【173】隊長、妹と一緒に見舞いに行く
「軍病院って初めて」
「軍関係者以外には馴染みないからね」
カリナと共に馬車でユルハイネンやハインミュラーが入院している、軍病院へとやってきた。
見舞いとして昨日閣下からいただいたシャインマスカットを、十二房ほど差し入れることに ―― 家族は一人二房、使用人は一人一房。ということで十三房をいただき、残りの十七房は「イヴの裁量に任せるよ」と父さんが。
まあ確かにわたしが閣下よりいただいたものですので、そうなるよね。
もちろん残り十七房くらい、わたしは余裕で食べきれるのですが、このシャインマスカットはオディロンを殴り倒して手に入れたもの。偶々わたしが止めをさしただけであり、その場で協力してくれた人たちにも分けるべきだと ―― というわけで、昨日の倍、十二房を病院へ。残りは入院していない組に分ける予定。
一つ一つしっかりとした箱に入っているので、持ち運ぶ際にかさばるが、折角の高級感を大事にしたいので、そのまま布を貼った木箱に入れて肩に担ぐ。
「姉ちゃん、重くない?」
「全然」
シャインマスカット十二房程度、重みなんて微塵も感じないよ。……ただ、見た目がアレですね。
いつものように軍服を着用しているのならそうでもないのだが、本日はこれから家族でちょっとした店で昼食を取るので、それ相応の格好 ―― 落ち着いた緑色のデイドレス。テイラード仕立てのツーピースで、特注品のパニエにより、ドレスは形良く広がっている。
襟元はもちろんスタンド・カラー。そこから少しばかりダークピンクのレースが覗く仕様。ジゴ袖は相変わらず良い仕事をし、わたしの二の腕の逞しさを隠してくれている。ドレスと同色のチュール付きのトーク帽を着用と、格好だけならそれなりに良家の子女仕様。
もちろんふくらはぎに、自作の弾帯ガーターと拳銃入りホルスターを装着しているが、外側はそれなりに子女なのだ。サイズはともかく……で、そんな格好で木箱を担いでいると目立つ。今に始まったことじゃないから、割とどうでもいいけど。
一緒にいるカリナもデイドレスを着用しているのだが、わたしと違って可愛いの一言につきる。白地に赤く小さな花柄がプリントされたデイドレス。デザインは、これぞデイドレス! な前面にくるみボタンでスタンダード・カラー。袖口をもくるみボタンが飾っている。
髪はハーフアップで、ハットピンで飾ったピンクベージュのピルボックス帽。可愛らしい顔だちと、華奢な体格により、なにこの美少女になっている。もちろんこの美少女は、わたしの妹なんですけれどね!
あまりに可愛いので、誘拐されては困ると手を繋いで歩いております。
変質者とか現れたら、手加減なしの秒速で木箱でぼこぼこにする。オディロンより酷い目に遭わせてやるからな! 相手が誰であろうと、容赦はしない!
「本当に持ってきたのか」
「嘘つくわけないだろう」
「それはそうだが、律儀だな」
「そうか?」
ハインミュラーの病室からシャインマスカットを届ける。
とりあえず動けないハインミュラーの分だけは確保してやろうと、箱から取りだし果梗を折って取り分を渡してやる。
ハインミュラーの顔が若干赤くなっていたのは、屈辱からくるものだろう。嫌いな相手であるわたしからの差し入れは屈辱だからな! でも美味しい匂いに負けて食べてしまうのだな。ははは、さあ、もっと屈辱を感じるがいい!
そんな感じで第一の目的であるハインミュラーへの差し入れは終わったので、他の部屋にも二房ずつ渡し、カリナ自慢をして、最後に部下のいる病室へ。
「ヒースコート閣下?」
部下五名と共に、ヒースコート准将がいらっしゃった。
グレイッシュブラウンの髪をしっかりと撫でつけ、立ち姿は非常に貴族らしいくせに、どこか気品がある野性味を持ち合わせているというか、なんというか……相変わらず格好いいですね。顔に殴打跡があっても渋みがあるというか、渋みが増すってどういう仕組みなんですかね?
「クローヴィス大尉か。これは美しいな。この俺が思わず単調な美しいという言葉しか言えなくなるほどに、美しい。息を飲むほどに美しいという言葉の意味を、この年で初めて理解したよ」
「ありがとうございます」
さすが有爵貴族。この大女相手にも、真顔で賛美しにきた。貴族の嗜みだとは言うが、こういう所がモテるんだろうな。ウチには女性を賛美しないどころか、ガン無視するのに、女の方から「抱いて!」状態で迫られるキース中将がいますがね。
面倒なんでキース中将の所にやってくる女性、全部引き取ってくださいませんかねー。
「俺がこんな面白みのない所にやってきたのは、レアンドルに関して聞きたいことがあったからだ」
女性が入院していたら、なんら関係がなくても足を運びそうなヒースコート准将ですが、今回の事件で入院したのは全員男ですもんね。
「ヒースコート閣下が、わざわざ? ですか」
そう言うと、左口元付近の殴打跡を指さす。
「診察も受けなくてはならないので、ついでにな」
「その痣はもしかして、レアンドルに?」
「ああ。捕らえる際、一発食らった」
「さすがヒースコート閣下。よくアレに顔を殴られてご無事で」
わたしは顔には一切食らっていない。
理由は必死に回避したから ―― 最初の一撃を腕で躱した時、顔近辺にオディロンの打撃を一回でも食らったら、そのまま膝から崩れ落ちて体勢を立て直すことが不可能になること、そしてそのまま負けることが分かったので、必死に顔だけは阻止したのだ。
「たしかにお前さんの顔は、殴られ弱そうだもんな」
男顔なのに殴られ弱そうとか……使い道ない顔だなー。
「今度是非とも一緒に食事にいこう」
「ありがとうございます」
社交辞令というヤツですね!
