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【161】隊長、夜の街で異国の言葉を聞く

 銃を構えたままもっとも近い橋を渡り対岸へと移動し、現場へと到着したら ―― 刃物を振り上げていた男は、大勢の人に取り囲まれていた。


「通るぞ」

「はっ!」


 ボイスOFF(ウィルバシー)を車に残し、周辺に注意を払っている警邏に声をかけ、中心へと進むと見覚えのある将官が。


「ヒースコート閣下」


 女性人気が高くモテる上に、その状況を楽しんでいる ―― キース中将と違ってそっち方面では人生謳歌してるなーと、感動を覚える独身子爵ヒースコート准将がいた。それも戦闘服姿で。


「ああ。クローヴィス大尉か……もしかして、ヤツ(・・)のナイフを撃って破壊したのはお前さんか?」


 ヤツと言いながらヒースコート准将が視線を向けた先には、先ほどわたしが対岸で発見し、銃を向けた男が手枷と足枷をされたまま転がっていた。


「あの転がっている男が持っている刃を撃ち抜いたのは、小官で間違いありません」

「アレが持っていたものを撃ち抜くとは、お前さんは天使か何かか?」


 天使とかなにを言ってらっしゃるんすかこの色男。

 わたしに天使ネタはどうでもいいとして、ヒースコート閣下は准将に昇進してましたよね。大佐に降格してませんよね?

 前線に出てくるのは大佐までですよ。准将がなぜこんな捕り物の現場に、実働部隊の仕事服である戦闘服を着用しているのですか?

 ガス灯の明かりの下、よくよく見るとヒースコート准将の戦闘服は、あちらこちら裂けていて、格闘したと一目で分かるが……ヒースコート准将ってかなり強かったはず。この着衣の感じからすると、かなり実力が拮抗していたような……等々、色々聞きたいのですが、今一番聞きたいのは、オルフハード少佐に刃物を向けていた男を取り囲んでいる聖職者の一団。

 目以外は二等辺三角形っぽい頭巾を被り隠し、現在では神父ですら着なさそうな中世の風情漂うローブを纏った一団 ―― わたしの記憶が正しければ、あの着衣は異端審問官だったはず。


「そっちが気になるか。お前さんが想像しているとおり、あちらさんは教皇庁の検邪聖省に所属している皆さんだ」


 検邪聖省所属ですか。ということは、異端審問官の皆さんで間違いないのですね。

 異端審問官が捕らえに出て来たということは……近年異端審問官が裁くのって、同じ聖職者がメインな筈なので、その大男は聖職者ってことですよね。

 聖職者……あっ! キース中将が言ってた。

 ペテン師ジャンルイジが囮で、本物のスパイは聖職者だって。

 ……聞きたいことはたくさんありますが、准将が直々に部隊を率いていることや、異端審問官がいるあたり、わたしが聞いてはいけない事柄が目白押しになりそうなので ―― 刃物振り回していた男も捕らえられたようだし、あとはオルフハード少佐の容態を聞いて引き上げよう。


「あの男に襲われていた、琥珀色の瞳の男性は?」


 ヒースコート准将が知らない名前を口にしてしまう可能性もあるので、身体的な特徴を挙げてみた。

 ”美男子”と付けたほうが分かりやすそうだが、目の前にいるのも、自信家だがそれを裏付ける実力のある色男なので容姿は外した。


「少し離れた所にいる。こっちは手が離せないから、病院へ連れていってやってくれんか?」

「分かりました」

「では頼む。それと、気を付けて帰れよ」

「はい」


 ヒースコート准将が指さした方へと進むと、欄干に体を預けて、だらけた体育座り状態のオルフハード少佐がいた。

 濃い色の背広を着用しているのだが、この時代、背広にスニーカーなんてあるはずもないので当然革靴を着用。よくあんなのと革靴で応戦してたなー。


「大丈夫か、ユグノー(・・・・)


 私服姿なので軍に所属していない設定かもしれないので、わたしが唯一知っている「軍人ではない名前」で呼びかけてみたものの、オルフハード少佐にとって「ユグノー」はあまり馴染みのない名前なのだろう。

