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【174】隊長、慣れた悪夢を見る

 家族で夏の終わりを惜しみながら公園を散歩し、予約していた店で昼食を取ってから、わたしはデニスと一緒に病院へと戻り、ボイスOFF(ウィルバシー)を回収して帰宅した。

 ボイスOFF(ウィルバシー)を連れ帰ったことで、自宅がわたしにとって生理的嫌悪感発生ポイントとなってしまったが、それは職務上仕方のないこと。

 ボイスOFF(ウィルバシー)は手ぶらでやってきた ―― 着替えの類いはキース中将の従卒まがいのことをしていたので、司令本部に置きっぱなし。

 軍病院では入院中、全てが支給されるので着替え等は必要ないので ―― 午前中司令本部で仕事をしていたデニスに、ボイスOFF(ウィルバシー)の着替え用に軍服一式を持ってきてもらい、病院で着替えさせた。

 他の着替えは夜勤明けにわたしが持ち帰る。

 自宅に連れ帰ったボイスOFF(ウィルバシー)には、わたしの服を貸す。

 デニスとかクライブとか父さんと、ボイスOFF(ウィルバシー)の体格って違うんだ。


「隊長の足、長いですね……」


 わたしのパジャマを履かせてみたところ裾が……。


「大丈夫、軍曹さん。姉ちゃんのズボン履いて、そのくらいなら、足は長いほうだから!」


 カリナのフォローらしきものに微笑むボイスOFF(ウィルバシー)。微笑んでろ、笑うな!

 世話をクライブたちに任せ風呂に入り、登庁準備を。

 キース中将の部下になってから初となる純粋な夜勤の為に登庁 ―― 純粋じゃない夜勤というのは、夜の社交の際はわたしが従っているので、夜勤したことが無いわけではないが、大体勤務場所は歌劇場とか夜会の会場なので。


 夜の司令本部もガイドリクス陛下の副官時代、徹夜したことはあるから珍しくはないんだ。もちろん陛下時代とは棟が違うんだけどさ。

 だが純粋な夜勤は初めて!

 退屈な時間を欠伸をかみ殺して過ごし、夜食を食べて、仮眠を取って……という、とくに面白みもなにもない勤務だが、一度は経験しておきたいと思っていた。


 隊長として隊員がどんな勤務をしているのか、身を以て知りたいじゃないか。一回も現場経験なしに指示を飛ばすのってなんかねえ。

 以前からそう希望を出していたのだが、キース中将が許可を出してくれなかったのだ。


 登庁しバウマン少尉との引き継ぎを終え見送る。


「お疲れ。気を付けて帰れよ」

「はい、隊長」


 きっと飲みに行くんだろうけれどなー。

 明日休みだから、存分に飲んでもいいが、飲まれるなよー。


 バウマン少尉が帰ったあと、細々とした仕事を終えてエサイアスが戻ってきた。


「イヴ、夜勤を担当するのか」

「おう」

「大丈夫か? まだ体が癒えてないんだろ」


 シュレーディンガー博士が出没しているので、そう取られても仕方ないが、大丈夫血尿は止まった! あの程度の血尿など誤差だ、誤差!


「もう平気なんだけど、なんかその……閣下が心配して」

「キース閣下だもんな」


 済まんなエサイアス。その閣下はキース中将ではなくてリリエンタール閣下なのだ。

 ここでリリエンタール閣下を出すわけにはいかない……お前を騙すのは心苦しいが、まあ騙す。


「そう言えば、エサイアスが言ってたH.V.S博士って、シュレーディンガー博士のことか?」

「そう。高名な医学博士なんだ」

「先日、キース閣下のお供でリリエンタール閣下の所へ行った際、見かけたんだけど、リリエンタール閣下となにか関係があるのか?」

「シュレーディンガー博士はリリエンタール閣下の異母兄だよ」


 ふあ?


「異母……兄?」


 閣下の異母兄? ん? そんなに閣下と年が離れているようには見えなかったけどなあ。閣下のすぐ上のお兄さんでも、たしか十五歳近く離れていたはず。既に亡くなってるけれど。


「そうだよ。たしか五ヶ月違いの兄だったはず。シュレーディンガー博士が五ヶ月年上ね」

「あー愛人(そっち)の子か」


 五ヶ月違いってことは、愛人の子ってことですね。

 王侯貴族や裕福な家ならそういうこともあるんだろうけれど、わたしは嫌だなあ。王侯貴族の出来た奥さまあたりは「愛人くらい許します」だけど、わたしは嫌。嫌なものは嫌なんだ。


「異母兄とは言ったけど、正嫡と庶子だから実際は兄弟でもなんでもないらしいが、それ以外の言葉もないからさ」


 エサイアスが言いたいことも分かる。


「貴族って面倒だな」

「そうだな」


 閣下にとって異母兄姉は前妻の子を指すだけで、愛人たちが産んだ子はカウントしないが、でも異母なのは確かというか……あんま考えないでおこう。


「プルシアイネン通りに出来た、リリエンタール閣下所有の医学研究所に招聘されたんだよ、シュレーディンガー博士」

「リリエンタール閣下所有……」


 オルフハード少佐が連れて行って欲しいと言っていたので、閣下関連なんだろうなとは思っていましたが、閣下所有だったんですね!


