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【169】隊長、声を出すなと脅される

 両閣下と共に閣下の寝室へ ―― ベルバリアス宮殿はその名の通り宮殿なので、しっかりとした住居スペースもあるのだ。

 天蓋付きのベッドの他にはサイドテーブルのみという、まさに寝るためだけの部屋へと案内される。

 キース中将が無言でベッドに近づき、綺麗に整えられていたベッドのシーツを剥いだり、枕やベッドマットを叩いたり。


「危険が潜んでいないかどうかを確認しているだけだ」


 なぜ上官がわたしが仮眠するベッドに異変がないかどうかを調べるのですか? いや、わたしも毎回、キース中将の寝室を調べてから帰宅していますけどね! キース中将の寝室とか、何があってもおかしくはないからね。


「大尉が寝ることは想定されていないからな。わたしを狙ってベッドに何かを仕掛けている可能性もあるので」

「やはり危険な目に遭うことがおありで?」

「危険な目に遭ったことはない。わたしは注意深いのでな」


 危険な目に遭ったことはなくても、なにかを仕込まれていたことはあるのですね。


「おかしなものは見付からなかった」


 キース中将、命じて下されば、わたし自身で確認いたしましたのに。


「スパーダ」


 閣下がそう言い手を叩かれると、元々少し開いていたドアが開き、閣下の家令さんがワゴンを押して現れた。さすが名家の家令、頭のてっぺんから足の先まで、ぴしっとしている。隙など一つもない見事な背広姿。

 家令のスパーダさんは、サイドテーブルにこれまたワゴンに乗せて運んできた、白いテーブルクロスを広げてぴしっと敷いてから、シャインマスカットが溢れんばかりに盛られた籠や、繊細な図柄が描かれたティーセットなどをテーブルに設置してゆく。


「小腹が空いたらつまむと良い」


 テーブルに並べられたのは、小腹が空いたらつまむとかいうレベルじゃない。

 高級シャインマスカット五房に、八種類のマカロンが一つずつ。一切れずつ味の違うパウンドケーキと、パウンドケーキと同じ形をしたケーク・サレ。もちろんこちらも一切れずつ味は違うとのこと。

 冷めても美味しい肉料理の代表格ローストビーフが芸術品のように盛りつけられ、マスカット以外は全て、ガラス製のクロッシュが被せられている。

 飲み物はスタンダードな氷水の他、レモンとミント、グレープフルーツとシナモンにローズマリー、ブラックベリーとジンジャーという組み合わせのフレーバーウォーター。


「お休み前は、温かい飲み物のほうがよろしいかと」


 そう言って家令さんが用意してくれたのは、我が家でもおなじみのカモミールティー。仄かにオレンジの香りが漂っているので、きっとオレンジブロッサムでもブレンドされているのだろう。

 あとワゴンの下段には、山ほどの氷嚢が。

 これで体を冷やして寝ろと? ワゴンの下段から、氷嚢が詰まった陶器の箱をスパーダさんが降ろしているので、そういうことなんでしょう。


「楽な格好で休むといい」

「氷嚢をあてるのだから、軍服は脱げ」


 冷やすのは決定事項のようです。


「しっかりと休めよ」


 キース中将は部屋から出ていかれ ―― 軍服をしわしわにするのも格好悪いので、キース中将が調べてくれたベッドに上がり、天蓋を閉めて脱ぐ。

 本当は色々と悶えたいところなのですが、両閣下はお忙しいので手早く済ませる。今わたしにできるのはそれだけ!


「大尉」

「はい、閣下。なんでしょう?」

「脱いだ服をこちらに渡してくれないか?」

「?」

「しわにならぬよう、スパーダに手入れをさせておく」


 来たときよりもぴしっとした軍服になってしまいそうですが……軍服を持った手だけを天蓋の隙間から差し出して渡した。


「お目覚め後に届けに参りますので」


 ワゴンが遠ざかる音が聞こえ……天幕の隙間から顔だけ出すと、当然ながら閣下がいらっしゃった。


「本当は一緒に食事をしたかったのだが、体を休ませたほうがいいそうだ……あの藪(シュレーディンガー)の台詞なのであまり信じられんが、あれは藪なりに医者なのでここは一つ休んでくれ。キースのことは心配であろうが、そちらはわたしに任せよ」


 そして閣下が頬に触れて、額にキスを。


「お休み、イヴ」


 お休みのキスだと分かっているのに、照れる。


「お休みなさい……」

「そうそう。この部屋には誰も立ち入らぬよう指示を出している。わたしとキース以外の者が近づいてきたら、容赦なく仕留めてよいからな。スパーダや藪医者にも立ち入りは許可しておらぬ」

「はい……お休みなさいアントーシャ。キース中将のこと、よろしくお願いします」

「ああ。それと最後に。菓子類は種類が多いので、一口だけで後は残しても良いからな」


 緋色の衣を翻して閣下がお部屋から出ていかれ……広い部屋に一人きりに。

 豪奢な壁紙や細工が施された天井や、わたしがベッドの上でジャンプしても届かなさそうな天蓋や、シルク製に違いない寝具など高級な室内に相応しくない格好ながら、ベッドから降りる。

 相応しくないとは、どんな格好?

