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【167】隊長、蹴り倒す

「え……えげつねえ……」

「敵に情けをかけるとは、随分と余裕だなユルハイネン」


 わたしの前には横たわり、目を剥いて痙攣しながら泡を吹いているオディロン。そしてユルハイネンは股間を押さえている ―― 止めは金的蹴りだったから、思わず防御しちゃったみたいだ。

 ウィルバシーなんか、折れた手で自分の股間を庇うようにしている。

 いや、大丈夫だウィルバシー。股間蹴ったりしないから。


「演じているだけかもしれないから、膝を撃ち抜いておくな」

「いやいや隊長。さすがにそれは過剰殺傷かと」


 何故止める? ユルハイネン。まあ止められても撃つんだけどね。

 手と足を拘束されても逃げ出してくるようなヤツだ。逃げる足を潰すのは必須だろ。

 というわけでオディロンの両膝を撃ってから、痙攣しているので舌を噛むとマズイから、拳銃のグリップを口に押し込む。


「何してるんですか? 隊長」

「舌噛んだら困るからな。猿ぐつわの代わりだ」

「そうですか」

「失血死すると困るから足の止血頼む。蹴ってくるかもしれないから、注意しろ、ユルハイネン」

「一応注意はしますが、必要ないような……」


 オディロンの両足には合計三つの銃創がある。

 二つは無力化を目的にわたしが付けたものだが、あとの一つは起死回生の一撃 ―― ハインミュラーが男を見せたと言うべきか、救助しにきた兵士たちにライフルを持ってこさせ、痛みに堪えながら体勢を取り、ガラスまみれの屋根の上から狙いうち、オディロンのふくらはぎを撃ち抜き「がくっ」とさせた。

 ハインミュラーが作った「がくっ」という隙を無駄にするまいとわたしが猛攻をかけて、仰向けに倒れたところで睾丸に蹴りを入れたのだ。

 蹴りはまあまあ自信はある。士官学校でもっとも鋭いサッカーのロングシュートを決めるのはわたしだった。


「大佐。こいつを何処に……」


 ”こいつを何処に運べばいいのですか?”と聞こうとしたら、馬蹄と車輪の音が近づいて来るのに気付いた ―― 門の辺りが少し明るくなり、数頭の騎馬と一台の馬車が停まる。

 明かりを前へと出して確認すると、教皇領の旗を掲げた黒い車体。

 馬車と共にやってきた馬に騎乗しているのは、当然ながら異端審問官。あの顔まで隠れるカラーコーンのような三角頭巾装着したまま、夜更けに馬を走らせるって大変じゃあ……ともかく、彼らがこちらへやって来たということは、無事に脱出したキース中将と話がついたんだろうな。


「お手数をおかけいたしました。それを引き取ります」


 下馬した異端審問官の一人にそう言われ ―― 大佐の方へと視線を向けると頷いたので、泡を吹いているオディロンを引き渡した。もっとも異端審問官が出てきたら、渡さないという選択肢は選べないんだけどさ。

 泡を吹いているオディロンを馬車に乗せ、彼らは去って行った。


「肩も撃っておくべきだったな」


 そうしたら、動けなくなるから逃げ出す心配はない。


「いや、それ必要ありませんから」

「また現れたら、打ちのめすだけだ」

「きっと隊長の前には現れないと思いますが」

「追いかけ回すに決まってるだろう」

「ひでぇ」


 ユルハイネンとの下らない話を終わらせて指示を出す。


「ユルハイネン、負傷者を軍病院へ。お前たちも全員ユルハイネンについていって、診察を受けるように」


 偽キース中将(ウィルバシー)の脱出に従い、オディロンと格闘した部下たちに負傷者のあれこれを任せる。


「トロイ中尉。東と北の棟責任者に事態の説明を。何ごともないかと思うが、隊を組織していけ」

「はっ! 大尉」


 トロイ先輩、お疲れさまでした。

 そしてもう少しお疲れしてください。

 その他、まだ建物に残っている親衛隊員の所へ「半数こちらへくるように」と人を走らせてから、


「大佐、どうします?」


 マルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)に話し掛けた。

 本来なら事情を知っているウィルバシーに医学研究所まで車を運転させたかったのだが、ウィルバシーは腕の骨を折ってしまったので。


 まぁ、折ったのわたしだけどさ。


「増援がくるまで、大尉と一緒にいるさ。……正直、大尉の護衛と名乗るのは、恥ずかしいのだが、つかせて貰っていいか?」

「はい。でもご無理なさらないでくださいね」


 ところでマルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)はなにが恥ずかしいのでしょう?


