回るほどに漂っている。


「どうした? 大尉」

「閣下が格好良いなと」

「そうか、それは良かった」


 格好良い閣下を独り占めできるわたしは、幸せ者です。

 コーヒーを飲み終え、タイミングを見計らいカップを回収しにきてくれたベルナルドさんに渡す。


「閣下。そろそろ帰りますね」


 閣下は額のうっすらと残っている傷跡を撫でる。


「いつも別れが辛いな」

「そうですね。ずっと一緒に居られたらいいですよね」

「……」


 閣下の手の動きが止まり、表情も若干硬直した。


「どうなさいました? 閣下」


 なんか変なこと言ったのかな?


「そんな屈託のない笑みを向けられると、わたしが……お前が美しくて困る」


 そう言い閣下が少し笑われた。


「困らせておりますか」

「ああ。だがもっとわたしを困らせるがいい。イヴに困らされるのは望むところだ」


 そう言い閣下は額の傷全てにキスを落とす。

 額のキスは家族や友人ともかわすけれど、閣下にされると少し違う。


「では閣下、来月お会いしましょう」

「我慢できずに会いに行ったら、抱擁して欲しい」

「それは……部下たちに見付からないように来てくださいね」


 お別れの抱擁を交わしてから閣下の元を辞し ―― ベルナルドさんが見送りますと、一緒に来て下さった。


「ベルバリアスまで来たら、是非とも閣下のところに顔を出して下さい。事前連絡なんて一切気にする必要はございません。むしろ、いきなり訪れられると、舞い上がってお喜びになりますので」

「そう……ですか」


 閣下が舞い上がる姿とか想像つかないけど、閣下を喜ばせることができるのなら、時間を作って訪問しよう。


「ではフィッツァロッティさんのお言葉に甘えて、出張任務終了後に訪問しますね」

「お待ちしております。出張任務中に閣下がそちらに伺うかどうかは分かりませんが、サーシャ……ではなくマルムグレーン大佐は、大尉のお休みの日を狙って行きますので」


 表向きは尋問ということで来るらしい……憲兵大佐に尋問とか、通常だったら泣くわー。


 ベルナルドさんとお別れし ―― 閣下にお会いした効果か、悪夢にうなされることはなかった。

 ベルバリアス宮殿に立ち入ったので、念のために”こういうことがありました”と、翌日キース中将に告げたら、


「上出来だ。これからも、そういう時は会いに行け。向こう(リリエンタール)は生まれついての支配者故、そういう感情には疎いから、クローヴィス自ら足を運べ」


 これでもかというほど儚く微笑みながら、頷いてくれた。

 下っ端のわたしが言うのもなんだが、キース中将は大丈夫だったのかな? と思っていると、


「あの程度の出来事でうなされるようでは、総指揮官は務まらん。あの人(リリエンタール)同様なにも感じることはない。心配してくれたことには感謝する」


 キース中将は強い人だとは思いますが、なんとなく……。


閣下(キース)に感謝されたいので、これからも無用な気遣いをさせていただきます」

「好きにしろ」


 そう言い、キース中将はわたしの頭を軽く叩いた。これでこそキース中将……なんか躾けられている気がしなくもないが、優しい上官です。よく叩かれるけど、鷲づかみにされるけど。


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