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【164】隊長、賊を見定める

 イーナ・ヴァン・フロゲッセルを演じ、ガイドリスク陛下にまとわりついていたエリーゼ・ヴァン・フロゲッセル。

 あの年齢詐称ヒロインは陛下やその周辺から、軍内の情報を引き出していたと考えられる。

 陛下も王族として産まれ育った方だ。与えてよい情報とそうではない情報の選別は無意識にしていたであろうが、相手はそれを専門としている諜報関係者だから、少なからず情報は引き抜かれたはずだ。

 とくにあの時陛下は、年齢詐称ヒロインから情報を引き出すことを優先していて、ご自身の所有している情報に関してはやや無頓着だった可能性もある。

 ただイーナ・ヴァン・フロゲッセルが陛下から手に入れた司令本部の情報と、現在の司令本部は異なる箇所が多々存在する。

 とくに王族大将だったガイドリクス陛下と、平民中将のキース閣下では使用する部屋や、警備・連絡体制が大きく異なるのだ。


 今のように兵長が異変をハインミュラーに伝え、そこからコールハース少佐。そしてキース中将に伝わる ―― この図式だが、王弟時代のガイドリクス陛下には”なかった”と、当時副官だったわたしは断言できる。

 ガイドリクス陛下が中央司令部で軍事に携わっていた頃、コールハース少佐の立場にいる士官から連絡を受けるのはヴェルナー大佐の役割だった。

 だが上は変わっても下は変わらない。よって賊は下からの報告の上がり方を知っているが、標的である上がどこにいるのか、はっきりとしたことは分からない。


「大尉の言う通りだ」


 おそらく西口から侵入したのは「代々貴族総司令官が使用するフロア」が西棟にあることを知っていたからだろう。総司令官は偉い人なので当然一階に陣取っており、賊はその部屋に標的がいないことを確認してから、巡回兵士を襲撃したと考えられる ―― キース中将は我が国で初の平民出身の総司令官なので、貴族総司令官の部屋は色々あって使用していない。

 身分差って面倒だなーと思ったが、今夜限りは良い仕事をしたものだ。


「それで賊がオディロンだと仮定すると、この禍々しい作戦を実行している意味が分かるのです。マルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)、オディロンは外国人で、我が国の言葉は分からないのですよね」


 わたしも名前を聞いた時から、外国人だとは思っておりました。名前の雰囲気からすると、ノーセロート人ですよね。


「ああそうだ。産まれた時から修道院育ちだったため、古帝国語しか使えない」


 古帝国語はその名の通り、(いにしえ)の大帝国が使用していた言語で、その時代から続いている宗教界や、宗教から派生した法曹界では正式言語として採用されている、知識階級(インテリ)言語だが、古帝国語(それ)しか使えないというのは、現在では教会内でも珍しいはずだ。


「そうですか。でも教会で問題なく生きてこられたのですよね?」

「大量殺人を犯すまではな」


 なにそれ、怖い。オディロンって大量殺人犯なの!?


「……その事件は後で教えてもらいますが、他の言葉は覚えられなくても、聖職者ですから図柄は覚えられますよね」

「それはできるだろう。聖印の国派は完璧に網羅しているそうだ」

「でしたら、軍の階級を図柄として覚えることは簡単ですね。オディロンが分かる言語で作戦を授けてしまえば、あとは言語など必要ありません。階級章で確認させればいいわけです。下級兵士を襲い、そこから上層部へ情報が上がる。これはどの国でも同じシステムです」

「そうなるな」

「ましてや我が国にいる中将はキース閣下だけ。中将の階級章を身につけたアッシュブロンドでアイスブルーの瞳の男を見つけたら、当人だとすぐに知られてしまいます」


 聖職者は色で階級を表すので、普通の人間よりも色を多く覚えているのも特徴だ。


「顔写真すら必要ないということか」

「はい。普通といいますか、同国人であれば、標的の居場所が分からないまま侵入した場合、知っていそうな相手に刃物を突きつけるなり、銃口を押しつけるなりして案内させるものですが、言語が分からないオディロンは上手く脅せないでしょうし、喋られても分かりません。となれば、わたしたちの”定められた報告手順”を発動させ、後を付けるのがもっとも確実かと」


 話終えるとマルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)は髪をかき上げ ――


「異論の一つもない。全て同意だ」


 笑った。良い笑顔ですわー。


「オディロンを背後で操っているのはツェツィーリア・マチュヒナでしょうか?」


 閣下を戦いの表舞台に立たせたがるのは、ツェツィーリア・マチュヒナ以外思い浮かばない。


「間違いないだろう。閣下を引きずり出す好機だからな」


 やはりそうなのですね、マルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)

 聞かせられない話はこのくらいにして ―― 全員を室内に戻して、この先あり得ることを説明する。


「コールハース少佐は殺害されている可能性が高い」


 ハインミュラーが目を見開き……だから三白眼がなんかヤバいことになるから、見開くの止めろ。


「な、なぜ」

「賊はキース中将がどこに居るのか分かっていない。これに関しては同意するな?」

「はい」

「居場所を突き止めるために、わたしたちの後を付けて突き止めようとしている。だからコールハース少佐を殺害しなくてはならないのだ。ハインミュラー、お前、自分をコールハース少佐の立場において、想像してみろ」