 ……で、今ひとつよく分からなかった襲撃事件と、その後始末が終わったのは二日後のことでした。


 事件後に分かったことは ――


 襲撃者オディロン・レアンドルですが、彼の父親はニーダーハウゼン枢機卿ということもあり、国として罪に問うことは出来ませんでした!

 ちなみにオディロンは枢機卿の正式な息子ではなく私生児とのことですが、悪名高きボルジア家のチェーザレからも分かるように、枢機卿の息子なんてものは治外法権。庶民を何人殺害しようが、許されてしまうわけです。

 悔しいなぁ……こっちは司令部で四人(・・)、街中で二人、その他馬鹿の巻き添えで十八名も殺害されたというのに。

 だがこちらから宗教界にいちゃもん付けるわけにはいかず。

 指をくわえて、身もだえするしかない。

 ……仕方ないんだ。この世界では宗教の力が強いので、どうすることも出来ないのだ。

 みんな分かってるけれど、悔しくて仕方ない。

 なのでスケープゴートが必要になってくる。

 お誂え向きにスケープゴートがいた。いや、生贄という表現は相応しくないな。実際に悪いことしたし。

 そのスケープゴートはシーグリッドを嵌めたオレクサンドル・ヴァン・クルンペンハウエル。ヤツがオディロンを匿っていた ―― ツェツィーリアが二人の間をつないだのは間違いない。

 オディロンとオレクサンドルがどのようにして接点を持ったのかは、国としては追求しない方向です。枢機卿の私生児という生まれながらにして所持する権力……くっ! ともかくオレクサンドルが国内に引き込んだ理由ですが「政敵のキース中将を殺害するため」とのこと。

 夏期休暇前にわたしたちがキース中将から聞かされた「推理」が、今朝の新聞に政府の発表として掲載されていました。

 要するにオレクサンドルがアレクセイの財産を狙い、陛下を亡き者にしようとし、それに気付いたキース中将は貴族たちに配慮し、大事にならぬようにとアレクセイから我が国の王位継承権を剥奪したのにも関わらず、逆恨みして……ということ。

 オレクサンドルのヤツ、平民だけではなく貴族からも恨み買いまくり。

 ちなみに馬鹿の巻き添えで殺害された十八名ですが、全員オレクサンドル邸の召使いです。

 オレクサンドルは殺されなかったの? ああ、大丈夫だったよ。まー生きていたことが幸いかどうかは知らないけれど。

 なぜ召使いを全員殺害したのかは不明です。

 オレクサンドルはそんな指示は出していないと証言していますが……オディロンの証言は分からないので。


 このもやもやを抱えたまま、生きて行かなくてはならないのですね。


 被害者ですが、街中で殺害された二名はオディロンが操っていた馬車に轢かれて死亡とのこと。むろん事故ではなく、オディロンが追跡をかわすために、夜遅くまで開いている屋台の飲み屋的な場所に突っ込んで行った際の被害者です。


 それで問題なのが司令本部における四人の被害者。

 三名の被害者はオディロンの凶行をわたしたちに知らせてくれたのだが、後の一人は、事件後司令本部内に他の賊が潜んでいないかを確認すべく、残った隊員を分隊長として分隊を編成し、あちらこちらに向かわせたところ、代々貴族総司令官が使用していた仮眠室にて、一名の負傷者と一名の遺体が発見された。


 一命を取り留めた負傷者は少尉だったのですが、遺体は司令本部にはいないはずの娼婦。うん、宿直の夜に娼婦を呼んで、誰も使っていない豪華なベッドでお楽しみだったんだって。ばっかじゃねーの!

 部下に呼ばれて踏み込んだ時、微かに栗の花の匂いがしましたとも……栗の花への熱い風評被害!

 オディロンは念のために貴族司令官が使用していた仮眠室へとやってきて、スプラッタ系ホラー映画において、確実に殺害されるシチュエーションと遭遇してしまったのだ。これに関してはお詫びを申し上げたい。例え殺人鬼であろうとも、謝らせていただきたいです。

 栗の花の香り漂う少尉が生き延びた理由だが、オディロンは娼婦に集中して攻撃を加えたため、一撃で戦闘力を失った下半身だけ露出な少尉は放置されたらしい。

 娼婦の遺体だが顔の陥没もそうなのだが、下半身、とくに腹部を執拗に殴りつけていた。死因も子宮破裂と骨盤骨折による出血性ショック死とかいう……うん、まあ血まみれだったよ。あの遺体の惨状からは、コールハース少佐の遺体にはなかった恨みが感じられた。


 この報告を聞いたキース中将はお怒りになられた。穏やかですがお怒りです……これ、あかんやつや! とエセ関西弁使いたくなるくらいにお怒りです。



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