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【159】隊長、会食の席で話を聞く

 ボイスOFF(ウィルバシー)の語る内容は非常にありがたいものなのだが、音声認識機能がエラー状態 ―― わたしの許容範囲が限界値に達しそうになったので「もっと聞いていたいが、職務に就かねば」なる魔法の言葉で切り上げた。

 内容的には本当に色々と聞きたいのだが、お前の声がなー。生理的に苦手な声でさえなければな。

 わたしが声を苦手としているのはボイスOFF(ウィルバシー)にはバレていないようで「また時間があるときにでも」と笑顔で切り上げてくれた。


 すごい良い人なんだよ。良い人過ぎて辛い ―― さすがハイスペック元攻略対象。


「飲み屋の女が放してくれないんですよ」

「そいつは良かったな、ユルハイネン」


 わたしは、ユルハイネンのもて自慢を聞かされている。

 ネクルチェンコ少尉など小隊長が休暇を取っている時は、わたしが日勤帯で小隊長も兼務する。

 もともとわたしは日勤担当なので、当然なのだが。

 日勤帯は多くの人に知らせることができない軍事機密や政治的な話が多く、そういう場面はわたしが単独でキース中将の護衛につく。

 召使いと同じ置物扱いの警護であろうとも、機密情報のレベルと階級は比例するので、ある程度の地位についていないといけないのだ。

 本来ならばキース中将の身辺警護護衛は大佐が適当で、大尉では同席できない場面もあるのだが、各所に事情は通達されているため、不服そうな顔をされたりすることもあるが、会議の席には拒否されることなく付き従うことができている。

 キース中将に言わせると「いい試金石だ」とのこと。

 なにが試金石なのかというと、女性で大尉のわたし(見えなくてもな!)に対する態度で、相手がどのような人間なのか計っているとのこと。

 お役に立てて幸いです、キース中将。

 日中の公式の場にはわたしですが、夜は執務から開放され私生活となるため、夜勤は男性の親衛隊隊員に任せたい ―― キース中将が譲らなかったし、小隊長とその副官たちが「男は女が側にいると、辛いこともあるので」と力説してきた。

 あのユルハイネンにすら「隊長は見えないけど女ですからね。男のあれについては分からないでしょう」としたり顔で言われてしまった。

 男のあれ(・・)がなんなのか? 言葉を濁さずに言えと命じたが、拒否されてしまった。

 まあそこまで言いたくないのならばと、わたしもそれ以上の追求はしていないが。

 ただどうしても小隊長が足りなくなったら、夜勤もわたしがカバーすることは認めてもらった。

 そうしないと、小隊長に休暇を取らせることができないからさ!