 それはタンクトップとパンツという格好です。追加攻撃を加えるなら、素材は綿百パーセント。

 体の前面痣だらけの体に綿の下着とか、とても閣下に見せられま……あああ! 診察の時に見られてたー! ああああ……考えても仕方ない、色々と諦めておこう。

 でも軍服の下はこれが一番楽なんです。

 などと誰に対しているのか分からない弁明をしながらベッドから降り、大理石の床を裸足で歩くという……初めての経験!

 スパーダさんが淹れてくれたハーブティーを飲みながら、部屋の中を見てまわる。部屋にはトイレとサウナが併設されていた。

 サウナもいいよねー。わたしは命令通り寝るけどさ。

 飲み終えたカップを置いて、氷嚢を一つ掴みベッドに戻り、枕を少しいじって自分に合わせて横になる。氷嚢は血尿の原因となっていると思われる右脇腹に。

 寝ていいのかな……と思うが、寝ろと言われたし、眠れる時に寝ておくのは軍人の嗜み。何処でもすぐに寝られる軍人力を今こそ発揮! あのマカロンお持ち帰りできるかな……カリナ美味しいって…………


「?」


 自分の前線(どこでも)軍人力(寝られる)に吃驚! 何時の間に寝てたんだ……ではなく、誰かが部屋に入ってきた。

 音を立てないよう注意して僅かに開いた隙間から体を滑らせ、こちらを伺っているようだ。

 閣下? それともキース中将? ……いや、キース中将はこんな変な気の使い方はしないだろう。起こすならがっつり来るタイプだ。雰囲気儚いけど、中身は完全な軍人ですから。

 閣下かな? 閣下はご自身でドアを開けたりしないから、誰かが開けた? 足音を消してこちらへと近づいてくる。足音は一つなので、閣下が一緒ということはないようだ。

 靴は軍靴じゃないし、閣下が履かれているものとも音が違う。

 閣下が誰も入るなと命じていると言っていたので……賊ですね!

 閣下の寝所に忍び込んできたことを後悔させてやる!


「声を出さないで……」


 話し掛けてきたが ―― 騒いだら殺すと刃物で脅され恐怖に戦く一般人相手なら、それも通用するが! わたしに通用すると思ったか!

 天幕を開くと同時に、賊の腹に蹴りを入れ、そのまま入り口に向けて氷嚢を投げつける。外にこいつの仲間がいると困るからね。

 わたしの蹴りで倒れうめき声を上げる賊 ―― オディロンの足下にも及ばない弱さ! だが安心してはいけない。これが芝居という可能性もあるので、首を掴んで頸動脈をきゅっ! としたら落ちた。

 投げつけた氷嚢は入り口ドアにぶつかり弾けたが、外から賊がこちらに来る気配はない。

 うっすらと半眼白目で涎を垂らしている金髪の男の首根っこを掴み、閣下とキース中将の居る部屋へと向かった。

 閣下、賊を捕まえました! キース中将、賊を捕まえましたー。


「ロドリック。誰の許しを得て、朕の妃の寝所に這い入ったのだ」

「あ、閣下。まだ意識を戻しておりませんので」


 賊をお届けしたところ、どうも閣下のお知り合いだったようで……お食事中だったキース中将は立ち上がり上着を脱いで ――


「早くクローヴィスの服を持って来い」


 上着を掛けて下さいました。痣だらけの体にタンクトップとパンツという出で立ちで、昼餐に乱入して申し訳ございませんでした!


「あの! 尋問し易いように、顎は割りませんでした!」


 その代わり腹を強かに蹴ったので、きっと二日くらいは流動食じゃないと無理だと思います。まだ意識失ってますけれど。


「眠っているところを襲われたというのに、大尉は優しいな。そのような痴れ者の顎など、力の赴くまま、粉々に砕いてよかったのだぞ」

「入ってきた瞬間に目覚めたので。ベッド側まで近づかれて声を掛けられたら、きっと驚いて顎を砕いていたと思います」


 タンクトップとパンツでキース中将の軍服を羽織るという間抜けな格好しているので、せめて表情くらいはと、きりっとした表情で答えております!


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