「…………あっ!」


 ハインミュラーも察しが悪い男ではないので、すぐに気付いた。

 このままハインミュラーがコールハース少佐に報告しにいったら、コールハース少佐だってキース中将が狙われていると判断して、大っぴらに報告には上がらない判断を下す可能性がある。むしろそっちの可能性のほうが高い。

 そうなると賊は目的を果たすことができない。

 その可能性を消すために、コールハース少佐に危害を加え判断ができぬ状態にしていることが想定される。


「コールハース少佐が判断を下せない状態になっていたら、お前はどう動く?」

「それは……おそらく、キース中将に報告に上がったはずです」

「お前の判断は悪いものではない」


 悪くはないが、敵の策に完璧に嵌まっている。

 さて、敵の策に乗りつつ目的を達成できないように ―― というわけで、あるまじき行為だが、ハインミュラーたちが詰めていた西棟警備の管理室から、ありったけの銃器を持ち出し、全員でコールハース少佐がいる総警備室へと向かった。

 本来ならば数名は残すものだが「数」が必要なのでね。


「おえ……」


 兵士二名の死体でリバースしていた若い衛兵は、ここでも豪快にリバースした。

 事前に教えておいたのだが、我慢しきれなかった……というよりは、我慢しなくていいと指示を出しておいた。

 他にも三名ほど、顔を青くして廊下に……。酷い有様だが、コールハース少佐の遺体よりはマシだろう。


「当たって欲しくはなかったのですが」

「そうだな」


 予想通りコールハース少佐は殺害されており、マルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)とハインミュラーとともに遺体を検分する。

 夜間警備の総責任者は、徹夜することはない。

 なにか異変があり、各棟の責任者から連絡が入ると対処する立場の人だから。下っ端は徹夜だけど、上官は寝るのよー。


「隊長、やはり(・・・)電話線は切られているようです」


 総責任者の部屋には電話が設置されており、内線と外線のどちらも使うことが可能だ。


電話(それ)が生きていると、案内してもらえないからな」


 賊にとっては電話で危険を喚起されては困るので、電話線を切る ―― 


「それにしても、こんなに痛めつけなくても」


 もともとげっそりしている感のあるハインミュラーの顔が、さらにげそーとしてしまった。ハインミュラーのこと、そんな風に言っているわたしですが、きっとわたしもげっそりしているはず。


「痛めつけてはいないと思うぞ、ハインミュラー」

「……どういうことですか? 大尉」


 コールハース少佐の遺体は、見るも無惨なほど、あちらこちらを刃物で突き刺され、削がれ切り落とされている。

 状況としては眠っている時に襲われ、抵抗できぬまま、拷問を加えられ死亡なのだが ――


「コールハース少佐は、自分が死んだことに気付かぬまま死んだはずだ」

「……」


 ハインミュラーの撫でつけている髪が、タイミング良くぱらりと落ちた。


「言っただろう? 狙いはキース中将だと」

「はい」

「さらに言ったはずだ。この賊は我が国の言葉はほとんど理解できないとも。よってコールハース少佐は死後、拷問を受けたかのように工作された」

「何故?」

「コールハース少佐が賊の目的だと思わせないためだ。拷問をくわえた痕跡を確認したら、わたしたちは”なにかを聞き出す目的”と解釈するだろう? 敵の狙いはそれだけだ」


 コールハース少佐が普通に(・・・)殺害されていたら、狙いはコールハース少佐なのかと考えることが想定できる。

 だが敵の狙いはあくまでもキース中将。

 となれば、拷問して情報を聞き出したという証拠を残さなくてはならない。

 わたしたちは偶然が重なりオディロンの情報を持っているマルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)がいたため、言葉が通じないことは分かっているが ―― 本来の作戦では「賊=オディロン=言葉が通じない」は分からないまま、こう(・・)なっていたはずだ。となれば賊には言葉が通じると考えて、拷問された遺体を見て「聞き出すために」との判断を下したことだろう。


「そのためにコールハース少佐を殺害したと?」

「ああ。証拠といえるかどうかは分からないが、コールハース少佐の手の平を見てみろ」


 血まみれのベッドに力なく放置されている右手 ―― 指が二本ほどなくなっているので、見たいものではないのですが。


「手の平……あっ! 跡がない……そういうことですか」


 ハインミュラーは両の手の平を確認し、爪の跡がないことを確認した。

 拷問を受けると痛みを堪えるために、人間は手を握りしめる。その力は自らの手の平を傷つけるほどだ。

 指を失ってしまえば、握りしめる力は低下するが、両手の指を一気に切り落とすということはほぼない。だから、そんなことをされたら、絶対片側の手の平に自分の爪が食い込み肉を抉るほどの傷が残るのだ。

 だがコールハース少佐の右手の平には、爪で抉った傷跡はない。もちろん爪にもそんな痕跡はない。


「生きている状態で指を切ったにしては、出血が少ない」


 マルムグレーン(オルフハード)大佐(少佐)が、凄まじく物騒な台詞を! なんでそんなこと知ってるんですかー。いや、わたしも生きている時の出血量云々は、知識としては知っていますが……レオニードの指の欠損……。いやーわたしは何も知らないー!

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