「驚くよな。一年ほど前に急遽用地買収、即座に着工して先月完成した。シュレーディンガー博士メインで、新しい研究するらしい」

「新しい研究か。なんか漠然としてるな」

「うん。一、二ヶ月前にモルゲンロートホテルで、プレゼンがあったんだ」


 ん? その頃モルゲンロートホテルでプレゼンって……。


「リリエンタール閣下もご臨席で?」


 三百五十頭もの重種馬を寄付してもらったお礼に、キース中将と一緒に向かった頃だろうな。


「そう。最新研究施設を自由に使え、研究費も制限無し。研究者の国籍は問わないという、夢のような条件なんだけど、どのプレゼンもリリエンタール閣下のお眼鏡に適わなかったとのこと。そこで見切りを付けて、高名なシュレーディンガー博士を招聘して、新しい研究を始めるよう命令されたそうだよ」

「へえー」


 研究者としては高名な御方らしいけれど、閣下に藪医者呼ばわりされているのを見ていたので……。


「まだ何を研究するか、決まっていないそうだ」


 エサイアスが帰り、キース中将が夕食を取っている側に控えていると、わたしたちの会話を聞いていたらしく、医学研究所について教えてくれた。


「そうなのですか」

「破格の条件だけあって、主席宰相(リリエンタール)閣下の求める水準はかなり高いとのこと」


 閣下は半端な研究なんて求めてないだろうしね。


「近々それについての話があるそうだ」


 個人所有の医学研究所とキース中将になんの関係があるのかな……医療提供かな? もしかしたら軍の医療機関と研究所が提携するのかもしれない。

 軍のトップともなると、戦争の指揮だけじゃなくて、政治にも関わらなくてはならないから、本当にお忙しいなあ。


 夕食を取り終えたキース中将は、仮眠室と隣り合わせになっている私室で、室内灯を消しスタンドライトだけで読書を始めた。

 おくつろぎ下さい、じっと見守っておりますが ―― そうしていると、わたしの仮眠時間になった。

 夜勤の時は三時間交代で仮眠を取るのだよ。


「では仮眠を取ってきます」

「クローヴィス、お前はそこで寝ろ」


 キース中将が指さしたのは、室内のソファー。たしかに立派なソファーなので、寝られそうではあります。クッションは枕代わりになりそうですし、何故か背もたれにはブランケットが……謀られた! 上官に謀られた!


「ここですか?」

「司令本部を売春宿扱いする士官がいただろう」

「おりましたが。レックバリが特殊なのでは?」


 娼婦とお楽しみ中にオディロンに一撃食らって……なんか、半身不随になったっぽいよ、レックバリ元少尉。胸から下の感覚がないとかなんとか聞いてるが、自業自得というのは簡単だが実際そうなったらキツいよなあ。だからといってあの行為を認めるつもりはないが!


「そう思いたいが、他の者が行っていなかったという確証はまだない」

「鍵が掛かりますのでご安心を」

「蹴ったらすぐに開くな」

「即座に反撃いたします……」


 なんだろう、以前もこういうやり取りした記憶が。

 そうだ! 王宮占拠事件の時だ! 推定インフルエンザだったキース中将が、治りかけで指揮を執った結果、大勢が高熱出して休んだあの事件!

 あの時も、一般の仮眠室を使うなって言われたなあ。


「このソファーでなくてはいけませんか?」

「ベッドがいいなら、わたしの仮眠室で休め」


 ……くっ! 仮眠室が遠い。陛下の副官時代は普通に仮眠室を利用し、特に問題は起こらなかったんですけれど……などと言ったところで、聞き入れてもらえるわけもない。貴族総司令官の部屋に娼婦を引き込んで楽しんでいたレックバリの馬鹿野郎! お前のせいで! 恨み言を言ってもしかたないので、軍帽を脱ぎ、ベルトを外して、上着を背もたれに掛けてソファーに横になり、ブランケットに潜り込んだ。

 何処でもすぐに寝られる軍人体質を今発揮する!


「――!」

「大丈夫か? クローヴィス」


 飛び起きるというほどではなかったのだが……。心臓がばくばく言ってる。


「申し訳ございません」

「気にするな」


 キース中将が水の入ったコップを手渡してくれた。

 深呼吸してからグラスに口をつける。水を飲むと喉の奥が乾いているのが分かった。


「あの……」


 夢を見た。

 数日前に見たオディロンに殺害された四名の遺体が出てきた。死体を見るのは初めてじゃないし、殺害された軍人たちは、知らない人なので引きずってはいないのだが……どの遺体も現実とは違い、わたしがたどり着いた時にはまだ微かだが呼吸があり、脈も確認できる。でもわたしには為す術なく ―― 絶望を吐き出し目の前で息を引き取る。

 現実じゃないことは分かっている。明晰夢に近いと思うのだが……。

 初めてじゃないし、過去の経験上一ヶ月もしないうちに忘れてしまうんだけど、最低一回はこういう夢を見てしまうのだ。純然たる敵の場合は見ることはないのだが、認識はしてはいなかったけれど、今回殺された人たちは味方だから、わたしの知らない心の底で不甲斐なさとかそういうものを感じてしまっているのだろう。


「直後には来ないもんだよな。落ち着いてから来やがる」

「え、え……」


 キース中将の見た夢がどんなものか? とても聞けはしないが……高熱で魘されている時に何かを呟くこともなかった。高熱が出たら何かを呟くという法則があるわけでもないが……。 


「眠れそうか」

「眠れはすると思いますが」


 キース中将にご迷惑をおかけするのは本意ではないので、起きてようかなー。徹夜くらい余裕ですし。


「悪いな」


 キース中将? なんですか? キース中将はなにも悪いことはしていないと思いますよ、仮眠室使わせてくれないだけで。


「ここに居るのが主席宰相(リリエンタール)閣下なら良かったのだろうが……」

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