 頭を下げたまま反応を示す気配がない。

 サーシャって呼べば? それは本人から聞いたものじゃないので、遠慮しておくよ。

 近づいて膝を折り、


「ユグノー、久しぶり」


 オルフハード少佐の顔をのぞき込む。


「大尉……ユグノーな」

「なんと呼びかけていいのか、分かりませんでしたので。ヒースコート准将より、病院へお連れせよとの命を拝しましたので、ご同行願います」

「いや、一人で平気だ」


 欄干に手をかけて立ち上がったオルフハード少佐だが、すぐに膝が「がくっ」と ―― 


「病院到着まででいいので、現状について教えてください」

「教えてやるから降ろせ」

「嫌ですー」


 オルフハード少佐を肩に担いで、車へと向かっております。

 プリンセスホールドでも良かったのですが、あれは両手を塞いでしまう抱き方ゆえ、安全圏以外ではできない。

 そこら辺に手枷足枷で動きを封じられた男がいるような状況には、相応しくないのですよ。


スタルッカ(ウィルバシー)軍曹。運転を代われ」

「はい、隊長」


 夜の公道運転練習の機会を取り上げるのは心苦しいが、緊急事態なので仕方ない。

 後部座席にオルフハード少佐を乗せ、ボイスOFF(ウィルバシー)に隣りに座るよう命じて、わたしが運転席に着く。

 ハンドルを握り、エンジンをかけて ――


「便宜上”少佐”って呼ばせてもらいますけれど、少佐、病院の指定はありますか」


 偽名を使い分けて、軍のあらゆるところに潜んでいる人なので、病院選びにも注意が必要だろう。


「できれば、プルシアイネン通りに最近出来た医学研究所がいいのだが」

「プルシアイネン通りの? ……ああ! あれは医学研究所だったんですか。分かりました」


 ロスカネフ大学の近くに、大きな建物が建ったのは噂で知っていたが、あれ医学研究所だったのか。

 ……ん? あれたしか、個人所有だったはず。

 個人で医学研究所を建てた人がいるの? ……いや、いてもおかしくはないけどさ。オルフハード少佐のかかりつけ医がいるであろう、医学研究所を目指して車を走らせて数分後、車が動かなくなった。


「燃料切れのようだな」

 

 車は道の端に寄せ、燃料タンクの蓋を開けて、ランタンを片手にのぞき込んでみたところ、底に僅かに残っている程度だった。


「燃料は満タンだと聞いていたのですが」

「整備士が面倒で燃料を補充していなかったか、嫌がらせか。ま、車の運転ができるようになったからには、燃料補給などの軽い整備くらいは、覚えたほうがいいぞ。これに関しては明日、厳重注意をしておく」


 職務怠慢だからなー。もしも嫌がらせなら、やられっぱなしは性に合わないし、なあなあで済ませたら部下に申し訳ないので、しっかりと対処する。

 辺りを見回し ―― ここから一番近い、燃料補給できる場所は、司令本部しかないな。

 ガソリンスタンド? 車が珍しいこの時代、ガソリンスタンドなんてものはないよ。

 更に言うと、車にはガソリンの残量を教えてくれるメーターも付いてないよー。だから毎回満タンにしておかないと駄目なのさ。

 よって川の水を飲ませ、そこらの草を食めば体力回復してくれる馬のほうが、まだまだ信頼度が高く、車より使われる。


「車、盗まれないといいですね」

「盗まれたら、整備したやつが月賦支払いで弁償することになるだろうな」

「減給のうえに軍用車の月賦支払いとか、下士官クラスでも退職金なしコースでは」


 動かない車を放置して、わたしがオルフハード少佐を背負い、ボイスOFF(ウィルバシー)と共に司令本部を目指すことになった。

 プルシアイネン通りの医学研究所までは、負傷していることもあり乗り物が必要な距離。夜は更けてきたものの、まだタクシー馬車(キャブリオレ)が客を取っている。だが、出来れば医学研究所に入るところは見られたくないとオルフハード少佐がいうので、司令本部で馬車なり車なりを調達し向かうことにした。

 オルフハード少佐のおんぶですが、最初は拒否されたものの、小走りで進むので ―― といったら諦めて背負われた。

 ボイスOFF(ウィルバシー)ではなくわたしが背負ったのは、言うまでもなくわたしのほうが逞しいからです。


「……?」


 小走りで進んでいると、背中のオルフハード少佐がいきなり重くなった。

 人間眠りに落ちると、こういう重み感じるよなあ……耳を澄ますと、微かな寝息が。


「余程疲れているのもそうですが、隊長のこと信頼しているのですね」


 若干息があがっているボイスOFF(ウィルバシー)も寝ているオルフハード少佐を確認し、そんなことを言ってきた。


「そうだなあ」

「……」


 小さな声でオルフハード少佐が呟いたのはルース語だった……この人もサーシャやら、レオニードのことやら色々あるんだろうな。


「どうしたのですか? 隊長」

「ん。いや、寝言は正直だなと」


 オルフハード少佐の寝言はルース語の「アチェーツ(父さん)」だった……そうだよね、わたしに背負われていたら「マーチ(母さん)」は出てこないよねー。

 自分の背中がこの上なく逞しいのは存じております。どうぞ、わたしの背中で存分に父性を感じてください!


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