 本日ネクルチェンコ隊と共にわたしは日勤を終え、夜勤のユルハイネンに引き継ぎを行っている最中。

 あとはキース中将から交代了承のサインをもらうだけなので、ユルハイネンが無駄口を叩いていても許される時間。


「そいつがすっげぇいい女でしてね。腰がきゅっと締まっていて、足首だって細くて」

「そりゃあ良かったな」


 はいはい、良かったねー。お前は金持ってるし、容姿もいいから飲み屋の女にもてるだろうよ。わたしは御免だがね。

 ユルハイネンはわたしの好みの顔じゃないが顔は整っている。

 背が高くて顔も良くて喧嘩も強く、庶民ながら世襲称号を持つ金持ち下級地主の三男坊とか、もてないはずがない。

 さらには士官学校退学後に入学した最高学府では主席で、教授に大学に残らないかと誘いを受けるほど……黙って誘われて大学に残ってたら良かったのに。

 そんなに優秀なら、徴兵回避の書類が大学から提出されて受理されたはずだ。


「服を脱がせると、男を誘う豊かな胸が。隊長はそういうのないですよね」


 わたしと話をしている分では、そんな知性はかけらも感じられませんが。


「失礼だろうが!」

「気にするな、スタルッカ(ウィルバシー)軍曹」


 室内にはわたしの副官、ボイスOFF(ウィルバシー)と、ユルハイネンの副官と隊員三名ほどがいる。

 ユルハイネンの副官伍長は、直属の上官である粗ちんがわたしに絡み出すと、完全に視線を泳がせてしまう。

 縦社会だから大尉(わたし)少尉(そちん)の話なんて、伍長には止めようないもんな。

 わたしとしても、そこはいい。

 むしろ縦社会なの分かっていながら、苦情を申し立てるボイスOFF(ウィルバシー)が変わっている。


「むしろお前が失礼だろ、軍曹。お前のそのいい方では、隊長の胸がグノギーリャ平原みたいだと言っているようなものだ」


 胸が極寒の地か……構いはしないがな。


「おまっ!」

「落ち着け、スタルッカ(ウィルバシー)軍曹」


 怒ってくれるのはありがたいが、わたしとしては、本当に気にならないので。

 だが鬱陶しいので、キース中将、早くトイレから戻ってきてくれないかな。

 あれ? キース中将のトイレ、長くない?

 なにかあったのかな? いや、不測の事態があった場合は、すぐにわたしに連絡が来るはず。ということは……と思っていると、キース中将が戻ってきて、いつものようにユルハイネンに後からキックを食らわせた。

 定番のごとく前のめりになっているユルハイネンはどうでもいい。


「ヴェルナー大佐」


 キース中将がトイレにいった時はいなかったヴェルナー大佐が、なぜか一緒にわたしたちがいる、キース中将の仮眠室へとつながった隊員の控え室へとやってきた。


「キース中将に用があってな」


 なかなかトイレから帰ってこないから、心配してたんですよキース中将。まさか廊下でヴェルナー大佐と話をしていたとは。……廊下だよね? トイレで話してたわけじゃないよね? いやまあトイレで話しててもいいけど。


「応接室を用意させます」

「いや、場所を変えて話をする」


 ヴェルナー大佐から書類を手渡され ―― キース中将は急遽、陛下とご会食することになったようです。


「済まんな、クローヴィス」

「いいえ。当然のことですので、ヴェルナー大佐」


 キース中将の定宿である仮眠室の守りをユルハイネンに任せ、わたしは部下五名を連れ、二人の会食に同行することになった。

 会食が行われる部屋には、わたし以外の部下は階級的に入室できないので、付き従うのはわたしだけ。

 隊員は部屋と店の見張りを担当する。

 陛下側の警護はヴェルナー大佐のみ。

 陛下と軍トップの会食ともなると、聞かれると困る会話も色々あるらしいのですよ。

 本当はわたしも階級的には足りていないのですが……。

 二人の会食は、貴族がよく使用する高級レストランの個室。漆喰の壁を、蝋燭の明かりが照らす。大きな丸テーブルは、足が隠れるほど長いアイボリーのテーブルクロスが掛けられており、ドレープが均等なところが非常に高級店らしい。


「急に呼び出してしまって、申し訳ない」


 室内には部下を伴った陛下が、既にいらっしゃった。


「いいえ。陛下のお呼びとあらば、このキース、いつでも馳せ参じます」


 そんな感じで挨拶が終わり、二人は席に付く。

 食前酒を手に取られた陛下はおもむろに ――


「ヴィクトリアの処遇が決まった。それを伝えたいと思ってな」

「そうではないかと思っておりました」


 退位なさったヴィクトリア殿下の処遇を語り出した。

 内心では”うわっ!”と思ったが、警護していると聞こえてくるので、覚悟を決めるしかない。


「ヴィクトリア・ヴァン・エフェルク改めアリス・リットンは、幸運にもバイエラント大公妃殿下の許しを得られたので、バイエラント大公陛下が所有する土地のどこかに住まわせてもらえることになった」


 バイエラント大公陛下が閣下なのは分かりますが、バイエラント大公妃殿下って……わ、わたしのことなんでしょうか?


「どの国に住むかは、分からないのですか?」

「ああ。アリスに決めさせるそうだ。いままで誰かが決めた道のみを歩かされ、それを不満に感じてきたのだから、新たな人生は一から全て本人に決めさせてやろうということらしい」


 食前酒を飲み終えたキース中将がグラスをテーブルに置く。


「それが優しさなのか、はたまた罰になるのかは、当人(アリス)次第ということですか」

「そうだ」


 元女王陛下は、とりあえずどこかで生きてゆくことが決まったらしい。

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