「本気だからな。キースを通して誘うから、その時は逃げるなよ」
「わかりました。その時を楽しみにして待っております」
ヒースコート准将は他の入院患者たちにも話を聞かなくてはならないと、病室を出ていった。
「姉ちゃん。あの格好良い閣下とお食事に行くの?」
「キース閣下を通して誘われたら、断れないなあ」
キース中将を通して誘われるということは、閣下も通しているのだろうから……あ、なんかの任務? 誰かを狙撃しろとかいう極秘命令? だとしたら分かるわー。でもそれなら、キース中将に言えば……分からん! 色男の考えることは分からん!
「お似合いですよ、隊長」
「ほんとうに」
「お前等、わたしを褒めても昇給しないぞ」
私服姿の上司を褒めるというミッションをこなす部下たち。いや、そんなに頑張んなくていいから。お前たち貴族じゃないから、気にすんな! って、ボイスOFF元有爵貴族だったわー。骨の髄まで褒めることたたき込まれてるヤツだったわー。
「そちらの方は、隊長の妹さんですか」
「ああ。隊長がいつも可愛いと言っている妹さんですね。本当にお可愛らしい」
「初めまして、カリナ・クローヴィスです」
ぺこりとお辞儀をするカリナが可愛い。
「なんとなく、デニス・ヤンソン・クローヴィスに似ていますね」
とはユルハイネン。そりゃ似てるだろうな、デニスとカリナは血がつながっているんだから。
「兄のこと知っているんですか?」
「大学が同じで学部も同じだったからね。学年は違ったけれど」
「法学部を出ていらっしゃるんですか」
「デニスと違って、非常に優秀だったらしいぞ」
「そうなんだ。兄ちゃんはね、あれで良いんだけどね」
カリナの言う通り、デニスはアレで良いんですよ。ちなみに今日は一緒に昼食を取るので、昼から休みを取り、両親とともに待ち合わせ場所に来ることになっている。
……あの似合わないにも程がある准尉の格好で来るのか……まあ背広も大概似合わないけどさ。もちろん格好については「お前が言うな!」なのは分かっているが。
「スタルッカ、我が家に来い」
見舞い以上に大事な目的を果たさねば。
「隊長?」
「骨折が治るまで自宅療養だが、利き腕骨折で、一人暮らしは無理だろう。だから治るまで上官であるわたしの家で療養しろ」
この時代の上官は、部下の私生活のバックアップは必須。
「そこまでご迷惑は」
「全く問題はない。キース中将の許可も取った」
ポケットからごそごそとキース中将が書いてくれた手紙を取り出し、開いてボイスOFFに手渡す。
キース中将は当初「退院したら骨がくっつくまで、俺の官舎に住まわせる。片腕が使えるなら平気だろう」とかほざいたんですが、あんたの官舎、最低限の生活送れないほど閑散としているだろうが! そんな家に、一人暮らししたことない元貴族のボンボンで、さらに利き腕骨折してるボイスOFFを単身住まわせるとか、スパルタにもほどがありすぎる! というのを、部下らしくマイルドに言葉を選び抗議した結果、我が家の父の了承が出たら連れていってもいいとキース中将から許可を貰ったのだ。
「……よろしいのですか?」
「もちろん。気にするな。最近は貴族と接する機会が増えたので、礼儀作法などについて、貴族から直接聞きたいことがあるので大歓迎とのことだ。それにレアンドルを捕らえる際に、もっとも危険な任務に立候補した立派な男を受け入れない家はないぞ」
そう言うと、ボイスOFFの顔が真っ赤になって、隊員たちが笑いながら肘でつっついたりする当たり前の光景が ――
今朝の新聞各社に、そういう記事が載ったんだ。うん、載るのは聞いてた。
あれですよ、ボイスOFFへ向けられていた憎悪感情をオディロン襲撃事件で和らげるという、情報操作的なものが含まれているのだそうです。
実際、危険な任務を担当し、戦って負傷したので操作ではないような気もするのですが、操作らしいのです。
「……では、ありがたく」
というわけで、食後に迎えにくるから、それまでこの木箱預かっていてくれ! と ―― わたしはカリナと一緒に待ち合わせ場所の公園へと向かった。




